東方人形誌   作:サイドカー

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貪るように片っ端から気になるアニメ観てたらこの有り様だよ!(大遅刻)

皆様、長らくお待たせいたしました。サイドカーでございます。
そして、ついにこの物語も最終局面を迎えました。
ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました!

というわけで、此度もごゆるりと読んでいただけると嬉しいです。
分割しなかったから8000文字くらいあるがな!


第七十二話 「つまり幻想郷に出会いを求めるのは間違っちゃいない」

「が、ハ……ぁッ!?」

 土手っ腹を目がけて蹴り飛ばされた拍子に草の上を滑っていく。地面を転がされたのがこれで何度目になるのかも忘れた。シャツもズボンもとっくに土やら傷から滲み出た血が付着してばっちぃし、身体も殴られるわ蹴られるわのオンパレードで節々が痛む。

 あー、この男マジで強え。どこの戦闘民族だっつーの。

 

「いってぇ……」

 咄嗟に腹部を庇った両腕が痺れる。マジで痛いしメッチャ苦しいけど、どうにか耐えられた。まだいける。まだ終わっちゃいない。いくらでもコンティニューしてやる。

 

 しかしながら、どれほどカッコつけても世の中はかくも無常にありけり。俺が圧されているという現実は、どう取り繕ったところで否めなかった。

 果敢に挑めばボコボコに打ちのめされてブッ飛ばされて地面を転がって。それでも懲りずに立ち上がってまた突っ込んでいって、そんでまたまた返り討ちに遭っての繰り返し。もはや滑稽なピエロと大差ない。

 兄貴の一撃はそりゃもう容赦ないほどに重く、かつ速かった。何かのスポーツ格闘技をやっていたと記憶しているだけある。避けることも叶わずに、肩に、脇腹に、そして顔面を狙って確実に打ち込まれる。それに対して、こちらの攻め手は容易く防がれたうえに反撃される始末。

 雑草に覆いかぶさって這いつくばる俺を、兄貴が冷ややかな目で見下す。

「まだ続ける気か?」

「当たり、前……だ」

 まるで犬畜生みたいに見上げて睨み返す。なんとも三下くさいザマだが、なりふり構っていられるほどの余裕なんか最初から皆無だ。こちとら異世界転生チート持ち系のハーレム主人公ではない。どこにでもいる一般庶民なのだ。

 グダグダと駄々をこねる足腰をシャキッとせいやと叱りつけ、半ば意地で上体を起こす。口の端を大雑把に拭うと僅かに乾いた痛みが生じる。いつのまにか切ってしまったらしい。

 とにかく意識を保て。気を失ったらKO判定で試合終了になってしまう。そうなったら、兄貴は気絶した俺をスキマに放り込んで強制帰還させるだろう。冗談にしても性質が悪い。

 ついでに言わせてもらうと、美少女だらけなこの世界、男として失ってなるものかよ。

 

「行くぞオラァ!」

 かませ犬のごとく吠えながら土を蹴り、奴の懐に踏み込む。

 初手は正拳。握り締めた右拳は左手の甲で難なく払われた。間髪入れずに放った左拳のアッパーカットも身体の軸を横にずらして避けられる。不発に次ぐ不発。だが、おかげでヤツも反撃できる体勢じゃなくなった。

 微かに垣間見えた一瞬の隙に逆転の望みを託す。

「もらったァ!」

 さっき蹴り飛ばされた意趣返しに脇腹狙いの回し蹴りを放つ。脚力全開のフルスイング。まともにくらえばただでは済むまい。

 しかし……

「甘い」

「ぐぉあッ!?」

 勝機と見込んで繰り出した右脚を、兄貴は抑え込むように両腕でガッシリと捕えて受け切った。そのまま遠心力をつけて俺ごと後方へ投げ捨てる。片足立ちでバランスを崩していた状態では防ぐ術などなく、結構な高さから背中を地面に打ち付けた。

「おごっ……ごふッゲホッ!! ぁ……」

 呼吸器官に詰まった空気を追い出そうと何度も咽る。視界がチカチカと瞬いたり暗転したりと忙しない。やばい、酸素が足りなくなったみたいに意識が遠退き始めてきた。どうにも頭がひどく朦朧とする。

「…………」

「が……はっ、ぁ……」

 さっきの巻き直しに似た構図で、冷酷に見下ろされる。そう、兄貴はこちらの攻撃をいなしているだけで未だ自分から仕掛けていない。今もこうして無言で待つ余裕すらある。暗に見せつけられる実力差に思わず歯を食い縛った。

 やっぱり俺じゃ相手にならないっていうのか。

「ち、くしょ……が」

 ぶっちゃけると、ちょっと手足を動かそうとしただけで全身が鈍くて鋭いような矛盾した痛みを発している。情けなくて苦悶の声が漏れる。どうにかして起き上がろうと、力を込めた指先がむき出しの土を削った。

 死に戻りみたいなやり直せるチャンスはない。いや、あれもあれで辛そうだし羨ましいとは言えんけど。なんにせよ現実は一回だけだ。後悔する結末を迎えたくない。

 だって、俺はまだ――

 

 

「優斗!!」

 

 

「…………ぇ?」

 思わず耳を疑った。この場にいない筈の、けれども絶対に聞き間違えるわけない声。

 かろうじて首だけを動かして、その声が聞こえてきた方向へと視線を彷徨わせる。そこには、より正確にはちょうど紫さんの後ろあたりから、息を切らせてこちらに走ってくる人形遣い。遠くからでもなんとなく伝わってくる。彼女が、怒っているようで今にも泣き出しそうな、そんな顔をしていると。

「は、は……やっぱ来ちゃったか」

 なんでこの場所が分かったのか、とかいう疑問は不思議と湧いてこなかった。いつもの調子で軽く手を上げて応えたいのに、それすら厳しいという体たらく。

 アリスが紫さんの横を通り抜けて俺の元まで駆け寄ろうとする。だが、その刹那、少女は何かに気付いておもむろに足を止めてしまう。まるで見えない壁に行き先を阻まれているかのように。そしてそれは比喩ではなく、

「結界!? 紫ッ、どういうつもり!?」

 少女が端正な顔に怒りを滲ませて後ろを振り返る。さもありなん、このメンツで結界を張れる人物はその者しかいないのだから。

 アリスの鋭い声に紫さんは臆した様子もなく、それどころか至っていつも通りの雰囲気で当然と言ってのけた。

 どこか少し意地悪く、皮肉にも人形遣いの表情とは対極的に穏やかな微笑を浮かべて、

「これは彼ら当事者だけが許された戦い、誰であれ一切の手出しは無用ですわよ。何せ、そういう決まりですもの。大体、殿方の真剣勝負に女が横やりを入れるなんて無粋ではなくて?」

「何を言っているのよこんな時に! ふざけないで!!」

 オーシャンブルーの瞳に激情を宿して妖怪の賢者を睨みつける人形遣い。下手をすれば次の瞬間にも結界に弾幕を放ちかねない勢いを呈していた。

 喋ろうとして二度三度また咳き込む。かろうじて掠れた声を絞り出せた。

「……いや、いいんだ、アリス」

「優斗!?」

 不可視の障壁を隔てても、俺の声はちゃんと彼女に届いてくれた。傷だらけの両手をついて体を起こすが、立つまでには至らずガクンッと膝を折ってしまう。

 なお立ち上がろうと抗う俺に、アリスが悲痛な叫びを上げる。

「どうして……どうしてこんなことになっているの!? こんなのが優斗が選んだケジメだっていうの!? とっくにボロボロじゃない……お願いだから、もう無理しないでッ!」

「あー、ホント……何やってんだろうなぁ」

 俺はあと何回、彼女を悲しませれば気が済むのだろうか。そんな表情をさせたくなかったのに。置手紙は却って失敗だったかもしれない。ハードボイルドでナイスミドルな演出は俺には似合わなかったようだ。誠に遺憾である。

「うぐ、あ……」

 諸々のダメージを堪えて、やたら時間をかけて二足立ちにもっていく。よろけながらも振り返って、アリスの顔を正面からしっかりと見据える。彼女と目が合う。ガラス玉のように綺麗な青い瞳には涙が浮かんでいた。

 自身がズタボロな有り様なのを、いかにも何でもなさそうな感じを装って彼女に笑いかける。

 

「昔さ、俺のせいで女の子を傷つけちまったことがあったんだ。一時期そいつがトラウマになったりもしてな、まぁ……恥ずかしながら歪な生き様を晒していたりもしたわけよ。また同じ失敗をするから、俺は深い人付き合いをしたらダメなんだって。ワケわからん理由を自分に言い聞かせた」

「…………っ!」

 

 こんなタイミングで男の独白シーンとか、傍からは痛々しくて見てらんないと思う。中二病すぎてブログ炎上するやもしれぬ。でも、だからといって止める気はなかった。

 少女は言葉を詰まらせて、口元に手を重ねる。驚いた様子で目を見開いていた。

 

「そうするのが俺らしさだと疑わなかった、でも、そんなもん所詮は独りよがりの思い込みだった。しかも俺自身も気付けていなかったんだが、本心は別のところにあったらしい。ずっと燻っていた戦火の灯みたいに、ちっぽけでも確かにそこに在り続けた。ようやっとそいつに俺は気付くことができた。この場所に、幻想郷に来たことがきっかけで」

 

 そして一番の理由は、アリス。君と出会えたから。

 初めてだった。こんなにも大事にしたいと思える誰かができたのは。

 星空の下で彼女と約束を交わした。一緒にいると。そうだとも、何が何でもこの約束だけは絶対に守ってみせる。

 俺の許可なく幕を下ろすなんざ、アリスと離れ離れになってもう二度と会えないエンディングなんざ、オラぜってぇ許さねぇぞ。

 

「こいつぁ俺が自らの意思で選び取った未来への道だ。代々受け継ぐツェペリ魂だ。逃げてばかりのチキン野郎と思っていた愚弟様の覚悟が生半可なもんじゃなかったってのを、兄貴に、そして俺自身に示してやる。ここから先は、俺の喧嘩だ!」

 

 最後らへんで第四真祖になっちゃったけど気にしたら負けだ。

 この場に居る全ての者に聞こえるほどの大きな声を張り上げる。揺るがない決意を燃やして、再びあの男と対峙する。ヤツは変わらずにその場で待ち構えていた。

 俺の熱弁を全て聞き通したうえで、兄貴はたった一言だけ告げた。

「ならば、来い」

「言われなくても行ったらぁ!」

 大地を蹴りつけて、もはや何回目になるかも分からない挑戦。助走をつけて慣性の法則を上乗せした渾身の右ストレートを叩き込もうと――

「遅いと言っている」

「ごぼぉッ!?」

 より速く相手の拳が腹部に埋まる。一発だけでは終わらせず、立て続けに左拳そしてまたも右さらには蹴りも交えた連撃が襲いかかる。まさに打撃による怒涛の雨。躱す暇など微塵も与えない。

「がッ、あぐッ!? ごほっ! ぐぁあ……ッ!」

 まるで鈍器で滅多打ちにされているのではないかと錯覚する激痛。無慈悲にも止まない打撃の豪雨をことごとく浴びる。ふいに力尽きて崩れ落ちそうになったところをアッパーカットで無理矢理に掬い上げられ、またしても連撃の餌食となる。

 防御はおろかその場に倒れることすら許されないサンドバッグと成り果てる。キツイ吐き気に咽た際に、中途半端に飲み込んだ鼻血を吐き出してしまう。傍からは吐血したかのように見える状況に、人形遣いが悲鳴を上げた。

 

「もう止めてぇ! 優斗がっ、優斗が死んじゃう! もういいっ、もう……いいよぉ……!」

 

「ならこれで終わりにしてやる」

「がはッぁあ!?」

 泣き叫ぶアリスの意を汲んだのか、トドメとばかりに全力の中段蹴りで俺の胴体を薙ぎ払った。体当たりに匹敵する威力をまともに受けて、地面をバウンドして無様に滑り転がる。

「ぁ……ぉ……ッ」

 まともに声も出せず、うつ伏せに倒れたまま動けない。視界が狭くぼやけてきた。耳の調子もどこかおかしくザァザァとノイズが煩わしい。思考回路さえもがどこまでも鈍り、自分がどうなっているか曖昧になる。

 はたして自分は起きているのか寝ているのか。いつ落ちてもおかしくない崖っぷち。

 

 

 その間際で、かろうじて見えてしまった。聞こえてしまった。

 

 

「うぅ……えぐ、ひっく……ぐすっ……」

 

 

 地面に膝をついて、両手で顔を覆って泣きじゃくるあの娘の姿が、嗚咽を漏らしている微かな声が。静かに零れ落ちた、小さな涙の粒が。

「…………ッッ!!」

 違う、違うだろう。俺が望む未来はコレじゃない。全て解決して、「もう大丈夫だ」って笑いかけるベッタベタなハッピーエンドで、これからも彼女の隣にいたいと願ったんじゃないのか。そうじゃなかったのか、天駆優斗!

「わ、か……ってる……」

 だったら立て、立つんだジョー! 諦めんなよ! いつやるの、今でしょ!

 目の前に泣いている美少女がいるというのに、いつまで寝ッ転がってやがんだ!

 

 いつも自分で言っているだろうが――

 

 ()()()()()!!

 

 

「おぉぉおおおらぁあああああああッッ!!」

 

 纏わりつくネガティブな思考を根こそぎ引き千切った。両手両足をフル動員して地面にへばり付いていた胴体を徐々に浮かせていく。

 何かが胸で叫んでるのに、気付かぬふりで過ごせるか。

 俺にはまだ、アリスに伝えていない言葉があるんじゃけぇのォ!

 

「だらっしゃぁあああああい!!」

 

 暑苦しい雄叫びを上げて、ついに両足で全身を支えきってみせる。

 意地とか気合だとか根性だとかの類いが続々と湧き上がる。あえて言おう、漲ってきたぜ。スーパーサイヤ人に覚醒した気分といっても過言ではない。頭髪はブラウンカラーのままだが。

 ずっと傍観していた紫さんが何故か「へぇ……」と妙に面白げな声を漏らすのが聞こえたが、気のせいだろうし今はどうでもいい。俺の視線はただ一点を捉えている。

 人形遣いが泣きはらした顔で、零れた涙で潤んだ瞳を俺に向けていた。泣いている顔も綺麗だけど、泣かせたいわけじゃない。やっぱり彼女は笑顔や照れ顔がとびっきり可愛いのだから。

 だから、泣かせてしまったのならばせめて、その涙の理由を変えてみせる。

 

 

 瀕死の状態から巻き起こした燃え滾る俺の気概を前に、兄貴は「ふむ」と小さく零した。一見すると反応が薄いが、どことなく感心している雰囲気があった。

 ついでに、どうやら感心だけではなく関心もあったらしく、一人で考えを巡らせていた。

「なるほど、この可能性も確かに有り得たか。確率は極めて低かったのだが、満身創痍でそれほどの気力を維持できるとは凄まじい」

「へっ、あんたが俺を褒めるなんて驚いたぜ。だったらついでに認めてほしいんですけど?」

「お前次第だ。覚悟を見せることができるのならば認める余地もある。無論、先ほどの言葉が口先だけでないという前提があった上でだが」

 ふと、ヤツの言い分に微妙な違いが生じていることに気付いた。

 問答無用で俺を連れ帰ろうとし、俺自身についてもことごとく否定していた兄貴が、俺を認めるための条件を示した。些細なようで決定的な差異。

「こちらとしちゃ願ったり叶ったりだけどよ、一体全体どういう心境の変化があったん?」

「新たに一つの仮説が立てられた影響によるものだろう」

「なんだそりゃ」

 まぁ、考えたって仕方ない。この人が一段飛ばしの思考回路しているのは今に始まった話じゃないし。もとより話し合いでの解決はできなかったから、こうなっているのだから。

 けど、これ以上の長丁場は無しにしようや。

 

 深く息を吐いて身構える。俺も兄貴もどちらともなく察していた。正真正銘、これが最終ラウンド。

「……勝負だ」

 さっき口走っていた仮説がどうとかまるで知らないけど、すべての答えが間もなく出る。

 強く拳を握りしめて駆け抜ける。この一瞬だけでいい、兄貴を超えてみせろ。今の俺はとんでもなく鬼がかってるぜ!

 射程圏内に入ると同時に右腕を振りかぶる。

 だがしかし、俺が攻撃を仕掛けるよりも早く、相手が動いた。

 意識を狩り取る死神の鎌と化した拳骨が、無防備にガラ空きだった鳩尾に減り込んだ。

 かつて博麗神社でやられた時と同じ、ボディブロウが炸裂する。詰まった息が数秒遅れて体の外に排出された。

「ガ、はッ……!」

「ふん」

 前と何一つ変わっていないあっけない終幕に、兄貴が興醒めしたように鼻を鳴らす。俺は色を失った瞳で虚空を眺めた。

 無様にも力尽きて呆けた顔は――

 

「………掛かった」

 瞬く間に一転して悪役さながらのあくどい表情となって口の端を上げた。

 

 土手っ腹に深々と減り込んだ右拳、その手首を前もって構えていた右手がありったけの握力を奮わせてガシッと拘束する。左手も決して逃がさずもう片方の腕に目がけてヘビの牙の如く喰らいつく。ほぼゼロの至近距離にまで詰め寄った以上、蹴りも使い難い。

 防御も回避も反撃も封じた。文字通り、手も足も出せない拮抗した状態に追い込む。

「つかまえっ、たぁ……!!」

「なッ」

 もしかしたら生まれて初めてかもしれない、兄貴の意表を突かれた顔に愉悦が止まらない。まさか痛恨の一撃をわざと直撃してしかも動けるとは思うまい。言っとくけど超痛ェからな。

 

 だけど、せっかくのチャンスなのに自分まで手足が使えないんじゃ意味ないだろって?

 ところがどっこい、パンチやキックの他にも強烈な攻撃が残されているのだ。人里に行くとたまに見かける――

 

「っしゃぁぁあああ!!」

 

 寺子屋流決闘術 美人女史の教育指導(ダイヤモンド ヘッドバット)

 

 

 頭蓋骨を突き抜けた、さながら大地震にも匹敵する衝撃が響き渡る。もしバトル漫画だったら周囲一帯に衝撃波が広がっていく演出が起きたであろう。

 脳ミソの奥まで感覚を失うレベルのハンパねェ痺れが浸透していく。頭突きを叩き込んだ俺まであまりの反動によろけて尻餅をついた。

 そして、あの男は、

 

「……………ぐ」

 

 想像を絶する痛みに襲われたと思しき頭部を押さえて苦しげに呻いていた。少しずつとはいえ体勢を崩していき、とうとう地面に膝をつく。

 女性陣を含めたこの場に集う全員が言葉を発せず、俺の荒い呼吸だけがやけに目立った。

 

 はたしてどのくらい時間が経っただろうか。

 長くて永い静寂の果てに、兄貴が口を開いた。

 

「合格だ」

 

「へ………?」

 すぐに意味を理解できなくて、つい間抜けな声で聞き返してしまう。

 アホ面を晒す俺に対して、額を手のひらで押さえたまま兄貴はさらに言葉を続けた。

「仮説は証明された。加えて、お前の覚悟を確かに見させてもらった。条件は揃い、十分な成果が出た」

「兄貴……つまり、どういうことだってばよ?」

「従来の考えを訂正せざるを得ないということだ。どうやら、お前を少し見誤っていたと認めねばなるまい。若干の上方修正をしよう」

「これだけ体張って若干かい……なあ、結局のところ仮説って何だったんだ?」

「後程にでも話す。いずれにせよ結果は変わらず、鍛え直す予定も白紙に戻そう。この土地で好きに生きろ」

 そう言って、兄貴はぶっきらぼうに拳を突き出した。無機質だった目がほんの少し笑っているように見えたのは気のせいなのか。感動モノならここで俺が「お兄ちゃん……」とか懐かしの呼び名を言ったりするんだろうけど、あいにくそんな趣味はない。

 この男にしては珍しい青春じみたアクションに苦笑しつつ、俺も拳を出して軽くぶつけた。

「とっくにそうしてるってばよ」

「……ふん、そうだったな」

 

 

 それが試合終了の合図となった。

 紫さんが俺たちの周囲に張っていた結界を解く。同時に一人の女の子が飛び出した。

 日の光にあわせて煌めく金色のショートヘアを風に揺らして。オーシャンブルーの澄んだ瞳に涙を溢れさせて。七色の少女が俺の元まで走ってくる。

 そして、そのまま俺の胸に飛び込んできたアリスを――しっかりと抱きしめた。

「ばか……ばかぁ……!」

「ああ、ゴメンな。お詫びにあとで何でも言うこと聞くからさ。それに、もう大丈夫だから。ケジメはキッチリつけてきたんで心配無用だぜぃ」

 顔をうずめて大泣きする少女に語りかけると、華奢な腕に込められた力がもっと強くなった。俺もそれに応えて彼女の背に回していた腕でぎゅっと抱き返した。アリスの温もりを確かに感じる。そっか、俺は約束を守れたんだな。

 片手を背中から頭に回して、金色のショートヘアをそっと撫でた。サラサラと指で梳いていると髪質の良さがよく分かる。

 彼女の頭を撫でながら、ひとつだけ聞いてみる。

「つーわけで、これからも一緒にいていいか? アリス」

「うん……うんっ!」

 涙声で何度も頷いてくれる。俺の胸元に顔をうずめたままなので、頬ずりされているようで少しくすぐったい。けれど、それも含めて愛おしい。

 やがて泣き止んだアリスが、俺にしか聞こえないくらいの小声で話しかけてきた。

「ねぇ、優斗……」

「おうよ」

「お願い……もうちょっとだけ、このままでいさせて……?」

「もちろんさぁ」

 一秒たりとも迷うことなく即答する。そんな可愛らしいお願い、むしろこっちからお願いします。

 すぐ近くで紫さんが微笑みと温かい視線を向けてきたが苦笑いで返すしかなかった。すんません、ちょっとだけでいいので見逃してください。

 

 今日も明日も明後日もその先も、幻想郷で楽しくのんびりとやっていこうじゃないか。なにせ、「そういう気分」なんでね。

 金髪碧眼の少女が呟いた。

「ありがとう、優斗……ほんとうに」

「どういたしまして。俺の方こそサンキューな、マジで」

 掴み取った幸せはここにあるのだという実感が、ダサくボロボロになった身体に心地良かった。

 

 

つづく




次回、最終回。そしてエピローグへ(予定)
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