最後に作者からメッセージを一つだけ……
アリスは可愛い
宴会から二日ほど過ぎ去った。長閑な昼のひととき。
今日も今日とて博麗神社には仲良し三人娘が集まっていた。縁側に並んで座り、それぞれ団扇でパタパタと自分に風を送る。みんな揃ってスカートを膝までたくし上げ、冷たい水を張ったタライに裸足を浸している。現代社会では見かけることも少なくなった田舎スタイルである。
軒下に吊るした風鈴がわずかな風に揺られてチリン、と鳴った。涼しげな音を奏でるガラス細工をぼんやりと見上げながら、霧雨魔理沙がアリス・マーガトロイドに尋ねた。
「そんで、あれからお前達はどうなったんだぜ?」
「どうって……今までと変わらないわよ。優斗がうちで暮らしているの、魔理沙だって知っているでしょう?」
同じく風鈴の音色に耳を澄ませつつ、アリスが現状を答える。
もともとは現代に帰るまでの一時的なホームステイ。それが例の一件で彼はめでたく幻想郷の住民として迎えられた。本来であれば人里に移り住むのが外来人のあるべきかたちなのかもしれない。
けれど、今さら彼らが離れ離れで暮らすつもりなどあるはずもなく、それについては周りも同感。よって、これまでと同じく二人暮らしが続いていた。
たまに人里に行くと、仲睦まじくお買いものをしているお二人さんの姿がちょくちょく見られる。それはさておき。
質問の意図とは違う返事に、魔理沙は「そーじゃなくてさ」と眉をひそめる。彼女に代わって霊夢がズバッとブレのないど真ん中ストレートを投げた。
「もっと大事なところよ。彼に告白はしたの? 付き合ってるの?」
「ふぇえ!? そ、そういうのはまだ、ちょっと……ね?」
包み隠さない直球をまともに受けて、カァアッと顔を赤らめているのは気温の高さだけではあるまい。団扇を扇ぐ早さが上がっているが、いまいち効果はないようだ。ちなみに噂の彼とやらも博麗神社に来ている。さっきお手洗いに行ったところだ。そのうち戻ってくるだろう。
どうにも煮え切らない態度の人形遣いに、「あれぇ~?」と意地悪な声色とニヤけ顔で白黒魔法使いがさらなる追い打ちをかける。
「この間うちに来たとき、素直になれそうって言わなかったっけ?」
「あぅ……」
痛いところを突かれた少女が言い難そうに肩を縮ませる。
なんとも驚いたことに、彼も彼女もこの期に及んで未だに想いを伝えていなかったりする。あれだけ一緒にいたいとか声を大にして言っていたくせに、一番重要なところで躊躇っている。おかげで、以上で未満な焦れったい関係が相も変わらず続いているのだった。
純情な気持ちを胸に抱きながらも、アリスが「だって」と言い訳を始めた。
「今はこうしていられるだけでも、なんだか夢みたいなんだもの……」
いつか現代に帰るときが来てしまうと思っていたのに、これからもずっと一緒にいられるようになった。それだけでも幸せだから。彼が聞いたら喜びのあまり昇天しそうな健気な理由を、頬をほんのり桜色に染めつつ口にする。
それを耳にした霊夢と魔理沙の眼差しが生暖かいものになっていく。
「くぁーっ! 聞きましたこと霊夢さん?」
「ええ、ええ。本当にもう、ご馳走様ですよね魔理沙さん?」
「かっ、からかわないでよ! もーっ!」
親友二人に茶化されて恥ずかしそうに頬を膨らませるアリスをみて、場の空気が温かくなる。仲良しな女の子たちのじゃれ合い、心が和まさせる。今日も平和だ。
しかし、そこに暗雲が立ち込める。
きっかけは、気持ちを伝えることができない原因にもなっている、アリスが抱える心配事。
一人の青年に想いを寄せる少女は、「それにね……」とその切実な気持ちまで口にしてしまう。
「やっぱり、こわいの……もしダメだったら、今の関係までなくなっちゃう……」
『……………』
時が、止まった。
霊夢と魔理沙の表情が温かい笑顔から一転し、まるで甘い桃と渋柿を同時に食べたみたいな、何とも表現しがたいものに変わり果てる。
手を伸ばせば必ず届くというのに、その一途さ故に失いたくないあまり臆病になってしまっている。彼の自分に向けられる気持ちが「そういうこと」ではなく、あくまで友愛からくるものではないか、と。そんな心配しているのかこの娘は。
これは由々しき事態だと、二人の少女の決意が固まる。
このままではいつまでたっても進展しないかも。親友として彼女にはぜひとも結ばれて欲しい。奇妙な女の友情があった。あとぶっちゃけ、ここまで来てゴールインしないとかふざけんなという気持ちもあった。ついでにからかいたい気持ちもあった。
そして、タイミングを狙ったかのようにチャンスが訪れる。ちょうどお手洗いから戻ってきた優斗の姿を視界の端に捉えた。鼻歌とはまた違う謎のリズムを口ずさんでいるが、気にしている場合じゃない。
異変解決コンビが無言でアイコンタクトを交わして頷き合う。もしゲームの戦闘シーンだったら凛々しいカットイン演出があっただろう。ペルソナみたいに。
『………………』
「え、え? 霊夢、魔理沙? どうしたの?」
急に黙りこくってタライから足を上げる親友二人にアリスが首を傾げる。なんとなく嫌な予感は伝わってくるのか、どこか困惑気味だ。
おろおろと戸惑うアリスに、霊夢と魔理沙が異変解決に臨むときにみせる力強い笑みを浮かべる。そのまま肩に手をやると、頼もしい雰囲気を纏ってやけに優しい声をかける。
「アリス、安心なさい。その心配を消し去ってあげるわ」
「そうそう、私たちに任せるんだぜ」
「えっと――」
『行ってくる!!』
「あっ……」
次の瞬間、異変解決コンビは鴉天狗もかくやというスピードで廊下を走り出した。
あろうことか、全力疾走しながら少女たちは目的を叫んで、
『優斗の好きな女の子を聞いてきてあげるから!!』
「え……えぇええええええええ!?」
刹那、乙女の三重奏が響き渡った。
「デデンデンデデン、デデンデンデデン」
ターミネーターの曲を口ずさみつつ神社の廊下を歩み進む。無駄にゴツい演出をしているが、実際にはただトイレに行ってきただけです。
あのとき負ったケガはすっかり治った。宴会では咲夜さんからお淑やかにお酌してもらったり、限界無視で体を酷使したのを妖夢と鈴仙に咎められたあと全身マッサージされたり。わざわざ地底から来てくれたパルスィには「地底に来たら顔くらい出しなさいよね」なんて嬉しい誘いを受けたりもした。次から次へと可愛い女の子に囲まれて鼻血が危なかったでごわす。
俺が幻想郷に残る選択肢を選んだことを誰もが祝福してくれたのは本当に嬉しかった。だらしなく鼻の下を伸ばしていたらアリスにほっぺた抓られたのは痛かったけど。
先日の宴会を思い出していると、ふと気付く。
「おん?」
どこからかドタドタと騒がしい足音が聞こえてくる。どうやらこっちに近付いているらしい。
キョロキョロと周りを見渡すと、爛々と目を輝かせた霊夢と魔理沙がこちらに向かって走ってくるではないか。さらに、その後ろからは顔を真っ赤にしたアリスが二人を追っかけている。明らかに追う側と追われる側のチェイス。しかも追われる側の二人が俺に狙いを定めているとしか思えないほどに、完全にこちらをロックオンしている模様。
案の定、前を走る二人が声を飛ばしてきた。
「優斗、正直に答えなさい!!」
「今すぐにだぜ!!」
「え、ちょ、おま、何事なん!?」
『優斗の好きな人って――』
「ダメェええええええええええええ!!」
二人の質問をかき消さんばかりの、アリスが放った全力の叫びにあわせて、彼女のもとから上海がズバッと射出される。まるでウルトラマンの変身シーンのように拳を前に突き出して、一直線に俺めがけて飛んでくる小さな彗星。躱す術などあるはずもなかった。
ロケット発射された体勢そのままに拳が俺の顎に突き刺さる。
「おごっ……ぶるぁァアアアアアアアア!?」
ブチャラティのごとく顔が歪んだ直後、巻き舌混じりの絶叫を上げながら俺は壁際まで吹っ飛ばされていった。
空中を凄まじい勢いで横回転しながら床に叩きつけられる。リングで決着の鐘が鳴った幻聴が聞こえた。K・O。
「な……なんだってんだ……ごふっ」
ピクピクと痙攣しながら意識を落とす間際、惜しかったとばかりに「ちぃっ」と悔しがる博麗の巫女と白黒魔法使いのコンビ、耳まで紅潮させたまま大きく肩を上下させて呼吸を繰り返す人形遣い。そして、クリティカルヒットを叩き込んだ上海が俺を見下ろしながら、たった一言だけ。
「バカジャネーノ」
おしまい
スペシャルサンクス
この物語にお付き合いいただいた読者の皆様
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!