俺のあずささんが可愛すぎて死にそうなんだが   作:慧鶴

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~Star and star, the night~

……かき氷たべたい(シロップ一杯かかったヤツ)。
慧鶴です。
会いたい人、あなたはいますか? もしその人に会える夢を見たら、それは願望の表れだそうです。


みんなとすごした夏休み。

あの日のことは、今も鮮明に覚えている。それは、寝静まった夜の、夏の海でのことだった。

潮の流れが夜と溶けあって、月の光に照らされていた。

浜辺を行く独りの女性。あずささん。

着流した浴衣の袖から、白くて細い指が見えた。先ほどまでの酔いは覚めたようで、気持ちよさげに歩いていた。

夜風に長い髪をたなびかせて、ゆっくりと水ぎわの砂地に足跡を刻むあずささんは、くるりとこちらに振り向いてフニャリと笑った。

 

「プロデューサーさん。ほら、風が気持ちよくて……それに水が冷たいですよ」

「そうですね。夜の海は昼とはまた一味違いますね」

「きゃっ!」

波に足を取られ、あずささんがその場にペタンと崩れる。

「あずささん!?」

「うふふ、だーいじょーぶです♪ あ、でも服が濡れちゃいました」

 

波がこちらへとまた寄っていた。

俺は急いであずささんを背負って、その場から数歩離れる。その時ふと、背中に柔らかい感触が――

いや、こんな時に何を想像してヤワラカイ、理性を持ってヤワラカ、ヤワ……落ち着けぃ俺!

背中の全神経から意識を逸らして、鼻から溢れそうなものを慌てて止めた。

 

「危ない危ない、鼻血でるとこだった……」

「どうしたんですか?」

「なんでもないです、あずささん」

「プロデューサーさん?」

「ナンデモナイデス、アズササン」

 

それからしばらく、あずささんを背負って浜辺を歩いた。

あずささんは頭上に広がる空を指差し、きれいですと笑った。見上げると確かに、噴きこぼれそうな程の輝く星がそこにあった。二人でこの空を見ているこの瞬間が、なんだかロマンチックに思えて、俺はとても昂揚した。

灌木のそばで、あずささんを背中から下ろした。そのまま俺はあずささんを見つめる。

 

「俺、あずささんに大事な話があるんです」

意を決して切り出した。喉もとが熱かった。緊張していた。

「あずささんと俺、かなり良い関係だと思うんですよね」

「それって……?」

あずささんが小首をかしげる。何その仕草、めっちゃ可愛いです……って違う。

どうやら伝わっていないみたいだ。やはりちゃんと言葉にしないといけないらしい。

拳を強く握りしめる。腹の底から熱が一気に押し寄せた。それを耐え、俺は想いを言葉にした。

「俺があずささんの運命の人になります……ならせてください」

発した声が夏の空気へと吸いこまれた。俺はもう一度あずささんを見た。

あずささんは、目尻に涙を浮かべて両手を祈るように胸元で組んだ。

そして、俺と顔を向き合わせて、柔らかく微笑んだ。

 

「はい。こちらこそ、お願いします」

 

そうして、俺とあずささんはお付き合いを始めた。

出会ってから半年ほど経っていた。

エアコンの故障を理由に事務所のアイドルみんなで行った海で、俺たちは恋人同士になった。

 

 

   ~~~

 

「余命半年。俺が、ですか?」

「ええ、残念ながら日本の医療技術では治療が出来ないのです。あなたのご病気を直せる方は、世界中でも僅かでしょう。そして、日本には私の知る限りそのような医者はいないのですよ」

 

ちょうど一週間後だった。

 

淡々と話す医師を前に、俺は内面の動揺を隠せなかった。

発端は春先の健康診断で、ある数値に異常があったことだと記憶している。最初の検診では、問題は見つからなかった。だから俺自身、それならそれで良いと思ってあまり気にしていなかった。けれど、次の異変はすぐ後に起きた。

 

時々、めまいを起こすようになった。倦怠感もあった。

そして先日だった。遂に俺は猛烈な吐き気と手のしびれを同時に感じた。

さすがにおかしい。そう思い、それから急いで専門の医師に診てもらった。その結果がどうやら脳の病気に罹っていたという事実で、もう先は長くないという現状だった。

 

どうして自分が?

つい一週間前、あの浜辺でやっと想いを伝えて、俺はあずささんとお付き合いできるようになったのに。

それなのに、もうあと一年も待たず、俺は死ぬのか?

診断結果を聞いて、やり場のない疑問が頭の中を駆け巡った。

 

わけが解らない。でも、現実感として受け止めることしかできない。

証拠とともに自分の病状がはっきりと提示されるので、これはどうやら本当に死ぬらしいと思った。だが、受け入れることと納得できることとは、全く違った。

医師の説明を聞きながら、どうしても助からない見込みが強くなったので、あとの話は右から左だった。

 

「この病気で、そのうち俺は……」

自宅に帰ってから、自覚はさらに強まった。

 

死ぬということを常に忘れるな、とはたしか「メメント・モリ」と言った。むかし何かの本で読んだな、とボンヤリ思い出していた。

いま実際に眼前の「死」を意識した途端、そういった言葉を思い出すことに、意味はないとこの時に分かった。

むしろ、生きている瞬間ばかりが思い出されて、その中で幸せな思い出がどうしようもないぐらい懐かしく感じられた。一方で、あの心地良いまどろみの瞬間をふりかえると、胸先を冷たい針で刺される気がした。

 

俺を慕ってくれた後輩や、引っ張り上げてくれた両親に社長、あたたかく見守ってくれた人達。ファンの方々。

765プロのアイドルたちみんな。

 

――――あずささん。

 

 

季節は夏だった。盛況な雑踏の響いている外と比べて、室内は静かだった。

清冷な海の広がるあの場所で、いままで出会った誰よりも心から好きになった人と一緒になれた。

あの夢のような瞬間が、覚めてしまうまでもう僅か半年ほど。

わかりきった事実に、夢からの目覚めをこの静寂の中で知る。

 

俺は死んでしまう、あずささん(あの人)をひとり残して。

これだけが分かった。恋人でいられる、あずささんの運命のひとでいられる期限。

もうすぐだ、もう俺は彼女の前からいなくなる。

 

ならばせめて、俺は残りの人生すべてを賭けてでも、あずささんを幸せにしたいと思った。

 

   ◇

 

脳に病気があると分かって、そこから色々調べてみた。すると、沢山の症例を目にした。

その中で特に怖かったのは、突然の意識消失と、記憶の欠損だった。

もし自分も同じような症状を発した場合、それは事実上、俺の異常が目に見える形で第三者にも伝わってしまうことを意味した。

 

次の日。

俺はまず、病状について話せる限りのことを、社長に伝えた。

突然の意識消失の際、冷静に対処してもらえるように頼んだのだ。

俺の請願に社長は見たこともないほどの険しい顔をして、仕事を続ける理由を聞いてきた。俺と社長、二人きりの室内は重々しい空気が充満していた。

 

「俺はこの場所で貢献したいんです、最期まで」

「それは君の勝手に過ぎない。もっと厳しく言えば、ただのエゴイズムだ。病人が事務所にいて、もし取り返しようのないトラブルを起こしたら、それはマイナスになるんだよ」

「……そうですね、たしかに俺自身のエゴです。けど、どうしても765プロで働きたいんです」

社長の気遣いを含んだ言葉にうなづいた。俺はそれでもこの事務所に居たい理由を伝えた。死を自覚した途端、こんなにもはっきりと意見を言えるようになったのは自分でも不思議だった。

「社長に拾われて、最低な自分を受け入れてくれた765プロのみんなに俺はまだ何も恩返しできていないんです。せめて俺はみんなを、いや誰かたった一人でもトップアイドルにしたい……! そして、彼女たちにアイドルなって良かったと思ってもらいたい!」

 

言い終えた時、社長は黙って、俺の目を見据えた。

逃れようのない、真正面からの覇気に自分は圧されていた。でも、それさえ俺は真っ直ぐに向かい合った。そうしなければ、社長に俺の想いは届かない気がしたから。

 

やがて長い、途轍もなく長い溜め息を吐いて、

「君の熱意には負けたよ」と社長は言った。

高木社長は本当に大変な状況になったら、無理せずにわたしに言ってくれたまえ、と俺の肩をポンポンと叩いた。そして、宜しく頼む、と握手を求めた。

「……ありがとう、ござい”まず」

どうしても、声が震えて、感謝しても、し足りないと思った。

握りしめる手に力が入った。

茜差す部屋で、俺はまた決意を固めた。

 

 

その日、事務所からの帰り道にある文具店で日記帳を買った。ただのノートだけど、そのほうが都合が良かった。

「あれ、プロデューサーさん、お買い物ですか?」

その時、ばったり小鳥さんに会った。

 

小鳥さんは買い物カゴいっぱいにペンやコピー用紙を買っているようだ。

さすが事務員さんだ。俺たちの見ていないところでもこうして事務所のために働いているのだろう。本当に頭が上がらない。

 

「ええ、ちょっとノートを切らしてしまって」

「へえ、そうなんですか。何に使うんです?」

「そうですね、企画のアイデアだったり、プロデュース方針のメモとか。創作活動で言えばプロットみたいなものです」

「わあ~。それじゃあ私と一緒ですね!」

 

「……え?」

「え?」

 

……何を言っているのでしょうか、この事務員さんは。

いま確かに「私と一緒ですね!」と言ったような。

あれ、もしかしてこの人、仕事じゃなくて別件の、きわめて私用な……

 

「小鳥さん、その大量のコピー用紙にいったい何を書くんですか?」

「ええ~、ただの事務仕事に係る事ですよぅ」

「本当は?」

「マコユキ・ユキマコ・ヤヨイオリ。タカヒビ・ミキマコ・アズタカ也」

「せっせと妄想ですか」

「イエス、同人活動です……ピヨォ」

 

どうやらこの事務員、完全に私事に走っていたようです。妄想エクスプレスです。

ダメよ小鳥~はさせません。逃げる隙を与えないのです。

そのまま、俺は小鳥さんの同人活動の糧になるであろう大量のコピー用紙がレジに通されるのを、なんとも言えない気持ちで眺めた。

 

この頃から、俺は小鳥さんのザンネンな面を沢山知ることになった……

 

   ~~~

 

日記を書こうと思ったのは、いつ自分が記憶欠損を起こしても思い出せるようにするためだった。

けれど、目的はそれだけではなかった。

 

なにより、これから先のあずささんと過ごす時間をどんな形であれ、残しておきたかったからだ。

いずれ消えてゆく人間のことを、置いてゆく彼女に忘れて欲しくなかった。

そして、どんな瞬間も思い出せるように、留めておきたかった。

 

俺の居たことを、俺があずささんを好きだったことを、日記帳に書き残し始めた。

それからの時間は本当に幸せだった。

あの日記に書かれてある日々の全てが輝いている。

 

書き記すたび書き残すたび、まどろみのようなあの感情がどんどん沸いてきた。

生きていることがこんなにも幸せだと思ったのは、生まれて初めてだったかもしれない。最良の時だった。

毎日のように、あずささんの素敵なところを見つけてゆく。その度に、愛しさが増す。

苦しい時間をともに乗り越える、皆とバカ騒ぎをして笑う。その度に、生へ執着する。

 

だからこそ。

この行いこそが最大の過ちだったのかもしれない。

あの日記を書き続けてゆくほど、俺はしだいに矛盾していった。

 

「死にたくない! 生きていたい! 俺はみんなといっしょに! あずささんの隣にいたい! こんなに愛しているのに!」

 

死を受け入れたはずだったのに、いつの間にか、俺は生きたくて仕方なかった。

 

……どうして、俺はこんなことを思い出しているんだろう。

ふと、違和感を覚えた。そもそも、いま俺は何処に居るんだ?

やけに鮮明だった。臭い、音、質感、温度、なにもかもが。

そして、俺は気付いた。

これは夢だ。記憶を遡っているのだ。いままでの思い出を振り返っていたのだ。

俺は思った。

初めから間違っていたのは俺ならば、それは彼女に自分の存在を覚えていて欲しいという願いそのものだったのだと。

つまり、あずささんが自分のことなど忘れてくれた方が、俺も生にしがみつくことなどないのだと。

そのほうが、彼女も幸せになれるんじゃないか……

 

 

 

――――

目が覚めた。

夢は終わった。

 

透きとおるような脳内のすべてに、意識の覚醒を実感した。次第に音も光も温度も戻ってくる。

「プロデューサーさん、目が覚めたんですね」

小鳥さんの声だった。お医者様を呼んできますね、と言って席を外した彼女の後ろ姿を見ながら、直前までの記憶を思い出してみた。そうだ、確か自分は事務所で倒れて、そのまま意識を失ったんだ。

 

その内、小鳥さんが呼んだ医師の診察を終え、状況の確認をすませた。

事務所のことについては小鳥さんから聞いた。

 

とくに、自分が二日間にわたって目を覚まさなかったことについては驚いた。

ニューイヤーライブはもう終わっていた。俺はあずささんとの約束を、「全員でのライブ、その場所に俺がいる」というその約束を破ったのだ。最低な形で。

 

あずささんが泣いていたことを聞いたとき、俺は胸元を万力で締めつけられるような感触を覚えた。

 

その時、唐突にあの言葉を思い出した。

以前のアイドルジャムで黒井社長が口にした、アイドルとプロデューサーという両者の関係について。そのニヒルな口ぶりを。

 

――――お前だ、裏切るのは。

善意や思いやりも信頼も、それが全て完璧に果たされて上手くいくほど、この世の中は甘くない。

 

まったくその通りだった。俺はあずささんの心を裏切った。

いつでも、自分の状況について伝えるチャンスはあったはずだ。けれど俺はそれを拒んだ。

だから、いつも彼女と接しながらも、どこか後ろめたさを感じていたのだ。

その結果が、今回の事態を招いた。

 

琴美さんと社長たち、彼らも同じように苦悩して傷つけ合ったのかもしれない。

そして今度は、俺が同じように、あずささんのことを傷つける。

あのバーで聞いた話を思い出した。悔しそうに過去を語る社長と、切なそうに佇んでいた小鳥さんを。

 

――――お前だ、裏切るのは。

 

病室のベッドの上で眠りながら、俺はいままで夢を見返していた。

その夢もいまは跡形もない。

その事実に気付いて、このベッドに横たわりながら、これから自分がすべきことを一日中考えていた。

 

明日から、面会の許可が出る。

そうなればきっと、あずささんも来るかもしれない。

怒ってお見舞いに来ない可能性も考えられるけど、それは多分ない。だって、そういう優しくて、どうしようもなく愛情深い人だからこそ、俺はあずささんを好きになったのだ。

だから、彼女にすべき接し方を考えた。

 

……考えて出した答えが、たとえまた間違いだったとしても。

今度こそ俺はあの人を幸せにしてみせる。

それだけが俺のすべて。




次回のアイドルマスター『俺あず』は!

亜美だYO!
あのね、好きな飲み物のことなんだけど~ペプシーとコーラ、どっちがイカすと思う?
って、近所に住んでる留学生のアパパウミッチさん(アメリカ人)に聞いたんだ!
そしたら、
「ヘイベイビー、キメてる野郎ってのはほとんどが生粋のコーラジャンキーなんだぜ!」
って、教えてくれたんだ!
亜美ね、最初はそれを聞いてコーラばっかり飲んだんだけど、何か違うな~ってことでペプシもいちおう飲んでみることにしたんだ!
その感想なんだけど……ってわあ、そんな話より次回の予告だよね!
次回もメッチャ面白いから、全国のコーラとペプシ大好きなにいちゃんねえちゃん!

――――お楽しみに!

次回「終わらせるという選択。 ~Twilight days to the end~ 」

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