これは、とある少女のお話。不老不死の少女が、死ぬまでの、そんなお話。

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しょうじょのはなし

 話をしましょう。これは、とある世界の、とある少女のお話。なんてことのない、ちょっと変わった普通の少女が、求め続けたお話。

 

 ☆

 

 とある村に、1人の少女がいました。

 

 少女は呪われていました。不老不死の呪いにかけられていました。彼女の見た目は十代半ば辺りのまま、何百年も変わらずにいました。

 彼女は生贄でした。遠い昔、まだ彼女の住んでいる村ができたばかりの頃、意地の悪い村長が神様に村の永遠の繁栄を願い、しがない村娘だった彼女は、たまたまそこにいたからという理由で生贄に選ばれました。

 

 彼女の濡れ羽色の髪は処女雪のような白色に変わり、夏の雲のように綺麗だった肌に歪な紋様が、丁度首元に浮かび上がりました。

 

「ねぇ、おばあちゃん」

 

 彼女は揺り椅子で編み物をしている祖母に訊ねました。

 

「どうして私だけみんなと違うの?」

 

 少女は自分のことが嫌いでたまりませんでした。みんなと一緒にいても、彼女を見る周りの目が私だけが異常な存在であることを知らしめてきます。

 目の前をちらつく透き通った白髪が憎くて、彼女はその美しく伸びた髪をバッサリと切り捨てました。

 私を指差す周りの人たちに視線が嫌で、彼女は首元と頭を隠すようになりました。

 

「どうしてだろうねぇ」

 

 ゆったりと、毛糸を編む手を止めず、けれど優しく祖母は相槌を打ちました。

 

「私が何をしたって言うのさ。私はただ普通に友達と一緒に遊んで、勉強して、お嫁さんに行って、子供を産んで幸せに生まれたかっただけなのに」

 

 少女は不老不死が祝福ではなく呪いである理由を理解していました。彼女にとって何かを得ること程恐ろしいものはありません。

 

「こんな身体になっちゃったらもう何も手に入れる気にもなれないよ。私は永遠に空っぽのままだよ。神様なんていなけりゃ良かったのに」

 

 花瓶に水を注ぐように、毒を吐きました。

 

「じゃあ、あんたは死にたいのかい?」

 

 祖母は少女に尋ねました。暫しの沈黙。揺れたカーテンから漏れ出た日射しがテーブルに飾られたマリーゴールドがキラキラと輝いていました。

 

「うーん、分かんない」

 

 風は止み、薄ら寒い影と静寂が部屋を満たしました。

 

 ☆

 

 冷たい夜風が頬を撫でました。それは蒸し暑い夏の夜では、とても心地良いものでした。

 

「あっ夏の大三角かな」

 

 真っ暗な夜道を鼻歌交じりに歌いながら空を見上げた少女はそう呟きました。それが本当に夏の大三角なのか少女には分かりません。ですがそれは彼女にとってさほど重要なことではありませんでした。

 

 彼女は星を見るのが好きでした。輝く星を見ていると、空っぽな心が満たされるような気がしたからです。

 

「あーあ、私もお星様になれたらな」

 

 ─なれたら、きっとこんな空虚な私にも価値が生まれるだろうな。

 

 そうして彼女は再び夜闇の中へ歩き始めました。行く先に星は輝いていませんでした。

 

 ☆

 

 それからしばらくの月日が経ち、祖母が、それからまた数十年後に、両親が死にました。

 

 少女は泣きました。冷たくなった体の横で、ごめんなさいごめんなさいこんな親不孝な娘でごめんなさい孫の顔も見せれずにごめんなさいお母さんたちの会いに行けなくてごめんなさいごめんなさいごめんなさい、と呪文のようにいつまでも言い続けました。

 

 それからまた永い年月が過ぎました。すっかり落ち着きを取り戻した少女は旅に出ることにしました。

 もうこの村に残る理由が、彼女にはありませんでした。当時私を憐んだ多くの村人たちは既に死に絶え、今は化け物をみるような目で彼女を気味悪がります。中には彼女を魔女呼ばわりし、石などを投げつける輩たちもいます。

 

 時間が少女を崇高な生贄から下劣な魔女へとなり下げました。

 

 荷物をまとめ、少女の両親と祖母の墓参りを済ませて、彼女を家を出ました。大きな荷物を持った彼女を不審に思った村人は彼女に一体どうしたんだと尋ねました。

 

「この村を出て旅に出ようとおもいまして」

 

 それを聞いた近くの老人は突然彼女に詰め寄り懇願しました。おい頼むよこの村から出て行かないでくれあんたはこの村の繁栄のために不老不死になったんじゃないかあんたが出て行っちまったらこの村は衰退してしまう。

 

 それを聞いて、今まで我関せずといった様子だった他の人々も、本当かお願いだうちで取れた野菜とかあんたが望むものならなんでもただでくれてやるから出て行かないでくれ、と次々に彼女を足止めしました。

 

 彼女は、私なんかほっといてよ今までそうだったでしょ急になんなのよちょっと触らないで気持ち悪い、と抵抗しました。

 

 服を引きちぎられ、手足を絡められ、鞄にしがみつかれながらも、彼女は必死に踠き、どうにか人混みから抜け出し、遂に初めて村の外に出ました。

 

 ☆

 

 村を飛び出すまでは良かったのですが、生憎と彼女に目標はあっても行き先はありませんでした。

 おもわぬ障害の所為で陽はとっくに沈んでいます。影のような空には眩しいくらいの満月と星々が輝いています。

 

「取り敢えず、あれ目指して歩いてみるか」

 

 その中でも、就中輝いていた一等星を見て、彼女は踵を右に返しました。

 

「まぁ、寝るのが先決かな」

 

 夜はとても危険です。そこまで時間が経っていないため、彼女が今いるのは村の近くの平原です。見晴らしはよく、獰猛な生物がいたらすぐ見つけれますが、それはこちらも同じこと。いくら彼女が死なないとはいえ、痛みはある上鞄にはしばらくの食料などが入っていますので、襲われたらひとたまりもありません。

 今宵は満月、とても明るい夜ですが、そうは言っても夜は夜。暗いことに変わりはありません。こんな見つけられやすく、また見つけ辛い時に動き回るのは得策ではありません。

 それに、先の一悶着のせいで若干の疲れもあります。これからの長旅も考えると、ここで休んでおいた方が良いでしょう。

 

「おやすみっと」

 

 素早く簡易的な寝床を立て、そう呟いて彼女は眠りに付きました。その空虚な声は宙を舞い、月明かりに照らされた後に霧散しました。返してくれる声は、もうありません。

 

 ☆

 

 さて、夜は明け陽は昇りました。雲1つない快晴に、死んだような白月がぽつんと浮かんでいます。

 冷たい風が歩く少女の白い髪を揺らしました。乾燥した喉に唾を流し込むと、剣で刺されたような痛みが広がり思わず顔を顰めました。

 

 目の前に広がるは湾曲した地平線。茹だるような陽炎が見えないのが唯一の救いでしょうか。

 

「これ確かマーガレットだったっけ」

 

 無間地獄のような旅路に疲れと苛立ちを感じ始めていたところ、ふと脇目を見てみるとそこには野花が咲いていました。

 

 よっこらせ、と休憩がてらその花の近くに腰を下ろします。遠い昔家で読んだ本の記憶を辿り、その花の名を口にしました。

 

「綺麗だなぁ」

 

 顎を両手に乗せ、うっとりとした表情でその花をじっと見つめます。

 やがてそのうちに一輪の根元を摘み取り、そっと耳の裏に挟みました。

 

「ふふっ、可愛いかな? 可愛いといいな」

 

 そう言って彼女は束の間の休憩を終え立ち上がり、また歩き始めました。

 

 緑で覆われた果てしない原っぱに、真っ白な髪に真っ白な花を飾った白月のような少女が1人、そこにいました。

 

 ☆

 

「おい」

 

 そこから長い間歩きました。太陽が十回頭上を超えたあたりから馬鹿馬鹿しくなって数えるのを辞めました。未だ草原から抜け出せていませんが、少しずつ木々を見るようになりました。

 声をかけられ、彼女は周りを見渡しましたが、人間はおろか蟻1匹さえ見つかりません。首を傾げていると、もう一度、声がしました。

 

「おい、上だよ上」

 

 見上げてみると、烏が木の枝に止まっていました。

 

「あれ? なんで喋れるの?」

「実は神様によって動物の姿にさせられた哀れな美少年だから」

「嘘でしょ」

「さぁ」

 

 烏は、肩を竦めてそう返しました。

 

「まぁいいや。ところで烏さんはどうして私を呼んだの?」

「ん? あぁ、いやなに、お前があまりにも変わった髪の色をしてるもんだからな。揶揄ってやろうと思って」

「私の髪、そんなに変?」

「あぁ、変だ。今までたくさんの人間を見たけどお前ほど髪の白いやつは見たことがない」

 

 少女は自分だけは違った村での生活を思い出して思わず泣きそうになりました。

 

「でもな」

 

 烏はそこで1度区切って間を置いてから照れ臭そうに言いました。

 

「今までたくさんの人間を見たけどお前ほど綺麗な髪をしたやつも見たことがない」

 

 俯いて泣きそうだった彼女の表情は次第に晴れやかになっていき、向日葵のような満面の笑みで烏に感謝を述べました。

 

「ほんと?! えへへ、嬉しいな……」

「なんだい、気持ち悪い顔しやがって」

「だって家族以外の人、じゃないね君は。まぁともかく家族以外に私を褒めてくれたのは君が初めてだよ」

「ん、どうしてまた? お前ほどのべっぴんさんなら1度くらいは褒められたもんだろ?」

「不老不死なんだ、私」

 

 なんでもないように少女は言い首筋の紋様を烏に見せました。まるで信じられないと言わんがばかりに烏はギョッと彼女に顔を向けました。

 

「なんでそうなったんだ?」

「たまたまだよ。村の繁栄のために村のお偉いさんが神に祈ったんだ。その時の生贄として、たまたまお偉いさんの近くにいた私が生贄にされた。それだけの話」

「そいつが憎くはないのかい?」

 

 烏は彼女の顔色を伺うようにそう聞きました。

 

「憎いよ。もし目の前にいたら目隠しして耳許で水滴を垂らす音を延々と聞かせながら熱湯や冷水を浴びせたり、爪の指を剥がして指の先から心臓まで身体を微塵切りにしてやりたいくらい憎い。あいつのせいで私は憐憫と孤独と寂しさで埋め尽くされちゃったんだから」

 

 少女は確かな憎悪を込めて即座にそう返しました。

 

「でもね、仕方ない事なんだ。死人に口無しって言うでしょ? 死んじゃった相手をもう一度死なせるなんて無理だし、貶し続けても虚しいだけ。子胥みたいに死体蹴りしたい程の復讐心もあるわけじゃないし。運が無かったんだ。誰がこうなってた。それがたまたま私だっただけ。あれは仕方のないことだったんだよ」

 

 先ほどまでのあのドス黒い感情は何処へやら、彼女は飄々と答えました。

 

「でも、お陰で人から憐まれるし、石とか投げつけられるし、挙句私が村から出ようとしたら懇願して剰え軟禁しようとしてきたんだよあいつら。思い出すだけで吐き気がしそう」

「俺が烏で良かったな」

「本当だよ」

 

 彼女は歩き出しました。烏は彼女の後をパタパタ飛びながら付いてきます。

 

「そういえば烏さんはなんで1人なの?」

「だから神様のせいで烏の姿に変えられたって」

「冗談はいいから」

 

 後ろで真面目腐った顔で言う烏を肩越しに目で諫めました。

 

「えーっと、あれだ。のんびり昼寝してたら群れから置いてかれたんだよ」

「烏って群れで行動するの?」

「知らね」

 

 ☆

 

 それから少女と烏は長い旅路を歩き続けました。

 

「あっ烏さん見て、森だよ!」

「ついにこの平原ともおさらばか」

「烏さんと出会えたこの平原には感謝しなきゃね」

「そうだな。俺も感謝しないとな」

「これからもずっと一緒にいようね」

「……そうだな」

 

 少女たちは平原を越え、

 

「あれ、烏さん何処?」

「ずっとお前の横にいるけど」

「ひゃあ! びっくりさせないでよ!」

「お前が勝手にビビったんだろ」

「森の中じゃ見にくいから私の肩にとまっといてよ」

「爪があるから痛いかもしれないぞ?」

「独りに感じるよりマシだよ」

 

 森を越え、

 

「あっつい」

「お前髪白い分ましだろ。こちとらまっくろくろすけもいいとこだぞ」

「いいじゃん夜はあったかいんだから」

「お前いっつも寒そうに毛布に包まってるよな」

「ねぇ烏さん」

「ん?」

「あのさ、今夜から烏さんと一緒に寝ても良い? ほら、あの毛布薄いから、烏さんを抱きしめて寝た方がもっと温かくなるし、私が風邪ひいたら困るでしょ?」

「いいけど最近甘えすぎじゃね?」

「人肌恋しい時もあるんだよ。それに……」

「それに?」

「やっぱりなんでもない」

「ふーん、まぁ良いんだけどさ。嬉しいし」

 

 またある時は砂漠を越えました。

 

 それは海を渡る船に乗っている時のことでした。

 

「ねぇねぇねぇねぇ烏さんねぇ聞いてねぇねぇ!」

「聞いてやるから落ち着け」

 

 デッキの柵に留まっていた烏の元へ、少女は勢い良く駆込みました。

 

「さっきそこにいた商人さんから聞いた話なんだけどね!」

「おう」

「この船が向かってる大陸に、なんでも願いを叶えてくれる花があるんだって!」

「それは本当か?!」

「うん! 過去にそれで億万長者になった人もいるってその人言ってた! 他の商人さんにも聞いてみたけど皆そう言ってたから間違いない!」

「良かったじゃないか!」

 

 1人と1羽は年甲斐もなくはしゃぎ回りました。おいてめぇらうるせぇぞ、と船員が怒鳴り、漸く落ち着きを取り戻しました。

 

 少女は烏の立っている柵に凭れながら、どちらも喋ることなく海を眺めています。遮るものはなにもなく、海は水平線に近づくにつれてその深さを増していきます。そして水の溶けたような淡い白が一瞬広がり、快晴が何処までも続いていました。

 波が船を打ち付ける音や、船客たちの談笑、かもめの鳴き声が収束して静かに鼓膜を震わせます。

 

「なぁ」

 

 そんな雑音を上書きするように、烏の声が鋭く彼女の意識を叩きました。自然と閉じていた目蓋を開いて、小首を傾げて烏の方を見ます。

 

「なぁに?」

 

 弛緩した空気と安堵がそうさせるのか、彼女の目は何処か遠いところを見ているようで、声も心なしか甘ったるく聞こえます。

 

「お前は、なにを願うんだ?」

 

 彼女はなにも返さず、ただじっと烏を見つめます。烏は顔を顰めてました。

 

「やっぱり、死にたいって願うのか?」

 

 長い、永い沈黙でした。それはもしかしたらほんの数十秒だったかもしれませんし、何分、何十分、何時間もかかっていたかもしれません。ですが時を告げる太陽を気にして入らせるほど烏の心に余裕はありませんでした。

 

「ねえ烏さん」

 

 影が細長く伸び始めた頃に、漸く彼女は口を開きました。言い澱むように、或いは吟味するような数度口をまごつかせてから、彼女はしっとりとした瞳で烏をじっと見つめました。

 

「烏さんは、私のことが好き?」

 

 烏が首を縦に振りました。

 

「それってライク? それともラヴ?」

「どっちもだよ」

「そっか」

 

 少し嬉しそうに彼女は微笑みました。それはモナリザも霞んでしまいそうな程に美しい笑顔でした。

 

「じゃあさ。私が死んだら、君も死んでくれる?」

 

 烏はなにも言い返すことができませんでした。

 

「ごめんね、タチの悪い冗談言って。忘れて良いよ」

 

 彼女は柵に凭れかけていた体を持ち上げ、年寄りのように背中を鳴らしてから、さぁもう日も沈みかけてるしそろそろ夕食でも食べよ、と元気良く言って船の中へ踵を返しました。

 すっかり伸びた髪が宙を舞いました。ゆっくりを落ちていくそろ銀糸は暮れ泥む夕陽を浴びて儚げに朱く輝きました。そして一瞬静止した後、急速に落下し、いつも通り彼女の背中を覆い隠しました。寂しそうにきらめく後ろ姿を見ながら、烏はその黒い黒い翼を広げて彼女の後を追いました。

 

 ☆

 

 少女達は、港に着き、噂に聞いた町へ行きました。そこで本当にそのなんでも願いを叶えてくれる花があるのか聞きました。

 答えは、イエスでした。確かに、その町の山を奥に、なんでも願いを叶える桜という花があると言いました。ですが村人は止めておけと何度も言いました。ですが少女は聞く耳を持ちません。

 

「君は、なんでその魔法みたいな花が近くにありながらこの村がひっそりとしているか分かるかい?」

 

 村人はこう少女に尋ねました。

 

「あからさまに繁栄してしまっては周りにバレちゃうからじゃないの?」

「理由は違うけどそう。僕たち住民はこの桜を皆に知られたくないのさ」

「どうして?」

「それが彼らのためになるからさ」

「どういう意味?」

「死ぬんだよ、人が」

 

 少女は目を大きく開きました。周りの人々も一瞬、少女達に目を向けましたが、やがて何事も無かったかのように元の日常に戻って行きました。

 

「それは、どういう……」

「そのままさ。その桜は、人1人の命を生贄になんでも願いを叶えてくれる。それでも、まだ君は行くのかい?」

 

 じっと、村人は彼女を見つめます。瞳には少しの諦観のようなものを感じます。

 

「うん。行く」

 

 凛とした声で少女は言いました。

 

「そうかい」

「止めないの?」

「本当は止めたいさ。目の前で死にに行ってきますと言われてはいそうですかとむざむざと引き下がるなんて目覚めが悪過ぎる。でも僕たち住民には君たちの思いを踏みにじる権利なんて無いんだ。だから最大限の忠告はする。後は本人に意思を尊重する」

 

 苦虫を潰したような顔で村人は言いました。

 

「さようなら」

「ああ、どうか君の願いに祝福があらんことを」

 

 そうして、少女は村人に別れを告げ、山の方へと歩き始めました。村人が見せた顔がいつまでも少女は忘れることができませんでした。

 

 ☆

 

「ねぇ烏さん」

 

 ザクザク、バサバサ。土を踏む音と翼の羽ばたく音だけが静かで薄暗い森に木霊しました。

 森は生気を感じさせない程の静寂に包まれていました。月影のような木漏れ日が獣道を照らしています。道はとても荒んでいて、まるで来る人を拒んでいるかの様です。

 

「ん? なんだ?」

「そういえばさ、私、言ったことあったっけ?」

「何をだ?」

「私が旅してる理由」

「えーっと、言ってないな」

「そっか。じゃあ折角だし教えてあげる」

 

 足音の感覚が少し伸びました。それに連れて、羽ばたく音も少し緩やかになっていきます。

 

「私はね、星になりたかったんだ」

 

 少女は、訥々と話し始めました。

 

「私の人生はね、ずっと空っぽだったんだ。欲しかった友達も、子どもも、幸せも、全部この呪いが奪っていっちゃった。

 山があって、谷があって、幸せがあって、不幸せがあって、九十九折みたいになってたはずの人生を、この呪いは一直線にねじ曲げちゃった。ずっと不幸なまま、幸せもなく、さりとてそれ以上の不幸もなく。

 何かを手にするのが怖くて、何も生み出すことも出来なくて、徒に時間だけが過ぎて、終わらせることも出来なくて。

 星を見てたの。ずっと、夜になったら外に出て、夜空に浮かぶ星の光だけを、ずっと見てた。

 その時だけは、空っぽだった人生が満たされた気がした。私を取り巻く不幸も、憐憫も、寂しさも全部忘れられた。私にとって、星にはすっごい価値があったの。何にも変えられないくらい。

 だからね、私は星になりたかったの。価値あるものになりたかった。自分に価値を見出したかった。この人生に終止符を打ちたかった。死ねたら、私も星になれるんじゃないかと思った」

 

 少女は言い終えてから長い沈黙が続きました。その間、少女と烏は一言も話さず、歩き続けました。木漏れ日はいつしか月影となり、少女たちの行く先を照らしました。

 

「着いたね」

「ああ、着いたな」

 

 開けた場所に出ました。そこは月光に照らされて仄かな青に包まれています。小川が流れていて、その上を蛍が星のように輝きながら揺ら揺らと飛んでいます。蒼く染まった草むらはさわさわと音を立てて揺らいでいます。

 そして中心には、一本の木がありました。まだ暖かいのに、その木は枯れていて、魂を吸い尽くさんがばかりの禍々しさを放っていました。

 

「さて、じゃあこの旅も終わりにしようか」

 

 枯れた桜の幹を撫でて、少女は烏に振り向いてそう言いました。

 

「烏さん、好きなように願って。私の命を犠牲に、なんでも好きなことを」

 

 とても優しい声で、少女は烏に頼みました。

 

「なんで?」

 

 呻くようなカラスの声が、川と草のせせらぎに溶けて消えました。

 

「私の目的は死ぬことだからね。願うのが自分でも他人でもいいなら、利益が出る方を選ぶべき。それに言ったでしょ? 私、星になりたいって」

 

 桜に蕾が作られ始めました。桜が少しずつ少女の生気を奪っていっています。

 

「だからね、烏さん。なんでも好きなものを願って。こんなチャンス2度と無いよ。巨万の富でも、いつか君が言ってた呪いの解除でも、なんでも。ああ、でも、永遠の命はお勧めしないかな」

 

 冗談めかして、少女は笑いました。疲れたのか、ゆったりと桜に根元に腰を降ろしました。桜はもう開花目前です。

 烏は少女の肩に止まりました。そして願いを告げました。

 

「じゃあ、おれも死ぬ」

 

 少女は首が折れてしまいそうなほどの勢いで、烏を見ました。その表情は驚きを隠しきれてません。

 

「なんで……どうして?」

「あんた、聞いただろ? もし私が死んだら、一緒に死んでくれるかって」

 

 少女は静かに静かに頷きました。

 

「別の時におれはあんたが好きだって答えただろ? ライクとしてもラヴとしても。

 だから、まぁ、惚れた女が目の前で死ぬってんのに金とか呪いとか自分のことばっか願うほどおれはクソみたいな人間じゃねぇってことだ。

 それにあんた、自分じゃ分からないかもしれないけど、すっごい寂しがり屋だろ。そんな奴を置いて一人のうのうと生きるくらいなら、一緒に心中したほうが幸せだ」

「アハハ……何それ」

「嫌だったか?」

「ううん、全然。寧ろ嬉しく思ってる自分が嫌になっちゃうくらい」

「そりゃ良かった。俺も願った甲斐があったよ」

 

 桜が一粒、また一粒と咲き始めました。桜の元で静かに居座る2人に月明かりが差します。

 

「もう、私は星になれてたんだね」

「俺にとってあんたは一等星だよ」

「ねぇ烏さん」

 

 愛してたよ。ああ、俺もだ。

 

 ☆

 

 夜が明けました。寒々しかった森も、お日様の光を浴びて柔らかな暖かさを帯びていきます。

 その森の奥に、少し開けた場所がありました。そこは季節外れな桜が咲いた跡があって、緑の草を薄いピンクが覆い、小川には花筏が緩やかに流れています。

 そして、その中心。恐らくその夜咲き誇ったであろう木の根元には、少年と少女がいました。濡れ羽色の髪をした少女に、同じく濡れた黒色の髪をした少年が、寄り添うようにして、枯れた木の下で永遠の眠りについていました。幸せそうに、微笑みをその顔に浮かべ、手を繋ぎながら。

 

 ☆

 

 こうして、少女は星になり、幸せな死を迎えましたとさ、めでたしめでたし。

 

 




幸せの形は神すらも知らず

幾星霜の果ての夜空で輪廻は廻る

いつかまた桜の下で二人

嗚呼、暁と共に眠りましょう

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