五等分の花嫁 JUVENILE REMIX 作:people-with-名無し
土曜日だからといって、寝坊するのは勿体ない。それも、今日みたいな晴れの日に、惰眠を貪るなんて論外だ。
「おはよう、潤也。とりあえず着替えて洗濯機を回して。終わったら部屋の掃除な」
「ふぁ~、おはよう兄貴……飯は?」
「昨日の残り。あと、昨日の出汁が残ってるから冷やし茶漬けにでもしようか」
毛布をはぎ取り、弟を起こす。洗面所へ向かう彼を見送り、キッチンで料理を温め直す。
朝食の途中で、テレビに俺たちの町が映った。
『こちらでは、今年最後の花火大会の準備が行われています!』
「そっか、もう9月だもんな」
潤也が呟く。季節感がなくなるから、新学期は9月1日からにするべきだろう。一学生として、8月の後半から2学期が始まる制度や2期制には反対したい。
「なあ、兄貴。この大会って一週間後だよな?」
「ちょっと待って……そうだな。来週の日曜の7時からだ」
「じゃ、ちょっと設営のバイトしてくるよ。屋台の優待券だっけ、そんなのが貰えるみたいだし」
「なら、ついでに屋台のバイトも探しておいて」
「えー、一緒に回ろうぜ」
「……そういう事は彼女に言いなさい」
「いや、詩織だって兄貴を誘うからな! 安藤ファンクラブの会長してるんだぞ!」
「なんだよそれ」
「俺たちで作ったクラブ。ちなみに俺は副会長」
「すぐに潰れそうだな」
というか潰れろ。だいたい、こんな冴えない男子高校生にファンなんているのか?
「けっこう多いぜ。昨日も一人、美人な先輩が入ったしな」
美人な(潤也から見て)先輩……このタイミングで加入するとしたら、中野家の五つ子達だろう。だが、誰だ? タイミングを考えると、帰りが遅くなった一花さんか四葉さんだろう。少し残念だ……残念?
「ごちそうさま! 食器洗うから、速めに食べてくれよ!」
「ああ、分かった」
お茶漬けを流し込み、思考を洗い流す。あんなふざけたファンクラブに三玖さんが参加する方が心配だし、一花さんか四葉さんには口止めしておこう。
掃除機をかけていると、ドアを叩く音が聞こえた。
「はーい」
魚眼レンズから外を見ると
「風太郎!?」
珍しい来客がいた。
「悪いが、コピー機を貸してくれないか? あと、今日の家庭教師に着いてきてくれ」
「用心棒か」
まあ、あの家の物を飲み食いしなければ大丈夫だろう。流石に物理的な排除はしてこない筈、というか三玖さんの運動神経は昨日の体育を見る限り相当悪いし、単純な身体能力は体格が同じくらいだから他の4人も大きく変わらないだろう。仮に技量やセンスに優れていても、リーチの差と筋力で1人は取り押さえられるし、現状で敵対してるのは2人だから、各個撃破が間に合う範囲だな。
「とりあえず、入っても良いか?」
「あ、どうぞ」
考察癖のある俺は、用心棒には向かない気がする。常に監視とかできないだろうし。
「そこのコピー機を使って。そうだ、水筒作るけど麦茶でいい?」
「……お前が女だったら、嫁に貰ってたかもな」
「よく言われる」
「マジかよ」
「冗談だよ」
彼に冷えた麦茶の入ったコップを差し出し、新しい麦茶を作る為にお湯を沸かす。
「あ、風太郎先輩。そのテストって、兄貴が手伝うって言ってた家庭教師の?」
「ああ……せっかくだし、解いてみるか?」
「やるやる」
理由をつけて掃除をサボる気だな……まあ、テストのモニターも必要だろうし、今は指摘しないでやろう。
「安藤もやってみないか? 高一の範囲だから、簡単すぎるかもしれねえけど」
「じゃあ、やってみようかな。あれ、高二の範囲は入ってないの?」
「最低限の実力を見る為のだからな。それに、転校する前の履修範囲とか知らねえし」
「じゃあ、後で教えるよ。三玖さんから聞いたんだ」
「頼む」
さて、解いてみるとしよう……いきなり分からない。
麦茶を水筒に入れながら、風太郎の採点を待つ。
「まず、安藤の点数だが……80点だ。社会の失点が酷いな」
「政経はマシなんだけどね」
地理と歴史は苦手なのだ。何というか、身近にないから実感が湧かない。数学や理科なら、思考癖のお蔭で公式とかさえ覚えれば補えるのだが。
「んで、潤也は36点だ。まだやってない範囲があるとしても、半分は採れる筈だぞ」
「……あ、掃除しねーと」
逃げた。偶に宿題すらサボるからな、成績が悪いとは思ったがこれ程とは……
「ラインでスクショを送れば良いかな。潤也、これ詩織ちゃんにも受けさせて」
「分かった!」
テスターは多い方が良いだろう。それに、これを機に勉強会でもしてくれると助かるしな。
中野家のマンションは向かう途中で、俺たちの用紙を見比べる。
「アンダーソンって奴、古文と日本史が満点だな」
「下手な日本人より日本通だよ」
ちなみに、ラインで受けさせた連中の結果は俺がプリントした。風太郎は物凄く機械音痴だからな。
「つーか、お前の周りの連中って頭良いのか?」
「島は微妙で、アンダーソンと慎一はそこそこ。というか能力はあるけど不真面目だな」
「その島でも56点か。俺たちの学年なら相当バカでもこの程度か?」
「だろうね」
6割くらいは取れるテスト、と考えて良いだろう。
「潤也の彼女……詩織だったか? あいつの成績も悪いな」
「まあ、40だから潤也よりはマシだけどね」
「それでも、体育祭だの学園祭だの休みだのを考えたら、もう半分は教わってる筈なんだぞ。なんで勉強した物を間違えるんだよ」
「定着するまでやってないからだろ」
「じゃあ、勉強嫌いなあいつらも同じ状態なのか?」
「可能性は高いね」
というか、赤点で転校してきたのなら、高一の内容は確実に抜けているだろう。まあ、彼女たちが退学レベルの成績だというのが、そもそも不自然なのだが。
「風太郎は、三玖さん達がなんで転校してきたと思ってるの?」
「知るか。どんな理由であれ、全員が卒業できるように教えるだけだ」
「その真っ直ぐさは美徳だが、少し周りを見た方が良いと思うよ」
「周り?」
「例えば、彼女たちの性格とかだね。家庭教師に協力するかだけでも3つに分かれてるんだ、勉強ができない理由が一つとは思えない」
「3つ、ってなんだよ。四葉が賛成してるだけだろ?」
「二乃さんと五月さんは反対で、一花さんと三玖さんは無関心だ。たぶん、最後の二人が最も手ごわいと思うよ」
「二乃と五月の方が面倒だろ。部屋に閉じ籠るは薬を盛るは……」
「その二人は、きっかけ一つで転ぶ可能性が高い。憎悪を好意に変える方が、無関心を好意にするより簡単だ」
少なくとも、五月さんは既に協力的になっている筈だ。どれだけ風太郎が嫌いでも、らいはちゃんを思い出せば無下にはできない。兄が置いてきたデリカシーや素直さを集めて生まれたような子だ、五月さんが家庭教師への不満を思い出す度に、対比する形で彼の妹の美点を思い出すだろう。
そんな悪意を抱えて、高層マンションの前に立つ。オートロックを操作する時に思ったのだが、俺が出た時に通してくれる人はいるのか? 二乃さんは論外、五月さんにも嫌われた。四葉さんも、昨日の取引の理屈を聞いたら怒るだろう。一花さんと三玖さんが希望だ……いや、一花さんは怪しいな。
『はい。アンドー、とフータロー?』
……機械を通しているとはいえ、感情の伺えない音声だ。敵意や恐怖・悪意もないのはありがたいが、部屋に入ってからが怖いな。いや、全員を敵に回さないで済むだけでも御の字か。
「三玖さん? 家庭教師の宅配に来たんだけど、開けてもらってもいい?」
『……分かるの?』
「まあね」
彼女が俺の名前を呼ぶ時、何故かイントネーションが少しズレるのだ。一花さんも真似しているが、彼女は俺を「君」付けで呼ぶ。それに、真似だけあってズレ方が毎回同じなのだ。
『…………入って』
「ありがとう」