五等分の花嫁 JUVENILE REMIX 作:people-with-名無し
エレベーターに乗って、30階のボタンを押す。
「そういえば、風太郎がエレベーターに乗るのは初めてだね」
「眠ってたからな。にしても、エレベーターの中まで豪華だな」
まったくだ。場違いな上に、稼働音も殆どしないから居心地が悪い。せめて外でも見えれば落ち着くのだが。
「なんで金持ちって高い場所に住みたがるんだ?」
「安藤、もうすぐ降りるからな」
思考をキャンセルされた。というか、もう着くのか。ランプを見ると、既に20階だった。
「俺たち、この速度で階段を上ったのか」
「いや、投げた時の速度を考えれば、平均は少し遅いくらいだろ……それでも速いな」
「風太郎も鍛えたら? センスはあると思うよ」
「無駄な体力を使う気はない」
「じゃあ、何が無駄じゃないんだよ?」
「勉強に決まってるだろ。勉強して全てを学べば、人の役に立てる」
……学校で教えてくれない事なんて無数にある。真っ直ぐだが不器用な友人に不安を感じつつ、開いたエレベーターのドアを潜った。
廊下には、中野家の扉しかなかった。改めて思うが、1フロアを丸ごと借りる財源は何処から出ているのだろうか……彼女たちの親について、探りを入れるとしよう。そんな決意を抱きつつ、インターホンを押す。
『開いてるから入って』
「……オートロックを過信しすぎじゃない?」
鍵を持たずに侵入する方法なんて幾つもある。エレベーターは鍵がなくても使えるし、俺たちが昨日やった事を考えれば警備もザルだろう。要するに、部屋の鍵しか自衛手段はないのだ。
「おい、入るぞ」
「ああ、お邪魔します」
風太郎に促され、中野家に入る。玄関も広いな……それなのに靴は一足もない。靴箱にしまってあるのだろう。そうなると、導線を考えるに横の扉を開けば靴箱だろうが、流石に確かめるのは失礼だ。アプローチを変えよう。
「風太郎、雇い主とは会った?」
「いや、昨日電話で話しただけだが」
「リビングで借りたっきりか」
まあ、電話番号すら把握してないようだし当然か。当然といえば、年頃の娘を持つ親なら、異性の同級生が家に来る時に警戒するのが当然だ。つまり、時間・距離的に来れないくらい忙しいか、心理的に来たくないのか、警戒・或いは関心がないのか、そのいずれかだろう。警戒・関心がないとは思えない、家庭教師を付けるくらいには心配しているのだから、真面目に授業を受けるかは見ようとする筈だ。時間・距離というのも考えにくい、裏口入学できる余裕があるなら、仕事に融通を利かせる程度はできるだろう。そうなると、娘と関わるのを避けているのか? 単純な反抗期であれば良いのだが、それは望み薄だ。反抗期の娘に家庭教師を付けたら反発するのは目に見えている。それを風太郎に伝えるべきだし、状況を把握しようとするだろう。何か、五つ子達との関わりを避ける理由、負い目や恐怖心があるのか? 成功者で人脈がある筈だから、名前や職業で検索して情報を集めるか……いや、情報収集なら本人に直接聞けば良い。5人を同時に教えるのに給料が5倍では割に合わない、手間は5倍を超えるから給料に色を付けてくれ、そんな交渉を持ち掛ければ対話に応じてくれるだろう。
「安藤、そんな所で突っ立って、どうしたんだ?」
「何でもないよ」
給料の話は五つ子のいない場所でやるべきだろう、流石に生々しいからね。
俺たち、というか俺を出迎える姉妹の反応はそれぞれだった。
「ZZZ」
見慣れた寝顔の一花さん。
「……チッ」
不機嫌そうな二乃さん。とはいえ、自分以外にも脅迫の被害が及ぶからか、追い出そうとはしてこない。
「いらっしゃい」
歓迎の言葉を口にする三玖さん。まあ、表情や声に面倒臭さが滲み出ているが。
「がるるるる」
唸り声を上げる四葉さん。露骨に警戒されている、うさ耳リボンなのに犬っぽいな。それも人懐っこい小型犬……そんなのに嫌われる俺って相当だな。
「なぜ安藤君がいるのですか?」
睨んでくる五月さん。完全に嫌われたな、まあ予定通りだが。俺の評価が下がれば、相対的に風太郎が良く見える。そして、彼は欠点も多いが美点も多い男だ。
「お前、何したんだよ?」
「脅迫したんだよ」
詳細を教える必要はない。誤魔化されて不満を顔に浮かべる友人を見れば、同情的になるだろうし。
「……まあいい。昨日の悪行は心優しい俺が許すとしよう、安藤も迷惑をかけたみたいだしな。今日はよく集まってくれた!」
どうやら、風太郎先生の授業が始まったようだ。逃走経路を塞ぐよう階段に腰掛ける、玄関に行けば靴を履いている間に捕まえられるからな。
「家庭教師はいらないって言ってなかったっけ?」
「だったら、それを証明してくれ」
「証明?」
二乃さんと風太郎がやり合っている。彼は、5枚のテストを取り出した。
「昨日できなかったテストだ。合格ラインを超えた奴には金輪際近づかないと約束しよう。勝手に卒業していってくれ」
……教える人を減らそうとしているのか。それで5倍の給料を受け取るのは詐欺では……いや、一人減って5倍なら手間賃を含めれば妥当な線か。もっとも、減るとは思えないが。
「これで、あなたの顔を見なくて済みます」
五月さんが眼鏡をかけて勉強モードに入る。
「そういうことならやりますか」
一花さんが目を覚ます。今までのは狸寝入りだったのか、それとも夢うつつだったのか。
「みんな! 頑張ろ!」
四葉さんが姉妹を鼓舞する。頑張ったら風太郎と会えなくなるけど良いのか?
「合格ラインは?」
三玖さんの質問に、
「60……いや50点あればそれでいい」
風太郎がヘタレた答えを返す。まあ、高一レベルが半分もできていれば、一夜漬けで追試の赤点くらいは回避できるだろう。ギリギリだが、卒業は可能だ。
「はぁ……あんまりアタシたちを侮らないでよね」
不満げな二乃さんの声を合図に、五つ子達はテストを解き始めた。……表情が曇る頻度を見るに、潤也以下の点数を叩き出すかもしれない。
解き終えた(おそらくジ・エンドの方で)五月さんが寄ってきた。
「なぜ来たのですか?」
第一声から剣呑だった。いつもの事だが、今日は尚更目つきが悪い。
「目覚まし時計の代わりをする為さ。まあ、自分がサボる為に寝かせない欠陥品だけどね」
「……やはり、私は道具にはなれません」
彼女は俺を睨むが、後ろめたい事があるのか、視線を下に向けた。そして、再び目が合った。
「ですが、上杉君の邪魔をするつもりもありません。少なくとも、あなたの目論見は成功しましたよ」
「それは良かった」
本当は、もっと同情して「らいはちゃんのお兄さん」を好きになってほしかったが、流石に贅沢だろう。
「……一つだけ、確認させてください。あなたは、らいはちゃんや上杉君の家庭の事情を利用する事に、罪悪感はないのですか?」
「あるよ。でも、それで救われる人がいるのなら、進むしかないだろ」
「アンタ、昨日五月に何したのよ?」
二乃さんがコップを片手に近寄ってきた。お盆がないし、自分用だろう。
「何もしてないよ。ただ、風太郎の妹、小学生の女の子に会わせただけさ」
不満そうな二人が黙る。子供の陰口を言うのは罪悪感が大きいのだろう。今度、らいはちゃんにお礼の品でも持って行こう。
「採点終わったぞ、集まってくれ」
その言葉で、話し合いは中断となった。二乃さんと五月さんを見送り、階段に座り直す。とりあえず、テストの復習までは受けさせなくては。その内容で、五つ子達がやる気になってくれれば良いのだが……