五等分の花嫁 JUVENILE REMIX 作:people-with-名無し
不思議な夢を見た。俺が誰かと、所謂ピロートークをしている夢だ。
「ありえないにも程がある」
俺が誰かを好きになり、あまつさえ結婚するなんて、妄想するのもおこがましい。冷水で顔を洗い、意識を覚醒させる。
「あんなイチャイチャ、潤也と詩織ちゃんだけで十分だ」
変な夢の所為で、朝早くに目を覚ましてしまった。せっかくだし、少し凝った弁当でも作るとしよう。まずは……
いつもより豪華な弁当を携えて学校に来たは良いが、眠い。
「二度寝すれば良かった」
抹茶ソーダを飲みながら愚痴を零す。抹茶のカフェイン量はコーヒー以上で、炭酸の刺激もあるから目が覚めるのだ。
「カフェインが眠気覚ましになるって俗説らしいよ」
「プラシーボ効果って知ってるか?」
「知らないから効くんじゃなかった?」
「俺はカフェインの力を信じる」
慎一と会話して意識を保つ。
「おはよ……うわ」
「おーっす、ってマジか」
登校してきたアンダーソンと島が、俺の机を見て渋い顔をする。
「まさか、あの抹茶ソーダを飲む奴がいたとは……」
まあ、なぜ置いてあるのかが謎な商品だからな。どうやら、この学校は購買部すらも変人らしい。
「あんなのを飲んででも、起きていたいんですね」
「ほら、金曜の膝枕がトラウマになってるみたい」
「もう一度やってもらえば良いだろ、妬ましいぜ」
「赦してくれたのが奇跡なんだ、二度とやるかよ」
馬鹿話をしつつ、缶の中身を飲み干す。抹茶の香りは良いのだが、やはりカフェインと炭酸は相容れない。
「おはよう。アンドーも好きなの?」
「おはよう、三玖さん。俺は嫌いだよ」
「仲間だって信じてたのに」
「あの時、たまたま道が重なっただけさ」
「それなら、これから一緒の道を歩く事だってできる」
「地獄への道は、いつだって善意で舗装されているんだ」
予鈴と同時にやって来た三玖さんと抹茶トークを繰り広げる。何故か、周囲から怪訝な顔をされた。
「もしかして、夫婦漫才ですか?」
「いや、痴話喧嘩じゃないかな?」
「イチャついてんじゃあねえよ!」
一限が終わったところで、三玖さんが話しかけてきた。
「人に聞かれたくない事を伝える時ってどうする?」
彼女は俺の左に座っており、この席からは右半分しか見えない。割と表情に出る子だが、顔が髪に隠れているからな……何を考えているのかが今一つ分からない。
「まあ、周りにバレないような場所に行くんじゃないかな」
「じゃあ、どうやって呼び出すの?」
「そうだな……当人しか見ない物に書く、とか」
「なるほど。アンドーって、不意討ち上手だね」
「いきなり酷いな」
「そう? 褒めてるのに……」
「不意討ちは褒められた行いじゃないよ」
「奇襲は良い戦法だよ」
それにしても、人に聞かれたくない事か……まさか、告白とか? 一目惚れを除けば、彼女が知る異性は俺を始めとするクラスメイト、或いは風太郎だ。クラスの中で相談している以上クラスメイトに聞かれるリスクがあり、つまりクラスメイトに知られても困らないのだろう。一目惚れの場合、当人しか見ない物を把握しえない、つまり俺の案を実行できない。そうなると消去法で風太郎だが、土曜日に家庭教師を行った時点では無関心だった筈だ。じゃあ、同性愛か? とはいえ、それでも、クラスメイトくらいしか接触はない筈だ。まず、三玖さんの内向的な性格と、2回の昼食を俺か姉妹と摂取していて出会いがなかったという事実がある。彼女が成績不良で転校したのが事実なら部活に所属できない、赤点を取った生徒は活動停止という校則があるのだ。
「三玖さん、誰かに脅されてたりする?」
まあ、考えにくい話だがな。人を脅すなら、次に会う機会を事前に指定し、人に知られないよう立ち回る……俺のように。とはいえ、他に秘密にしたい事も思いつかない。
「……えっと、アンドーが音声のコピーを残してたら」
「ないよ。連続で脅迫するのは死亡フラグだからね」
フラグで思い出したが、内緒話の定番は2箇所だ。
「あ、校舎裏に呼ぶのは止めた方が良いよ。喧嘩している人とかいるから」
「そうなんだ……」
彼女の目線は、僅かに上を向いた。思考を巡らせているのか、或いは心当たりが上にあるのか。まあ、行きつく先は同じだろう。
「そうだ、ライン交換しよ」
「……突然だね。まあ、良いけど」
スマホで三玖さんが出したQRコードを読み込む。当人しか見ない物、でラインを連想したのか。提案までに間があったから、意中の人のアカウントは知らないのだろう。
「よし、登録できたよ」
「私も」
「ねえ、三玖さん」
「何、アンドー?」
「これさ、朝に登録して、授業中にラインで相談できたんじゃない?」
「……あ」
時間は飛んで昼休み。
「安藤、飯行こうぜ!」
「ごめん、部の集まりがあるんだ。そろそろ顔出さないとマズい」
「あー、最近バイト増やしてたしな。頑張れよ」
「ああ。誘ってくれたのに悪いな」
「気にすんなって」
納得してくれたようで、島は友人と一緒に食堂へ向かった。さて、俺も行くとしよう。
「微妙な嘘は、ほとんど誤りに近い」
昔、映画で見た言葉を呟く。そう、俺は部の集まりをサボろうとしている、と伝え忘れただけなのだ。ついでに、屋上で弁当を食べる事も伝えてなかったな。
食事を終えて、屋上に寝転がる。と言っても、ただの屋上ではない。屋上に続く階段を覆う小屋のような建物があり、その上である。要するに、この学校で最も高い場所だ。そして、入ってきた人物の死角となる場所でもある。
「ほらね!」
誰かが登ってきたようだ。声から察するに、風太郎だろう。
「程度の低いイタズラに乗っかっちまったぜ。まぁ、本当に来られても困るんだが……」
そんな独り言に耳を傾けていると、ドアの開く音がした。
「み、三玖……!」
やはり来たか。
「……イタズラじゃないのか?」
「良かった、手紙見てくれたんだ」
まあ、内緒話の定番といえば校舎裏か屋上だからな。彼女が人を呼び出すとしたら、ここしかないと思っていた。
「お、俺ら、来年ほら、受験なんだし」
風太郎が狼狽える。ただ、五つ子達が受験するかどうかは疑わしい……というか、遊んで暮らせる気がするんだよな。
「食堂で言えたら良かったんだけど……誰にも聞かれたくなかったから」
彼の要領を得ない言葉は、三玖さんに遮られた。
「フータロー、あのね」
声は震えている。動揺、或いは不安が声に出ているのだろう。
「ずっと言いたかったの。す……す……」
やっと謎が解けるというのに、何故かモヤモヤしている。この先の言葉を聞きたくないのか? たとえ告白だったとしても、俺に何の関係がある?
「陶 晴賢」
三玖さんが言った事を、風太郎が復唱する。
「陶 晴賢……!」
スエ ハルカタ……陶 晴賢か。確か、風太郎が出したテストの1問目だったな……厳島の戦いで毛利元就が破った武将、だったか。
「よし。言えた、スッキリ」
三玖さんの声が屋上に響く。先程とは違い、穏やかで震えのない声だ。
「ちょ、ちょっと待って! 捻った告白……じゃないよな、なんのこと!?」
キャラ崩壊させながら風太郎が問いかける。まあ、そうなるよな。
「うるさいなぁ、問題の答えだけど」
彼女の声は至って冷静だ。それにしても、なんで問題の答えを伝えようとしたんだ?
『ちゃんと言えた。ありがとう』
三玖さんからラインが来た。やけに早いが、予め書いておいたメッセージを送ったのか? とりあえず、マナーモードにしていた幸運を喜ぶとしよう。
「待てって! なぜそれを今このタイミングで!?」
動揺する彼の声を聞きながらメッセージを返す。
『どういたしまして』
それだけ書いて送る。俺が聞いているのは知らないから、伝えた内容に言及するのはマズいだろう。
「あ!」
「す、すまん」
硬い物が、屋上の床にぶつかった。このタイミングで取り落とす硬い物……三玖さんのスマホだろうな。
「武田菱? 武田信玄の……」
風太郎が呟く。おそらく、ロック画面の画像だろう。
「見た?」
ドスの利いた声で、少女が問う。
「え……ああ……」
恐怖を感じたのか、キャラ崩壊すらできずに戸惑っている。
「だ……誰にも言わないで。戦国武将……好きなの」
確かに、彼女の部屋は和風の調度品が多かった。待てよ……混ざらない和洋折衷、という印象を抱いたのは、彼女の部屋にTYPE-MOONの作品があったからじゃないか? おそらくは無意識に見ていたから、連想して引っ張り出されたのだろう。見つけたのは帝都聖杯奇譚だ、戦国武将がサーヴァントとして登場する作品はそれしかない。
「変じゃない!」
風太郎の叫び声で、意識が現実に戻る。
「自分が好きになったものを信じろよ」
……聞き流していた情報と合わせるに、三玖さんがやったのは信長の野望だ。そこからハマって、比較的本物(とされる絵画)に近い中年男性ばかりを好きになった。無双やバサラな方のゲームから入れば、一般受けする性癖になったかもしれないな。まあ、元ネタはおっさんだし誤差の範囲だとは思うが、というか歴女なんてマイナーな趣味の中ではメジャーな部類だろう。
「俺の授業を受ければ、三玖の知らない武将の話もしてやれるぜ」
……風太郎が無謀な事を言った。オタクやマニアの偏った知識を甘く見てはいけない、というか学校の試験範囲において戦国時代なんて上澄み程度しか触れないだろ。織田信長に弟がいるとか、Fateで初めて知ったぞ。
「それって……私より詳しいってこと?」
「え?」
「じゃあ問題ね。信長が秀吉を猿って呼んでた事は有名な話だよね。でもこの逸話は間違いだって知ってた?本当はなんてあだ名で呼ばれていたか知ってる?」
ほら、彼女が食いついた。その勢いは、魔神柱に群がるマスターの如し……まあ、ゴールデンウィークに周回した事件簿イベでしか知らないんだが。というか、そのくらい何か、この場合は理解者に飢えていたという事か?
「ハゲ……ネズミ……」
「……正解」
酷い名前だな。それにしても、戦国武将の話で盛り上がる二人の会話を聞いていると、何か不愉快な物が湧き上がる。もっとも、風太郎は適当に相槌を打っているだけだが。
予鈴が響く。どうやら、彼らはすっかり話し込んでいたようだ。
「あ、もう次の授業始まっちゃう」
三玖さんの言葉で、今の状況を自覚する。俺、二人が帰ってくれないと出られないんじゃないか? 速くしてくれないと、遅刻しかねない。
「そうだな」
風太郎に同意された。いや、三玖さんの言葉に相槌を打っただけか。
「な、なんか話し足りないな。うーん、この話、三玖は聞きたいだろうなぁ。そうだ」
白々しい一人芝居が始まった。
「次の家庭教師の内容は日本史を中心にしよう。三玖、受けてくれるか?」
なんだ、彼は勉強させる為にご機嫌取りをしていただけか。少しホッとした……なぜだ?
「……っ、そこまで言うなら、いいよ」
彼女も同意したようだ。友人の努力が(かなり危ない橋ではあるが)実った事を喜ぶべきだろう。それなのに、妙に不快な気分である。いや、俺の気持ちなんてどうでもいい、まずは二人の後を追って屋上に降りるとしよう。
「これ、友好の印。飲んでみて」
さっきまで乗っていた建物のドア越しに、三玖さんの声が聞こえる。窓から覗くと、風太郎に抹茶ソーダを差し出していた。
「ええー……」
「気になるって言ってたじゃん。大丈夫だって」
どうやら、彼は抹茶ソーダの布教に付き合う羽目になったようだ。
「鼻水なんて入ってないよ。なんちゃって」
……おそらく、差し出した缶ジュースは屋上に続く階段の中にある自販機で買った筈だ。それを差し出す時にプルタブは開けないだろう。この流れから察するに……
「あれっ、もしかして、この逸話知らないの?」
無言の風太郎に、時間切れによる失格が告げられる。やはり、彼女はカマをかけたようだ。
「そっか、頭良いって言ってたけどこんなもんなんだ」
戦国武将の知識ありきで築いた友好関係だ、知ったかぶりがバレれば評価は一気に下落する。
「やっぱり教わる事はなさそう……バイバイ」
三玖さんは断絶を告げる。その声音に宿る失望と、風太郎の(手段は間違えたが)熱意を感じて、ある言葉を思い出す。
(憎悪を好意に変える方が、無関心を好意にするより簡単だ)
マザー・テレサの言葉を引き合いに出して言ったのだが、この状況では福音だ。失望して、風太郎を嫌っている今だからこそ、三玖さんが家庭教師に参加するようにできる!
{勝ち逃げするのか?}
ドアに付いた窓から、友人に腹話術をかける。
「……どういう意味?」
「い、いきなりどうした!?」
腹話術にかかっている間、その人物は意識を失う。ゆえに風太郎は(主観的には)突然詰め寄ってきた三玖さんに動揺している。
「ふぁ~、なんか凄い声がしたけど、どうしたの?」
さも、今気が付いた風を装ってドアを開く。
「いや、俺にも何がなんだか」
状況を理解できない彼は動揺している。今なら、彼女から話を聞きだせるだろう。
「風太郎が嘘ついたの。私が知らない事を知ってるから、次の家庭教師で教える、って言うのに、鼻水の逸話も知らないんだよ」
「それは嘘じゃないよ。三玖さんが知ってる事を知らなかっただけだろ?」
何故か予想以上に素直に愚痴を零してくれる三玖さんを止める。
「二人とも、次の授業はサボっても大丈夫?」
俺たちのクラスは英語だったが、風太郎のは何だったか……まあ、彼なら一回くらい休んでも問題ないだろう。
「サボって良い授業なんてないだろ。放課後に四葉と勉強会するから、その時で良いか?」
……ああ、こういう奴だったな。仕方ない。
「じゃあ、また放課後に。三玖さんもそれで良い?」
「……アンドーが言うなら。あ、でも、嘘じゃない理由だけ教えて」
「分かった。授業中にラインするよ」
「いや、授業は真面目に受けろ。英語は特にできなかっただろ」
「……じゃあ、次の休み時間に教えるよ」
そう言って階段を下りる、直前に思い出した。
「あ、弁当箱取ってこないと」