五等分の花嫁 JUVENILE REMIX 作:people-with-名無し
授業は真面目に受けろ、と言われて真面目に受ける人がいるだろうか。そう言われる時点で不真面目であり、つまりいないのだ。
『なんで嘘じゃないの?』
と、いう事で不真面目な三玖さんからラインが来た。
『拾って』
そう送って、俺は内職して作ったメモを足元に落とす。三玖さんは消しゴムを拾うように自然な動作でそれを手にした。
『何これ?』
『三玖さんと風太郎の知識を、集合で表した図』
『集合?』
『勉強会で数学教われば分かるよ』
『その図で何が分かるの?』
流された。板書を書き写し、文章を打ち込む。
『昼休みに屋上で話していた事の大半は赤と青が交差している場所、M∧Fに分類される。ここまでは大丈夫?』
まあ、大半はうろ覚えだろうが。
『大丈夫』
『で、あの後風太郎と話したんだけど、鼻水の逸話は青だけのM∧F ̄だ』
『M∧Fとかって何?』
『数学で使われる記号。で、風太郎が教えたいのは赤だけのM ̄∧Fだ』
『そうだね』
『さて、青だけのM∧F ̄が存在する事は、赤だけのM ̄∧Fが存在しない証明にはならないよね?』
『どういう意味?』
三玖さんが前髪をかき上げて、俺を見た。
『どれだけM∧F ̄が多くても、M ̄∧Fが一つも存在しない事の証明にはならないんだ。その為には、別の方法が必要になる』
『別の方法?』
『風太郎の全知識Fが、M∧Fと同じである事を証明しなきゃならない。ヘンペルのカラス、って聞いた事ある?』
『全てのカラスが黒い事は証明できない。白いカラスもいるかもしれない、って話?』
『その通り。全てのカラスを確認するのと、白いカラスを見つけるのとなら、後の方が楽だ』
『どっちも難しそうだけど』
『じゃあ、方法を変えてみよう。例えば、対偶を使ってみるとか』
『対偶?』
『命題を逆にして、更に裏返した物だよ。またメモを送るから拾って』
そう送って、また紙を落とす。
『【黒くないならば、カラスではない】が対偶?』
三玖さんから返事が来た。
『そう。元の命題と対偶は同じ物だから、真偽も同じなんだ。黒くないカラスなら、分かりやすいと思わない?』
そう送って、少しするとラインが返ってきた。
『アルビノ? 白くなる突然変異があったよね』
『つまり【カラスならば、黒い】という命題は間違い、偽だと分かる。全てのカラスが黒いわけじゃない。さて、カラスをFに、黒をM∧Fに置き換えてみよう』
既読は付いたが、返事が来ない。畳み掛けるとしよう。
『【風太郎の知識は、全て三玖さんが知っている】の対偶は【三玖さんが知らない事は、風太郎も知らない】だよね?』
『じゃあ、突然変異は?』
『三玖さんが知らない事を、風太郎が調べる事だ。さて、風太郎が三玖さんを超える可能性はある?』
返事は来ない。僅かだが、彼女が隠し持っているスマホが震えた。
『昼休みに大量のネタを聞いたんだ。それらを深堀りして、マイナーな逸話だけを探せば、確実に超えられる』
勝算を教え、返事を待つ。そして、終礼の直前にラインが来た。
『この授業が終わったら、屋上に来て』
『OK』
屋上に着くなり、三玖さんは壁(と呼べないくらい低いが)に腰かけた。
「ねえ、アンドー。本当に、風太郎が私より戦国武将に詳しくなれると思う?」
「テスト、特に暗記科目の点数から察するに、勉強すれば互角になれるだろうね」
隣に腰かけながら答える。
「じゃあ、アンドーは?」
「……記憶力はそれなりだから、たぶん勝てないんじゃないかな。まあ、さっき言った裏技を使えば、一部は超えられるだろうけどね」
「なら、一花は? 二乃は? 四葉は? 五月は?」
「それは……三玖さんの方が詳しいだろ」
そう答えると、彼女は俯いた。左側に座ったのだが、長い横髪が邪魔をして、その表情は殆ど伺えない。
「きっと、私程度にできる事なんて、他の4人でも身につけられる。だって、私が一番落ちこぼれだから」
「それは、違うだろ。風太郎が出したテスト、一番マシなのは三玖さんだったぞ」
俺がそう慰めるも、彼女は俯いたままだ。
「アンドーは優しいね。だけど、分かるんだよ、五つ子だもん」
少女が壁から右手を離す。五本の指を姉妹に見立てたのか、愛おしげな笑みを浮かべる。
「一花は人当たりが良くて気が利くから、きっと歴史好きな友達を見つけられる」
まずは親指を曲げた。
「二乃は意思が強くて社交的だから、詳しい人を見つけてグイグイ聞いていける」
親指と人差し指で円を作る。
「四葉は明るくて色んな人を助けているから、恩返しとして誰かが教えてくれる」
薬指を曲げる。
「五月は真面目で頑張り屋だから、時間はかかるけど必ず必要な知識に辿り着く」
最後に小指を曲げた。
「きっと皆、私の点数なんて追い越せる。残るのは……何の取り柄もない私だけ」
……中指だけを立てた右手、侮辱を示すジェスチャーを見て少女が嗤う。見えるのはごく僅かだが、自分を卑下するような笑顔だった。きっと、彼女が歴女という比較的メジャーな趣味に自信を持てなかったのは、それを好きになった自分への不信感ゆえなのだろう。その、自嘲するような笑顔には、覚えがあった。だから、かつて俺を救ってくれた言葉を投げかける。
「弱かったり、運が悪かったり、何も知らないとしても、それは何もやらない事の言い訳にならない」
「え?」
「昔の特撮に出てくる、ヒーローの言葉さ。確かに高一レベルのテストで32点だったし、他の姉妹が固有の長所を持っているのも事実だ。でも、何かをしない理由にはならない」
俺は壁から立ち上がり、三玖さんの前に跪く。
「確かに一花さんは気が利くんだろう。でも、俺の三角巾にアイロンをかけてくれたのは三玖さんだ」
手を取り、親指を開かせる。
「二乃さんが社交的……まあ、第一印象が最悪だったから仕方ないか。とりあえず、俺と友達になったのは三玖さんだけだ」
人差し指を伸ばす。
「五月さんは今頃、頑張って勉強してるだろうね。でも、今一番歴史に詳しいのは三玖さんだ」
小指を伸ばす。
「四葉さんが色んな人を助けているのは……まず自分を助けろと言いたいが、一旦置いておこう。いずれにせよ、空腹の俺を助けてくれたのは三玖さんだ」
薬指に振れる。6限が始まるチャイムを聞いて、右手で良かった、なんて思いを抱く。
「これだけの事をしておいて、今さら何かをしない理由があるのか?」
「それ……は……」
彼女は、俺が開いた右手を見る。拳を握り締め、口を開く。
「私にも、何か、できる事があるの?」
「さあね。でも、やれる事はあるだろ」
放課後、図書館に行くと本の塔があった。
「……壮観だな」
「…………凄い」
風太郎の奴、本を片端から呼んで逸話を探すつもりのようだ。
「あ、三玖も来たんだ!」
「一回、聞いてみるだけ」
四葉さんが顔を上げて微笑む。三玖さんは無表情で返事して、妹の隣に腰かける。
「安藤、お前どうやったんだ? 最後に三玖が愚痴ってたのしか聞いてないの……に……」
風太郎の言葉で、全てを察した三玖さんが俺を睨む。
「聞いてたの?」
「聞こえただけ」
「屋上を紹介したのはアンドー」
「校舎裏が危ないとは言ったよ」
「そうやって、考えを誘導したんだよね?」
「他の手段を思いつけない三玖さんが悪い」
こちとら、人の言葉尻を捕らえて生きてきたような男だ。口喧嘩で負けるつもりはない。空いている席に座り、反論を待つ。
「……うん、アンドーは最初からそういう人だった。優しいのに手段を選ばないから、四葉にまで嫌われるんだよ」
呆れたようにそう言って、彼女は席を立ち、俺に詰め寄る。
「勝ち逃げするのか、なんて挑発したのは貴方でしょ? 責任、取ってよね」
「「「え?」」」
顔を赤く染めた四葉さんと、状況を把握していない風太郎と、思わず同じ声を出してしまった。