五等分の花嫁 JUVENILE REMIX 作:people-with-名無し
俺の脅迫への反応は、またもバラバラだった。
「美人姉妹だなんて、ちょっと照れるなぁ」
「そういえば、男子バスケもありましたね」
妙なところに感心する一花さんと四葉さん。
「それで、アンドーは何がしたいの?」
「わ、私たちに何をする気ですか!?」
情報を得ようとする三玖さんと五月さん。
「……うそ……私のせい……?」
呆然と立ち尽くす二乃さん。とりあえず、話ができそうな二人に声をかけよう。
「まずは、三玖さんと五月さんからで良い?」
「いいよ、ていうか忘れちゃって」
「えっと、私も大丈夫ですよ」
一花さんと四葉さんの同意を得てから、話し合いを始める。
「俺の要求は、中野家の五つ子全員が風太郎の授業を受ける事だよ。もともと、その為に呼ばれたわけだし。だから、全員を脅迫できる証拠が欲しかったんだ」
もっとも、俺は三玖さんが、風太郎は五月さんが授業を受けるように説得しようとしていたのだが。うん、恥ずかしいから黙っておこう。
「……信用できません」
「だよね」
五月さんがそう言うのも当然だ。バックアップがあるかもしれないし、俺を信じろというのも無理な話だろう。とはいえ、誤魔化しの効かない取引でさえあれば、彼女は要求を受け入れる気だ。要求の中身には文句がないのだから。
「じゃあ、こういうのはどうかな。俺はスマホのバッテリーを置いていく。で、次の授業が終わったらバッテリーを返してもらって、その場で削除する」
「……バッテリーの、予備が家にあったりしませんか?」
「なら、このデータはここで削除しよう。代わりに風太郎の携帯にデータを送る。で、バッテリーだけ預ける、っていうのはどう?」
「それでは、データを持っているのが上杉君に代わるだけでしょう」
「そうだね。ただ、その風太郎は眠っているから、家に送り届ける必要がある。五月さんが俺たちに着いてきて、コイツの家を見てみればいい」
これは嬉しい誤算だ。我ながら、五月さんを風太郎の家に行かせる理由を、こうも自然に捻り出せるとは。おっと、自画自賛は慢心の素だ、気を付けないと。
「……少し、考えさせてください」
残念ながら、思った程の名案ではなかった。俯き考え込む五月さんを見て、少し反省する。
「五月、今のアンドーは信じても大丈夫」
無表情の三玖さんから援護射撃が飛んできた。俺を信頼している、って雰囲気ではないが。
「そうかなぁ? アンドー君なら、もう一度私たちが気づかない罠を張れるんじゃない?」
「大丈夫。フータローの味方なら、罠を張ると邪魔になるから」
「あぁ、写真を拡散したり、それを利用して要求を重ねたりしたら、家庭教師どころじゃなくなっちゃうよねぇ」
やはり、一花さんも鋭い。この二人は、なんで退学レベルで勉強ができないんだ? 地頭はかなり良さそうなのだが、凄まじい勉強嫌いなのか、何かをしていて忙しいのか、記憶力が悪いのか。
「ねぇ、アンドー君、聞いてる?」
一花さんの顔が目の前にあった。あれ、この顔のドアップ、何処かで見たような……
「アンドー」
「何、三玖さん?」
「そこは反応するんだ」
いや、何故か既視感のある一花さんでなければ反応はした、筈だ。とはいえ、無視したのは俺に非があるので頭を下げる。
「ごめん。それで、どうしたの?」
「えっとねぇ、フータロー君の授業を邪魔しない為には、私たちが不安で何も手が付かない状態にはしたくないよね、って聞こうとしたんだよ」
「正解だよ。だから、皆が真面目に授業を受けた時点で削除するし、バックアップも作らない。俺が強制するのは1回目だけで、そこで風太郎の授業をまた受けたいと思った人だけ受ければ良い」
そう答えると、一花さんは引き下がった。というよりも、興味の対象が三玖さんに移ったようで、彼女にすり寄っていった。
「じゃ、行こうか五月さん。眠っている男子高校生はそこそこ重いから、俺の鞄だけでも持ってくれない?」
「ちょっと待ちなさい」
風太郎を背負った俺に、復活した二乃さんが声をかける。
「アンタ、なんで五月を連れて行こうとしてるの? ソイツに薬を盛ったのは私よ」
……前言撤回しよう。涙目で、それでも俺を睨む彼女の動機は、至って単純な物だった。得体の知れない家庭教師(しかも異性の同級生)から、姉妹を守りたいのだろう。もっとも、その手段がアレでは、後のリスクが高まるだけで逆効果な気もするが。思考が短絡的、或いは視野が狭いのだろうが、悪知恵は働くようだ。料理の手際や味付けを考えると、学習能力か忍耐力のどちらかは持っている。成績を上げる素質はある筈なんだよな。
「三玖、また呼んであげて」
「人をちょろい男扱いしないでくれ」
一花さんに文句を言いつつ、思考を修正する。二乃さんのガードを突破して、五月さんを連れ出す方法か……他の人ならともかく、五月さんなら簡単だ。
「えっと、なんで五月さんを連れて行くかだったよね。まあ、住所は個人情報だから、勝手に教えるのはマズいんだ。でも、連絡網で調べられるクラスメイトになら、バレても大丈夫なんじゃないかな」
「そういう事でしたら行きましょう」
さっき、ドア越しに彼女の部屋を見た。その時、確かに自習した痕跡があったのだ。家庭教師を拒んでも勉強はする真面目さがあるのなら、ルールを盾にして押し通せる。
「それは、五月を連れて行っても大丈夫な理由。五月を連れて行きたい理由じゃない」
「……三玖さん、本当に退学レベルで成績悪いの? 赤点回避くらいはできる能力あるだろ」
「誤魔化さないで」
流石に、質問に質問で答えて情報を引き出す戦法は読まれているか。俺を睨む三玖さんに、下手な嘘は通じないだろう。とはいえ、風太郎の許可なく真実を話すのは憚られる。だから、曖昧に答えてはぐらかす。
「風太郎と仲直りさせる為だよ」
「できるの? 五月は、頑固だよ」
「……そこは、本人次第かな」
頑固さで言えば、風太郎も相当だ。そして、体重と食べ物絡みで喧嘩した以上、両方にかなり根深い怒りがありそうなんだよな。思い出したら頭が痛くなってきた。
「どうしたの? 痛み止めでも飲む?」
「人の家で寝る趣味はない、よっと」
一花さんの心配(に見せかけた揶揄)で痛みが増した頭を抱える。このスペックでサボろうとするなら、風太郎が全員に授業を受けさせるのは不可能と言っても過言じゃない。背中で眠る友人に同情しつつ、玄関まで歩く。
「待ってください」
今度は五月さんに引き留められた。
「ここで、録音の移し替えを行ってください。私だけでは、不審な動きを見逃すかもしれませんので」
……俺、信用ないな。
「あと、途中で誰かと接触しないように、タクシーも呼ぼっか」
一花さんがナチュラルにセレブな発言をする…………本当に、信用ないな。
タクシーの車内で、助手席に座る五月さんが声をかけてきた。
「安藤君」
「何? 後部座席ならいつでも変わるよ。男に膝枕するのは意外とキツい」
「私だって嫌です。というか、シートベルトで固定すれば良いんじゃないですか?」
それもそうだ。
「って、そんな事ではなくてですね。貴方は、私と上杉君が本当に仲直りできると思っているんですか?」
「最終的には本人次第だけど、喧嘩して仲直りなんてよくある事だろ」
俺が努めて明るく言うと、彼女は顔を曇らせる。
「私は、未だに彼が許せません。些細な事でムキになってしまう自分がいて、上杉君のデリカシーのなさが筋金入りなら、また諍いを起こしてしまいそうなんです」
風太郎の事を意識しているからなのか、女子校ゆえに男性への免疫が培われなかったからなのかは分からない。だが、五月さんと風太郎の間には、或いは、彼女の理性と感情の間には、根深い溝があるのだろう。ほぼ初対面かつ脅迫まで行った俺に、吐き出してしまう程に。
「まあ、許してやってくれ、としか言えないかな。金欠な上に空腹で、風太郎も気が立っていたんだよ。それに、あの運動音痴が、階段を駆け上がってまで謝ろうとしたんだからさ」
「今時スマホも使ってないですし、何等かの事情があるのは察しています。それでも、嫌いな人は嫌いです」
「それもそうだね」
バックミラー越しに眉間のシワを見て、五月さんの悩みの根深さを悟る。
「なら、こう考えれば良い。上杉風太郎との関係は改善せず、能力だけを利用するんだ」
「能力だけ……ですか?」
「いくらデリカシーのない男でも、仕事中に喧嘩を売る事はないだろう。家庭教師の時だけ顔を合わせて、教室では互いに無視する。会話は勉強に関する事のみ。そんなルールを設けるのはどう?」
「私に、勉強を教わるだけの道具になれ、という事ですか?」
何故か睨まれた。嫌いな相手と関わらない方法を提示したのに、何が不満なんだ?
「その代わりに、風太郎は勉強を教えるだけの機械になる。運転手さんには失礼ですが、タクシーの代わりにどこでもドアで帰っても俺に影響がないように、風太郎がアンキパンの代わりになったとしても、君に影響はないだろう」
「そんなのできたら、商売あがったりですねぇ」
「貴方は、友人さえも道具扱いするのですか!?」
穏やかに答える運転手と、声を荒げる少女。普通は逆じゃないか、と思わずため息をこぼす。
「はぁ……道具で何が悪いんだよ」
「え?」
「ドラえもんは子守ロボットだけど家族だし、気に入った道具は愛おしく感じるだろ。逆に、気に入らない道具でも、仕事に必要だったら使うんじゃないのか? 好き嫌いで手段を選り好みする方が、よっぽど不健全だ」
「……っ!」
「面倒だから正直に言うけど、俺の目的は五月さんと風太郎を仲直りさせる事じゃない。五月さんが風太郎の授業を受ける事だ。だから、五月さんを連れてきたのは」
個人的には、取りたくない手段だ。だが、妹想いの姉を持つ彼女には、極めて有効な手段なのだ。
「君がコイツに同情するよう仕向ける為だ。どれだけ嫌いでも、家庭教師だけは真面目に受けるように、風太郎が給料を貰えるように、ね」
これを知れば、彼はきっと怒るだろう。だが、それがどうした? 金を稼いで、弟妹に楽をさせる為なら、喜んで自分を犠牲にする。俺たちは、そういうダメ兄貴だ。