五等分の花嫁 JUVENILE REMIX 作:people-with-名無し
気まずい雰囲気のまま、タクシーは目的地へと向かう。実を言うと、俺はそこまで辛くなかったのだが。思考癖に感謝したのは初めてかもしれない。
「そろそろ着くぞ。起きろ、風太郎」
穏やかな寝息を立てる友人を揺さぶる。
「えっ」
彼は目を覚まし、絶句した。
「お前は二乃さんに一服盛られて、ボッシュートされたんだよ」
「没収?」
「あー、送り返されたって事だ」
そういえば、風太郎の家にはテレビがないんだった。貧乏同士ではあるが、微妙に生活レベルが違うんだったな。
「あの野郎……そこまでするか……」
「そこまでしそうな言動はあったよ。そこに気が回らなかった君の落ち度だ」
「まあ、お前が起きてるって事は、俺もどうにかできたよな」
「そうだね、まずは生徒の様子に気を配る事だ。担任と同じくらいには、趣味嗜好を把握するべきだろう」
そんな説教を続けていると、タクシーが止まった。
「着きましたよ。運賃4800円になります」
普段は殆ど乗らないが、五千円は高くないか? 初乗りが千円いかない程度で、確か2kmくらいで、そこから1kmごとに数百円を足していく筈だ。人は分速100mで歩くから、徒歩で20分の距離までは初乗り運賃で乗れる。歩いて学校に通える家同士を繋ぐ以上、5kmも離れていないだろう。そうなると、雑な概算でも4000円程度だから、ぼったくりだよな。
「カードで」
「まいど」
俺が指摘する前に、五月さんが支払いを行ってしまった。
「五月!」
風太郎が助手席を見て驚く。彼の視野の狭さは、5人を同時に指導する上で改善するべき点だな。というか、家庭教師という一人に注目する仕事その物が、五つ子を同時に指導するという業務内容と矛盾している。そもそも、このガバガバな金銭感覚なら、5人全員に個別に家庭教師をあてがうという発想に至る方が普通だ。俺の学校だけでも、風太郎の他に4人くらい見繕える筈だ……武田とか、英語だけならアンダーソンとか。推薦だのAOだので暇してる上級生まで広げれば、更に候補は増えるだろう。
「安藤!」
「安藤君!」
両耳の近くで叫ばれた。耳を通り越して頭が痛い。
「何するのさ……」
「降りてください。家探しするんでしょう」
ああ、そうだった。
「おい、家探しってなんだよ。借金のカタになるような物なんてねーぞ」
そういえば、説明してなかったな。
「君の携帯に、五つ子達を脅迫する為のデータを入れた。ただ、バッテリーを抜いてあるから拡散はできない」
「授業が終わったらバッテリーを返してもらって、その場で削除する、ってとこか?」
「正解」
想像力はあるから、生徒の事を深く知ればちゃんと対処できるようになるだろう。でも、このコミュ障が一度に5人と心を通わせる事なんてできるのか? そもそも、あの個性豊かな五つ子達全員と分かり合える人がどれだけいる?
「あ、お兄ちゃんだ。それに安藤さんも」
俺の思考は、廃墟のような家から飛び出してきた少女に遮られた。
「らいは!」
風太郎が慌てて妹を静止する。何か見せたくないものでもあるのか……まあ、バイトに失敗して送り返された姿なんて見られたくはないか。
「こんばんは、らいはちゃん」
「こんばんは。あ、その人って、もしかして!」
五月さんを見て、らいはちゃんが興味を示す。
「な、なんでもない人だ! ほら、帰るぞ!」
風太郎が妹を抱えて逃げ帰ろうとする。
「嘘! あの人、安藤さんの彼女でしょ!」
「「「え?」」」
状況を整理しよう。ここは上杉邸前の路地で、風太郎がらいはちゃんを抱えて階段へと向かっている。五月さんはタクシーから降りたところで、俺はタクシーのドアを掴んでいる。なるほど、俺がドアを開けて五月さんをエスコートしているように見えるな……実際は、急発進で逃げられないように掴んでいるだけなのだが。
「残念ながら、俺は独り身だよ」
「じゃあ、お兄ちゃんの彼女でもないし、家庭教師の生徒さん?」
酷い根拠だ。
「い、いや、それは……」
「嘘! あの人が生徒さんでしょ」
誤魔化す兄を糾弾する妹。我が家では逆だから新鮮だな。とはいえ、このままでは生徒じゃなくなる状況だから、誤魔化したい気持ちも分かる。
「よかったら、ウチでご飯食べていきませんか?」
不仲を悟ったのか単純に優しいのか、らいはちゃんがそんな提案をしてきた。とはいえ、上杉家のエンゲル係数を無駄に上げるのも忍びない。
「気持ちは嬉しいんだけど、これからバイトなんだ。代わりに、五月さんをもてなしてあげて」
「え!? 私は、その……」
「それは……ほら、な! このお姉さん忙しいらしいから!」
お前ら、仲直りのチャンスを棒に振る為になら結託できるんだな。慌てる二人を蹴り飛ばしたい衝動に駆られる。いっそ、らいはちゃんに腹話術をかけて泣き落としすべきか?
「嫌……ですか……?」
その必要はなかった。既に泣き落としの体勢に入っていたからだ。
「じゃ、すいませんが、バイト先まで乗せてってください」
馬鹿二人をらいはちゃんに任せて、俺はタクシーに乗り込んだ。
脚立を支えながら、俺はそんな事を話した。
「それで、暴走タクシーの中で取っ組み合いになってたのか」
俺の雇い主である春さんはカラカラと笑う。同時に、スプレー缶をカラカラと振ってから、トンネルの天井に青い円を描く。
「説得したかったんですけど、最後は昏倒させる事になりまして」
「非暴力・不服従、って知ってる?」
「ガンジーですよね」
基本的に、彼が引用するのはガンジーかピカソだ。後は、父親の言葉も。
「うん。バットで殴るとかは良いけど、車をメチャクチャに走らせるのはやり過ぎだよ。特に、そこの橋はフェンスに脆い場所があるから、気を付けた方が良い」
「そうなんですか?」
「どうやら、誰も連絡してないみたいなんだ。まあ、役所への電話って面倒だしね」
「お役所仕事、っていうくらいには手間がかかりますよね」
「ただ、可哀想でもある。面倒な仕事をしているのに、公務員なんぞに娘はやらん、って義父に言われたりするらしいからね」
そんな噂話を聞いて、ふと思い出した事を聞いてみる。
「春さん。もし貴方に娘がいたとして」
「妻もいないのに?」
「もしも、です。それで、その娘が五つ子で、全員が赤点の常習犯だとするじゃないですか」
「五つ子? クローンとかじゃなく?」
「もしも、です。で、赤点常習犯の娘が5人いたとして、春さんならどうしますか?」
「まず、赤点だと困るの?」
そうきたか……とはいえ、示唆に富んでいる。三玖さん達にやる気がないのは、赤点を取っても困らない環境だから、というのはあるだろう。マンションの調度品を見るに、遊んで暮らせるだけの収入はありそうだし。
「少なくとも、高校くらいは卒業させたいんでしょうね。成績不振で、前の学校は退学になったみたいですし」
まあ、あのポテンシャルで退学というのも考えにくいのだが。
「成績不振で退学になったのに、編入試験は通ったの?」
「そういえば、確かにそうですね。裏口とか?」
「裏口入学するくらいなら、お金を積んでドアを塞げば良い」
それもそうだ。いや、黒薔薇女子は既に十分な金があるから、買収できなかったのかもしれない。
「私立と公立じゃ、収入も違うんじゃないですか?」
「なるほど。そうなると、ネームバリューも違うよね」
「そうですね」
「じゃあ、本当に高校を卒業した、っていう結果だけが欲しいのかも。その為に、金でどうにかできる学校に転校した、とかはどう?」
「金でどうにか、はありそうです。ただ、家庭教師を雇いますかね?」
「まあ、卒業だけなら不要だね。成績を上げて、大学受験でもするのかな」
「家庭教師は高校生、というか同級生です」
「……安藤が家庭教師か。授業中に考えこんだりしそうだね」
「いえ、家庭教師するのは友人です」
とはいえ、風太郎が家庭教師というのも不安だ。思わず目頭を押さえてしまう。
「そんなにシンナー臭かった?」
「大丈夫です。ただ、彼にできるのかが不安で」
「俺の兄貴よりはマシだよ。何せ、途中参加が嫌いな人だから」
途中参加。春さんが冗談めかして言ったそれは、家庭教師の象徴ともいえる言葉だ。生徒の勉強・生活に途中参加するのが家庭教師であり、始点にも終点にも触れない。だが、彼女たちの勉強嫌いを解決するには、その原点を探る必要があるだろう。
「春さん、探偵の知り合いがいましたよね?」
Bルート、薬を飲む直前で止めるルートは暫くお待ちください。