反省はしていない。
私の名前はディミートリ・ペトレンコ。
2024年に、ロシアのサンクトペテルブルクで産まれた。
ツァールスコエセロの離宮が、まだ古き良き帝国の輝きを世に伝えていた頃の時代だ。
6回目の誕生日を迎えた時、世界は変わってしまった。
18回目の誕生日の後には、あわや死ぬところだった。
だが、何よりも記憶に留めておくべきは、41回目の誕生日を終えた後の事だろう。
その年、私の人生は大きく変わってしまった。
いや、"変わった"と言った方がいいかもしれない。
まあ、細かいことはこれからクドクドと話していくことになるだろう。
だから簡単な自己紹介だけしておきたい。
私はロシア人で、そのくせ酒には弱くて、40に差し掛かったあたりから肥え始めたごく普通の悲しい中年男。
独身の身で、妻子もいない。
しかし、仕事に関しては誇れるものがある。
私の仕事…それは"指揮官"だ。
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2030年
結論から言うと、中国人たちは失敗した。
彼らはベイラン島で消息を絶った学生達を救出することはできず、バイオハザードを止める事もできなかった。
それどころか崩壊液は全世界へと広がって、ゆくゆくは第三次世界大戦を招く事となる。
ベイラン島事件の後、まず中国自体がELIDに侵された。
感染が広がった結果、この国は経済活動の維持どころではなくなった。
人民元が紙屑になって、政府はなりふりなど構っていられなくなり、抱え込んでいた債権を一斉に叩き売り始めた。
アメリカ合衆国は糞を食わされた気分になった。
何せ、中国は毎年相当な額の米国債を買い込んでいたし、市場に溢れかえった米国債は発行者を苦しめ、10年後にはアメリカ合衆国政府を"
アメリカ合衆国政府がデフォルトの宣言を実行するまで秒読み段階になった時、地球の裏側では世界大戦の前哨戦が始まっていた。
ELID感染者は中国全土を侵し終わり、その感染は瞬く間に拡大していった。
中国の非感染者は安全な地を求めて北へ向かっていったが、そこにはロシア人がいたのである。
ロシア人達は国内の感染者だけで手一杯で、新たに感染の疑われる難民を受け入れるつもりは全くなかったのだ。
第一派の難民がロシア国境警備隊に虐殺されると、中国政府はそれを口実に国境線への攻撃を始めた。
何の事はない。
共産党幹部達も、安住の地を求めていたのである。
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2042年10月
ロシア・中国国境地帯
私は暗闇の中を必死に走り回り、躓いて転んではその度に背後を確認した。
地面を照らすフラッシュライトの光線は3本あり、まだ距離はあるものの、私の辿った道筋を概ね把握できているようだった。
鋭い北京語の数々が暗闇を貫いて私の耳へ入り、脳はそれをしっかりと感知して生存本能を刺激する。
逃げねばならない。
当時私は18歳。
ロシア陸軍砲兵兵卒としてこの紛争地帯に派遣されていた。
ところが敵の大規模攻勢を受けたこの日、私は泥だらけになりながら、丸腰で、惨めにも逃げ回っていたのだ。
敵への優位を保障していたハズの電子装備はまるで機能せず、中国人達は古典的な有視界戦闘により我々の陣地を破壊せしめたからだ。
…とにかく、この日は私の人生の中でも1番に悪い日だった事に間違いはない。
仲間は皆死に、連絡も取れず、孤独で、武器もなく、3人の…恐らくはアサルトライフルで武装した男達に追われている。
とにかく、まずは身を隠しておきたかった。
だから視界の中に寂しい山小屋を見つけたときには迷わずにそこへと飛び込んだ。
今思えば、敵も私と同じように考えるだろうから裏をかくこともできたのかもしれない。
だが、18そこらの青二才に、そんな事など考える余裕なぞなかった。
私の姿を捉えてはいなかったハズだが、3人の敵兵は山小屋へと近づいていた。
ぬかるんでいた地面を照らせば、否応なく私の足跡が見えた事だろう。
山小屋で身を縮める青二才は、3人からすれば良いカモでしかなかった。
それでも、青二才は諦めていなかった。
山小屋の中で、どうにか武器になるモノを探そうとしていた。
暗闇の中で不意打ちすれば、何とかなると考えていたのかもしれない。
これでもし…銃か何かが見つかったとすれば…それはそれで都合の良すぎる話に思える。
だが、山小屋には銃があった。
あまりに都合の良い作り話に思えるかもしれないが、銃があった。
但し、この危機を乗り越えるのに充分かどうかは分からなかった。
何せ見るからに古い銃で、錆びていて、弾薬も入ってはいるが…不発かもしれない。
敵の足音はドンドン大きくなっていく。
今ここで試し撃ちをしてみるわけにも、分解整備をしてみるわけにもいくまい。
18歳の青年は見慣れないほど古めかしい銃の、安全装置と思わしきモノを解除した。
さて、問題はこの銃がちゃんと動作したかであるが………動作しなかったのならば、きっと私はここにはいない。
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現在
東欧のどこか
「で、そのマシンガンはどこにやったんだ!?」
「あの後私は国境紛争から引き上げられてな!故郷に持ち帰ったよ!ピカピカに磨いて、博物館に寄贈してやった!ありゃあ、ノモンハン事件の時代の銃らしくてな!」
本当のところを言えば、こんな話をしている場合ではない。
忌々しい鉄血人形がこちらへ迫ってきていて、通信は途絶。
装甲車5両の車列で生き残った傭兵は、私と部下の2人だけ。
銃弾の飛び交う中、私は拳銃、部下のキリルはAKを撃ちまくりながらどうにかムラサキ頭と距離を保っている。
今日は間違いなく人生で2番目に酷い日だろう。
「クソッタレのムラサキ頭共め!こんなところで奇襲に遭うとは!」
「すまない、キリル!私の見積もりが甘かった!近頃はデスクワークが多くて」
「今頃になって謝る事じゃねえだろ!誰だってこんなところで待ち伏せに遭うなんて思やしねえ!」
「そう言ってもらえて助かる!…援護してくれ、車列に戻る!」
「護衛対象ならとっくの昔に死んでるだろうよ!確認するまでもねえ!」
「だめだ、確認する!援護しろ!」
キリルがAKの弾倉を変え、ありったけの援護射撃をしてくれている間に、私は拳銃をめくら撃ちしながら側溝から這い出て車列へと向かう。
護衛対象を載せている車両まで必死の思いで駆け寄って、生存していることを願って後部ドアを開けた。
現実とはなんと厳しいものだろうか。
護衛対象は側頭部に大きな穴を開け、紅色の制服に血と脳漿を垂らしていた。
「クソッタレ!!」
私はまた拳銃をめくら撃ちしながら側溝へと戻る。
キリルはこちらへと顔を向けたが…どうやら結果を察したようだった。
「言わんこっちゃない!おかげで弾が残り少ない!」
「ああ!本当にすまん!…クソッ!ここまでか!」
「…そのようだな。予備の拳銃はあるか、ペトレンコ傭兵大尉?あのムラサキ頭共は人間を生きたまま引き裂くらしいぜ?」
「仕方あるまい…一緒に戦えて光栄だったよ、キリル軍曹。来世で一杯奢らせてくれ。」
私はキリルにバックアップガンを手渡すと、自身の手に持つ拳銃を彼の眉間へと向ける。
キリルも私の眉間へとバックアップガンを向け、引き金に力を加えていく。
どうか、来世では平和な暮らしができますように。
迷わない内にやっちまった方がいい、そう思った時だった。
ズドドドドドドッ!!
聞いた事のある銃声だった。
遠い昔に…そう、あの山小屋で聞いた銃声だ。
眼前に迫るムラサキ頭共が銃弾に引きちぎられ、次々と倒れていく。
予想外の銃撃に、私と軍曹は顔を見合わせて、とりあえず銃を下げた。
「…救援か?」
「いや、通信機はダメになったハズだ。」
「あら、どうも。あなた達はグリフィン&クルーガーの傭兵さんかしら?」
側溝の上から女性の声が聞こえて、私とキリルはほぼ同時に声の主を見上げる。
声を聞いた時、私はまだ子供の時に見たある映画の事を思い出した。
ほら、あの、未来から来た悪いロボットと良いロボットが戦う映画だ。
ダダンダンダダンとか何とか…あの映画の主人公の母親。
だが、見上げた先には、品の良い…頗る綺麗な別嬪さんがいた。
そしてその別嬪さんは、私が想像もしなかった事を言い放ったのだった。
「…!…お久しぶりね、坊や!」
そう、この時、私の人生は変わった。
まさに、予想だにしなかった方向へと。