マザーズ・フロントライン   作:ペニーボイス

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9話 発端

 

 

 

 

 

 

 2日前

 旧スロヴェニア

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 T64主力戦車は、当時の技術の最先端を集めて開発されただけあって、その性能には目を見張るものがあった。

 しかし、ソビエトの将軍たちは高度な技術の実用化をテーマに作られたこの戦車の信頼性に、さまざまな観点から不安を感じたのだろう。

 彼らは満足のいく性能であったT64の成果をフィードバックしつつ、いわゆる"枯れた技術"によって裏打ちされた信頼性の高い戦車を求めた。

 その結果生まれたのがT72主力戦車である。

 調達単価の安さと信頼性の高さによって、T72は大量に生産され、ソビエトがロシア連邦になった後も永らく主力戦車として運用された。

 勿論、欠点がなかったわけでもない。

 湾岸戦争でエイブラムス戦車相手に醜態を晒したこともあったが、しかしそれは運用国の国力自体に問題があると考えるべきであろう。

 

 全般的には、ソビエトの将軍たちが追及した信頼性の高さによって、T72は求められた性能には達していたと言える。

 T72戦車は大量に作られただけあって、第三次世界大戦が終わった後も数多くが生き残ったし、部品の備蓄も十分であった。

 今、かつてスロヴェニアと呼ばれていた地域の道路を行進するグリフィン&クルーガー社傭兵部門の保有するT72はそのうちの一つであり、昔々にチェコで製造された車両だった。

 

 チェコ製T72の車長を務めるのはフョードル・リヴィンスキー傭兵大尉で、今日彼はこの戦車といくつかの装甲車、そして徒歩兵からなる部隊を指揮して地元の民兵組織を殲滅してきたところであった。

 社の輸送路の一つを不当に占拠しようとした不埒な輩は1人残らず排除され、損害は極めて少なく済んだ。

 任務は完全に達成されたのだ。

 故にリヴィンスキーも上機嫌で、徒歩兵部隊の軍曹との会話を楽しんでいる。

 

 

「チェコ製のT72はどうですか、大尉?」

 

「悪くない。造りは丁寧だし、仕上げも良好だ。状態も良く故障も少ない。…前に乗っていたポーランド製よりは良いね。」

 

「今日も大活躍でしたね」

 

「ありがとう。…だが、今回手柄を讃えるべきなのは私じゃない。あのお嬢さんさ。」

 

 

 そう言って、リヴィンスキーは上空を見上げる。

 彼の指揮する車列の上空を、轟音と共にMi8ヘリコプターが駆けていく。

 本来は輸送用として開発されたヘリコプターだが、グリフィン&クルーガー社では武装を搭載して攻撃ヘリコプターとして使用している。

 リヴィンスキーはヘリの機影を捉えると、無線機で呼びかけを行った。

 

 

「"スメルチ"、"スメルチ"、こちら"チリパーハ"、支援に感謝する。おかげで助かった。」

 

『こちら"スメルチ"、お役に立てたようで光栄よ。こちらは燃料補給のため帰投するわ。』

 

「了解、道中気をつけて。良い旅を、オーバー」

 

 

 あのMi8を操縦しているのは新任の女性パイロットらしかったが、その腕前は一流で、地上部隊の行動を的確に援護した。

 おかげで、リヴィンスキーの部隊は装甲車を1両失ったものの、死傷者なしという驚くべき戦果と共に帰途につけたのだ。

 リヴィンスキーが笑みを浮かべたのを見ていた軍曹が、横から彼に話しかける。

 

 

「彼女、セクシーな良い声をしてますね」

 

「ああ、年頃の別嬪さんに違いない。」

 

 

 ヘリコプターは宣言通り、元来た方向へ引き返すようだった。

 大きな機影は車列の遥か前方まで進んでいくと、そこで大きくUターンを描いて、今までとは逆の方向へ機首を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 現在

 旧スロヴェニア

 

 

 

 ダーリャママはその類稀なる裁縫技術を使って、新しい戦闘服を作ってくれた。

 それはかつて"礼儀正しい人々"と呼ばれたロシア軍の迷彩服に準じた仕様で、おかげで私は古めかしいギムナスチョルカにブルジョノフカという1917年以来の礼装から解放されたのだ。

 

 さてさて。

 そんなわけで全く持って新しい装備を手に入れた私は、今現在、ハイウェイを爆走するティーグル装甲車に乗っている。

 新調したAK12の銃口を窓の外に向けて無線機を片手に携えるその姿は、イラクのハイウェイを通過する米海兵にすら見えるかもしれない。

 しかし我々がいるのはその昔スロヴェニアと呼ばれた地域である。

 

 どうやら、2日前にグリフィン&クルーガー社の傭兵部隊がこの辺りで消息を断ったらしい。

 詳しい事は不明だが、傭兵部隊は社の輸送路を"人質"にとって"身代金"を奪おうとしたバカどもを殲滅して帰途についていたようだった。

 その途中で連絡が取れなくなり、ついで航空支援を担当していたヘリもレーダーから消えたとのこと。

 この場合最も考えられるのは、そのバカどもの仲間が別の場所にいて、仲間の敵討ちのために車列とヘリを襲撃したということだろう。

 だから私はアサルトライフルの銃口を窓の外に向けていたし、頻繁に無線通信を行なっていたのだ。

 

 

「"シシリー"、"シシリー"、こちら"ゴッドファーザー"、ポイント・タンゴ=ヴィクター=チャーリーを通過、現在に至るまで異常なし。」

 

『こちら"シシリー"、了解。"ゴッドファーザー"はポイント・タンゴ=ヴィクター=デルタに向かい探索を継続せよ』

 

「了解、オーバー」

 

 

 私は無線通信を終えると、運転席の方に目を向ける。

 ハンドルを握っているのはPPSで、助手席にはPPShがいた。

 正直PPSにハンドルを任せるのは不安だったし、なんなら自分で運転したかったのだが。

 しかし無線機は後部座席にしかないしダーリャママからは猛反対を受けたので、私は仕方なく後部座席にいる。

 

 

「…本部のクソ共がこんな迷彩服を寄越した理由も分かるわね、姉さん!」

 

「全然怖くないですよ〜」

 

「丸一日ノンストップで高速道路を巡回してれば、この砂色迷彩も森林迷彩に見えてくる!」

 

「全然怖くないですよ〜」

 

「敵も同じ状況なら、の話だけど!」

 

「全然怖くないですよ〜」

 

 

 なんだろう。

 何が一番恐ろしいかって、全く会話が噛み合っていないのが恐ろしい

 私の指揮下の車列にいる人形達はPASGTヘルメットにレベル3アーマー、それにサンド迷彩の戦闘服という出で立ちであった。

 これではまるでジェネレー●ョン・キルの海兵隊員である。

 私はさしずめ"キャプテン・アメリカ"であろうか。

 グレネードランチャー付きのM16でも持って、敵の死体からからAKやベレー帽を集めてれば同じような目で見られそうな気もする。

 

 PPSの文句はごもっともなように感じた。

 こんな森林地帯でサンド迷彩では「どうぞ撃ってください」というようなもの。

 それでも、その迷彩服は徹夜続きのカリーナによって誤調達されたもので、そのカリーナが徹夜続きなのは作戦報告書を作成しているせいなので私からは何も言うつもりはなかった。

 というより言えなかった。

 だって丸投げしてんだもん。

 

 

 そんなこんなを考えながら再び目を窓の外に移す。

 相変わらず見飽きた風景が広がってはいるが、同時に無線機の呼び出し音が鳴った。

 

 

『"ミニオン1"より"ゴッドファーザー"、聞こえますか?』

 

「こちら"ゴッドファーザー"、よく聞こえてる。何か見つけたか?」

 

 

 呼出主は"ミニオン1"、即ち101E小隊…今は私の第3小隊…のアメリカ勢だ。

 彼らは現在、車列の一番前にいる。

 私は2番目の車両に乗っていたから、前方車両がブレーキをかけるのも見えたし、天板の機関銃を構えるトンプソンが身を屈める様子も見て取れた。

 どうやら何かを発見したらしい。

 

 

『車列の残骸です!T72戦車の姿も見えます!…恐らく、消息を断った傭兵部門のものかと』

 

 

 小隊長ガーランドの報告の通り、我々の視界には黒ずんだ戦車や装甲車が入ってきた。

 焼き焦げた肉の臭いが鼻を吐き、その臭いの元にはカラス共が集っている。

 奴らは犠牲者の死体を漁っていたが、ティーグルのエンジン音が近づくと早々と逃げ出した。

 正直撃ち落としてやりたいが、今は銃声を出すわけにもいかなかった…これがもし地元民兵組織による報復なら、我々の到着を知らせるようなものであるから。

 

 

「"ゴッドファーザー"と"ミニオン2"が状況を把握する。"ミニオン1"は乗車のまま周辺の巡回、"ミニオン3"は隊員展開させて周辺を警戒しろ。」

 

『"ミニオン1"、了解』

 

『こちら"ミニオン3"、了解致しました。』

 

 

 第3小隊と、"ミニオン3"…つまりはドイツ勢の第2小隊が指示された通りの行動に移る。

 私は停車したティーグルの後部座席から降り、ダーリャママとナガンを連れて残骸の方へ向かっていった。

 

 

「あちゃぁ、これは酷くやられたのぉ」

 

「全滅だ。これが民兵組織の仕業なら、連中はハイテク装備を充実させているか、或いは相当な数がいる。」

 

「待って、坊や。…コレを」

 

 

 ダーリャママが転がる死体の内の一つに向かって屈み込み、死体が抱えているAK74の弾倉をもぎ取ってこちらにやってきた。

 

 

「…この弾倉には30発の銃弾がしっかりと装弾されているわ。これだけの被害が出ているのに、薬莢の一つも落ちていないなんて変じゃないかしら?

 

「!……ってことは、彼らは()()()()()()()()やられたという事か?一地方の民兵組織には荷が重すぎる…」

 

「きっと、こんな規模の奇襲攻撃ができるのは…ムラサキ頭ぐらいじゃの」

 

「馬鹿な!?…ここは安全地帯のはずだろう!?」

 

「坊や、戦場に安全なところなんてないわ。確かに連中の拠点からは遠いけれど、スロヴェニアには連中がいないという確証もない。」

 

「なんてこった、これはとんでもない手間だぞ。もしそうなら、我々はスロヴェニア中をクリアリングする事になる。…クソッタレのムラサキ頭共!」

 

 

 スロヴェニアにはコペルという港があり、第三次大戦前には東欧へのゲートウェイとしての機能を果たしていた。

 戦後グリフィン&クルーガー社はそのコペル港を勢力下に置き、海外からの物資調達口として管理していたのだ。

 もし本当にムラサキ頭がスロヴェニアに侵入したとすれば、社は重要な補給路の一つを脅かされることになる。

 なんたって鉄血人形は少数でも地元民兵組織などとは比べものにならないほど強力で、その戦闘力は折り紙付きだ。

 いつ物資供給を脅かされてもおかしくはない。

 

 

「しかし疑問も残るのぉ。いくらイカれた鉄血人形共とはいえ、このように見境いなしに攻撃しては目的を果たせないことぐらい分かるとは思うが…」

 

 

 ナガンの一言に、私はハッとする。

 確かに、ムラサキ頭共が社の供給路を遮断したいのであれば、今回のような襲撃はまさに失敗でしかない。

 確かに社は戦車一両と数両の装甲車、それに多数の傭兵を失いはしたが、攻撃を受けた以上は警備を増強する事が見込まれる。

 そうなれば、せっかくスロヴェニアに浸透したにも関わらず輸送隊列への攻撃は難易度を余計に増す事になるのだ。

 

 そもそも仮説の上に仮説を重ねているので当然ではあるのだが、しかしこの車列を残骸に変えた連中が何者で、目的は何なのかもまるでわからない。

 現場の指揮官に過ぎない男がアレコレ考えても仕方がないので、私はとりあえず本部に連絡を取ることにした。

 しかし、私が無線機の送信機を手に取った時、STG44の叫び声が耳をつんざく。

 

 

「R・P・G!!」

 

 

 FPSや戦争映画ではお馴染みのセリフで、数秒後には整形炸薬弾頭がロケット推進薬によって高速で飛んできた。

 だが私はそれを見て、一つの事に確信を持つ。

 RPGをぶっ放したのは一目地元民兵組織と分かる装備をしたクソ野郎で、完全に奇襲のタイミングこそ捕らえていたものの、その弾頭は我々には向かわず明後日の方向へ飛んで行った。

 少なくとも、こんな攻撃では我が社の車列を殲滅することなど出来はしない。

 

 一つ問題を片付けた私は、次の問題を片付けるために、指揮下の人形達に指示を出し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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