ヘリアンとかいうモノクル女の第一印象は、氷のように冷たいキャリアウーマンといった感じだった。
高飛車で、プライドが高く、傭兵部門の連中を見下している類の。
だが、今日になって私が勝手に抱いた偏見に近い印象は退けられ、彼女が頼りになるタイプの"上司"であることが判明したのだ。
「……気負うことはない。貴官の責任でないことは承知している。」
「お、お気遣いありがとうございます」
「この子に罪はないの!母親として言わせてもら」
「お前は気負え!!!」
ダーリャママ(DP28)はというと、頼るべきか頼らないべきか分からないタイプの副官だった。
今、彼女はヘリアンから凄まじい勢いのツッコミを喰らったのにも関わらずケロリとしていて、自身の非を一切感じていないご様子。
いやあ、困るよダーリャママ。
自分のやったことに何らの疑問を持っていないのは流石に困るよぉ。
「気負え、って言われてもねえ…ファシスト共がやってきたから、昔みたいに返り討ちにしただけなのよ?」
「1941年〜1945年のことをついこの前みたいな感覚で言わないでダーリャママ…」
「あの頃が懐かしいわね〜。ルールも今よりずっと単純だったわ。『捕虜にならない、捕虜を取らない』」
それはルール無用と言うのではないだろうか。
「DP28、この際ハッキリ言っておこう。次に同じことがあった場合には相応の処置を取らせてもらう。」
「処置?」
「…ディミトリ・ペトレンコはグリフィン&クルーガー社を退職する事になる。」
「!?」
「!?」じゃねええええよ!!
こっちが「!?」だよ!!
何しれっとこっちに罰を振ってくれてんのよ!?
何で!?
何で私!?
ヘリアンさん今さっき私に罪はない的な事言ったよね!?
秒で裏切りやがったなこの野郎!!
………なんだそのウインクは?
なんだその、「こう言っとけばコイツらも次はやらまい」みたいなウインクは?
止まるとでも思うのか?
こいつらが?
泥と血に塗れた独ソ戦の記憶を昔懐かしの組体操みたいな感覚で語るような連中が?
それはちょっと楽観的過ぎやしないかい?
「……坊やが…クビ!?………そんなの…そんなの耐えられない…」
「なら今度から気をつけるように」
「このクソ外道!ファシストの肩を持つのね!?」
「い、いや…そんなつもりは…」
「あなたなんてCykaよ!Cyka!!Cyka!!」
ワーオ、それは言っちゃいけないダーリャママ。
読めた方も、読めなかった方も、この4つの文字をスラブ語系言語を用いる人の前では絶対に使ってはいけない。
Cyka、読み方は「スーカ」。
意味は………どれほどお上品に取り繕っても「クソ女」が限界であろう。
英語のBitc●に近い。
フリじゃありません、使っちゃダメです。
ダメ、ゼッタイ。
面と向かって「クソ女」扱いされたヘリアンさんは恐らくスラブ語圏のご出身であろう。
整ったお顔に見事なまでの青い筋を浮かべていらっしゃる。
私としてはこの場から今すぐに逃げ出したいし、シュタールヘルムでも被って伏せていたい。
だが禁句を連発し続けるダーリャママと、もうそろそろ青い筋が破裂しそうになっているヘリアンさんによる戦争は避けられた。
ヨーロッパの火薬庫ならぬグリフィンの火薬庫になっていたこの部屋に湿気を持ち込んでくれたのはカリーナというステキな美少女。
この間ダーリャママのせいでできた誤解を解くのに苦労した彼女である。
彼女は少々慌てた様子でやってきて、手にする何かしらの書類をダーリャママとヘリアンさんの間の机に置く。
なんと勇気のある女性だろうか。
私が彼女の立場ならば、こんなマネは絶対にできない。
「大変です!鉄血人形の小部隊の報告が上がりました!!上層部より、すぐに対処せよとの命令が!」
「………なるほど、了解した…では…そちらの手腕を見せてもらおうか、блядь」
「なっ!?блядь!?」
座っているパイプ椅子をひっくり返す勢いで立ち上がるダーリャママ。
この5文字も絶対に使ってはいけない。
読みは「ブリャーチ」、意味は"娼婦"である。
「坊やの前で!!私のッ!!私の坊やの前でよくもそんな…
国連の環境なんたら会議で演説してるフィンランド人のように顔を真っ赤にしたダーリャママは、見ての通り怒り心頭だった。
ただ、幸いな事に、彼女はヘリアンさんからの侮辱による怒りをそのまま自身の銃の弾丸に込めるようなマネはしない。
その代わり、ヘリアンさんを睨めつけながら宣言した。
「いいわ!!あのクソ人形どもを粛清してきましょう!!目にもの見せてあげるわ!!ほら、坊や!!行くわよ!!」
「ん?え?ちょ?ちょ、まっ?待って?行くってどこに?ダーリャママ?行くって、一体どこにィ!?」
…………………………………
ちょっと待って、思ってたのと違う。
戦術人形の指揮って、グリフィン&クルーガー社の施設からスクリーン越しに指揮をするものだと思っていたのだが。
実際のところは、そんなコーヒー片手に無人偵察機によるヘルファイア・ミサイル攻撃の決定を下すだけといった類のものではなかったのだ。
今、私はあろうことか前線にいて、ギムナスチョルカに身を包み、ブジョノフカを被ってC96自動拳銃を携えている。
………内戦期の労農赤軍ですか?
せめて迷彩服。
せめて迷彩服でお願いしますよ。
なんでこんな、第三次世界大戦も終わったような時代に第一次世界大戦直後みたいな装備しなきゃならんの?
制約多くない?
相手は戦闘特化型戦術人形なんですよ?
ターミ●ーターみたいなモンよ。
ターミ●ーターと戦いつつもアンタらの指揮をしなきゃならんのよ、ワタクシは。
ターミ●ーター舐めてんの?
頼むよ、ダーリャママ。
そんなね、箪笥の奥の方からね。
「徹夜で作ったの」とか何とか言いながらお手製のギムナスチョルカ持ってこないでよ。
着るしかないじゃん。
断れないじゃん。
言っちゃ悪いけど、戦術人形のクセして両手に絆創膏とかやめてもらっていいですか?
戦術人形なのに人間の良心に訴えかけてくるのは、やめてもらっていいですかねえ?
「坊や!危ないからちゃんと伏せなさい!」
ダーリャママが唐突に私の上に覆い被さり、私を砲弾孔の中へと押し込んだ。
おかげで私は鉄血人形の銃撃を免れ、命拾いする。
「坊やは危ないから、ちゃんと私にくっついていて?」
「………」
「…香水?これは私のフェロモンよ?」
「………」
どうしよう。
何も返事をしたくない。
ダーリャママは私を引きずり出した後、ギムナスチョルカを着せ、その足で第一小隊『ホテル・モスコー』のメンツを引き連れて迎撃に向かった。
それはそれでいいとして。
だが、第一小隊の皆様方が『赤軍に勝るものなし』を意気揚々と歌いながら行進なさったものだから鉄血人形の小部隊に早々と発見されて早速絶賛戦闘中であります。
もう、なんというか、勘弁してくれダーリャママ。
「敵の数が思ったより多いのぉ!!」
「チッ!火力が足りない!」
「全然怖くないですよ〜」
「同志!このままではジリ貧よ!次の指示を!」
戦術人形指揮官という職業へのイメージの他にも、私が見解の相違を実感した点がもう一つある。
鉄血人形の小部隊というのだから、それこそ一個分隊程度だと思っていたら、実際には一個小隊はいた。
コレを小部隊と言うのかお前らは。
戦術人形一個分隊で相手にするには大部隊だろうが。
まあ、元々からして敵情を把握する前から先に発見されて攻撃されてるんだから状況は更に悪い。
敵は我々の正面だけでも10体はいて、正面の援護射撃を受けながらより多くの敵が迂回・包囲を試みているようだった。
確かに、このままではモシン・ナガンの言うように"ジリ貧"だ。
増援が必要だ。
そして私は増援を用意していたし、それを前進させる用意まではしている。
問題は…その増援が"敵"とならないかどうかであるが。
とにかく、現状のままでは、私はきっとブジョノフカごと頭を身体からもぎ取られる事になるだろう。
願わくば"彼女ら"の理性が機能することを祈りつつ、無線機を使用した。