良い加減にせえよ←お前だよ
1人の少女がコーヒーを片手に、タイプライターなんていう旧世代の代物を使って報告書を作成している。
艶がかったブロンドをカチューシャで纏めて、しかしベレー帽をちゃんと被る彼女は、女子高生の制服っぽい服装をして黙々と作業を進めていた。
やがて彼女の奏でるタイプ音が静かに響く部屋のドアが開き、もう1人の少女が姿を現す。
サングラスを掛けた彼女は、ベレー帽の少女に空のフラスコを掲げて見せた。
ベレー帽はため息を吐いて立ち上がり、今使っている簡易椅子の後ろにあった箱のフタを空ける。
サングラスは助かったと言わんばかりの顔で箱の中に手を突っ込み、中からウイスキーの大瓶を取り出した。
フラスコの中にウイスキーを注ぎ足しながらも、度々瓶を咥える彼女にはベレー帽もさすがに我慢ならなかったらしい。
タイプライターの続きを打ちながらもサングラスに話しかける。
「トンプソン、良い加減にやめたらどうですか?」
「…酒をか?」
「いえ、私の所に隠すのを。あなたももう副小隊長なんですから。」
「ふん、まぁ…コレを契機に禁酒してみるのもアリかもな。」
トンプソンの突然の禁酒宣言に、信じられないという顔を向けるベレー帽。
だがトンプソンはそんな彼女を笑い飛ばす。
「ふはははっ!まさか本気にはしてないよな?」
「…はぁ、だと思いました。」
「それじゃあ、カンパイ!」
ウイスキーの瓶を口に咥え、アルコールを一気に流し込むトンプソン。
一通り飲み終えると、彼女は瓶を再びベレー帽の後ろの箱に突っ込んだ。
そしてそのままドアに向かうかに見えたが、しかし彼女は少し足を止めてベレー帽に振り返る。
「報告書は簡単で良いんだ、ガーランド。ただ一人称を"我々"にしておけば良い。」
「…ありがとうございます、トンプソン。」
去りゆくトンプソンの背中を見送ると、ガーランドはまたもタイプライターと向かい合う。
彼女は昨日の記憶を辿りながらタイピングを続けていった。
………………………
16時間前
「小隊長!敵は我々より高所に位置しています!」
「火力の差は圧倒的だ!このままじゃ潰されるぞ!」
小隊員のM3とトンプソンの報告を聞きながら、ガーランドは敵の迂回を阻止できなかった自分を責めた。
彼女の率いる『101E小隊』は、現在ある区画を防衛している。
そこは木々と植物の生茂る林縁沿いの地帯で、彼女達は防御陣地を構築して鉄血人形を迎え撃っていた。
最初の方は順調だった。
良く構築された防御陣地は、敵が高所に回り込むまでは数で勝るムラサキ頭の波状攻撃を耐え忍んでいたのだ。
だが、敵も愚かではない。
連中は彼女達の防御陣地を撃ち下ろせる高所の存在を把握すると、そこへ回り込んで形勢を完全に逆転させてしまった。
敵はこちらを狙い放題だが、こちらは高所に向かって撃ちあげる形となる関係上、敵に優位を与えてしまっている。
「クソッ!…敵が回り込む事くらい予想すべきでした!重装部隊の迫撃砲に支援を要請していればっ…」
「ガーランド、今は後悔よりも体勢の回復を!」
「こっちの正面はボクらの火力でも何とかなる!小隊長は判断に集中して!」
頭を抱えるガーランドに、スプリングフィールドとM1919A4が劇を飛ばした。
スプリングフィールドはカウンタースナイプに集中し、M1919A4は濃密な弾幕を張っている。
2人の言葉のおかげで、ガーランドは一度頭を冷やして現状を整理する事ができた。
「……!…コレしかありませんね。」
ガーランドは何かを思い立ったようで、無線機を引き寄せると無線で連絡を行う。
しかしトンプソンが彼女の側にやってきて、無駄だと言わんばかりの態度を取った。
「ダメだ、ガーランド!重砲部隊は手一杯、重装部隊も弾切れだ!待ってる間に全滅するぞ!」
「いいえ、支援砲撃を頼むのではありません!それに呼び出したのは本部でもない!」
「じゃあ誰に連絡したんだ!?誰だってこんなとこに来たがりはしないぞ!?」
「来ますよ。
「なぜそんな…どうやって」
「"借り"を返してもらうんです。」
彼女は立ち上がると、自身の銃に8発クリップを込めた。
もうそこには狼狽る姿はなく、小隊指揮官として相応しい勇気を奮い立たせた彼女がいる。
ガーランドは自らも敵に猛射を加えながらも、自身の小隊員達を奮い立たせた。
「稜線をよく見て撃ちなさい!敵影を捉えたら、ありったけの弾を叩き込むんです!」
彼女はやがて、座り込んで動けなくなっているM3に気がついた。
ガーランドはM3を立たせると、銃を構えさせて指示を出す。
「立ってください、M3!あなたの手でムラサキ頭を殺すんです!撃て!撃ちなさい、M3!」
M3どうにかマガジンを銃に込めると、それを敵方へ向けて照準を定める。
もはや半泣きの彼女だが、その目はしっかりと敵の銃火を捉えていた。
彼女はその銃火に照準を合わせて引き金を引き絞る。
「わああああああッ!!」
ドッドッドッドッドッドッドッ
「そうです、M3!ありったけの弾をムラサキ頭に浴びせてやりなさい!」
ガーランドもM3のすぐ側でワンクリップ撃ちまくる。
だがその時、砲弾の飛来音が彼女の耳をつんざいた。
ヒューーーーー
チュドムッ!!
「きゃあッ!?」
「スプリングフィールド!?」
見ればスプリングフィールドが腕に傷を負っていた。
トンプソンがすぐに駆けつけて、彼女の腕に包帯を巻く。
ガーランドは砲弾の飛来方向に目を向けて、あまりの悔しさに唇を噛んだ。
そこには2両のBMP1歩兵戦闘車がいて、その後部上面に新たなムラサキ頭共を満載している。
「畜生!どこから出てきやがった!!」
「わああああッ!!わああああッ!!」
「ガーランド!小隊を後退させるべきです!」
「クソッ!ガーランド!BMPが歩兵を展開させる前に…ガーランド!」
阿鼻叫喚の声を挙げる小隊は、呆然と立ち尽くすガーランドに指示を求めていたが、彼女は到底その声に応えられそうになかった。
気づけば鉄血人形共が操縦するBMPの内の1両が、彼女に73mm低圧砲の砲口を向けている。
低圧砲から閃光が見えた時、その時こそ彼女とその小隊員達の終わりを意味するのだ。
気づけばガーランドは涙している。
せめて、せめてあの時、"彼女"の事に思い当たっていれば…
眩しい閃光が走り、ガーランドは目を瞑る。
だがそれはBMPの低圧砲から放たれたものでも、同軸機関銃から放たれたものでもない。
その閃光は…BMP自身から放たれたものだった。
軽量な小型砲塔が盛大な火炎と共に舞い上がる。
自らの目を疑うガーランドの耳には戦車のガソリンエンジンとディーゼルエンジンの音が聞こえていた。
音の方向へ目を向けると、そこには2両の戦車がいる。
「もう…来たの?」
「やった!シャーマン戦車のお出ましです!」
「ほら、いくぞムラサキ頭共!逃げやがれ!」
「見てください!オトコマエが来ましたよ!」
「ボクの火力から逃げてみな!おうりゃああああッ!!!」
困惑するガーランドを他所に、士気を取り戻した小隊員達はここぞとばかりに猛射を浴びせている。
そこでようやく、ガーランドは手元の無線機が鳴っていることに気付いた。
彼女は慌てて受話器を手に取り、耳に当てる。
「は、はい、こちら101E小隊!」
『もう!呼び出してるのに出てくれないなんて酷いわ!』
「ごめんなさい!…それよりこんなに早く来てくれるなんて…」
『うふふっ♪…実を言うと私達、巡回偵察中だったの。間に合って何よりよ。後はしっかりと"借り"を返すから、安心して頂戴。』
101E小隊を救援した2両の戦車は、なんと100年以上前の戦車だった。
一両はティーゲル戦車。
装甲に錆が浮いているものの、88mm砲を掲げて力強く走行している。
もう一両はM4A2中戦車の76mm砲塔型で、こちらもしっかりと稼働していた。
M4戦車の車長ハッチから身を乗り出している中年男は、この事実に感心している。
「すごいな!シャーマン戦車だぞ、シャーマン戦車!ダーリャママこれどっから引っ張って来たの!?」
「坊やが喜んでくれて、お姉さん嬉しいわ♪この戦車は博物館に展示してあったものを、第1小隊の皆んなで再整備したものよ♪」
「展示品を再整備………辛かったろう、苦しかったろう、痛みに耐えてよく頑張った!!感動した!!」
『ちょっと指揮官殿。資本主義者の単純な戦車より、こちらの戦車の再稼働の方がよほど大変だったのよ〜?』
隣を走るティーゲル戦車の車長ハッチからは、PPKが不満げに無線で呼びかけている。
「ティーゲル再整備とか無理ゲーよくやったよな、お前ら!…辛かったろう、苦しかったろう」
「でも、そちらのティーゲル戦車は砲弾がないのではないかのぉ〜?」
私が第2小隊に労いの言葉をかけようとしたとき、操縦席のナガンがそう言ってぶち壊しにしやがった。
しかしながら私としてはこの大問題に食い込まずにはいれない。
「え、砲弾がないの?」
『ウッ………そうよ!砲弾なんか残ってるわけないじゃない!』
「そりゃそうかも知れないけど、だったら何でソイツに乗って巡回偵察してたの?」
『………』
「ティーゲル燃費悪いんじゃない?って聞いたら『88mmの大火力ならそんな欠点消し飛ぶわ!』とか言ってたじゃん。ヘリアンさんに燃料頼むのどれだけ大変だったかわかる?ねえ?」
『………』
「そもそも砲弾ない戦車でどうやって戦う気だったの?」
『…………きかんぢゅう』
おい、頼むよPPK。
それならその辺の装甲車と変わらなくない?
それもうティーゲルじゃなくてただの装甲の厚い装甲車じゃない?
「安心して、坊や。こちらのシャーマンにはナガンが丹精込めて作ってくれた砲弾が満載されているわ♪」
「あのね、ダーリャママ。手作りの砲弾とか、それもそれで心配なんだけど?」
そんなやりとりをしていた最中に、1発の砲弾がシャーマンの前方3mの位置に着弾、炸裂した。
砲弾の飛来方向を見ると、鉄血人形共のBMPがこちらに砲口を向けている。
BMP1の搭載砲はSPG無反動砲の車載型で、成形炸薬弾を使用できるはずだ。
二次大戦時の戦車など容易に撃破できる。
「くそったれ!装填手、徹甲弾装填!目標前方のBMP!」
「ハワァァァァァアイッ!!!」
「………PPS?今なんて言ったの?」
「装填完了と言いました、同志。」
「あのね、おっちゃんにはどう聞いても"ハワイ"にしか聞こえなかったんだけど?シャーマン乗ってるからってフュー●ーのマネしなくてもいいからね?…モシンナガン、照準はOK?」
「いつでもどうぞ、同志!」
「よし、それじゃあ…撃てェッ!」
BMPは76mm砲弾の直撃を受けて飛散、敗走する鉄血人形達には、ティーゲル戦車の車載機銃が襲いかかっていた。
「今日も勝ったな。毎回こう上手くいくと良いんだが。…それにしても、ダーリャママ。彼女達にどんな"借り"があったんだ?」
「正確には借りたのは私ではないのだけれど…まぁ、この戦車もその"借り"の一部だし」
「え、待ってダーリャママ。もしかしてレンドリースの話してんの?」
「ええそうよ?何年経とうと借りたものは借りたもの。いつかは返さないとね…うふふふふ♪」
……………………
ガーランドはようやくタイピングを終え、書き終えた報告書を見直している。
そこへ再び、ドアをノックする音が聞こえて来た。
彼女はまたトンプソンが来たのかと思い、眉を潜めながら席を立つ。
「何度目ですか、トンプソン。良い加減に…」
「悪いが、私はトンプソンじゃない。ディミートリ・ペトレンコ、グリフィン&クルーガーの人形部門・戦術指揮官だ。…君がガーランドだね。」
「は、はい。先日は救援に来てくださり、ありがとうございました。」
「うんうん…今日来たのは、実はあるお知らせをするためなんだ。」
「お知らせ?」
「ああ。…本日をもって、君たち101E小隊は私の指揮下になった。どうかよろしく頼む。…いや、私としても嬉しい。何しろ初めて"マトモな"人形部隊を持てそうだからね。」