キョン「戦車道?」   作:Seika283

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大洗VS聖グロ


キョン「隊長、頑張ってこい」2

 とうとうやってきた試合当日。

 みほが書き置きと共に残していったブレックファストを一人済ませた俺は、学校に寄っておかっぱの風紀委員に臨時授業の出席を取ってもらっていた。

「自動車部の出欠確認はあなたで最後よ。急いだほうがいいと思うわ」

「ああ。にしてもあんたも大変だな。これだけのために顔を出してくるなんて」

「これも私たちのできる活動だからそれはなんとも思ってないけど……。それよりあなた、年上に対する言葉遣いがなってないわよ。上級生相手には丁寧語くらい使うこと」

 え……。三年だったんですか。

「どういう意味よ……?」

 いや……。なんでもないです、すいませんホント。

 ついでで作業着も回収してからバスを乗り継ぎ、二度目の陸に降り立った。今日の臨時授業とは言うまでもなく戦車道練習試合の観戦とその後の戦車自主回収の活動である。それだけで単位が取れるというのだから落第を避けたい俺にとっては一種のドーピングだ。

 で、話によると試合会場である大洗町に観客席は様々あるんだが、自動車部は中継モニタの置かれているショッピングモールに居座るらしい。

 敷地の芝生に出ると、レジャーシートを敷く何組もの集団の中にこっちへ手を振る男が見えた。別にそんなことしなくても、私服パンピーの中から浮いてるオレンジの作業着集団なんてすぐ見つかるのだが。

「おはよう。やっと来たねキョン君」

「どうも、おはようございます」

「ども。みんな来るの早いっすね」

 胡坐で俺を見上げる部長氏と古泉。

 ホシノさんもそんな俺の呟きにカラカラ笑う。

「キョンが遅いんだろー?」

「はは、すいません」

 各々水筒やらペットボトルも置いていてスタンバイ完了状態だ。最後に付いても全員に奢りという名の罰金を科せられないのはいいな。

 空いている古泉の隣に腰を下ろしながら野球ドームに置いてあるのよりデカい露天モニタの端っこを見ると、試合開始目前を示す『7:55』の文字。

「両校のみなさん既に挨拶に入っていますよ。相手チームは統率を感じさせるビジュアルですね」

 映るのはちょうど野球の開幕よろしく、一列に向かい合って頭を下げる大洗チームと聖グロリアーナチーム。こっちの戦車が色も形もバラバラなのに対し、相手チームは隊長車がチャーチル・残り五両全てマチルダⅡ。作戦会議時に聞いてはいたが、実際こう比べて見るだけでも経験の差を感じさせる統一感だ。

 その後は各自戦車に乗り込み、所定の開始位置へとそれぞれ鏡のように離れていく。

「練習試合といえ、大洗に勝ち目はあんのかね」

「一枚岩ではないでしょう。学園艦の大きさ一つ取っても経済力の差が表れており、これはひとえに、戦車にかけられるお金も段違いと言えるのではないかと思います」

 古泉の言葉で港の方角へ振り返ってみれば、言う通りここまでにいくつか区画ブロックを挟んでいるにも関わらず聖グロ学園艦の上っ面だけは見えるのだ。大洗の学園艦内でハルヒと戦車捜索の遠征をした時でさえ艦首から艦尾までは歩けていないというのにだ。

 瞬殺されて観客総勢からつまらない時間を取られたブーイングを受けなければいいのだが。

「どう立ち回るのでしょうね。涼宮さんのチームは」

 古泉は各チームよりもSOSチームの動向が気になるらしい。

 あいつのチームは陽動・攪乱担当らしいぞ。

「ほう。なぜあなたがそれを?」

 ハルヒの暴走を先読みした会長の懸念で俺も作戦会議に招集されたからな。その読みも案の定当たっていた。

「となると、あなたは涼宮さんのストッパー役を果たされたのですね。先日涼宮さんが隊長の座に就いたのを否定されて意外に思ったのですが、そういうことですか」

 隊長には俺の妹を据えておきたい生徒会の要望だったが、あいつがあっさり引いてくれたのは俺にとっても意外だった。あいつは前々から人の話を聞く奴だったのか?

「少なくとも肯定はできませんね。あなたと出会い戦車道でチームメイトもできるまで、彼女に交友関係は皆無のようでしたから」

 古泉が転校してくる事象とはイマイチつながらないのだが、こいつらからすれば事態は急な変化を見たに違いない。

 元の世界の古泉が言うには、ハルヒが望んだから奇特な人間が集まりSOS団ができた。同様にあのSOSチームができた理由を聞けば多分この古泉も同じことを言うだろう。

 だが、ズレがあるんだ。俺はこの世界のハルヒが集めたようには見えず逆に周りのほうから集ってきたように見える。俺は過去のハルヒに何も吹き込んじゃいないのにチーム名のSOSはどこから出てきたのか。そもそもあいつの言ったらしいSOSってのはなんなのか。

『試合開始!』

 火蓋を切る審判の声がモニタ据え付けの特大スピーカーから響いて一帯が二十年ぶりの試合開幕に歓喜を上げる中、俺は隊列の端っこに甘んじる俊足サウナ戦車を注視していた。

 見せてもらうぜ、ハルヒ。お前がこの世界に求めているのがなんなのかをな。

 

 ある程度の距離を置いて動き出した大洗と聖グロ。

 モニタ左半分に映されているのは固まって前進する聖グロ六両に反して、右半分が聖グロへ忍び寄る大洗のカヴェナンター一両のみ。右上の小マップではカヴェナンターから離れた丘陵で陣地を完成させている残りの五つのマーク。

 試合開始から十分ほど経過しただろうか。

「動き出しましたね」と古泉。

 カヴェナンターが火を噴くと一瞬遅れて、聖グロ隊列に至近弾。背を向ける金将の光沢戦車にまさか相手チームが気付かないはずもなく、前進方角の転換が始まった。いかにも私たちは囮ですと主張しているようなSOSチームだが、聖グロはその誘いに乗るようだ。

 カヴェナンターは崖が迫る切り通しに逃げ込み、追ってくる聖グロの猛攻を一身に受ける。

「長門さん、でしたか? 操縦の腕は精練されているようですね」

「ああ。あいつ、全力疾走しないで付かず離れずの距離を上手く保ってる」

 操縦手が朝比奈さんだった頃の自主練習で何度も目の当たりにしている俺には分かるが、カヴェナンターの全速はあんなもんじゃない。エンジンに本気を出させればいかにも戦車らしい鈍重な聖グロなど簡単に撒けるだろう。

「しかも全ての砲撃を回避していますよ」

 上空から映し出されたカヴェナンターは、三人称視点の俺たちがラジコン操作してるんじゃないかと思いこんじまうタイミングで車体を左右に揺らしていた。今の長門は正真正銘ただの女子高生だが、奇才の、が付くからかもな。

 そうこうしているうち、カヴェナンターはついに切り通しを抜けた。

 目の前の高台に待ち伏せしているのは大洗五両。

 広報の考え出した作戦通り砲撃戦が始まったのだが、それまで敵を上手く釣ってきたカヴェナンターは急加速し、左右に繋がっている低地と高地を駆け登ったり駆け下りたりぐるぐると円を描き始めた。

「うわーはっやー!」

「私たちの整備、ちゃんとできてたみたいね」

 沸き立つツチヤとスズキさん。車好きってのはそれがレーシングカーだろうが戦車だろうが、早い車を見ればドーパミンを湧出させるもんなのかね。とはいえ、俺も関わっている以上性能を引き出せているようなら安堵の想いである。

 聖グロチームは二手に分かれて砲撃しながらじりじり挟み撃ちするのだが、ざっと十メートル前進するごとにカヴェナンターは一周していた。

「面白いですね」

「派手にやるな、長門……」

「涼宮さんの指示ではないでしょうか。隊長の指示を遵守しているようですね」

 あいつはそれよりもいち早く肉薄してとっちめたいのと、目立ちたい気持ちでやってるんだろうがな。もちろん聖グロチームと何度も身を掠めるのだが、不思議と双方に当たらない。

「行進間射撃と言うらしいですね。互いに走りながらの撃ち合いは、互いの回避率も高いとされるようです」

 古泉は古泉なりに自習してきたらしい。俺たち自動車部に戦法知識を付ける必要はあるのか疑問だが、大方解説欲が原動力なんだろう。

 モニタでは激しい砲撃戦が繰り広げられるが、次第に大洗チームが追い詰められていた。カヴェナンターはともかくそれ以外の大洗車の弾も当たっていない。せっかく構築した陣形もどんどん乱れていく。

「――って、あいつら危ねえ!」

 突如一年のM3が硬直したと思ったら米粒が列を作って脱兎するのが見えた。単なる的と化したM3はすぐに着弾の煙に包まれた。

 戦車道ってのは戦車の中にいるから安全なんだ。人間に特殊カーボンなんかない。

「……やられてしまったようですが、乗員の方たちは無事離れましたね」

 俺は腰を上げかけたが結局、一年の面子は画面からフェードアウトした。画面際にバッテンがつけられるM3の文字。これで五対六。

「まずいな、押されてるぞ」

 すぐあと、今度は銀将の38tが履帯と泣き別れに。

 完全に待ち伏せ作戦は崩壊している。陽動に馬鹿正直に付いて行ったのは釣られても問題ない程度の自信と実力あってのことか。これが、強豪校。

「おや? 戦線離脱ですか」

 みほは痺れを切らしたのか、Ⅳ号を先頭に八九式、Ⅲ突、カヴェナンターが続いて舞台袖から撤退していく。しんがりを買って出るらしいカヴェナンターは朝比奈さん並みの蛇行操縦。使いこなしているな、長門は。

 膠着した鬼ごっこはしばらく続いて荒野を抜け、次第にスピーカーからではなくやまびこの砲撃音が俺たちの耳にも届いてくる。モニタに映る俯瞰風景は港町に変わっていた。

 市街地を縦横無尽に走り回り、散り散りになった大洗は聖グロを撒ききった。

 モニタには追従して分散し捜索する聖グロ戦車。

「……」

 観客席を、しばし息を呑んだ沈黙が支配する。

 彼女たちからは分からないだろうが、モニタマップでは上空からでも見づらい路地に潜んだⅢ突にマチルダが接近している。戦車にGPSでも乗せているためか、上空カメラは的確にそのマチルダを映し出していた。

 Ⅲ突の前を忍び足のマチルダが横切ろうとしたところ。

「よっしゃ!」

 ナカジマさんから歓喜の声が上がった。Ⅲ突は厚くないらしい側面装甲から一撃でマチルダを沈黙させるに至った。古泉も「初戦果ですよ」と声を弾ませる。

 直後カメラは切り替わった。

 場所はどこかの小さな立体駐車場。なにやら建物車庫へ砲を向けているマチルダだが、背後で上がるエレベータから火が噴きマチルダ炎上。

 車体は見えないが、テロップに八九式の文字。

 だが相手チームの名前のペケが増えない。撃破できてねえのかあれは?

「八九式だからなぁ」

「どういうことですか? ナカジマさん」

 古泉に問われたナカジマさんは作業着越しでも分かる華奢な肩を竦め、

「日本の戦前の戦車だからね。この試合に出てるのはあれ以外みんな欧州の戦車だし、どうしても火力は劣っちゃうよ」

「なるほど。これはまさしく、当時の列強対日本の構図なんですね」

 とその時、映っていない大洗Ⅲ突の名前にペケが付いた。

 判定ミスかと思う間もなく、急遽切り替わった画面には場所変わって大穴の開いた木の塀と、掲げているずたずたな幟に白旗も増えたⅢ突。

 目まぐるしくもまた画面が立体駐車場に戻る。マチルダの反転させた砲塔の先、昇降機から上がる煙。

 八九式は返り討ちにされ、三対五。

 町を拡大した右上マップの中に、丘陵で履帯の外れた38tのマークはなく、町にいる大洗は単独で動くⅣ号とカヴェナンターの二両。

 

 ピリリリリ。

 

 突如鳴った携帯の電子音が俺には、不穏な序曲に感じられた。

「……すみません、ちょっと失礼」

「はーい、……」

 モニタに食い入るナカジマさんから生返事を貰い、笑顔に曇りを浮かべ立ち去る古泉。

 モニタではⅣ号に各方面から聖グロ戦車が迫りつつある。ついに位置を察知されたらしい。カメラが映し出したそっちは、Ⅳ号が速度を出して追手のマチルダからの逃走劇を始めていた。

「あぁあぁああ……!」

 これがどういう意味を示すのか、試合に参加していない女子部員からも心配する声が駄々洩れだ。チームってのは得てして、司令塔がやられちまえば敗色濃厚である。

「あの、すみません」

「あん?」

 モニタに食い入り掛けていた俺に声を掛けたのは、見下ろす古泉。

「こちらへ付いてきていただけますか」

「……ああ」

 俺はちらちらモニタ越しの戦況変化を気にしつつ女子部員から離れていく。

 古泉は観客席の中に穴のある場所で立ち止まるとこう切り出した。

「まずいことになりました」

「聞きたくもないが言ってみろ」

 遠目に見るモニタの方では、自動車がギリギリすれ違える狭い道路を奔走していた。

「もっと早くにお伝えしたかったのですが、我々は涼宮さんの機嫌が悪くなるのを良しとしません。『閉鎖空間』と言うのですが、端的に言うと彼女は異空間を発生させ、どんどん拡大させていき、終いにはこの現実世界と入れ替えてしまうことができるのです」

「……それで?」

「『機関』にいる仲間から、今それが発生しているとの知らせが入ってきました。ものすごい速度で拡大中のようです」

 始まっちまったわけか。ハルヒの能力発動の第一報がこれとはな。

 俺の記憶は一年弱前、元の世界で出場した草野球大会が蘇っていた。いや今はあのときより状況が悪い。

「で、それは阻止できるのか?」

「……僕の仲間が対処しに行っていますが、とても追いついていません。涼宮さんの不機嫌は恐らく、戦況の悪化によるものです。それがひっくり返らない限り、最悪の結末は避けられないでしょう……」

 ズガァァァ! とスピーカーから轟音。

 Ⅳ号を追うマチルダの一両がカーブを曲がり切れず、なにかの店にダイナミック入店をキメていた。

「うちの店がぁああ! ――これで新築できる!」

「縁起いいなァ」

「うちにも突っ込まねえかなあ」

 近くでオヤジが何故か局地的に歓喜しているが、こっちからすりゃ縁起でもねえ。

 一番最初の練習試合でハルヒチームがみほチームに敗北を喫しても何も起こらなかったのは、ただの幸運だったのだろうか。おかげでまんまと油断しちまった。

 多分、気付きたくはなかったのだろう。この世界のハルヒはまだ他人との交友も覚えたてで精神的な成長を踏み出したばかりだが、草野球大会みたいな苦境に陥ったとして、あのとき窮地を救った長門は今ただの秀でた操縦手でしかない。ましてやトランプの大富豪で例えると3のカードでしかない俺が、男子禁制の戦車道試合中にいったいなにができるっていうんだ。

 と、モニタを見ると更にマチルダ二両とチャーチルが追い抜いていたが、最後にどこから現れたのかハルヒの乗るカヴェナンターが三両目のマチルダと車体をぶつけたりする小競り合いを交わしている。

 ハルヒか長門が読んだのか、マチルダが砲撃する直前カヴェナンターは急加速。

 全速力でカーブへ進入、盛大にスリップ。

 

 ガン! ――ドッガァァァ!!

 

「……おいおい」

 そのまま店に突っ込んでいるマチルダへ追突、車重の差があるのか脇の駐車場に吹っ飛ばされたと思った次の瞬間、マチルダが大爆発を起こし建物はたちまち崩れていった。地震のような波の伝わった方へ向くと遠いが黒煙が昇っているのも見える。

「ィやっ――たァァァ! っしゃハハァ!!」

「ああ~、お前んち全額補填だなァ」

 どうやら店の主らしいオヤジの歓喜はもはや奇声と化していた。理由は会話の内容から何となく察したが、建物一軒の崩壊など世界崩壊の危機と比べればチリ紙に包んでゴミ箱にぶち込むくらいどうでもいいことである。これは何の演出なんだ長門よ。

 カヴェナンターに喧嘩を売られていたマチルダは構わずみほの乗るⅣ号へ。

「俺たちにできるのは、戦車に乗る女子総勢へ祈りを捧げるだけなのか……?」

「……そういうことです」

 あっさり匙を投げるのかと胸倉の一つも掴みたい気分だが、下唇を噛むしかなかった。その後の沈黙からもう話すことはないのを察した俺が女子部員の元へ戻ると、古泉も付いてくる。

 さて、さっきので爆発したマチルダは白旗を上げ、三体四。映像のⅣ号は行き止まりにぶち当たり聖グロ四両と対峙していた。場所は大通りから脇に入る一車線道路で細かな建物に挟まれ、路地もない。いやⅣ号のすぐそばに一本あるが、壁のように並ぶ聖グロはその動きを確実に捕らえるだろう。

 ハルヒはなにやってんだ。

 聖グロ四両からの集中砲火、五秒前。

 相手のみならずみほにも負けたくないんだろうが。

 スズキさんなんて手まで合わせちまってる。

 負けたくないなら、お前もなんとかしてみせろ。

「さっ38tだ!」とツチヤの声。

 救いの女神はカヴェナンターではなく、隅の路地から割ってきた銀将軽戦車。

 番狂わせのチャンス――と思いきや、相手戦車隊ゼロ距離で外し即リタイア。

「えぇ……」

 銀将にしてはあっけなさすぎる脱落にツチヤは意気消沈。

 その黒煙に包まれる一隙を見てⅣ号が急発進し、砲を逸らしたマチルダ一両に痛恨の一発を食らわせる。二対三。

 Ⅳ号は38tの入ってきた路地から戦略的撤退に成功すると、聖グロは回り込むのか後退していく。

「来た……!」

 がその背後から、やっと金将の快速戦車登場だ。奴はⅣ号とであいつらを挟み撃ちしようと考えたのかもしれんが、少し遅かったな。

 さっきの追突できっとダメージもあるだろうが、ハルヒもさすがにその状態で聖グロ三両に立ち向かうのは38tの二の舞を踏むと考えた――かは分からないがUターン。ついでで金の卵を片付けようとする聖グロの攻撃も蛇行で凌いで逃走し……。

 突如膨らんだ路地に逃げ込んだ。

「……ぁあ?」

 俺の口は顎がマヌケに変形しないと出ない声を漏らした。

 大通りに至るまであの通りに横道はなかったはずだ。俺は目を擦って再度凝らしたがカヴェナンターは路地を猛進し、路地から右折したⅣ号と同じ方向へ進む。

 そこからカメラは、猛反撃を始めるⅣ号を映していた。

 大通りで直進したカヴェナンターと分離して右折し壁に沿う。

 交差点で急停止すると、居合わせたマチルダ一両の横っ面を撃破。その交差点ですぐさま大回りし、今度は反対側からまた出てくるマチルダもう一両も撃破。

 これで二対二。モニタ向こうの戦車乗りも観客にも瞬きしてる暇すら与えない。

 そのあとで相手のクイーン、チャーチルがゴロゴロと進入してきたところをⅣ号の素早い次弾が捕らえるが、チャーチルの砲塔は旋回を始める。

 Ⅳ号はその場で後退し、チャーチルの反撃を回避――

 ズガン!

「Ⅳ号の履帯が!!」

 ホシノさんが叫び終える前に身の毛もよだつ俺。

 確かにチャーチルの弾は避けたが、後から出てきた最後のマチルダが弾着観測でもしていたようにⅣ号の足を射抜いた。

 糸が切れたように動きをなくすⅣ号。

 万事休す。ハルヒ一両になってしまったらどうなる。正直俺には、カヴェナンター一両であの二両を撃破するイメージが、思い、浮かばない――。

 モニタから伝わる聖グロ二両の次弾のオーラが俺の背筋をぞわりと逆撫でした、そのとき。

 

 ドガズガン――!!

 

「は?」

 

 ドゴォォォン!!

 

「…………。……?」

 みな何が起こったか理解が追い付いてないこの空気は、世界破滅の瞬間にもあながちミスマッチではなさそうだと、俺は思った。

『……せ、聖グロリアーナ女学院チーム、全車両、走行不能。よって、大洗学園の勝利!』

 

 

 自動車部総勢でフィールド内に立ち入り、女子部員が輸送トラックの荷台に乗せた戦車を古泉と共に固定する雑務をしながら俺は、ついさっきに見た映像を脳裏で無限にリピート再生していた。

 隊長車Ⅳ号の蝋燭の火はここで吹き消されたと思われた瞬間、迂回して聖グロ進行方向から突入してきたカヴェナンター一発の砲弾がまず奥のマチルダ砲塔に命中、それはなぜか跳ね返って前のチャーチルにも命中、それすら同様に跳ね返った挙句、すぐそばの建物に飛び火。

 文字通りぶっ飛んだ流れ弾のクリーンヒットを食らった建物はまるで焼き豆腐でできていたかのように倒壊。がれきの粉塵と硝煙が晴れたとき、聖グロは二両とも白旗を上げていた……。

 とこういう幕引きだった……ようにしか見えなかったが、それは俺だけではなく会場にいる全ての人間にも同じように映ったのだろう。試合はあの後なんの滞りもなく、大洗が初白星を飾ったという結果で処理が進められているようだからな。

 これは映画の撮影ではなかったはずだが、朝比奈さん、今度はハルヒからどんなビーム弾を託されたんですか――。

 と尋問したい気概でトラック荷台に乗った俺と古泉は、会場本部近くで立ち尽くすあんこうチームを発見し途中下車したも、SOSチームの姿はない。

「……隊長さんよ」

「……はい」

「一応聞いとくが、最後のアレも、お前の指示なのか」

「……知りません」

 魂が抜けたみたいになっちまってるのは、ここにいる俺・古泉・あんこうチーム全員そうだ。勝ったのに歓喜の声を上げる場面が見つからない。

「……マイナーと言われている割に、奥深い競技なんですね? 戦車道というのは。物理法則をも無視した技術を総動員しているとは、戦車道への認識を改めたほうが良さそうです」

「……古泉君。私も戦車道はトーシローのはずだけど、それは絶対違うと思う」

 武部。せっかく古泉がいるんだぞ。ここは大逆転劇を見せた大洗チームの一員として淑女力か何かをアピールする絶好の機会だろ。

「……キョン君それ、本人の前で言うことじゃないから」

 そんな俺たちへ、三人の女が寄ってきていた。

 こいつら確か、聖グロの生徒か。二人が金髪で一人が明るい茶髪、碧眼の瞳と日本人離れした風貌をしている。

「あなたが隊長さんですわね? お名前は?」

「え……えと、はい」

 聞きなれた母国語が、金髪を後ろ頭で結んだ方の女の口から発せられる。

 西洋人ではないらしいことが幸いしたのかは知らんが我が妹はどうにか我を取り戻し、

「西住、みほです」

「西住……西住流の? ずいぶん、まほさんとは違うのね。あのチームを育てたのもあなたなのかしら?」

「あのチーム?」

「カヴェナンターのチームです。まるで魔法のようでしたわ」

 魔法、ね。俺の推察はステッキやら古文書の呪文やらを必要とするまだるっこしいそれよりずっと直観的で簡単な手法に目星を付けているんだがな。

「そ、そんな全然っ。あれは偶然でした」

「ならば……そちらは整備士の方々ね。あなた方、なにか特別な砲弾でも開発しまして?」

 京言葉でもなさそうな出自不明のお嬢様言葉と碧眼が俺に向いた。

「砲弾も砲身も砲塔も、普通なものしか使っちゃいない。なんなら本部まで来て戦車を隅々まで確認してもらったって構わないぜ?」

「いえ、あなた方の言葉を疑りはしませんわ。それではみほさん。あなたとあのチームの車長さんにこんな格言を贈ります。『チャンスではなく、チョイスが運命を決める』」

「バルタザール・グラシアンですね」

 茶髪の小柄な少女が補足になっていない補足を挟む。

「あなた方のチョイスはどこから始まったのかしらね? ではまた、機会がありましたら」

 似非西洋人トリオは、敗者であることが微塵も感じさせないくらい優雅な背中を見せて立ち去って行った。チャンスがどうとか……ええと、なんつったっけ。結局なにを言いに来たんだあの女。

 三つの背中が聖グロ学園艦へ消えてったあとに俺の耳をつんざく馴染みの声。

「ギョーン!!」

 雄たけびのあまり音を濁らせながら走り寄ってくるSOSチーム四人の姿があった。引っ張り回されてやっと解放されるや否や膝を付きぜいぜい言い始める朝比奈さんを無視し、六百万ワットのハルヒの目が俺を覗き込む。

「聖グロの奴らはどこ!?」

 もう帰ったぞ。

「はあー!? あんの奴らと来たら! 最終通告通り敗残兵総員であんこう踊りをさせようと思ったのにっ!」

 勝手に通告した気になりその場で地団太を踏むハルヒ。

「みくるちゃんはおっぱいばかり付けてないで少しはその脂肪を体力に回しなさい!」

「ふへっ、ひいっ……、そ、そう言われてもぉ」

 いえいえ、俺は今のままの朝比奈さんが大好きですので是非ともそのままでいてください。

「……キョン君~?」

 ハッ――。なんだみほその目は。俺はこの場から一歩も動いてすらいないぞ。

「それよりキョンも古泉くんも! あんたたちあんこうも見たでしょ!? 類稀な大・逆転劇! 我がSOSチーム及び、涼宮ハルヒ智将の名を轟かせるに充分な緒戦だったわ! あーっはっはっは!!」

 よくもまあここまで自分を持ち上げられるもんだ。

「さぁこれで分かったわね西住ちゃん? どっちが隊長にふさわしいか! 今すぐ隊長権限をこのあたしに譲渡しなさい!」

「え、えっと……」

 断ると頭突きを食らわしそうなくらいに接近するハルヒのアイビームを直視できずおろおろし、終いに救援要請の目を向けてきた。

 落ち着けハルヒ。会長に任命されてやってただけのみほに迫るのはお門違いだ。直談判するなら会長のところへ行ってこい。

「それより、そのSOSチームってのはなんなんだ」

「ああ、それ。そういえばまだ正式名称は発表してなかったわね」

 実のところ俺は結構場当たり的に言ったのだが、うまく話を逸らせたみたいだな。

 さて皆の衆お知らせしよう。カヴェナンター車長・涼宮ハルヒ閣下命名のチーム名由緒は、たった今ここに明かされた。

 

「――世界一お淑やかで強かな戦車乗りの涼宮ハルヒのチーム。SOSチーム!!」

 

 全世界が、停止したかと思われた。

 っていうのは嘘ぴょんで、俺は新学期のハルヒの第一声を思い出していたんだがな。

 意外や意外、驚天動地にもハルヒは裏を返すと、ここ戦車道授業に宇宙人や未来人どうこうの理念は持ち込まないと宣言しているっぽく聞こえる。こいつの言うその『お淑やか』の意味が、俺の辞書の中にある解説文と一字一句同じであることが前提だが。

「はあ、なるほど。そういうことだったんですね。さすがは涼宮さんです」

 全自動ハルヒ相槌機――型番:KOIZUMI-129――もかくや、予想外でしたと言わんばかりの生返事に甘んじるしかなかったらしい。

 こうして世界崩壊の第一報は誤報にリテイクできたようだが、この試合がなにを意味するのか、結局俺は分からないままだった。

 

 好きにしろよ、もう。

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