キョン「戦車道?」   作:Seika283

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ハルヒ「戦車探索をするの!」1

 出席番号順で並んでいた俺のクラスでも席替えイベントが執り行われた。単なる普通のクラスメイトでしかない女子委員長が、ハトサブレの缶に四つ折りにした紙片のクジを入れて回してきた。

 俺は中庭に面した窓際後方二番目というなかなかに既視感のあるポジションを射止めたのだが、最後尾はというと、涼宮ハルヒの席となった。最早呪いの域だが、ここは悲嘆に暮れるべきか溜飲を下げるべきか。

 休み時間、ハルヒは虫歯をこらえるような顔で外を眺めながら言い始めた。

「政府の人間の暗躍で生徒が続けざまに停学にされたりとか、廃艦に追い込むべく生徒が不祥事を起こすような謀略を実行するとか起きないのかしらね」

「不祥事を起こすだけならいくらでも考え付くな」

 誰かさんが手本を見せ続けたおかげでな。

「あたし不思議に思うのよね。戦車はあるのに戦争は起きないなんて」

「まあそうだな」

「特殊カーボンがあるったって、建物に当たったら普通に木っ端みじんなのよ?」

「それは練習試合で見た」

「この学園って全国規模だと貧乏な方なのよ? うちよりすごい戦車持ってるところなんていっぱいあるのに、そういう気を起こすやつが一人も現れないのは理解に苦しむわ」

「まずお前がその気にならない理由を自分の胸に聞いてみろ」

「戦車って元々は戦争兵器なのよ? なのにうちのとこなんて、どのチームも戦車より三輪車乗り回してる方が似合う顔ばっかでしょ。どう思う?」

「どうも思わん」

「あー、もう、つまんない! どうしてこの学園には面白い事件の一つも起きないの!」

 田丸さん兄の殺人舞台に放り込まれた時は深刻な顔こそすれど面白がってはないようだったが――仮に面白がっていたら今後の付き合い方を考えねばなるまい――、こいつにとっての面白い事件というと、部活の部長が消息を絶ってその彼女が相談を持ち掛けるくらいしか思い当たらない。

 そういや部活。

 喚き散らすハルヒへ、俺は蜘蛛にコーヒーを飲ませてみたいような好奇心をぶつけた。

「なにかの部活に入ってみようとは思わなかったのか?」

「キョン。ただひたすら金管楽器吹いたりとか、本の世界に取り込まれたりするだけの単調な活動を面白いと思うなら理由を原稿用紙四百枚分で提出してみなさい。もしあんたの文才がスニーカー大賞ものだったらあたしが説得されるのもやぶさかじゃないわ」

 長門に謝ってこい。今すぐ。

「それより、戦車に乗ってる方がずっとマシね」

 ハルヒはそう締め括ると、あらぬ方角を向いた。

 練習とはいえ初試合で華々しい勝利を飾ったばかりというのに、実に機嫌が悪そうだ。まあ、そんな結果になったといっても会長氏が干し芋を押し付けに来た以外になにもなく、また練習の毎日に戻っただけだしな。

 

 永らく封印されていた珍獣はついに目覚めたと言っていいだろう。一足遅れて目覚めた俺の第六感も、ハルヒが次のアクションを起こすと告げている。

 聖グロとの練習試合が終わって以来、戦車、パーツ類、工具くらいしかなかった倉庫にやたらと物が増え始めたのも遠因だ。まず移動式のハンガーラックはサウナ戦車に乗るSOSチームの必需品と認めてもいいが、それだけじゃない。

 長テーブルにパイプ椅子、給湯ポットと急須、どういう因果か元SOS団五人分の湯飲みを常備。他に手頃な大きさの空の本棚、CDラジカセや一層だけの冷蔵庫、カセットコンロ、土鍋、ヤカン、数々の食器。おまけに電化製品についてはわざわざ自分の戦車から電気を供給できるケーブルまで調達してくるという隙の無さ。

 こういうのはデジャヴと言わない。度を越して俺の記憶そのままだ。いったい何がきっかけだったんだろうな、今度の俺は本当になにも吹き込んじゃいないぞ。

「ここで暮らすつもりかよ」

「そんなつもりはないわよ? SOSチームの活動拠点ならこれくらいは整えないとね」

 何の活動を始める気だ。こんなに備品を取り揃えたところで不思議を探すSOS団ならまだしも、……いや、SOS団でも別に必要じゃないものばかりだこれ。

 ハルヒはどっかの教室からガメてきた勉強机の上で、あぐらをかいて腕を組んでいる。しかも机には「車長」とマジックで書かれた三角錐の出で立ち。はたしてその文字が「隊長」に変わる日は来るのか。

 それを、訓練が終わって一服とばかりに椅子に着いて取り巻くSOSチームの面々。読書中の長門と、朝比奈さんに鶴屋さん。戻ってきた戦車の整備を中断させ話を聞いている俺と古泉の席も用意されている。

「お前、実は知っててやってるんじゃないだろうな?」

「なにが?」

 実は少し期待もかけていた俺だが、さしものハルヒも偽りない疑問符を張り付ける顔面を前に散った。

 そりゃそうか。俺とハルヒは新学期初めから黒い糸で結ばれていたように同じ教室にいるが、こいつが記憶を持っていたなら顔を合わせた瞬間に俺のネクタイが引っ張られるのがしかるべきあらすじなのだ。

「で、なんだよ活動ってのは。これまでもこれからも戦車に乗り回すだけだろ」

「戦車探索をするの!」

 秒コンマ抜きのハルヒの即答だった。

 対策もして長い試乗だったようだが、気に入らなかったのかアレは。

「あんたも乗ってみれば分かるわよ。一度温度計と湿度計をメーカー別に三組は置いて練習した後で見せたいくらいだわ」

 強調しておくが、ここにはSOSチーム総勢同席している。

 つまり、鶴屋さんの前である。飛行機まで使って手配してくれた恩人の前で、常人ならあり得ない言葉だ。

「つってもな。最初夜まで探して結局見つからなかったじゃねえか」

「いーや、まだ探しきったとは言えないわ、今度からはあたしたちでもっと虱潰しに探すの。みんなカヴェナンターには辟易してるんだから。これから夏なんだし、死人が出てあんた責任取れんの?」

 失礼極まりない奴だが当の鶴屋さんはというと、不快な表情を浮かべたりせずむしろハルヒの口からなにが飛び出るのか待ちわびる眼差しを向けていた。確かに鶴屋さんも、今隣で発電機と化している移動式サウナを持ってきた頃に客観的な悪評は下していたが、実際そこまで思っているのだろうか。

 そういうことなら頑張れ。もし見つかったらこっちの予習のためにも、何の戦車なのかは教えといてほしいところだ。

「何言ってんの? あんたも行くのよ」

 俺は目をひん剥いた。

 これ……まさかとは思うが。

「誰が行くって?」

「SOSチームと、あんたと、古泉くん」

「おや、僕たちもですか。構いませんが、それは何ゆえに?」

 意外だ。古泉がハルヒの思考トレースより素直に質問するのを選ぶなんて。

「キョンはあたしの下僕だから。古泉くんは謎の転校生で、ゲン担ぎのためにね」

「なるほど。では僕も一つ、頑張らせていただきましょう」

 爽やかな笑みで返すがこいつ、思考トレースしないってより思考を放棄してるだけだ。

 俺のくだりはこの際考えないとして、謎の転校生と戦車の繋がりが普通人の俺には理解できん。聞いたよな古泉。こんな発言を前にしてなおハルヒの常識人云々の妄言は撤回しないつもりか?

「次の金曜日! つまり明日! 朝九時に学園前に集合ね! 来ないと、死刑だから!」

「……分かったよ」

 そういえば明日から、ゴールデンウィークか。この時期になると俺の家系は田舎のバーさん家に親戚・従姉妹で集合する恒例行事があるが、確実的なまでにないな。集まる家が。

 だが俺の口から溜息は出なかった。

 こっちのほうが断然いい。大型連休の一日が潰されるのは同じだし、むしろ膠着していた非日常がやっとこさ動き出すかもしれないってとこなんだぞ。俺を刺した朝倉もこんなような気持ちだったんかね。

 

「キョン君」

「あぁ、ナカジマさん。すいませんね、あのバカが倉庫をあんな……。迷惑は掛けないよう言っときますから」

「いや……。私らの席も、作っちゃっていいかな? って思ってさ。邪魔はしないようにするから」

 冥王星から電波を受信するラジオの横で茶会でも開く気ですか貴女たちは。

 

 

 画して、SOSチーム+αによる第一回戦車探索ツアーは敢行と相成ったのである。

 朝九時ってだけでも面倒臭いのに、この世界の俺はなぜか自転車を所持していないんだから拍車が掛かっている。

 しかし寮から学園までの距離は元の世界より短いので買うべきか悩ましい。世界の異物たる俺が、たかだか利便性を期間限定で若干向上させるためだけに貴重な金を使っていいものか、とな。

 校門の閉まった学園の前に徒歩で俺が到着したのが九時五分前。頭数はすでに揃っていた。

「遅い。罰金」

 顔を合わせるやハルヒは言った。

「間に合ってるっつーのに」

「遅れなくとも一番最後に来た奴は罰金なの。あたしたちのルールは覚えときなさい」

「へいへい……」

「はいは一回!」

 ハルヒにどやされながら、俺の中でのチャリンコ必要度数が一上がった瞬間である。

 

 すぐ近くにあった手狭な喫茶店に潜り込むとハルヒは提案した。

 これから三組に分かれて学園艦をうろつく。戦車、あるいは戦車のあった形跡を発見したら携帯電話で連絡を取り合い、もし戦車を発見した場合は俺経由で自動車部女子部員に知らせて運んでもらう。

 以上……ちょい待ち。

「女子部員に話はしてあんのか?」

「あ、忘れてた。それもついでにあんたがやっておくこと。じゃあクジ引きね」

 倉庫一角を団室のモデルルームに仕立て上げちまうくせに、自分の興味から外れてることにはとことん目をつけないんだからなこいつは。自動車部のことを全自動トラクター程度にしか思っていないに違いない。

 ハルヒは卓上の容器から爪楊枝を六本取り出すと、自前のマジックペンで二本ずつに色の違う印を付けて握り込んだ。頭が飛び出た爪楊枝を全員が引いた結果はこうだ。

 赤が俺・鶴屋さん。

 青がハルヒ・長門。

 無印が朝比奈さん・古泉。

「ふむ、この組み合わせね……」

 なぜかハルヒは俺と鶴屋さんを交互に眺めて鼻を鳴らし、

「キョン、解ってる? これデートじゃないのよ。真面目にやりなさいよ。いい?」

「わあってるよ」

 我ながらやに下がった顔になっていたんじゃないだろうか。元の世界でのこの時のことは鮮明に覚えているが、今この時のお相手が朝比奈さんでないにしろ鶴屋さんってのもこれまたラッキーだ。

 そうと決まれば早速喫茶店を発ったがハルヒは、

「マジ、デートじゃないのよ、遊んでたら殺すわよ」

 ふんっ、と捨て台詞を決め、ハルヒチームと朝比奈さんチームは遠のいて行った。あいつの頭の辞書に「クジ引き」はあるのに「どう転んでも恨みっこなし」という常套句は存在しないのだ。

 ハルヒが艦首方面、朝比奈さんが艦尾方面へ向かったが、三組とはおさまりが悪い。

 でこっぱちと共に引き込まれるくらいの笑みを浮かべた今日の鶴屋さんは、上は白Tシャツにレンガ色のベストで小振りのショルダーバッグを回し、下はジーパンと、実にこの人らしい様相だ。この人の私服姿はこれからレアじゃなくなっていくんだろうな。

「キョン君キョン君っ。残った二方面、どっちにしよっか?」

「うーん。学園の裏の方だと山しかないんで、こっちのほうが楽そうじゃないですか」

 これがハルヒ相手なら何かしらの文句が十倍になって返ってくるのを予想して建前を用意するところだが、この人の前だとそういう防衛思考も麻痺してしまうのが地味に恐ろしいところだ。

「あははっ、キョン君らしいや。じゃー行こかっ」

 決まるや否や学園を離れ始めた先輩へ俺は付いて行った。

 学園艦の雰囲気は陸の大洗町と共通しているといえ港にあったショッピングモールのような大型建築なんてないが、鶴屋さんは自分の興味を惹くものならそれがちょっと造形が変わっているだけの民家だろうといちいち食い付いている。てか、この人戦車探索じゃなくてここのツアーをやってるって意識だぞ。

 GW初日らしく若者の姿は見えないですれ違う人は年寄りの比率が多い印象だが、俺たちはどう見えてんのかね。仲の良い先輩と後輩か、奇をてらって性格正反対の従姉弟とかかな。

 街中に転がっている前提で野良戦車を探すという、頭のネジが足りない二人組だと気付かれなければいいのだが。

「こんなふうに出歩くなんて、初めてにょろ」

 わざとシナリオをなぞっているかのような発言だが、一息落ち着いて今の状況をしんみりと噛み締めるような鶴屋さんの顔を目に収めれば、俺の疑念もヘリウムみたいに浮遊していくってもんだ。

「こんなふうにってのは?」

「男の子と二人で戦車を探すふうにだよっ」

「でしょうね。戦車道は男子禁制なわけだし」

「そゆこと」

 この人に似つかわしいストレートの長い髪の尾でそよ風が遊んでいる。にかっと白い歯を見せる上目遣いを俺は見つめた。

「でも男と二人で出歩くこと自体はあるんですね」

「まーね。陸にいるときに親戚の子と遊んだりとかしょっちゅうだったよっ」

「そいつは鶴屋さんを見て、戦車に憧れたりとかないんですか」

「あるよ? でもきっとその子も、成長するにつれて興味は薄れていくものなのさ」

 極端な話だが俺は、戦車は女が乗って男は乗らないという風潮について、この世界では男女の価値観やら立場が逆転しちまってるのではないかと常識メーターを振り切る早とちりをしかかったこともなくはない。

 将来の夢に野球選手を挙げた少年が、青年になると観戦だけに落ち着くようなもんかな。

「あ。そういやあの戦車のこと、実のところ鶴屋さんも疎んでたりします?」

「ハルにゃんの言ってたことかいっ? そうさね、下手したらホントに熱中症でコロッと逝っちゃう可能性もなくはないけど。端的に言って住めば都って奴にょろ」

 恐ろしいことを簡単に言ってのけるな。

 そんな危険なところでも都になり得ると言ってしまえるところもまた。

「でもあの子も、使えばあれはあれで楽しい子だよっ」

 あいつ……。

 ああも毎日SOSチームだけ汗を流して練習を終えるところを見ている俺も無理してまで乗れと言う気は無いが、あの代弁はただの独りよがりなんじゃないか。

「てことは鶴屋さん、今の授業は純粋に戦車に乗るのが好きで取ったんですね?」

「選択科目はそういう趣旨だよ少年っ。なにか気になることでもあったにょろ?」

 残念なことに俺の脳裏にはそうではない動機で履修した女子の面子を浮かべられるんだけども。そして、この人の場合はどっちに分類すべきなのか判断しかねていたんだ。

「鶴屋さん。少し話があるんです」

 

 海沿い、と言っていいのだろうか。

 ちょうどそこは学園艦の端っこだった。百八十度海を一望できるそこは学園艦の甲板外周をぐるりと沿う遊歩道として整備されていて、おあつらえ向きに屋根付きベンチも所々設置されている。

 俺は鶴屋さんとその一セットを貸し切り、素人探偵の気分で切り出した。

「鶴屋さんは、古泉となにかの繋がりがあると聞いたんですが本当ですか?」

「……あぁ、そゆこと。そだよ」

 切り出したササミを洗うだけ洗ってお湯で湯掻いただけのようにあっさりした肯定だった。

 俺たちの良き先輩は古泉と違って、人懐っこいというよりこっちが懐いてしまいそうな微笑を浮かべてはいるが、普段のより液体窒素を三ミリグラム混ぜ込んだような清涼感も感じる。

「キョン君はなにを聞きたいのかな?」

「古泉と、チームメイトのこと、どこまで知ってるんですか」

「古泉君が『機関』ってとこのエージェントで、ハルにゃんが神様ったっけ?」

 当たり、か。

 しかし朝比奈さんのことは聞かされていないらしい。鶴屋さんの口から未来人の「み」の字が出る気配のないまま話は始まった

「ものごっついびっくりしたんだよ。春休み満喫してたら突然、知らないおじさんたちがうちんとこ訪ねてきてね?」

「追い返したんですか」

「ちょー不気味だったからそうしようと思ったんだけど、あたしのプライバシーを住民票どころじゃないくらい言い当ててきて、実家にも話してあるからってさ」

 今のところ古泉の説明と相違はない。知らないおじさん達とやらが田丸兄弟か誰だか知らんが、『機関』がタッチしたのは間違いないとみていいだろう。朝比奈さんから聞いたなら、あいつの敬称は少なくともそれではないだろうからな。

「ハルにゃんが神様で、古泉君とこの組織は世界をしっちゃかめっちゃかにされないように動いてて、あたしの実家は昔から資金面でそれに協力してたって言うんだよ。でもあたしもう実家出入りしてないから、それがなんなのさーって聞いたら、あたしには別の仕事を頼みたいって言うんだ」

 海を眺める鶴屋さんの、パッチリ眼を瞼が倦怠感に取り憑かれて重くなったように若干隠すというセンチな横顔はおよそ似つかわしいものではなく、俺は見たことがなかった。

 まさか、あの戦車を献上したのも?

「あれをハルにゃんにあげたのはあたしの実家も古泉君の組織も黙認だけど、そういうのがなかったとしてもあたしは提案してたよ。アレよりいい戦車が最初に見つかってたら、さすがに言わなかったんだけどさっ」

 なら、鶴屋さんは今なにを押し付けられてるんですか。

 俺がそう聞くと、鶴屋さんは船の喫水からわずかに聞こえる波しぶきの音をひとつ聞くのを待って答えた。

「涼宮ハルヒと、親密な間柄になること」

「え?」

「ハルにゃんと友達になれってことだね、早い話。おじさんたちからお願いされたのは、それ一つ」

 俺は絞るように指を目頭にやった。

 なにを考えてんだあいつらは。幼稚園のガキンチョに縄跳びさせたりピクニックに連れて行く話じゃないだろこれは。いやそれよりも、つーことは。

 俺が鶴屋さんに向ける目に初めて疑惑がこもるのを、目敏く感じ取ったのかこっちへ向き、

「いやいやっ! ちょっと待ってほしいなキョン君。そう言われたってもそれで戦車道取ったわけじゃないんだよ!?」

 両手を振り乱し朝比奈さんみたいに狼狽えて否定されても、申し訳ないがこの先輩のことを上辺しか知らない俺の疑念は晴れない。

 現に鶴屋さんは言い付け通り、戦車道でハルヒと組んで友達みたくなってる。

「あたしは戦車道が復活するって聞いて、また乗りたくて入っただけっさ。そしたらハルにゃんもいて内心ドキーン! て、ひっくり返りそうになるのを我慢してなんにも喋らないようにしてたくらいなんだよ」

 そのあと、同じグループになったのは。

「それは杏っちの指示。戦車探すってときみんな友達同士で組んで、あたしたち以外はみんな見つけてきて、杏っちが「見つけた戦車に乗ればいいじゃん?」って言ったから。思い出してみればあたしたちって、見つけられなかったチームの寄せ集めなんだよね」

「なるほど」

 ん? ということは、あのとき長門は結局一人で行動していたことになるのか。SOSチームの前身の捜索チームがハルヒと俺、朝比奈さんと鶴屋さん、となると長門が残る。今あいつはただの女子高生だし、そんな長門にとっても戦車道なんてけったいな競技がある世界は初めてだっただろうし。

 私の役目は観測だからとかなんとか言って本屋に入り浸っていたのも考えられるが、今はそんなことは問題じゃないな。

「ハルヒと友達になれってのはどういうことなんですか。それがいったい何になるんです」

「古泉君とこが言ってたんだけどさ。ハルにゃんの力、弱まってってるらしいんだよね」

 その話に繋がるのか。

 古泉は言っていた。これは仮説なのだと。くどいくらいにそれを強調していた割に、俺のみならず鶴屋さんにまで言っちまうのかあいつは。

「練習試合の最後のアレもハルにゃんが起こしたらしいじゃん? あたしはそれまで見たことないからよく分かんないけども、やっぱキョン君もハルにゃんの力は弱まって見える?」

 超能力者でもない俺に分かるはずがない。

「キョン君も分かんないっか、あたしと一緒だね」

 俺に聞く意図が不明だが、連中はこの人には俺のことをどう説明していたんだろうか。俺を『機関』の連中と同じ目で見ないでほしい。

「んでね、あっこの人たちはこう考えてるんだって。『ハルにゃんにそういう人ができたら、その人と遊ぶことに夢中になって、不思議を求める気持ちを無くしていくんじゃないか』」

「……なんで連中はそれを、鶴屋さんにやらせたんでしょうか」

「そりゃあ、都合が良かったからじゃないっかなー? この学園にいて、しかも『機関』と契約してる鶴屋の子だよ?」

 モルモットの実験計画を聞かされているようで俺は段々と気分が悪くなってきた。

 古泉の野郎はこの学園に姿を現したとき歯切れが悪かったが、鶴屋さんの事情を聞き出そうとする俺を煙に巻いた「確証がないから」ってのは多分、ハルヒのことだろう。

 なにが「我々は観察を続けるのみ」だ。あいつら、お試し感覚でハルヒに手を出してるんじゃねえか。その上に世界の安泰のためだかなんだか知らんが、俺という前例があるといえ、間違いなく青春真っ盛りの普通の女子高生だった鶴屋さんまで刷り込み、巻き込むなんて。

「……キョン君の言いたいこと、分かるよ。でもあたし、今は思うんさ。そういう話がなくたって、あたしは多分ハルにゃんとはどこかで友達になってたって。一緒にいてあそこまで楽しい子ってそういないよ。古泉君とこに言われたからじゃない、あたしはあたしの勝手でハルにゃんの近くにいるつもりっさ」

 鶴屋さんはかつての世界での野球大会でも見たことない凛とした表情を湛えて、俺はこの先輩に叱られているような感慨に囚われるが、反面綱渡りを終えて息を安らげたような気分でもいた。

 鶴屋さんは『機関』のお願いを了承したのかもしれないが、お願いするまでもなく『機関』の第一の思惑は成功したと言っていいのだろう。今連中は多分、今後どう転ぶかで観察の目を一点にハルヒに注いでいるはずだ。今の鶴屋さんはちっとばかし俺たちの内情を知ってしまったカヴェナンター砲手でしかない。

 しかし俺は、綱渡りを終えたと思ったら今度は火の輪くぐりが行く手を阻みそうな予感もしていた。ここで重要なのは、鶴屋さんが一度『機関』に協力姿勢を見せたっつーことだ。この先俺の味方どころか邪魔者、最悪敵に回る可能性もある『機関』に、もし今後鶴屋さんが取り込まれでもしたら単純に俺が困るような気がする。

「鶴屋さん。あんまりそいつらの言うこと、信用しないほうがいいですよ。古泉や連中の言ってることは色々と普通じゃない」

「大丈夫っさ。古泉君とは今後も付き合いあるんだろうけど、あの人たちのことは今後会う機会もないと思ってるから」

 鶴屋さんがキラリと八重歯を覗かせるのを見て、俺はそれ以上の追及をやめた。サバけた笑顔の似合うこの先輩とこんな非常識極まりない話なんか、背中に節足動物のうごめく感覚に捕まって落ち着けやしない。

 願わくば、ハルヒが内外共に常識的な人間に向かっちまってるということの全てが連中の妄言であってほしい。ハルヒの力が依然猛威を奮っていたなら連中はうかつに手を出したりしないはずだし、俺がこうも悩む必要もないはずなんだから。

 

 しばらくしてベンチを立った俺たちはというと、座る前と変わらずまるで男友達といるかのように町をぶらつくしかなかった。ここが陸だったらまだアウトレットで冷やかししたり最近の流行ファッションにドン引いたりもできようものだが、如何せん垢抜けない町だ。

 ハルヒがこの学園のことを貧乏と切り捨てたのはあながち間違いではないのだろうか。

「キョン君?」

 不服なニックネームを呼ぶ声が隣の先輩から発せられたものでなく、俺は身動ぎした。

「あ、やっぱりキョン君だ。……つ、鶴屋先輩!?」

「おやおや可愛い後輩ちゃんたち! みんな揃ってお出かけかいっ?」

 人の輪をこれでもかと広げにかかるのがデフォルト設定の鶴屋さんがいては、知り合いに鉢合わせない確率のほうが低いってことかね。

 犯人は別クラスのコミュニケイト製造機、武部沙織。

 のみならず、姦しく四人の女も連れていた。Ⅳ号チーム改めあんこうチーム。知り合いどころか身内までいやがる。くそ、あんまり見られたくなかったのに。

「あんれ?」

 鶴屋さんが目をぱちくりするのに合わせて眉をひそめる俺。あんこうチーム五人が俺たちの姿を確認するや否や、何かに気付いた表情になるとその場で井戸端会議を始める。

「……い、いやあ、奇遇ですね先輩。キョン君も邪魔しちゃってごめんね?」

「すまんな、デ――むぐ」

「だめでしょ言っちゃっ」

 気だるげになにかを言いかける冷泉の口を武部の手が塞ぎ、それごと残りの女も連れて立ち去ろうとする。

「あたしたち行くから――」

「待て、誤解だ」

 

 断じて不本意だと断っておくが、数分後の俺は女六人を引き連れていた。クジの結果鶴屋さんと二人で出歩ける今日の運勢に浮き足立たんこともなかったが、俺の気のせいだったんだろう。

 俺は小心的な一般ピープルで、その後ろを背後霊のように女が六人もゾロゾロという状況はいただけない。これじゃあまるで俺が誑かしてるみたいじゃないか。戦車乙女の熱視線を集める古泉を妬んだ俺だが、いきなり神様に応じられたって俺自身が適応できない。

 それから小一時間後経った昼飯時、携帯に呼び出しの入った俺は学園前で仁王立ちするそいつへ全国指名手配犯のような心地で出頭したのだが。

「キョン、なにそれ」

 同じ学園の生徒複数人をそれ呼ばわりするハルヒだった。

 俺はハルヒの殺人光線から解放されたい一心で、回答をとにかく簡潔にまとめた。

「遭遇した」

「はあ?」

 ハルヒの眉間に皺が寄るのを見て、西住みほと武部沙織からもフォローが入る。

「ご、ごめんね涼宮さん。私たちが勝手に付いてきちゃったの」

「SOSチームのみんな、新しい戦車を探してるんでしょ? あたしたちも町を散策してたところだったし、面白そうだから手伝おうかなーって」

 つまりはこういうことだ。

 俺は肩を竦めて主張したがハルヒは納得せず、あんこうチームでも鶴屋さんでもなくなぜか俺だけに指差して糾弾してくる。後ろでは古泉が清涼感溢れる顔で頭をかき、長門はぼんやりと突っ立っていた。

「あんた、あたしは戦車を見つけてこいと言ったの。人間を見つけてこいなんていつ言ったのかしら」

「お前こそなにか見つけたのかよ。人間は人間でも、戦車を探してくれる人間だぞ」

「こんなに人増やしてどうすんのよアホキョン! この人数で行ったら探す場所が被るチームが出てくるでしょうが!」

「お前、この間は探し物はとにかくバラけたほうが見つかるって言ってたのに」

 別チームも見ている前だと言うのに唾を飛ばすハルヒへ反論をしたのだが、どうも引っ掛かるなにかがあったらしい。俺の言葉でハルヒは一瞬真顔に冷めて瞬きをすると、口許をニヤリと歪め顎に手を添えた。

「そうね……、分かった。喜びなさいあんこうチーム! 協力するという貴女たちの申し出を私は受け入れるわ! そうと決まれば地上だろうと地下だろうと、必ず戦力に足る戦車を見つけ出すわよ!」

「はい……?」と態度を反転させたハルヒに呆気に取られるみほ。地下ってなんだ?

 

 近くのファミレスで昼食を済ませる最中にハルヒが言い出したのはこうだった。

 学園艦は今俺たちがいる地上だけでなく、地下にも入れる。戦車は地上にあるものとは限らないのだから、頭数が増えた午後は地下も視野に入れて戦車を探し回るべし。

 行き過ぎるとそのうち海に飛び込んで探し回れと言い出しそうな、悪寒を呼ぶ理屈だ。

「じゃ、クジ引いて!」

 喫茶店で使用した+αで十一本に増殖した爪楊枝を差し出すハルヒの手元のテーブルには、新たなマジックも転がっていた。俺はそれへ視線を一瞬だけ留めてから適当な順番でクジを引いた。

 無造作に手を一閃させ、古泉が、

「今度は青ですね」

 白すぎる歯。こいつはヘラヘラしてばかりのくせに悪印象を抱く女が出ないのが不思議だ。

「わたしも」

 朝比奈さんがつまんだ楊枝は古泉のと同じ量産品だった。野郎、イカサマは許さねえぞ。

「あたし黒だね」

 鶴屋さんがつまんだ楊枝を俺に見せた。

「キョン君は?」

「残念ですが、緑です」

 ますます不機嫌な顔でハルヒは長門にも引くようにうながした。その隣のみほがなにか無味無臭の虫を噛み潰したように複雑な顔をしているのも少し気にはなる。

「……」

 長門、黒。

「私は……無印かぁ」

 どこか肩を落としたような竦めたようなみほ。

「え、青!? う、嘘……」

 武部はなぜ楊枝を下駄箱から発掘したラブレターみたいに見つめるんだろう、って、あぁ。

「ええと、私は赤でした」

 一同に見えるようにピンと立てる秋山。

「あら、赤ですわ」

 楊枝を持つだけなのに様になっている五十鈴。

「ふむ」

 と冷泉。

 えー、数が多くてややこしいがまとめるとこうか。

 緑、俺・冷泉。

 無印、ハルヒ・みほ。

 赤、秋山・五十鈴。

 黒、鶴屋さん・長門。

 青、古泉、武部、朝比奈さん。

「……」

 ハルヒの手に残った印の付いていない己の爪楊枝を親の仇敵のような目つきで眺め、それから俺と、休めていたネギトロ丼をちまちま食べ始めた冷泉を順番に見て、ハルヒはペリカンみたいな口をした。

「四時に学園前で落ち合いましょう。今度こそ何かを見つけてきてよね」

 メロンソーダをチュゴゴゴと飲み干した。

 

 俺は昼下がりの学園前で、喧噪も少ない冷泉と並んで立ち尽くしていた。

「どうする」

「……どうすればいいんだ?」

 まぁ、そうなるよな。

「……適当に行くか」

 歩き出すと自分の足でついてくる。

「今日はまともに歩けるんだな」

「私は朝に弱いだけだ」

「そりゃあよかった」

「全然よくない。低血圧はしんどいんだぞ」

「そういう意味で言ったんじゃない」

 午前とは打って変わって落ち着いた、いやローテンションな散策、いや探索だ。揃ってダウナーな閉鎖空間を形成した俺たちは、探索地帯の重複も気にしないでダラダラと道なりに進んでいった。歩幅も鶴屋さんの半分程度だ。

「お前、あんこうチームでは操縦を担当してるって聞いたんだけど」

「西住さんから聞いたのか? そうだ」

「試合は朝早かったのにちゃんと出られたんだな。素人目に見ても中々の操縦の腕前だったと思うぞ」

「朝はチームのみんなに叩き起こされたからな」

 ということは、俺が起きたときすでにいなかったみほもわざわざこいつの家を経由したんだろうな。冷泉は今俺の背を借りずにいるといえ、目は意識が今すぐノンレム睡眠に移行しても自然なくらい澱んでいる。俺はハルヒじゃないが、こんな奴が陸上兵器の象徴である戦車を動かしていると誰が想像できるだろう。

「お前も戦車に乗りたくて入ったクチなのか」

「違う。最初は書道を選択していた」

「マジか? 俺も一応書道だけど、見たことなかったような」

「戦車道に移るまで自主休講してたから」

 要はサボりだろそれ。俺でも出席数だけは一定数稼いでおくルールを課せているのに。

 俺は核心を突くが冷泉は目を逸らす素振りの一つも見せないで図太く自主休講と言い張る。

「なら、お前はもしかしてあのチビに入れられたとか」

「あのチビ?」

「会長だ」

「違うけど。……あぁ、お前は会長に入れられたのか」

「俺は自動車部の部員だ」

「自動車部に無理やり入れられたんだな。道理で」

「あん? なんだよ」

「気にするな」

 なにを手掛かりにその結論に辿り着いたんだろう。絶対口にはしないが、俺だって周囲の人間からどんなふうに見られているか気にならなくもない。最初からいる自動車部の男子部員Aとかそんなとこだろうと高をくくっていたが、ほとんど接点のない冷泉にですら権力の前に膝を折った奴に見えているのかと思うと忌々しい。

「――私は、西住さんに貸しを返すために戦車道に移った」

「あぁ。そんなことも言ってたっけな。あいつは何もしてなかったはずだが」

「そんなことはない。西住さんが声をかけなかったら、お兄さんはスルーしてただろ」

「……黙秘権を行使する」

「いいんだ。元々あの場面で私を助ける義理はないんだから」

 表情の変化が乏しいのを見ていると脳裏に長門が点滅しそうになるが、テンションの低いのが共通しているだけでクール系とダウナー系は違う。

 それでも俺は長門相手のときと同様に、しかしながら別ベクトルで楽観的でいた。俺もどっちかというとダウナー系の部類だし、この冷泉麻子には気を遣いすぎると却って疲れさせそうだ。

 とはいえ、いい加減に虚無的な行動を続けるのも俺がしんどくなってきた。適当に目星付けてどこかで潜伏したいが、肝心の俺が行きたいところもないしアテを想像するには疎い。

「で、私たちはどこに向かってるんだ」

 さあな。

「お前は戦車を探してるんじゃないのか」

 戦車に乗らない俺からすりゃどうでもいい。あいつに付き合わされてるだけだ。

「なら、私は図書館で時間を潰すのを提案したい」

 冷泉のほうこそ学園艦を散策してたんじゃないのか。

「安心してくれ。私もお前と同じだ」

 俺は冷泉に全権を譲ってついていった。

 海べりにあるのかとまた学園艦外周へ向かったところ、冷泉は甲板から突き出ているエレベータに乗り込み、地下へ運ばれていく。中は小洒落た西洋の装いながら陽の光入らず本の保存に適した、確かに本の蔵だった。

「番号、交換しないか。四時に近付いたら知らせるから」

「分かった」

 俺の提案に了承して赤外線を交わし終えると、冷泉は歩き慣れたハイキングコースを進むように階段でスキップフロアへ上がっていった。俺はというと適当なソファで休みたくテーブル席へ目を滑らせたが、俺的にハルヒとタメを張ると称賛できる短髪ポニーテールが目に留まる。

「小山さん、じゃないですか?」

「はい? ……キョン君」

「なにしてるんです?」

 椅子に着いたままでゆったりと振り向く副会長氏は、休日で単独行動だというのに制服に身を包んでいた。手にあるのは戦車の文献。テーブルで色々積み上げられて副会長を囲っている蔵書も、見た感じそんなようなものばかり。

「学園艦に戦車があった記録がないか調べてたの」

「ゴールデンウィークにですか」

「そう言うキョン君は、ゴールデンウィークに何しにここへ?」

「いやまあ……。別の戦車を探すとかゴネたSOSチームに付き合わされて休憩に来ただけなんですが」

「涼宮さん、いつも文句言ってたもんね」

 対戦練習で勝とうとも文句を一つも言わない日はなかったハルヒが戦車を探し出す思考回路に絞って見れば一般人と変わりはないが、あいつまさか生徒会にも探させるよう脅したんじゃないだろうな。もう六両あるのに。

「あは。大丈夫、そんなことはなかったから。チームはできたらもっと増えてほしいし、それに増えなくてもチームの数だけだと、もしあなたたちが修理で時間かかっちゃったりしたとき授業に参加できないチームが出てくるでしょ?」

 自動車部は俺と古泉が加わってやっと六人だし、訓練の日が連続しても訓練前の状態まで一晩のうちに戻しちまえるのは主力の女子部員四人の手柄だからな。今はなんとか保っているが、一人でも熱で寝込んだりしたらどうなるか分からない。あの人たちがメカマニアじゃなかったら暴動の一つや二つ起きてるところだ。

「手伝いますよ」

「いいの?」

「長くても四時前までですけど。俺も部員の端くれとして活動時間は縮めたいですし」

「キョン君も頑張ってるもんねぇ。じゃあお願いね」

 俺はちょうど空いてる隣の椅子を引いた。建前としてはこんなところだが、予備部員程度の実力に甘んじているため大抵夕方くらいには解放される俺にメリットは薄い。

 それよりも今ここで簡単なタスクを課しておけば、この静寂空間で寝過ごしてハルヒから怒号を浴びるリスクが潰せるのだ。こうも全然違う世界でも、前の記憶が役立つ場面があるとはな。

 副会長の積んだ未読の蔵書を山分けした俺はそれらしい記述がないか探し出す内職をしばらく続けていたが、少しもしないうちに副会長が沈黙を破った。

「キョン君。ごめんね」

「なんです? 急に」

「無理矢理私達に協力させちゃったこと」

 俺と副会長の手は止まっていた。俺の脳裏に、生徒会が俺や妹に高校中退という汚点を着せるネタで脅したダイジェストがプレビューされていく。呑んだあとで謝られてもな。

「怒ってる?」

「正直、あのときは怒りましたが。それよりも生徒会がなんで俺やみほを戦車道に巻き込んだのか、教えてくれないんですか」

「うん、言えないの。会長が魔が差したら話すこともないかもだけど、私からは言えない」

 後ろめたいあまり副会長が目を落とした先にあるのは、小さい地図やグラフも添えられたよく分からない論文の敷かれる蔵書。

「小山さんが自主的に文献を漁ってるのも関係のあることなんですか」

「……」

 そこで首を逸らしたりの反応でも見せてくれればよかったんだが、副会長はツキノワグマを前にしたように動かない。

 それも数秒するとなにか思案していたのかピンと指を立て、

「じゃあ、一つだけ。会長は誰よりも、この学園と町の人たちを愛してるがために動いているの。そして私と桃ちゃん――あ、広報の河嶋桃ちゃんね、私たちも会長と想いを同じくして行動しているだけ」

 思えば、俺が生徒会を権力に執着して好き勝手やり散らかす悪の権化だと忌避したのは最初だけだった。汚いやり口で強要したことを許したつもりはないものの、最近外野から眺めた限りで戦車道を取り仕切る生徒会の動きは俺の予想を遥かに超えて一心不乱で、あの頃より薄れてしまっているのは間違いない。

 肝心の目的は、さもすれば三年のこの人たちが卒業を前に実績を作ろうと躍起になっているだけとも考えたが、授業中は隊長のみほより一歩引いた姿勢なのが、先走ろうとする考えに待ったをかけている。

「私が言えるのはここまで。お願い、これ以上は聞かないで」

 副会長の口が貝になってしまうと、俺は口をへの字に曲げ内職に戻るほかなかった。

 

 結局のところ、肝心の戦車は成果もへったくれもなく、いたずらに時間と金を無駄にしただけでこの日の野外活動はタイムリミットを迎えた。冷泉と共に数分前で学園前に戻ると、火事でアパートから避難してきたかのような九人が群がっている。

 ハルヒは宿敵を前にするような不機嫌オーラで、

「収穫は?」

「何も」

「ちゃんと探してた? ふらふらしてたんじゃないでしょうね。冷泉さん?」

「図書館で昔の記録を探してみたが、芳しくなかった」

 ハルヒのキリングビームを向けられた冷泉が、予想外にも俺の答えを代弁してくれた。図書館では別行動だったし打ち合わせしてないが、もしや冷泉も探していたのか?

 公式回答が俺の生返事ではなく外野チームの人間から発せられればハルヒも必要以上の追及をしないのではと期待したが、

「本当? 歩き回るのが嫌でくつろいでたんじゃないの?」

 と、答えた冷泉でなくこっちへ向いて鋭い槍を投げてくる。

 動機がどうであれ午後の俺は健気にも努力を払ったのだ。

「言いがかりする前に、そっちこそなにか見つけなかったのかよ」

 うぐ、と詰まってハルヒは下唇を噛んだ。放っとくとそのまま唇を噛みやぶらんばかりである。

「ま、一日やそこらで発見できるほどその辺に転がってたら、他の人間に見つかってるだろ」

 単なる廃車よりは金になりそうだしな。

 フォローを入れる俺をジロリという感じで見て、ハルヒはつんと横を向いた。

「来週、学校で反省会だからね」

 きびすを返し、それっきり振り返ることもなくあっと言う間に人混みに紛れていく。

「これで解散だね。じゃまた、学校で」

 残された俺たちも、武部の一声で各地に散らばる。

 最後は、同じ屋根の下暮らす俺とみほ。

「お疲れさま、キョン君。帰ろうか」

 ああ、帰らせてもらおう。しかし俺は慣れてるからまだいいが、みほはハルヒチームの一員になっちまったし疲労困憊だろう。

「えへへ……。正直、すっごい疲れちゃった。涼宮さん、ものすごい早足でどんどん歩いていっちゃうから」

「あいつのオモチャにはされなかったか?」

「最初はそうだったかもだけど、一緒に商店街を回ったりしちゃった」

 連休なのに商店街開いてるのか――って、あいつの方がふらふらしてんじゃねえか。

 せめて俺からでも謝辞を告げるべきか迷っていると、みほは疲れこそ滲んでいたものの、昼に遭遇したときより明るい笑顔で俺を見上げていた。

「ついていくのは大変だったけど、すっごく楽しかった。涼宮さんも多分、休日にお友達と遊んでみたかったんだよ」

 俺は咄嗟に二の句が継げなかった。友達というワードで近頃古泉や鶴屋さんから聞かされた話のほうに意識が飛んじまったのもあるし、ハルヒと正反対のみほが機嫌を悪くするどころか楽しかったなどと言うのに面食らったのもある。

 

 途中で寄ってみた自転車屋は閉まっていた。

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