キョン「戦車道?」   作:Seika283

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ハルヒ「戦車探索をするの!」2

 つつがなく連休も明けた、平日初日。

 世界がハルヒウイルスに感染して一ヶ月経過したところでもあるのだが、幾度となくハルヒにかき回されてきた俺たちのとは違い、こっちは頑強にできているのか無意味に滅亡する気配は感じられず、俺は義妹と朝の通学路を歩んでいる。

 ところで道行く同じ生徒と思しき学生は誰も彼も徒歩だが、この学園に自転車通学という文化はないもんかな。

「ないと思うなぁ。学園艦だから」

 その心は? とみほに訊ねる。

「陸よりも敷地が限られてるでしょ? 例えば家とか職場は生活のために必要だけど、自転車はなくても移動できるから止められるところも多くないし」

 の割に道路が敷いてあって自動車も走っているがそれは?

「物資を運ぶのには必要だよ。なによりこの学園艦も創設当時から戦車道があったから、道路を作らなかったら困っちゃうと思う」

 それには一定の納得も行くとはいえ、駐車場に比べれば駐輪場の占有面積などたかが知れているとも思うんだが。船に街の機能と戦車の競技スペースを詰め込む上で取捨選択された結果なのか。

 などと束の間の平和の下に世間話を展開していたのだが、所詮それは束の間に過ぎなかったらしい。何故なら、学園の校門でビラを配るバニーガールが見えたからである。

 がちりと地面に釘打ちされた俺につられ、みほも足を止めた。

「キョン君?」

「なあ、あの学園は正門以外に入口はないのか」

「せ、正門以外? うーん、遅刻しない範囲でそんなのあったかな……。でもどうして?」

 俺の求めるままに思慮を巡らせてくれるのもいいが、急を要するんだから理由は聞かないでもらえるとなお良い。だってほら早くしないと――

「あ。キョーン! 西住ちゃーん!」

「……」

 ああ、黒いバニーガールに見つかっちまった。さすがのみほも気が付いたか、引き攣ったぎこちない笑みに歪む。同時に、俺たちに刺さる周囲の生徒の疑念の眼差し。他人のフリはもう無理だなこりゃ。てか西住ちゃんって。

 なにが誇らしいのか、仁王立ちに四百万ワットの笑みで手を振るハルヒの元へ歩いていくとそこには。

「ぁ、ぉは、おはようございます」

 おおう。

「あ、朝比奈さん……?」

「ちが、違うの、これは」

 みほの引き攣った笑みが目まぐるしくも今度は困惑の色に変わる。そう例えば、清楚と評判だった女子が路地裏で春を売っているのを目撃してしまったかのような。

 ところが俺はというと、見慣れた赤いバニーガールことマイスウィートエンジェル・朝比奈さんの縮こまりながらも懸命な挨拶を前に、別の意味で二の句が継げなかった。

 ビューディフォー。朝からこれは毒だ。

「キョン」

 二百万ワットほどの節電モードに切り替えたようなハルヒの声で俺は我に返る。

「なにしてんだ朝っぱらから朝比奈さんまで巻き込んで。戦車探しの宣伝か?」

「なんで分かったの? あんたにしては冴えてるようだけど、気味悪いわね」

 うるせえ。

「その衣装はどっから見つけてきたんだ。どうせ通販か何かなんだろうが」

「もっと経済的よ。連休中に自作したの。このチラシも、二百枚くらいね」

 そんなことしてたのかこいつは。連休初日の探索をこいつなりに振り返った答えなんだろうが、それが衣装を自作させるほど情熱に満ちたものなのはこいつだけ、というより、ハルヒ以外は目的すら忘れている可能性のほうが大きい。

 眼前の毒から逸らしておきたいのもあって、内容はもう答えが出ちまってるが渡されたビラに目を通す。

 

『SOSチーム結成に伴う所信表明。

 わがSOSチームはこの世の戦車を広く募集しています。殊に、乗った上で不思議な経験をしたことのある戦車、今現在とても不思議な境遇にある戦車、遠からず不思議な運命を辿る戦車、そういう戦車があったら我々に相談するとよいです。我々が引き取ります。この際いらないけど置き場所に困ってる普通の戦車でも構いません。メールアドレスは……』

 

 俺は額に手をやった。答え以上だ。

「ハルヒ。これで戦車がどっからか湧いて出ると本気で思ってんのか」

「あたしはできないと思ったことはやらないわ」

 つまり、どこからか湧くか降ってくると本気で思っているということだ。

「あの、涼宮さん。不思議な戦車って、どういうこと?」

「早い話が曰く付き戦車とかね。呪われてるのでも悪くはないけど、不思議な幸運をもたらす戦車が望ましいわ」

「どうして?」

「あたし考えたのよ。カヴェナンターは確かに欠陥戦車だけど、練習試合であんなことが起こって逆転勝ちできたのは、あの戦車がなにかそういうものを持ってるからなんだって。古今東西おかしなものは必ずなにかが宿っているものなのよね」

 なんたる手の平返しか。

「なら、ずっとカヴェナンターを使えばいいんじゃないのかな」

「少しは考えなさい。試合の度に毎回不思議をもたらしてくれるとは限らないわ。ひょっとしたら一回だけの使い切りかもしれないでしょう?」

 みほの押し問答がハルヒに通用するはずもなく、理解不能な超理論に絶句してしまう。

 というか、曰く付きかどうか問わず戦車がゴロゴロと出土されると多大な負担を背負うのは俺含む自動車部なわけだが、要は呪いの力で勝利を得続けるために戦車をコレクションしたいってのか。いや、一回使い切りなら使った後は鉄屑業者に引き渡すだけでいいのか?

「お前なあ。ただでさえ見つからないのにハードル上げてどうすんだよ」

「でもちゃんと、普通のでもいい、って書いてあるでしょ」

 契約書の文末に小さく載せた落とし穴みたいな妥協案にいったいどれくらいの人間が目を留めるだろうか。一般人ならこのビラを二行読んだところでチリ紙ボックスに放り込むだろう。

「こらぁー!」

 そのとき、こっちへ激を飛ばしてくる連中が現れた。生徒会雇われの教師連中かと思ったが、軽快に走ってくるのは腕に風紀委員の腕章を付けた女の三人組だ。

「なによ、あんたたち」

「見れば分かるでしょ、風紀委員よ! そのふしだらな恰好は何!」

「戦車道の活動よ。あたしたち戦車が必要だから、あったらちょうだいって宣伝してんの」

「そんな宣伝にその恰好は必要ないでしょう!」

「世間にも聞いてみるといいわ。ケーキの販促でサンタに扮する必要があるのかとか、球場に着ぐるみが必要なのかとかね。それより、この恰好イコールふしだらと見るあんたこそ風紀的問題があるんじゃないの?」

「なんですってぇ!」

 前にも会ったおかっぱの風紀女が果敢にもハルヒに噛み付くものの、本人はどこ吹く風。その傍らで朝比奈さんはおっかなびっくり三歩ほど身を引くが、一々尋問しなくとも主犯が誰なのか検討は付くらしいな。

 と俺が高みの見物に乗じていると、

「そういえば、あなたたちも同じ受講生だったわね?」

 げっ。こっち来たよ。……待て、俺は受講生じゃないぞ。毒されすぎてるかな。ハルヒの浸透戦術か。

「わわっ。私はこんな宣伝、なにも知りませんでしたし!」

「なら同級生として直ちに止めさせなさい。でないと、あなたたちを公序良俗の規則違反として戦車道の単位を止めるわ」

「ええ!」

 おいおい。いくらなんでもそれは、

「言っておくけど、あなたも入ってるからね」

 なんで俺が。授業取ってないのに。

 反論するとキッと強気の眼差しを向けてきて、

「あなたも部活から活動に関わってるから、連帯責任よ。あなたの場合は同じ選択科目の書道の単位を止めることになるわ」

 ハルヒの殺人光線には滅法敵わないにしても、この脅迫は少なくとも俺には有効だった。なんでどいつもこいつもこう簡単に人の生命線をぶち切りたがるんだ。

 しかし侮れない。彼女たち風紀委員が手にするタブレット端末は生徒の遅刻の数から単位の数まで記録ができると聞いている。そんなものを、学園艦を統括する生徒会が持たせているんだ。情けなくも俺に選択の余地はない。

「ハルヒ、頼む。即刻それを止めてくれ」

「はぁ!? あんた寝返るつもり!? プライドってもんはないの!?」

 もちろんあるとも。ダブりたくはないというプライドはな。

 それによく考えろ。お前は朝比奈さんとみほまで巻き込んじまってるんだぞ。朝比奈さんは受験生だし、みほなんか戦車道の家の子だ。なにもこの人たちの経歴に傷を付けなくたって、呪われた戦車の捜索はできるだろ。

 授業の始まる時間が近いのも相俟って早急に場を収めるべく、ハルヒの寛容さを引き出さんと熱心な説得に終始する俺をハルヒはじとっとした目でみやっていたが、波及すると考え得る限りのリスクを解説する俺の言葉をどうにか理解したのか、

「解ったわよ」

 ふてくされたように言い、ぐすぐす言う朝比奈さんも連れて校舎へ撤退していった。

 前言撤回を表明した風紀委員からも義妹共々ようやく解放され、俺はブドウ糖の消費に憂慮する間もなくどうにか更なる予防の手立てはないかと頭を巡らせるのである。

 ええと。他にやらかしてないことってなんだっけ。

 

 次の日、朝比奈さんは学校を休んだ。

 

 

 この学園には二人の有名人がいる。

 西住みほは隊長を務め、ウン十年ぶりの大洗戦車道の試合でいきなり初白星をもたらした名将と囃されているとは、休み時間に談笑していた谷口の弁だ。そっちの界隈ではそれなりの話題性があったらしい。

 ゲームで出てくるような情報屋的イメージは谷口には持っていないので戦車道に興味があるのかと思ったが、

「別にないが、俺的美的ランキングの上のほうにいる女子のことはマメに調べてるからな。女と関わりを持ちたかったら話のきっかけになりそうなもんをいくつでも持っておくもんだぜ? お前も――」

 などといつものナンパ講釈を始めかけたところで適当に話を逸らし――ておきたかったのだが、どうも今俺の頭にある他の話題のどれもが自分の墓穴を掘りかねないものばっかりで口が開かない。

「それよりも昨日はすごかったね。登校したらバニーガールに会ったときは夢でも見てると思う前に自分の正気を疑ったもんね」

 こちらは国木田。ピンチヒッターを務めてくれたのはいいが、その話題は今しがた俺が脳内で切り捨てた話題の一つだ。

「このSOSチームって、涼宮さんの戦車チームだよね? 彼女たち、既に戦車持ってたんじゃなかったの?」

 ハルヒに訊いてくれ。俺は知らん。知りたくもない。仮に知ってたとしても言いたくない。

 ハルヒのことはともかくみほについては、まあ大層なことだとは思う。女子高生らしく華々しい青春やってるって感じだ。

 問題は、そのもう一人の方である。

 俺的観測としては、校内に限れば明らかにハルヒの知名度は超越し、全校生徒の常識にまでなっていた。いやそれまでも兆候はあったのだ、ただバニー騒ぎが決定打となった。一方みほの話は、戦車道に関心のない生徒からすれば『ふーん。すごいじゃん』で終わるだろう。不思議なことに人の噂ってのは良いものより悪いもののほうが広範的かつ瞬時に広まっちまうからな。

 ハルヒの奇行が全校に知れ渡ろうがどうしようが俺の知ったことではない。元の世界と同じく周囲の奇異を見る目が、ハルヒのオプションとして朝比奈みくると俺にまで向いている気がするのも、この際目を瞑るにしたって構わない。

 だが、俺たちは世界の異物であることを忘れてはならない。この世界はハルヒが想像したと仮定するには生々しすぎる。異世界ってもんは確かに存在していて、もし俺たちが退去しても続くかもしれないこの世界の人間の将来を滅茶苦茶にして、俺は平然としていられる自信がなくなってきているのだ。

 

 昨日のバニー事件で俺の説得に折れてくれたハルヒのその後はというと、憤激しているというほどではないにせよ、終日ふてくされたような拗ねたような、面倒臭いオーラを放ち続けていた。昨日が選択科目のない曜日だったのが僅かでも俺の救いだぜ。

 その一方、ハルヒの気分屋という俺が普段振り回される原因の側面もこのときは有利に作用し、オーラは日が変わっただけで忽然と消え俺は胸を撫で下ろしたのである。

 

 

 その放課後、ハルヒと俺の会話。

「ねえキョン、あと必要なのはなんだと思う?」

「なにが」

「やっぱり、通信端末の一つは押さえておきたいところよね」

「喋り出す前に、文脈をまずはっきりさせてくれ」

「SOSチームに必要なものよ。パソコンの一つもないなんて、この情報化社会で許しがたいことだわ」

「誰が許さないってんだ」

 今日も選択科目のない曜日だ。戦車に乗ってる方が素行はまだマシなんじゃないか。

 それよりも、パソコンね。

 俺の脳裏には散々辛酸を舐めさせられた気の毒なコンピ研部長氏の顔が、浮かぶまでもなかった。この学園にコンピュータ研究部が存在しないことはあらかじめ調べてある。喜べ、コンピ研一同。あんたらはハルヒからすれば連れてくるに足らない人間だったようだぜ。朝比奈さんも偶然だろうが今日休んで正解だったな。どこの馬の骨だか知らない男に胸を揉まされる危機は潰えている。

 ならば、こいつはどうするつもりなんだ?

「じゃ、調達に行くわよ!」

「電気屋でも襲うつもりか」

 ハルヒの唇から答えが発せられる寸前、

「キョン君」

 別クラスのみほが鞄を携えて入ってきた。住居が同じなのでなんとなく登下校共にするのが日課になっているが、今は間が悪い。みほはHRが終わっても未だ椅子に張り付いている俺と次にハルヒを気まずそうに一瞥しながら、

「一緒に帰ろうと思ったんだけど……、もしかして取り込んでる?」

「まぁ。俺のことは気にしないで――」

「待った」

 突然割り込むハルヒの手。にやりと歪む口角。俺は寒気がし、いち早くみほにアイコンタクトを図った。

 帰るべきだ。今すぐに。

 目をパチパチさせている俺をみほは怪訝な顔で見下ろし、いかなる理屈か、頬を赤らめた。だめだ、やっぱり通じてない。

 

「ふわわっ。涼宮さんっ、どこ行くの」

「いいからっ」

 もうこうなってはどうしようもできん。みほはハルヒに手を引っ張られながら、俺も金魚の糞みたいに鞄を持って付いて行くこと数分。

 自分の記憶を疑ったね。倉庫に近い側の校舎の隅の部屋。表札には『コンピュータ研究部』の文字。

 俺に目を擦る暇も与えずハルヒは平気な顔でドアを開いた。

「こんちわー! パソコン一式、いただきに来ましたー!」

 懐かしい手狭な一室。何台ものタワー型パソコン。ファンで振動する空気。

 むさ苦しい男の群れが何事かと身を乗り出して入口に立ちふさがるハルヒを凝視していた。

「部長は誰?」

「僕だけど、何の用?」

 立ちふさがったのは全く知らない顔に変わっていることもなくご丁寧に俺の記憶そのままの人物だ。久方振りに見る部長氏は卒業までずっとここにいるつもりなのだろうか。

 ハルヒは笑いつつも横柄に、

「用ならさっき言ったでしょ。一台でいいから、パソコンちょうだい」

「え?」

 部外者の顔から抜けきらないみほ。

 視線が交わるのはハルヒと部長氏のタイマンだが。

「ダメダメ。ここのパソコンはね、みんな予算だけじゃなく部員の私費も積み立てて買ってるんだ」

「いいじゃないの一個くらい。こんなにあるんだし」

「あのねえ……ところでキミたち誰?」

「戦車道SOSチーム車長、涼宮ハルヒ。この子は西住流家元の娘でもある隊長の西住ちゃんと、あたしの部下その一」

 肩書きが悠長を通り越して何故か説明口調である。部下その二呼ばわりしないとは意外だがどんな心境の変化だろう。当の隊長は、説明皆無で放り込まれた状況に右往左往。

「SOSチームの名において命じます。四の五の言わずに一台よこせ」

「自分たちで買えよ。戦車道ならそっちのほうがお金はあるんだろ」

「素直じゃないわね。なら、こっちにも考えがあるわ」

 やっぱりこうなっちまうのか。すまん。後でいくらでも埋め合わせはしてやる。

 世界の法則と書いて予定調和と読む状況を前に無力な俺が合掌の念を捧げているうち、ハルヒに捕まった部長氏の手がみほの胸に押し付けられた。

「ぇ? ――ふやああ!」

「うわっ!」

 パシャリ。

 二種類の悲鳴とステレオタイプなシャッター音が響き渡った。

 続いてハルヒに部長氏がみほごと突き倒されたところで再度パシャリ。

「何をするんだぁ!」

 ハルヒは卑しくも己の携帯電話の画面にでっちあげ写真をプレビューしてみせ、ようやく起き上がったその顔面の前で優雅に指を振った。

「ちちち。あんたのセクハラ現場はバッチリ撮らせてもらったわ。この写真をネットにばらまかれたくなかったらさっさと耳揃えてパソコンよこしなさい」

「そんな馬鹿な! 君が無理やりやらせたんじゃないか、僕は無実だ!」

「写真一枚とあんたの言葉、世間はどっちに耳を貸すかしらね。あんた、分かってる? ここで頷いとかないと社会的に死ぬわよ。戦車道大御所の家元の娘にセクハラを働いたなんて広まったら、敵は校内に留まらないでしょうねえ」

「こ、っここにいる部員たちが証人になってくれる!」

「そうだぁ」

「部長は悪くないぞぉ」

 石化していた部員たちもパソコンよりは時間を要して再起動するが、気の抜けたシュプレヒコールが通用するハルヒではない。

「部員全員がこの子を強姦したんだって言いふらしてやるっ!」

 みほと部長以下多数の顔が青ざめる。

「涼宮さんそれはっ……!」

「どうなの。よこすの! よこさないの!」

 よろめきながらも小鹿のように立ち上がって懇願するみほを無視しハルヒは敢然と迫る。

 赤から青へ目まぐるしく変色していたが、元の世界でよりも割かし早かったんじゃないだろうか。

 ついに顔を土気色で覆った部長氏は崩れ落ちた。

「好きなものを持って行ってくれ……」

「部長ぉ!」

「しっかりしてください!」

「お気を確かに!」

 項垂れた部長氏へ部員が駆け寄る中、ハルヒの物色が始まる。

「最新機種はどれ?」

「なんでそんなことを教えなくちゃいけないんだよ」

 冷徹にも、無言でまだプレビュー表示してある携帯を指さしてみせる。

「くそ! それだよ!」

「昨日、ショップに寄って店員に最近の機種を一覧にしてもらったのよねえ。これは載ってないみたいだけど?」

 タワー本体のメーカー名と型番を、すかさず取り出した紙切れと見比べるハルヒ。

 昨日の不機嫌は下校時間までに快復していたようだな。そういや古泉が音沙汰ないが、神人討伐観戦はまだしなくていいのかな。

 ハルヒはテーブルをぬって確認して回り、その中の一台を指名した。

「これちょうだい」

「あぁ待ってくれ! それは先月購入したばかりの……!」

「カメラカメラ」

「……持ってけ! 泥棒!」

 こうしてまんまとせしめた後も、盗人猛々しいところは変わりない。ハルヒはいっさいがっさいを戦車倉庫まで運ばせた挙句、インターネットを使用できるよう無線LANの設定まで部員たちにやらせた。屋外を挟んでいるのを考慮してか、さすがに電源は倉庫に止めているカヴェナンターからの自前である。彼らからすれば何の譲歩にもなっていないだろうがな。

「みほ」

 出払った部室の空席を借りてテーブルに突っ伏し顔面を隠す小さな身体に、すっかり手持ち無沙汰になってしまった俺は、

「とりあえず、帰ろう」

「うう、くすん……」

 しくしく泣いているみほを介添えして立たせた。こんなけったいなチームに関わらないほうがいいと忠告してやりたいところだが、それはどちらかが戦車道を降りない限り無理な話である。なので俺は、泣きやまないみほを宥めながらこの先のあらすじを回顧して、いかにペタバイト単位のSOSロゴをハルヒに作らせないかを考えていた。

 

 予想通り後日、ハルヒは俺にホームページ作成の依頼も命じた。まず掲載する内容は、ハルヒが先んじて作っておいたメールアドレスとあのビラの全文。ハルヒ曰く、

「あたしたちの練習中はどうせヒマでしょ」

 とのこと。戦車の授業での俺たちが試合中観戦しているだけなのが搭乗員たちからはそう見えても仕方あるまい。

 まあホームページくらいならとネットから適当に素材をかき集めてまたもやホワイトバックでトップページだけのをサクッと作ってやった。問題はあのロゴマークなのだから。

 その後、俺は周囲の目を盗んで長門を倉庫内のSOSチーム区画のテーブルに呼び出した。

「……」

 長門は早速車長席に鎮座するタワー型パソコンへ視線を注いでいる。

「知らなかったら知らなかったでいいんだが、お前、この学園にコンピ研があったのは知ってるか? そいつは前と同じようにそこからの鹵獲品だ」

「以前は存在していなかった」

「ああ。なのに今じゃ部活どころか面子も元の世界のままで存在してる。なにが起きてるのか、分からないか」

 ちなみに、今学園のホームページにアクセスしてもその文字ははっきり載っている上、ご丁寧にもみほの保存してあるパンフレットにまで以前からあったように書かれていたので、俺の証言以外に示せるものはない。長門も承知してくれていたのは助かった。

 末恐ろしいことに長門はあたかも委縮しているかのような沈黙を貫いてから、

「今現在の私に涼宮ハルヒの情報改変を観測する力は皆無」

 皆無とまできたか。お前の私見でもなんでも構わない。

「情報が不足している。消去法で彼女がなんらかの改変を施したと疑うほかない」

「……あとな。ハルヒがホームページを作れと言い出した。このままだとまたあのロゴマークが産まれるかもしれんが、まさかこの世界にまでお前のパトロンの親戚の生き残りは冬眠しちゃいないよな?」

「この銀河が元の世界と根本から違った様相を呈しているものではない以上、情報生命体が発生しないとは断定できない。彼女によって作成される前に、私が作成しておく」

 やってくれるか。なら頼むぜ。もちろん、ZOZチームなるリテイク版でな。

 最早収穫が坊主なのも慣れてきた。緊張疲れもあるのか俺はグダグダになりかけて、

「あなたは」

 長門の瞼がマイクロメートル単位で上へ持ち上がった。

「あなたから、今の彼女を見て気付いたことはある?」

 分かんねえな。強いてあげるなら、ハルヒの目にも不思議と映る現象が起こってなお、ハルヒの最優先事項が戦車なのは変わっていないこと、とか。このパソコン強奪の動機だってそうだった。

「もしこの世界の彼女の目的が戦車道を通じて栄光を得ることなら、彼女はこれを進める際に障害が発生次第、その打開策として改変を行う可能性が挙げられる」

 それが良い方向か悪い方向かは、

「彼女のみぞ知る」

 俺はツナギの女子部員たちに声を掛けられるまで、長門とパイプ椅子に座り込んでいた。


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