ハルヒの姿を見つけるより前に気付いていたことだが、同じクラスに谷口と国木田はいた。それ以外にも顔見知りの男子は何人もいたが、女子はハルヒを除いてがらりと変わっていた。朝倉や――いたら自己紹介が始まった途端に教室を飛び出す自信があったが――阪中も始め、ごっそりとな。自己紹介が終わったらあとは、担任の話と学級委員を決めて正午に解散と相成った。それに至るまでに、今聞いてもみょうちきりんな宇宙人云々の自己紹介をハルヒに聞けるような自由時間はなかった。そして全クラスに帰宅命令が出されているはずの今、ハルヒは後回しだ。
「おいキョーン――」
早速谷口が国木田も連れて話しかけてくる。俺のことを悪友としてちゃんと認知しているのはいいが、今お前らはハルヒより優先順位が下なんだ。
「ああお前ら。悪いが今日すぐ帰らなきゃならないから、じゃな!」
「キョン!? あ、おい!」
妹(仮)は隣のクラスに入ったと聞いてある。隣の教室ではちょうど入口の扉が開いたところで、間を置かずそこの女子に詰め寄った。
「わ! なに?」
「西住はいるか?」
「西住さん? あそこ」
女子の指差した先では、緩くも着席したまま何かノートを鞄へしまう西住の姿。
「西住ちょっと来てくれっ」
「ふぇ!? なに? なに!?」
俺は第二の懸案事項である、妹(仮)設定を持たされている西住みほを鞄もひったくって教室から連れ出していた。
「手、手っ……、というかどこ行くの!?」
「今朝のごたごたの件で、会わせたい奴がいる」
「分かったから、手ぇ離してぇ!?」
「あ、悪い」
廊下を少し早歩きしたところで俺は自分の所業に気付き言う通りにした。まさか初対面の女子の手をいきなり掴んで連れ出すなんて、俺もハルヒに毒されきったな。それから一分も経たず、探し人はまるで待ち受けていたかのように棒立ちしているのが見つかった。
SOS団の宇宙人枠、長門有希。こいつも俺や西住とはまた別のクラスだった。
「よう、今朝方ぶりだな」
「…………」
何事もなければ春休みぶりになるはずだったヒューマノイドは最初俺に向けた目をパチリと瞬かせ後ろの妹(仮)へ移動した。
「今から、話せるか? ああ、訳あって、この子も同席させたいんだが」
「に、西住みほですっ」
「長門有希」
教室での自己紹介と同じたどたどしさながら頭を下げる妹(仮)と対照的に長門は唇を二mm動かすだけに留まり、
「こっち」
俺たちの来た方と逆の方へ歩いて行くのを付いて行く。
歩くカーナビと化した長門の足は、日陰差す校舎裏の休憩スペースで止まった。新入生なら絶対知らなさそうな場所だが、長門ならこの世界が出来たと直後頭の中に3Dマップが構築されていても俺はさっぱり疑わない。ってあれ、今朝の話が本当なら長門は今単なる人造人間なんだよな?
桜の花弁が散るベンチに長門・俺・西住が並んで座るとまず俺は、この場においての最大の懸案事項を長門へ開示した。俺には見ず知らずの姉妹がいて、そこの妹(仮)と同居している。妹(仮)と俺は互いのことを全く知らないのに、姉(仮)は俺たちに医者を勧めてきた。これだけなんだがな。
「現時刻から九時間二十三分五秒前に超大規模の情報改変が発生した。涼宮ハルヒの認知する中で一部の人物が既知時空からこの時空へ転送された」
ハルヒの認知する奴のみ、ってことはやはり、これもハルヒの仕業か。
「そう」
転送ってのはどういうことだ。俺たちはあっちの世界からこっちの世界へコピー&ペーストされたのか?
「断片的ながら解析した改変プロセスによると、転送された人物は例外なく既知時空から消滅されることになっている。この世界に情報生命体は存在せず、わたしも情報統合思念体とコンタクトを取ることができない」
補習ラインすれすれをハンググライダーで万年低空飛行している俺に全ては理解できないが、消滅という単語でどことなく察した。長門が言うなら俺が曲解しない限り間違いはないだろう、SOS団創設以来きっての優良常識枠を死守し続けた俺もついに踏み外しちまったらしい。過去にコイツが消えた世界に放り込まれた時は一応元の世界と似てはいたからギリセーフと自分に言い聞かせたが、もう今回は言い逃れできない。俺はマジモンの異世界人になっちまった。
「プロセスには不整合発生抑止のため我々周囲の人物の情報と記憶の置換情報も含まれていた」
そりゃなんだ。
「改竄コード。あなたが西住家の養子になっていること。西住まほの弟であり、西住みほの兄であること。それが四年前からであること」
俺の元の家族はどうなったんだ。
「あなた以外の家族は四年前に交通事故で死亡したことになっている。あなたは西住家に引き取られた」
「な……」
天涯孤独ってわけか。親父とお袋と妹を消す意味はなんなんだ。不思議現象に肉親が関わったことは一秒たりともないのに。
「わたしは情報改変に干渉しあなた自身の情報と記憶の置換情報を優先的に削除した。あなたが転送前の情報と記憶を保っているのはこのため。しかし西住みほが同様に情報と記憶を保っている理由は分からない。わたしは関与していない」
そうか。西住のことは分からず仕舞いだが、ハルヒにカット&ペースト&上書き保存される極限状態でも長門は俺の傘になってくれたのか。ジャンピング土下座より感謝の念を示せる行為はなんだ? 大気圏からの飛び降り土下座くらいは考えとくか?
それはいいとして、考えなきゃならないのはここが単に書き替えられた世界ではなく、全く別の世界だってことか。もしハルヒが長門の親玉のことを認知していれば、とここで俺は浅はかな現実逃避未遂を犯しかけた。認知していたならここに飛ばされる以前に元の世界で俺たちは心身共に原型を保っちゃいない。
「あ、あの……、お二人とも、何の話をしてるんですか……?」
隣に座る西住がキャッシュカードとクレジットと携帯を一斉にドラ猫に持って行かれた時くらいには顰めた顔で俺たちを覗き込んでいた。こいつポーカーとかではボロ負けしそうだな。
「西住。今朝のことの前にまず俺たちの素性を話さなくちゃならないんだが、これから話すことがどんなにぶっ飛んでても、最後まで聞いた上で信じてほしい。俺たちは……、この世界の人間じゃない」
「……ふぁい?」
俺は普通の人間だが長門は宇宙人で、ほかに非常識な存在は何人もいて、その頂点にいるのが俺のクラスメイトの涼宮ハルヒという奴で、そいつが無自覚無意識に俺たちを昨日ここへ飛ばしたのだと。俺たちは今帰る方法も分からない状態なのだと。
ちょくちょく長門も交えて宗教勧誘も逃げ出すセミナーを垂れる間、西住は間の抜けた表情から始まってしばらく硬直させていたが、終わりが近付くにつれ次第に引き締まっていった。思えば俺が最初に長門から銀河の統括だの有機端末だのいう宇宙人流自己紹介を聞いた時は最初から最後まで口が開きっぱなしでいたはずだが、俺と違い西住は頭が回るらしい。
「……」
視線を下へやる西住は今、脳をフル回転させて一字一句吸収しようとしているのか、それともその先まで行って考察でもしているのか。
まさか信じたのか? 今の話を?
「いえ……。まだ信じられるわけではないんですが、私も今朝からおかしいと思っていたことがあって」
……俺は本当に空き巣でもなんでもないんだ。それだけは信じてもらいたい。
「あ、いやっ、それは信じます、お姉ちゃんも言ってたから。そうじゃなくて、私の記憶ではこの学校は、女子高だったはずなんです」
そうなのか? 男女比率は半々にしか見えなかったし、最近まで女子高だったって感じは全くないな。強いて言えば校長の後に挨拶した生徒会を名乗る三人全員が女子だったことくらいか。
西住の記憶では、春休みまでは女子高だったとか?
「それが、私、転校生なんです。この学期から。なので、私は転校前にここのパンフレットの中で女子高と書いてあるのを見ただけで」
はあ、境遇は俺と似たもんか。転校生……、あっ。
「西住。お前、超能力を使えるか」
「えぇ!? 私そんなの持ってないよぉ!?」
何か感じたことはないか? 例えば誰かのイライラを察知したとか、突然灰色の空間に入り込んじまったとか。
「私は普通の人間です!」
「涼宮ハルヒの改変プロセスに西住みほへの置換情報は皆無」
本人のみならず長門のお墨付きとあっちゃ心配はなさそうだな。ついでに俺は携帯を取り出し、連絡データを見直す。大洗学園、国木田、谷口、長門有希、西住しほ、西住常夫、西住まほ、西住みほ、……マジか。
「長門。ハルヒと古泉と朝比奈さんの番号が消えてる。履歴にもない」
「古泉一樹の在籍は確認できなかったが朝比奈みくるは確認済み。しかし改変プロセスの範囲内であることから、彼らが自衛できなかった場合は同様に書き替えられる」
長門の言動鑑定士を自負する俺はさっきから長門が、衛星から今の地球を見渡しているような口ぶりではなく、解析したらしいハルヒの改変プロセスとかいうのを基準に説明しているところに違和感を覚えていた。これも多分、今の長門が超越能力を持っていないからだろう。現実の重みを感じる。
とうとう俺たちは三人揃って口を噤んだ。長門も漏れなく、というのが俺の絶望感に拍車を掛けている。何すりゃいいんだこれから。
「あのっ。わ、私も協力しますっ。私に何ができるか分からないけど……」
唐突に、西住が丸っこい目を精一杯吊り上げて俺を見上げていた。協力って、それさっきの話を信じたって言ってるようなもんだぞ。
「でも、困ってるんですよね? 困っている人がいたら助けるのは当然ですし、それに」
妹とはどの世界でも同じ波長でも持つのか、事故で成仏した設定の妹といやに似ていて、俺は密かに奥歯で舌を噛んだ。
「キョン君は仮でも、一応、私のお兄ちゃんだから」