キョン「戦車道?」   作:Seika283

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キョン「戦車道?」4

 がむしゃらに板書をノートへ複写していた午前中とは打って変わり、昼休みの後の授業に俺は全く身が入らなくなっていた。かと言って居眠りするほど暢気ってワケでもない。

 あのときの中学生ハルヒが俺を使って校庭に落書きさせた事件は、ハルヒに北高への興味を抱かせる布石だったはずだ。アイツは文武両道で、その気になれば東大に飛び級することだって不可能じゃないだろう。あの出来事がなかったらアイツは、進学校でも奇天烈校でもなんでもない北高に入学するなんてのは、宝くじ二枚を買って両方とも一等当選するよりあり得ない。いやここは北高じゃなく大洗とかいう謎の学園だが、俺や谷口が入学した挙句二年に進級できている以上、普遍的な学校のはずなんだ。

 アイツは、何をしにこんなところに入学してきたんだ? 分からん。

 もしも繋がっていたら俺の正体を明かすことでハルヒに自身のトンデモパワーと超常現象を認識させ、前の世界に戻りたいと願わせれば――いや本当にそのまま行くとは思わないが、俺が補習ラインに墜落しちまおうがどーでもいいくらいには楽観的になれたはずなんだ。

 ここにいる俺は、今のアイツの中身を何も知らない。この発端は本当にハルヒなのか? 古泉が言ったような他の派閥とか藤原みたいな別の未来人が実は裏で糸を引いていて、ハルヒに濡れ衣を着せたっつう線はないのか?

 そうして俺の懸案事項も授業の内容も、何一つ得るものがないまま、この日は放課後を迎えてしまった。仮面兄妹を演じている俺の相方と昨日は眠りに就くまで、協議の末こっちの世界のどーでもいい話まで語り尽くしちまったが、この分じゃ今日も同じ末路になりそうだ――。

 と俺がその相方を迎えに席を立った途端、天井のスピーカーは音割れ気味のメロディを鳴らした。生徒会による生徒の呼び出しらしい――指名を受けたのは、俺。

「キョ~ン……。お前今度は何やらかしたんだよ」

「今度ってなんだ。俺は昔から今まで慎ましく生きてんだ、何もしてない」

 谷口がちょっかいをかけてくる。よりにもよって普段俺が谷口に向けるような、ムカつくくらい呆れ切った顔だ。

「よく言うぜ。なんだかんだ涼宮はまだ呼び出しを受けてないみたいだが、お前が先に問題行動を起こすとはなぁ。あんまり近付かないでくれ」

「問題行動を起こしたら呼び出すのは教師だろ。どのみち用件は知らないがな」

「はあ? なんで教師が生徒を放送で呼ぶんだ? 逆ならそれなりにあるけどよ」

 どうもこっちに来てからというもの、谷口とは噛み合わない。よく分からんが、地下鉄の野ネズミみたいに異世界から迷い込んできたことを除外すれば俺が一切悪行を働いていないのは事実なのだ。めんどくさくなってきたので俺は呼び出されているのをダシに会話をぶち切って――、待てよ。生徒会長室? どこだ?

「キョン君!」

 廊下で立ち尽くした俺に救いの手を差し伸べたのは、迎えに行こうと思っていた妹だった。鞄片手にぱたぱたと走って来るその姿は動きこそ朝比奈さん並みの運動音痴でもなさそうなのに、ともすれば床と顔面で会合を果たしてしまいそうな雰囲気が危なっかしい。

「今放送で呼ばれてたよね? 何かあったの?」

 分からん。行ったこともない。

「あ、てことは場所分からないよね」

 お前は分かるのか?

「あは、私も、分からないや」

 まあそうだろうな。転校生なんだし。

 肩を縮こませて後頭部に手をやるあたり、すぐ表に出る奴だ。Aランク+だったか? 妹ながら、谷口がそう評価するのも分からんでもない気がする。

「一緒に探そっか。その方が見つかるよ」

 そっか。悪いな、頼む。

 長門に頼めばまた昨日みたいに一歩も迷わず見つかったのだろうが、こんなちゃちな用件で呼び出すのを考える挙句に申し出てくれたみほの協力まで棒に振る程、俺は無礼な奴じゃない。

 階段を昇ったり降りたりちらほら歩き回るうち、俺はあるところの廊下で女子三人組が壁になるように立っているのが目についた。

「あ! ほらあの人たちだよ」

 みほは他人を覚えるのが得意らしい。俺と同様に接点はなさそうなのに、顔を見ただけで分かるのか。単に始業式で挨拶したのを覚えていただけかもしれないが、俺はすっかり忘れていた。

「じゃあ、私先に帰るね」

 おう。ありがとよ。

 みほと別れ、俺は一人彼女たちの元へ歩いて行った。寂しいところだな。他に誰もいない。

「遅い!」

 いきなりだな。不思議探索の朝の集合で俺がビリになる時同様、遅刻でもなんでもないのになんで毎度言われなきゃならないんだ。

 しかしそいつは当たり前だがハルヒではない。短い黒髪で、ハルヒには敵わないが目を鋭くさせたなんてことのない女子だ。チョーカーと、眼鏡を真っ二つにしたものを掛けているのを除けば。アレなんていうんだっけ、モノクル? 使ってる奴を見るのは初めてだ。

 そいつは俺の名前の確認を取ると、各々名乗った。モノクルが広報河嶋桃、おっとりしているがドジっ子の匂いはなさそうなのが副会長小山柚子、俺の元妹を一、二年成長させたくらいの背丈してんのが会長角谷杏……。前二人が三年なのは分かるが、こいつが会長でしかも同じ三年だって? 見えん。

 それより生徒会長が古泉の組織とも繋がっている例のヤニ吸う不良男子でないってことは、あの会長はハルヒの改変の範囲外ってことか? 長門と同じ宇宙人の喜緑さんは普通に生徒やってんのか?

「よろしくぅ。じゃ、あと付いてきて」

 とチビッ子会長はその場で九十度転回した。壁に何かあんのかと思ったら、エレベータだ。しかも三基。その一つがまるで示し合わせたように口を開ける。もういちいち突っ込んだりしないぞ。

 どうやら向かったのは上の階らしい。ドアが開くとそこは、職員室っぽいところだった。仕切りや柱のない大空間で、机とパソコンがいくつも並び教本らしきもので溢れている。ぽつぽつと席に付いているのが生徒じゃなくて教員だったら、ぽいはつけなかったがな。

 生徒会三人衆はそこを突っ切っていき奥の尊大そうな二枚扉を開けると、今度は校長室っぽいところだ。どーんといかにもな机があり、脇には応接スペース。突き当りになっていることから、どうもここが生徒会長室のようだ。俺が入ったあと副会長によって扉は閉め切られた。一方こっちではチビッ子会長が絵に描いた組長が使うような椅子にすっぽり座って、ハルヒに勝るとも劣らない程度にふんぞり返っている。似合わねえ。

「……で、用件は何です?」

「うんうん。よく聞いてくれたよ。キミ、一年のときから部活に入ってないよねえ?」

「そうなんじゃないですかね」

 俺はSOS団にしか興味がないんだがな。

「自動車部に入ってくんない?」

 自動車部だぁ? 自動車って、あの自動車か?

「お前、知らないのか? 車の点検や改造、乗用が趣旨の部活だ」

 会長の予期しない要請に、広報が補足を付けてくる。

 そんなことは分かってる、別にそれはいい。そうじゃなくて。

「ちょっと待ってください。高校生が車に乗るとでも?」

「そうだけど?」

「免許は十八歳以上じゃないと取れないでしょう」

「何の話? 免許は年齢不問で誰でも取れるじゃん」

 ……なるほど。この世界ではそうなんだな。もう一々考え込んでたら話が進まねえ。

「俺は免許を持ってませんよ」

「乗らなくてもいいよ別に。学園艦の中なら免許は関係ないけどね?」

「……特に車に明るくもありませんが?」

「これから興味持ってくれればいいからさ」

 話をするうちに、会長のこちらを見透かすようなニヤけ顔が気に食わなくなってきた。チビのくせにといういつの間にか張り付いている先入観が余計に俺を苛立たせる。これなら古泉のほうが百万倍マシだ。

「つまり何がしてほしいんです?」

「入ってほしいの」

「入って何をするかを聞いてるんです」

「入ってくれるだけでいいよ。暇なのが嫌なら車弄ったりしてればいいし」

「誰が何の部活に入って何しようが勝手でしょう」

「普通はね。でも今回はアタシがキミに入ってほしいから特別」

 そんな特別はいらねえ。俺がそんな部活に入って何になるんだ。

「人が必要とかなら車に興味がある奴でも入れたらいい」

「まぁそうなんだけどさ。ウチらはキミを入れるのがいいと思ったからキミに声かけたの」

 こいつらが俺に何かを求めているのは確かなのだろうが、腹の内を見せないんじゃどこまで話を突き合わそうが平行線だ。付き合いきれん。

「ぐずぐず言ってないで素直に頷いてくんないかなぁ? 停学させちゃうよ?」

 俺はさっさと切り捨てて帰路へ向こうとしたが、足はこの言葉で凍り付いた。断っておくが断じて恐れをなしたからじゃない。俺が固まったのはそこのチビが、尊大なことを、しかも軽々しく突拍子なしに言ってのけた馬鹿馬鹿しさにだ。

「退学でもいいかもね」

「……アンタ、何言ってんだ? ただの一生徒が」

「お前! それが会長にする口の利き方か!」

 すかさず広報が横槍を入れてくる。顔付きだけなら元の世界の生徒会長に一番近いが、こいつはただの腰巾着か。逆に副会長の方は最初からじっと俺を品定めするように観察するだけで、いい気はしない。

 この会長も、妹に毛が生えた程度のチビとか侮っていたが全然違う。俺はなんでか見透かされているような気分になっていたが、こっちからは何を考えているのか、長門と敵対する宇宙人とまた別のベクトルで読めん。

「教頭でもないくせにンなことできるもんか」

「小学校にいるみたいなこと言うねぇ? この学園で一番偉いのは生徒会だよ? どう考えたらウチらに雇われてる教頭教師にそんな権限があると思うかな?」

 何を言ってるんだ。何様のつもりだ。法螺を吹いてるだけだ。あり得ない。普通なら。

 しかし俺の耳は会長の一字一句を残さず拾いつくし、脳裏ではここに来る前の谷口との会話がチラついていた。あの時はあのアホの言ってることが一句たりとも分からなかったが、その意味が解かれていく。この学園にいる記憶を数日分しか持っていない俺の自論と、そうじゃない谷口や生徒会長の話。天秤に掛けたくねえ。

 俺自身がこの学園に含むところは何もない。むしろトップにこんな暴利を働くのがいる学園なんかこっちから願い下げだが、そうはいかないんだ。俺がこの学園を追放されたら、本当に終わりだ。元の世界に帰る手がかりは分かっちゃいないが、俺があのボケちまった団長と永久に接触できなくなれば、帰る糸口は確実に失う。

 

 俺は校庭の脇にある赤レンガ倉庫を訪れていた。本当は来たくなかったがな。そこへ何かのオレンジの作業服を纏う女子が入っていくのが見えて、俺は彼女の元へ駆け寄った。前に立ってみるとさっきのチビ会長と同じかちょっと高い程度の背丈だ。

「え? 自動車部? ここだよ」

「もしかして、自動車部の部員ですか」

「そうだよ、私は部長。何か用かな?」

 この学校では背の低い奴が偉くなるのか? だがそれ以外は正反対で、跳ね気味の髪と意外に包容力のありそうな顔が俺のむかっ腹を和らげる。

 部長氏とはこれ幸いと俺の素性を名乗ってから、

「俺は自動車部に入るつもりはないんですが、さっき会長から無理矢理入部させられたんです」

「そうなんだ? 私は三年のナカジマ。災難だったね」

 また上級生か。どうも見た目と中身の一致しない奴が多いが、それはいい。ナカジマさんが苦笑いして続けた言葉に、俺は小学生のキャッチボールに三振空振りをかましたような気分になった。もっと他に何か言うことがあるんじゃないのか?

「それで、君はどうしたいの?」

「いや……。俺が言うのもなんですが、自動車部は会長の意味不明な我が侭で車に興味のない奴を入れようとしてるんですよ?」

「会長がそう言ったんならそうなるんじゃない?」

 俺は絶句した。会長の暴挙を挫く術を失った俺は、被害者である自動車部に賭けたのだ。ハルヒだろうがコンピ研部長だろうが、誰だってそんな奴を入れられちゃ困るはずなのに。

「会長がそう言ったなら誰が言っても聞かないだろうしね。あとうちは私含めて部員が女子四人だけでそのうち三人は三年だから、部員が増えてほしいとは思ってたし、私たちの邪魔でもしない限りは入ってもいいよ。あとは君がどうしたいかだけ」

 女子四人とか、なおさら入りたくない。自分以外女だけの空間は谷口なら喜ぶんだろうが、俺にとっちゃ精神の重荷でしかない。だがどうしたいかと言われても、俺の退路は塞がれてる。つまり……。

「よろしくね。ま、放課後の暇つぶしとでも思ってくれていいよ。気楽気楽にさ。付いてきて」

 努力の甲斐無く自動車部の黒一点にされちまったらしい俺は、倉庫の中へ連れ込まれた。そこではナカジマさんの言う部員四人が車のパーツらしきものに囲まれて床に座り込み、何かデカい紙を囲んで議論を交わしている。

「やーみんな! 新入部員を紹介するよー!」

 部長氏の呼び掛けで俺と対面した彼女らに俺は学年と名前だけ名乗った。彼女らは褐色肌で俺と大して目線が変わらないスズキさん、暑いのか作業服は腰に巻いて上はタンクトップだけのホシノさん、あとのツチヤが俺と同じ二年という。俺のクラスにはいなかったな。

「この子は会長の推薦で入ったんだよ。車には全然興味ないらしいから、これから興味を持たせよう!」

 俺はぎょっとした。ナカジマさんはナチュラルに勝手なこと言い出すし、部員も皆呼応して「おー!」とか、こいつらなんでこんな楽観的でいられるんだ?

「よーし! じゃまずは見学してってよ。今は皆で新しい車の勉強をしてたところだったんだ」

 部員は床に広げていたデカい紙の元へ戻り、俺もナカジマさんに腕を引かれて付いて行く。

 そこには、戦車の設計図が描かれていた。

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