それを武部は鉄屑と切り捨てた。五十鈴は侘び寂びと形容した。
「こんなボロボロでなんとかなんの?」
「多分」
「男と戦車は新しい方がいいと思うよ?」
「それを言うなら、女房と畳では……」
「同じようなもんよ」
武部はイマドキのコミュニケーション製造機、五十鈴は亭主関白の旦那の女房。それが俺の二人へ抱くイメージだが、今二人が親しげな応酬を交わしているのを外野から観察する俺は二人の更なる一面を捉えていた。武部は修学旅行の晩に布団の中でクラスメイトがする恋愛話に激しく食い付くタイプだ。五十鈴は立ち振る舞いがみほ以上にお嬢様だが、言いたいことは構わず言うところもみほ以上ってところか。
いやそんなことよりも。
「それにさ、一両しかないじゃん?」
武部の言葉以上に今の状況を簡潔にまとめられる表現はない。受講生徒と思しき女子は、ひい、ふう、みい……。仮で生徒会も入れて二十五人か。いくら疎い俺でも、戦車一両にそれだけの人間が入るとは思わんぞ。
「えっと、この人数だったら」
「全部で六両必要です」
副会長の疑問にすかさず広報が答えた。つまり一両に乗れるのは原則四人と考えとけばいいのか? 戦車ってのがどこの自動車メーカーから売られてるのか知らんが、今から取り寄せるしかないだろう。
「んじゃ~みんなで戦車探そっか」
「え~っ?」
ところが俺の普遍的な常識は、道端で行方をくらました鉛筆を探し出す小学生みたいな調子の会長にまたも翻されたのだった。女子連中も疲れ混じりの驚愕の声を上げている。俺の常識がこの世界の非常識なのは痛烈しているが、会長の場合はこの世界の中でも非常識な部類らしい。俺と同じ異世界人だったりしないよな?
「探すって」
「どういうことですかぁ?」
「我が校においては、何年も前に戦車道は廃止になっている。だが、当時使用していた戦車がどこかにあるはずだ。いや、必ずある。三日後、戦車道の教官がお見えになるので、残り五両を見つけ出すこと」
広報の面構えは一見オツムがよさそうに見えるが、非常識さは会長に負けず劣らずだ。
「して、一体どこに?」
「いやぁ、それが分かんないから探すの」
「何にも手がかりないんですか?」
「ない!」
憎たらしいほど輝かしい笑顔で何人もの女子の追及をぶった切るこのチビ、実はハルヒが乗り移ってたりしないだろうな。女子連中の中で佇むハルヒ本人が対照的に無言を貫いているのが無害な女子高生を演じているためなのは分かるが、この光景はちょっと不気味だぞ。
「では、捜索開始!」
今から戦車を探せとの命令に俺は静かに呆れ返ったが、女子の連中はともかく生徒会の面々は大マジらしい。広報の開始令で連中はうだうだ言いながらあてのない旅へとぼとぼ出ていく。生徒会一味が動かないままのところを見ると、探しに行く気はないらしいな、そりゃあの態度でああいうことが言えるわけだ。やれやれ、教師がいない、教材すらないとはぐだぐだにもほどがあるだろ。
ところで、今俺は岐路に立たされている。そもそも俺は外野のはずだが今はナカジマさんの命令により、彼女たちを手伝うことになっている。とどのつまり、目の前には三つの選択肢が横たわっているということだ。
その一、朝比奈鶴屋コンビと接触する。
彼女たちが俺のことを覚えていたとして得られる情報は決して多くはないだろう、忘れられていた場合俺はまた鶴屋さんに投げ飛ばされる。却下だ。
その二、長門と行動を共にする。
悪くはない案だ。内緒話なら長門とするのが最も安心安全だろう。長門が一人であるならばの前提だが、近況の共有と引き続き今後の協議を交わし気長路線を行くか。
その三、ハルヒと接触する。
やはりこれだろう。悪党退治を大義名分に財宝略奪の使命を帯びた赤ん坊入り桃が流れてきてるというのに、じゃぶじゃぶ洗濯なんかしている場合じゃない。虎穴入らずんば虎児を得ず。これだな。
すまん長門。お前とは今後いつでも話せるが、こっちはチャンスが今しかないと俺の第六感が警鐘を鳴らしているんだ。朝比奈さんのお茶を再び飲めるようになる切っ掛けも更に先だろう。
案の定真っ先に輪を外れて一人で旅立とうとする背中へ「おい涼宮!」と張り上げると、
「なに、あんた? なんであたしの名前知ってんのよ」
ああ、やっぱりボケてやがったか、この団長様は。雑用を使うだけ使っていらなくなったらポイかよ。
第一、お前の席の前に座ってただろ?
「……あぁ、なんかアホにあだ名で呼ばれてた奴ね。確か、ション?」
「キョンな……」
自己紹介での俺の本名が覚えられていなかったのは悲しいかな半分想像通りだったが、そんな、アホ(その二)みたいな覚え方をされていたのは、あだ名も含めて心外だ。そのどことなく下世話な雰囲気の名前で呼ばれるくらいなら前の方が三倍いい。つまりはマシレベルでしかないのだが。
贅沢を言うと、頭文字が濁音だったら俺は有頂天になってハルヒに掴みかかっていた。
「あっそ。で何?」
一緒に探そうぜ。
「はあ? あたしはあんたみたいな普通の人間と一緒に行動する気はないの。てかその変な恰好なに?」
自動車部の正装だ。部員四人と被服科生徒に謝れ。
「ふん」
それより一人で探すよりは、二人の方が見つかる確率も高いんじゃないか?
「何言ってんの? 探し物するならとにかくばらけた方が見つかるに決まってるでしょうが」
しまった! 確かにコイツらしいストレートな理屈だ。だがここで折れるわけにはいかない。俺は足りない脳みそを遠心分離機にかけるくらい回転させ、
「あー俺はお前ら女子と違って戦車に疎いんだ。一人で動き回るよりは誰かに付いて捜索の手伝いをするのが身の丈に合ってる」
「付いて行くならあたし以外にいっぱいいるでしょ」
「なんとなくお前に付けば見つかりそうな気がするから勝手に付いて行く」
「めんどくさ……。勝手にすれば?」
「望むところだ」
よし。所々筋を通しきれていなかった感じもしたが、第一関門突破だ。では、ここからはどう繋げていくか。もう少し武部と早くに知り合っていれば思考回路をトレースできるまで研究を重ねたりとか考えなくもなかったのにな。
口を閉ざすハルヒは他に生徒が見えない、というより生徒の行かなさそうなルートを淡々と進み、斜め後ろから付いて行く俺はというと戦車なんかよりきっかけになる言葉を探していた。
いっそ俺の知り合いに宇宙人がいるんだが、とか言っちまうか? いやいや、変なところで常識を持ち出すコイツにそんな直球をぶん投げても躱されるだけだ。しかも今のコイツの中での俺はそこらの土手カボチャ程度の他人でしかないのだから、頭のイった危険人物と見なされて元の世界へ帰還できなくなりましたエンド一直線だろ。
「……ところでこの間の自己紹介、どこまで本気だったんだ?」
俺は考えあぐねて結局小手調べに、入学当時の記憶をなぞってみることにした。前例があるとこういうとき安牌として活用できるってなもんさ。
「なにが?」
「宇宙人がどうこうってやつ」
「あんた、宇宙人なの?」
「違うけどよ。曜日で髪型を変えてるのを見て冗談でもなさそうだなと思っただけで」
「……あんた気付いてたの?」
食い付いてきた。それでも顔は笑っていないままだが、今の俺には強烈な違和感があるだけで怖くもなんともない。コイツは俺の記憶通り、この学園生活が始まってからも毎日、髪型を変えてきていた。俺の知らない一年の間もずっと続けていたんだろうな。未確認生命体と遊ぶためならコイツはその程度、面倒臭いとは一マイクログラムほども思わないのだ。
「俺のすぐ後ろだしな。登校して自分の席に着くときなんか嫌でも目に付く」
「ふーん。あたし思うんだけど、その日感じるイメージって曜日によって異なる気がするのよね。色で言うと月曜は黄色、火曜が赤で水曜が青で木曜が緑、金曜は金色で土曜は茶色、日曜は白よね」
ついでにロングヘアーで登校してくる月曜が〇、ポニーテールの火曜が一、ツインテールの水曜が二……と結ぶ箇所が増える法則があることも知っている。ちなみに今日のコイツは、適当な場所で四箇所適当にリボンでまとめただけの奇妙奇天烈な頭になっている。
つまり金曜日。なんとこの世界に来てからまだ一週間も経っていないのだ。色々ありすぎて、俺の席の後ろがハルヒじゃなかったら半月は消費した気になってただろう。そういや結ぶ数が六つになっているかもしれない日曜のコイツの頭は拝せず仕舞いだったな。
そんな法則も言い当ててやるとハルヒはやはり
「そう」
と答える。「俺なら〇は日曜で月曜は一のイメージだけどな」なんて互いにどうでもいい意見は頭の中で切り捨て、少しずつ余裕を取り戻してきていた俺は何気なく核心を突っついていた。
「じゃ、戦車道を取ったのは未来人対策か? それとも超能力者?」
「まあ、そんなとこね」
「ん……?」
俺は首を傾いだ。コイツにしては歯切れ悪いな。髪型論よりもどれくらい斜め上の自論を並べ立てるのか興味があったのだが、それだけか? でも戦車道は俺の世界で言えばサッカーには敵わないにしても、柔道と肩を並べるくらいには王道の競技っぽいしな……。
「……あんた、どこかで会ったことある?」
俺の心臓は跳ねた。元の世界の記憶について俺はもう諦めていたのだが、いちいち人の死角から不意を打つ奴だぜ。
「……登下校で見かけるくらいならあったんじゃねえのか」
「あっそ」
ここで会話は終わった。俺は内心、少しくらい捏造を混ぜ込んでみてもよかったんじゃなかろうかと考えていた。
結論から言って、俺はともかくハルヒは意外なことに戦車を見つけられなかった。チャイムもとうに過ぎた夜、ハルヒの携帯へ会長の帰還命令の電話が入ってようやく俺たちは学校へ戻る憂き目になったのである。
ところで何の因果か、唯一俺たちとほぼ同時に戻ってきたらしいチームがいた。奇しくも俺は、捜索開始したときに思い浮かんだ選択肢の二つを今日だけで達成しちまったらしい。
「え? お二人も見つけられなかったんですか? あたしたちもなんですぅ」
初コンタクトの朝比奈さんが、精一杯の笑顔をできる限り浮かべながら肩を竦めていた。やっぱりこの人は俺のことを覚えていないらしい。この人がハルヒの魔の手から逃れられないのは世界が変わっても同じのようだ。
ちなみにこの人の言った「お二人」のうちのもう一人は誰とも顔を合わせたり口を交わすこともなく、鞄を取りに教室へ消えていった。負けず嫌いのアイツからすれば敗者同士の慰め合いすら屈辱なんだろう。別に戦車道関係者は何の勝負もしていないのだが。
「俺が言うのも変ですが、ずいぶん遅かったですね?」
「んやーみくるが途中でくたびれちゃってねっ。あたしたちも頑張ったんだけどなー?」
世間話の体で声を掛けると、なにか俺に頼み事をしたいときに谷口がしてくるのと同じように、鶴屋さんが朝比奈さんの肩を抱いて答えてくれた。本当にどうしたことだろう? ハルヒも鶴屋さんもオーパーツ戦車の一両見つけてくる方が驚かないのだが、俺や朝比奈さんが彼らの気を吸い取ってしまうほど凡人とでもいうことだろうか。
俺たちも教室へ鞄の回収に向かおうとすると、校庭の朝礼台に生徒会一味の姿がある。何か話し合いをしているようだ。
「あっ! やっほう杏っち!」
ぶっ! 杏っちって。ああそういえば、この人たちは生徒会と同じ三年だったか。クラスメイトの可能性もある。生徒会に対する印象はこの人たちと俺でギャップがあるらしい。
ってなんでそこへ近付く二人に俺までホイホイ付いて行ってんだ。俺は鞄を回収するだけじゃなく恰好も制服に戻らないといけないのに。
「三人とも残念だったねぇ? 結局、どれくらい揃ったんだっけ」
「自動車部が引っ張ってきたⅣ号D型を入れて五両ですね」
「あと一両、どうしましょう……」
生徒会は三人の顔で喜怒哀楽を使い分けてそんなことを言っている。多分ずっとここにいたに違いない割に生徒会の必ず見つけろ命令はマジだったんだろうが、このだだっ広い町全体の中で何の手がかりもないのに半日でリーチまで来れただけ中々の収穫だろ?
どこからか調達できるまで、戦車に乗れない奴は座学をやってもらうとかできることはあるんじゃないのか、と俺が口を開きかけたところ、
「そうだっ、あたしの実家から持ってこよっか?」
鶴屋さんが現実離れなことを言いだした。「あるんですかぁ!?」と朝比奈さんと副会長のユニゾンが響く。なんだ持ってくるって? 何を? 日用品みたいに言うがまさか戦車とか言わないよな?
「そのまさかだよっ!」
「おぉーそういや鶴ちゃん家も戦車道家元の実家だったねー」
「ふっふっふーん杏っち? 別に今知ったみたいに言わなくてもいいにょろよ?」
「別に今思い出しただけにょろよ~?」
二人揃ってにょろにょろ言うな。
それより微妙に驚愕の事実である。まさかまさかの鶴屋さん家に新設定かよ。家元、つまりその道の先生が商売道具を個人所有していること自体は不思議じゃないが、そんな数学のノートみたいに持ってこれるもんなのかよ。
「鶴屋さんの実家ってのは、この近くなんですか」
「滋賀っ!」
遠いわ。みほの実家ほどじゃないが。
持ってくるったってどうやって。
「とりあえず、飛行機でも使って持ってこさせるっさ! 元々あたしのオモチャだったし誰も使わないと思うけど、あたし勘当されてっからなーっ。あの家の使用人ならあたしのお願いは聞いてくれるはずだけど、もし売られちゃったりしてたらごめんねっ」
「ふわあーすごいですぅ」
聞いているほうが脱力する朝比奈さんのリアクションも今の俺なら心情抑揚そっくり声帯模写できそうだ。情報量が多過ぎて俺の脳が追っ付かない。あっけらかんにカミングアウトする様は俺の記憶と相違ないが、何があったんだこの人は。
「……疲れた」
文字に起こすなら「はぁ」というより「ぜぇ」が的確な溜息も出る。上司の居酒屋通いに付き合わされるしがないリーマンみたく寮に帰ってくると、玄関には靴が何足も並んでいた。
「あ。おかえりキョン君」
「突然すみません、お邪魔させていただいてます」
「お邪魔しちゃってまーす!」
狭いワンルームには姦しくも女子三人プラスアルファが、夕飯の並んだテーブルを取り囲んでいた。みほ武部五十鈴は分かるが、そちらの毛髪量豊富な女子はどちらさんだ?
「西住殿のお兄さんですよね? A組の秋山優花里と申します!」
A組というと、俺のクラスの隣か。確か長門のいるクラスだっけ。
「あぁ、よろしく。秋山もみほの友達か?」
「うん。このみんなで戦車を探して、そのお疲れ会、って感じかな」
となると、俺が帰宅するまでに俺の話はしてあったんだろう。みほのことだから俺のことを、一緒のベッドで寝るふりして妹を襲おうとした兄がいるんだけどそれでも来る? なんてことは言っていないと考えて問題ないはずだ。あとこれは別にどっちでもいいが、みほはここに住んでるんだからこいつらと同じ制服のままじゃなくてもよくないか?
で、この状況なら俺が秋山も含めこの面子に言う科白は一言である。役者を取り違えている気もするが、この世界ではなぜか俺が家主ということになっているらしいからな。
「そっか。まあ好きにくつろいでくれ」
「ありがとうございます!」
「ねえキョン君。夕食まだじゃない? ここにある分一緒に食べていいよ? お味噌汁は台所ね」
え、いいのか? 悪いな。意図せず気を遣わせたみたいだが、ここはお言葉に甘えたいと思う。男の人生の中で一番燃費の悪い時期だろう高校生ってのは食ってから六時間も経つと腹の虫がクーデターを起こして暴食になりかねんからな。
着替えてくると一言断ってから洗面所で装いを崩すのもそこそこに、俺は台所から自分の米飯と汁物を取って戻るとみほが、
「あっ、ごめんね、場所が……。ここ座る?」
とか言いながら少し腰を横移動させて開けた絨毯をぽんぽん叩くのだが、周囲はやや色めき立っていた。
「みぽりんそこ座らせちゃうの!? ひゃあー……」と武部。
「お兄さん、私たちと同学年でしたよね……」と五十鈴。
「しかも義理なんですよね?」と秋山。
みほは表情から読み取るにほんの親切心だったんだろうが、なにぶんその一辺に二人座るにはそのテーブルは小さすぎた。
「みみっみんな何言ってるの!? 一緒に住んでるんだから別に変じゃないでしょぉ!?」
「寮で一緒に住む時点で、義理関係なく普通ではないと思いますが」
みほの慌てぶりと冷静さを崩さない五十鈴の対称さは見ていてちょっと面白いのだが、黒一点の当事者としては反応に困る。
大丈夫だから、俺はそこの勉強机で食うさ。おかずも小皿持ってきて欲しい分を先にとっときゃいい。
「うん、ごめんね。ところで、名前は知らないんだけどあの子と一緒に探しに行ってたよね? 戦車は見つかった?」
遅刻の晩飯に入った俺は箸で小皿におかずを取りつつ肩を竦めて、
「だめだったよ。何キロか分からんが歩き回って足もガタガタなのに徒労にしかならなかった。ちなみにあいつは俺のクラスにいる涼宮ハルヒって奴だ」
「え、そうだったの? あの人が……」
「ん? みぽりんの知ってる子?」
「うっううん! なんでもない」
ハルヒの改変を無償免除されたみほだけは俺の足跡を知ってもらったが、そうでない面子にあんな酔狂な話をしたところで初日の電話の姉と同じようなことになるだけだろう。と同じように考えているかは知らないが、抜けている印象のみほも想像力か危機感のどっちかはちゃんと備わっているようで一安心だ。
俺はそれ以上何も言わず、勉強机の席について箸を突き始めた。
「どうキョン君! 上手にできてるでしょ?」
口に運んだ瞬間に食い気味の武部が同意を求めてくるが、正直言ってこれはすごい。
「あぁ、誇っていいぞ。お袋の味だ」
「ぉっ――」
武部がガチリと固まったような気がした。
「ふふっ……」
「今笑った!? 華笑ったよね!?」
よく考えたら女子高生相手にお袋の味って、失礼じゃねえかこれ? 俺としては料理の上手い母親と味が似てるくらいの出来だという意味で出ただけなんだけどな。
「キョン殿に聞きたいのですが、男子って肉じゃが好きなんですか?」
なんだよキョン殿って。秋山はハルヒとは別の意味で変わってるな。
「え、それ男子に聞いちゃう……?」
「聞かないと分からないままですよ」
「んん、まあ……」
「で、どうなんですキョン殿?」
好きな奴もいるんじゃないのか。
「ということは、キョン殿は好きではないと」
嫌いじゃないが、惣菜売り場に並んでいても真っ先に取るほどでもない。
「そうなの? なぁんだ、雑誌のアンケート嘘だったんだ……」
雑誌と聞くだけで胡散臭さを覚える程度に偏見を抱いている俺はその手の物はあいにくと読まないんだが、まさかそれ、他の回答はオムライスとか、あとは鯖の味噌煮だったりしないか?
「すごい! なんで分かっちゃうの? もしかして読んでる?」
おいその推察は些か短絡的だ。なんで男の俺が男の好きな料理を調べなきゃならん。ラインナップでなんとなく分からんでもないだけだ。大方それ、「(女子のイメージする)男の好きな料理」なんじゃねえのか。
「あー、どうだったっけ……。そこまでよく見てなかった……」
それより俺は武部の下心を察した上で、内心複雑な気分にもなっていた。言い出しっぺは秋山といえ、さほど抵抗もなくこの話を続けられているのが遠回しに、あなたは私にとって異性の範疇の外なんですと宣告されているようで悲哀だ。いやいや、普通の男ならそんなもんだろ。良くも悪くも。
「ぷふ……沙織さん、肉じゃがだって――んふっ間違いではありませんよ? 『お袋』もれっきとした、ふふっ女性ですし」
「誰がお母さんになりたいなんて言ったのよっ華笑い過ぎ!」
なんだか武部が一人で空回りしまくっているのを前に俺はフォローに入った。
「まっまあ、料理が上手いというだけでもステータスの一つにはなり得るだろ。少なくともみほなんか――」
「私なんかが――なんなのかな?」
怖っ! なんだこの気迫!? 部屋の明かりは落ちたりもしてないのに、しかもこっちへ見上げているにも関わらずみほの目元は陰鬱した影に覆われたように見える。表情筋だけ見れば今日一番の笑顔のはずなのに、薄く笑う目の奥が俺の眉間に一粒の汗を滲ませる。
かつての朝倉はダガーナイフで俺の恐怖心を掻き立てたが、目だけで威圧してみせた我が妹はこのときだけ朝倉を超えていた。
「お兄さん?」
みほはこっちへ振り返っているため、五十鈴を始め女子三人にみほの表情は分からない。つーか普段晩飯をみほに作ってもらってるのを忘れてんじゃねえ俺。
気圧された俺の唇は釘抜きで力任せに引っ張ってひん曲がった釘みたいに歪んだ。
「――も、できなくはないが、このレベルなら優に超えてるぜ?」
「え? うん、ありがと、う?」
「……うふ」
怖っ。