どんな事象にもきっかけとは本当にあるものだろうか?
俺は哲学的疑念を抱いていた。元の世界で俺が入学後のハルヒに髪型の話をした直後に登場したハルヒは長かった髪をばっさり切ってしまったのは承知の通りだが、脳の足りないなりに俺が導き出した結論は、「月曜をゼロと考えるハルヒと違い、俺なら日曜がゼロだと考える」と真っ向から相違意見をぶつけたのが理由、ってものだ。言うまでもなくこれは、どんな事象にもきっかけは必ずあると仮定して、俺が無理やり消去法で炙り出しただけの吹けば飛ぶような詭弁である。俺が口出ししたからハルヒが髪を切ったという方程式は俺自身の中では未だに内包する理屈がない。
そもそもなぜ俺の思考がそんなことに囚われたかと言えば、ハルヒはこの世界でも結局バッサリ髪を切ってきたからだ。しかもその姿の初登場が火曜日なのが解せない。今日はポニーテールの日のはずが、なぜよりにもよって昨日。カヴェなんとかの走るサウナがそんなに気に入らなかったのか。
俺は朝のHRまでの空き時間に後ろの席へそのことを聞いてみたら、
「あたしの浅知恵だったわ。髪型なんて誰しも好き勝手にやってるんだし、宇宙人からしてみればあたしが変えてた髪型もその意味も多分どうでもいいのよ」
俺は内心、とてつもなく戦慄していた。表情こそ俺の知るハルヒの無愛想面だが、気付くのが今更といえ発言が常識的すぎる。
待て。これは本当に常識的な発言なのか? 聞きようによってはその努力が何の実りにもならないとこれまでの一年に見切りを付けつつも拗ねているようにも聞こえる。どっちにしろ太陽が地球の周りを公転し始めるくらい信じられない話だ。
「で、髪型サイクルはやめちまったのか」
「そう。それよりもっと目立つことをするのよ!」
「例えば?」
「そうね。ちょうど戦車があるし、火炎弾も使ってミステリーサークルを作るとかがいいわね!」
「やめろ」
ハルヒだ。拗ねるというのも俺の想像できる姿じゃないのでそれは俺の気のせいの可能性大だ。ハルヒはきっと自分なりに成長しているのだ。直球しか投げなかったやつが変化球も覚え始めたんだろ。
こんな具合で、この世界でも俺は教室の空き時間でハルヒと会話する機会ができていた。言っていることもお馴染みの突拍子もないことばかりだ。
それだけでなくハルヒは、少しの日も経つと自分たちの乗る戦車を整備するだけの自動車部にも顔を出すようになった。やることといえば、他の女子部員に教わりながら戦車の整備に四苦八苦する俺へあれこれ無理難題を突き付けることだ。
例えば俺が一番最初に受けたのは、まあ予想は付くだろうがこれだ。
「カヴェナンターの蒸し風呂なんとかしなさいよ」
で疎い俺はというと、あながち非現実的でもなさそうな難題は女子部員に聞きに行ったりとハルヒの使い魔みたくなる始末。
ちなみに問題のカヴェナンターについてナカジマさんが言うには、
「ざっくり言うと、戦車は普通エンジンとかの機器類が一つの機械室にまとまってるんだよ。でもあの子の場合は操縦室の前後に分けられてて、操縦室の中をくぐるように通ってるパイプの放熱が原因だからその配置を変えれば解決するけど、そうするとカヴェナンターじゃなくなるしそこまでやるのは無理」
と突っ返された。
俺が報告しに戻るとハルヒは、ナカジマさんの回答ではなく俺の要領の悪さにへそを曲げる理不尽さ。
「あんた、いちいち他の子に聞かないと分かんないわけ?」
「俺は数日前まで戦車のせの字も知らない身だったんだ。不満なら自分で聞いてくるか勉強してくれ」
とまあこんなふうに、スパナ片手にたまたま一人でせっせと戦車を直す俺の言葉に対し、ハルヒは腕組みアンドアヒル口を張り付けた顔で見下ろすだけである。
「まさかもうみんな、水着で乗ってんのか?」
「制服の下に着てるわ。制服のまま乗るよりマシってところね」
「だったらいいじゃねえか」
「乗るたびにいちいち制服脱ぐのがめんどいの」
だったらそうしなくてもいいような戦車をどこからか見つけてこい。こいつの中のなにが妨げているか知らないが、なりふり構わず願えば一両くらい空から降ってくるはずだ。
しかもやるせないことに、ここから少し離れたところではチームメイトである長門・朝比奈さん・鶴屋さんもいて、長門は立ったまま読書し、あとの二人は俺たちの動向を保育園の保母みたいに見守っている。俺たちは他愛なくじゃれあっている幼児じゃないぞ。
「おーいきみたちー? 今日はこれで授業終了だから解散ねー。明日もよろしく~」
と、門から倉庫を覗きに来た会長の一声でハルヒは「じゃあねっ」とそのままチームメイトを横切っていった。長門と鶴屋さんもそれを見届けてから門を出ていくってことは、この人たちは解散までの暇潰しか。
思わぬことだが、朝比奈さんだけは俺に歩み寄ってきた。このとき他の部員はそれぞれ離れたところで俺の弄るやつよりぶっ壊れた戦車に付きっ切りであり、俺に注意を向ける気配がこの場からいなくなっている。
「今日、一緒に帰ることはできますか?」
この耳打ち。朝比奈さんじきじきの呼び出しだ。こんな普遍的青春的イベントは中学以来だと俺の心は一瞬躍った。
一瞬だけだ。なぜかって? 相手が朝比奈さんだからだ。不満というわけではなく、ハルヒと会話を交わすようになった直後の朝比奈さんの呼び出しが、夕暮れの下校を気になっている後輩男子と二人きりで過ごしたいという乙女チックな心情から来るものではないと察知しているからだ。
「えーと、今の状況ではちょっと」
「あんれぇ~? キョン君、もしかして青春しちゃってるー?」
「ぃひぇっ」
いつの間にか、戦車の陰からツチヤが顔を窺わせていた。小さく悲鳴を上げる朝比奈さんの詰めの甘さは定評あるままだが、果たして。
ちなみにツチヤもハルヒがその名で俺を呼ぶのを小耳に挟んで使い始めたクチだ。数年越しと異世界越しの強烈なデジャヴだ。こいつに元妹の情報の残滓が飛び散ってたりとかはしてないだろうな?
「あぁ、いいですよ朝比奈さん。キョン君くらいいなくても次回までに整備は終わりますからどうぞお持ち帰りください。にひひ~」
「ぃ、いえっ、そういうんじゃないんですけど、そのぅ」
ほんとに持ち帰りってなら俺はその報酬目当てだけで士気を青天井にし自分の仕事を数分で終わらせてやるのにな。それよりツチヤお前、俺を貶す必要はあったのか。
「ごめんごめん。キョン君もいて助かってるよ。でもせっかく先輩が誘ってくれてるんだし、断っちゃもったいないよ?」
意地悪い笑みを浮かべるツチヤと縮こまって建前を探す朝比奈さん。なにも知らないやつが見たらこの二人の学年は逆と認識するんだろうな。
「ということらしいんで、一緒しますか?」
「は、はい。ありがとう……」
ツチヤをちらちら気にしながらも朝比奈さんは了承した。
そこら辺の物陰でそそくさと作業服から着替えた俺は朝比奈さんと帰路を共にすることになった。俺の住む寮の方角へ向かっているが、朝比奈さんも同じなのだろうか。
「わたし、こんなふうに出歩くの初めてなんです」
塀に囲まれた閑静な住宅街の道路に通行人がいないか気にしながら朝比奈さんが呟く。俺たちが恋人に見られないか心配なのかね。俺は一向に構わない。元の世界と同じくときおり肩が触れ合いそうになったのを、びっくりしてちょっと離れたりする初々しさはいつ見てもいい。
この人に言わせれば「規定事項」であろう科白を軽いジョブで選ぶ。
「こんなふうにとは?」
「……男の人と、二人で……」
「はなはだしく意外ですけど、誰かと付き合ったりとかなかったんですか?」
「ないんです」
逆にありますとか答えられちまったら、俺はいつの時代の人間とですかと口走っただろう。
「でも朝比奈さんなら、言い寄ってくる男の一人や二人いるでしょう?」
「うん……」
そこは否定しないんだよな。
「ダメなんです。わたし、誰とも付き合うわけにはいかないの。少なくともこの……」
そこで朝比奈さんは黙り込んでしまうので、俺は横のコンクリート塀の縦方向の目地を何本通り過ぎたか数えていたが、
「キョンくん、お話ししたいことがあります」
小鹿のような瞳に決意を浮かべる、朝比奈さんが見つめていた。
俺は朝比奈さんに近くの公園のベンチへ連れて来られた。遊具で遊ぶガキの喧噪を前奏に切り出した朝比奈さんの序章はこうだ。
「わたしはこの時代の人間ではありません。もっと、未来から来ました」
実のところ俺は、一緒に帰りたいと倉庫で言われた時点でこの人の素性が元の世界と変わっていないのを察していた。想像通り、そのあとに続くこの人の言葉は時間平面がどうのとか四年前がどうとか、パラパラマンガの絵とかの未来座学初級編だ。
俺はいつどこでこの人の言葉を先読みして混乱の極みの顔を拝もうか探求心に焦らされていたが、結局は口を結ぶのに一徹した。ここは俺の知らない世界なのだ。情報を得るなら勝手に喋ってくれる相手はとにかく喋らせとくのがいい。
「四年前。大きな時間振動が検出されたの。キョンくんや涼宮さんが中学生になった頃の時代ね? 調査するために過去に飛んだ我々は驚いた。どうやってもそれ以上の過去に遡ることが出来なかったから。でも原因が分かったのはつい最近。……んん、これはわたしのいた未来での最近のことだけど」
「……何だったんです?」
「涼宮さん」
つまりはこの辺の科白に集約されるが、ハルヒは相変わらずトンデモパワーを持ってきていることがまずはっきりと裏付けられたわけだ。
朝比奈さんは遊んでいたガキが飽きて公園を去っていくのを桜の花が散ってきたような目で見つめながらつらつら話を続けて最後に、
「……信じてもらえないでしょうね。こんなこと」
「……何で俺にそんな話を?」
「あなたが涼宮さんに選ばれた人だから」
朝比奈さんは上半身ごと俺へ捻って、
「詳しくは言えない。禁則にかかるから。でもこれだけは言えるのは、あなたが涼宮さんにとって大事な人であるということ」
「長門や鶴屋さんは……」
「長門さんはわたしと極めて近い存在です。鶴屋さん自身には何の特殊性もありませんが」
俺は鶴屋さんの部分に着目した。俺は未だあの人の素性をよく知らないが、朝比奈さんの言葉はなにやら含みある言い方だ。
「朝比奈さんはあいつらが何者か知ってるんですか」
「禁則事項です」
「ハルヒのすることを放っておいたらどうなるんですか?」
「禁則事項です」
「…………」
まあ、端から望み薄ではあったのだが。
「ごめんなさい。言えないんです。特に今のわたしにはそんな権限がないの。信じなくてもいい。ただ知っておいてほしかったんです。キョンくんには」
申し訳なさそうに顔を曇らせたところで朝比奈さんのターンが終了したと思った俺は顔を少し得意げにしてネタ晴らしに口を開きかけ、硬直した。
――我々――調査――権限――
朝比奈さんの発した単語が、俺の頭の中で不快なハウリングを始めたのだ。
「キョンくん?」
「いえ……」
閉口した俺は朝比奈さんから視線を戻し、表情を見られないようこめかみを押さえる振りをした。ここにいるのは「時をかける少女・朝比奈さん」じゃない。「未来の組織から派遣された研修調査員・朝比奈みくる」だ。鍛え上げられながらも気まぐれな俺の危機察知能力が、なぜかは分からんが、俺の重大な秘密を特にこの人に喋ってはいけないと引き留めている。隠し事は朝比奈さん自身に対して良心が痛むが、この人にはバックがあるのだ。
「朝比奈さん。保留ってことでいいですか」
「はい……?」
「信じる信じないは保留ってことで、とりあえず覚えてはおきますから」
「はい」
朝比奈さんは微笑んだ。やはり貴女にはそのお顔がお似合いです。驚愕顔なんて普段から見られるしな。
「ただ、一個だけ訊いていいですか?」
「なんでしょう?」
俺が気になったのは、この人の本当の歳ではない。いや気にならないわけでもないがどうせ禁則なんだし、今はそれよりこっちだ。
「あなたはなぜ戦車道を選んだんですか」
「戦車道……」
「俺の勝手なイメージですが、あなたは戦車そのものに興味があるようには見えない。どんな理由でここに入ったんですか。まさか単位が足りていないとか……」
「いえっそんなことはありません。単位はちゃんと取れていますよ」
SOS団では、ハルヒが朝比奈さんを拉致ってきてぶち込んだ。あのときの朝比奈さんも、SOS団に入る前から時間振動とやらの中心に立っているのがハルヒだと認識してこの時代にやってきていると言った。要するに未来人は、別にSOS団に入らなくともハルヒの監視はできていたわけだ。
だがここはどうだ、ハルヒは作る気があるかも分からない不思議を探す団を作るより先にばったり朝比奈さんと出会い、仲良くなっちまってる。これはつまり、朝比奈さんの方からハルヒに接触してきたと言えるんじゃないのか?
「そうですね、わたしは戦車そのものに思うところはありません。でも近くにいたほうが、涼宮さんを監視しやすいでしょう? ――と、わたしも上の人からそう説明されてここにいるだけなんだけどね?」
朝比奈さんはまた申し訳なさそうな顔を浮かべながら指で頬を掻くだけだった。ハルヒと俺の接触イベントが、ハルヒに近付けと未来組織を朝比奈さんに吹き込ませるほどの重大なフラグを立てたとでもいうのか? 俺の心当たりと言えば、俺が接触したとほぼ同時にハルヒが無害な女子高生というサナギから羽化したことくらいなのだが、それがなんだっていうんだ?
結局のところ、それっぽっちの成果があるだけで俺は朝比奈さんと別れて帰路に復帰することとなった。だが彼女は別れ際に優雅な照れ笑いを飾り、
「今日は話を聞いてくれてありがとう。わたしたちの戦車の整備も大変だと思うけど、がんばってね?」
と可愛く労わってくれたのは、悪い気はしなかったね。
それからも授業というより訓練に明け暮れる戦車道女子と、点検整備に勤しむ自動車部との二人三脚が続いてある日の朝のことである。
待望の転校生がやって来た。
……待て、誰の待望だ? そういやハルヒは謎の転校生が来てほしいなんて言ってたっけ? おかしいな。あいつなら絶対言うという俺の読みが、俺の記憶メモリに固定観念のフィルタをかけている気がする。そういうときってあるだろ? 言ったっけな、言ってなかったかな。
朝のホームルーム前のわずかな時間に、俺はメールで長門から受けていた報告をハルヒに聞かせてみた。
「ほんと!? なんですぐ教えてくれなかったのよ!」
だからこうやって今教えてるだろうが。俺は生徒会じゃないんだぞ。
ハルヒは俺の知らせに目を百万ワットくらい輝かせたので、一応待望だったんだろう。俺が忘れているだけで、こいつはどこかで言ってたかもしれないな。
「またとないチャンスね。同じクラスじゃないのは残念だけど謎の転校生よ。間違いない」
具体的にどこら辺が謎だって言うんだ。
「今四月半ばよ? そんな半端な時期に転校してくる生徒は、もう高確率で謎の転校生なのよ!」
親の転勤とか、あるいは新学期に合わせて転校のつもりが何らかのトラブルで遅れたとかあるだろうが。例えばそいつの個人情報があまりに胡散臭すぎて、わざわざ真偽の照会をしていたとか。
しかし独自の涼宮ハルヒ理論はそんな普遍的な常識論の追随を許可したりはしないのである。一限が終了すると同時にハルヒはすっ飛んで行った。謎の転校生にお目通りしにJ組へと向かったのだろう。
果たしてチャイムギリギリ、ハルヒは何やら複雑な顔つきで戻ってきた。
「謎っぽかったか?」
「うーん……あんまり謎な感じはしなかったなあ」
当たり前だ。胡散臭い感じはあるんだろうが、果たしてこいつの嗅覚がそれを拾えているかは分からない。
一応聞いておこう。
「男? 女?」
「変装してる可能性もあるけど、一応、男ってことにしとくわ」
どういう意味だよそりゃ。まさかニューハーフとかじゃないよな?
「あんたのいる自動車部ってさ、男も入れるのよね?」
「は? まぁ、俺が紛うことなき男子だからな」
「あんたそいつも入部させなさいよ」
Why? 何故? なにゆえ?
寝耳にヒ素を垂らされた気分だ。なんでそんなことを俺がやらなきゃいかんのだ? そこはハルヒが謎の転校生を引き入れるべくSOS団という器を設立し、そこに長門・朝比奈さんも含めてそいつを幽閉するところじゃないのか?
俺が元の世界に帰る目的にSOS団が必要なのかは分からないが、一方でそもそも俺たちとは微塵も接点がなく車に夢中な自動車部を、非常識な人間の託児所にされていいわけがない。
俺が主犯になるべきではない、なりたくない、そういうスタンスだった俺もとうとう我慢ならなくなって、
「なんでそうなるんだよ。そいつを仲間にしたいんだったら、お前がなにかクラブでも作ってそこに勧誘すればいいだろ」
「いやよめんどくさい」
俺は耳を疑った。
こいつ、異世界の自分がまい進してしでかしたことを適当に切り捨てやがった。
「それに、不思議を探すクラブを作るってのも考えたことがないわけではないわ。でもね、大々的にそんなのを作っちゃったら、奴らは恐らく警戒して近づいてこないわ。ここは自動車部を隠れ蓑に偵察するのが得策なのよ」
ヘイ髪型論には当てはめないのかユー。どっちみち俺からしてみればこいつの口から出る理論に頷けるものは何一つないが、一応こいつの中では筋が通っているんだろう。ハルヒが何の自論も持っていないつまらない人間になったわけではないならそれでいいと、溜息を吐いたところでやっと二限のチャイムが鳴り論議は幕を閉じた。
その日の午後からの選択授業のことである。俺は生徒会指示で書道の途中からフェードアウトし、自動車部員として倉庫を訪れたのだが。
「……ふわぁ」
今みほが口にしたのは「ふわぁ」なのかそれとも「うわぁ」なのか?
少なくとも俺の口から出るなら後者である。立ち尽くしてアホみたいに口を開け放つ俺とみほの前には、六両の戦車が並んでいた。
国鉄のストライキみたいな白文字で「バレー部復活!」と書き殴られた八九式。
赤を基調にどこの国のか分からない国旗や字をペイントしつつ戦国時代っぽい幟もぶっ刺したⅢ突。
M3にピンク、38tに銀、カヴェナンターに金と、全身を一色に染め上げた戦車三両。
「……戦車道ってのは、迷彩に囚われちゃいけない風潮でもあんのか?」
「……それはここの人たちだけだと思う」
突っ込みどころが多過ぎるが、こいつらはあれか、運動部でよくある「純粋に楽しめれば良くて勝敗はどうでもいい」ってスタンスなのか? これは授業のはずだが。
「かっこいいぜよ」「支配者の風格だな」
「これで自分たちの戦車がすぐに分かるようになった!」
「やっぱピンクだよね!」「かっわいー」
「金はウチらがよかったんだけどなー」
「この中で頂点に立つべきチームはあたしたちしかいないのよ!」
自分たちの戦車に各々抱く感嘆のどれがどのチームの誰のなのかなんてのはどうでもいいのでいちいち紹介しない。俺からすりゃ例外なく奇怪なセンスであることに変わりはないからだ。
なにも変わっていないⅣ号に乗るみほのチームだけがまともかと思っていると後ろでは、
「私たちも色塗り替えればよかったじゃんー!」と武部。
「あぁー! 38tが! Ⅲ突が! M3・八九式・カヴェナンターがなんか別の物にぃー! あんまりですよねぇー!」
秋山は模様替えしたかった武部とまた違う熱を持っているような絶叫で、みほに同意まで求めだしている。
「んふふっ、ふふっ、ふふふふ……っ」
当の本人は突然笑い出しただけで、秋山が恐る恐る顔を窺いに前へ出てくる。
「に、西住殿……?」
「戦車をこんなふうにしちゃうなんてっ。考えられないけど……なんか楽しいね。戦車で楽しいなんて思ったの初めて」
このときのみほは全然曇りがなくて写真に収めてしまいたいほどの笑顔だったが、こいつのこれまでの道を思うとそれは当たり前のことではなかったのだ。しかしこれからは、きっと当たり前になっていく。なんだ、俺如きが気に掛けるまでもなさそうじゃないか。
事情を知るらしい武部・五十鈴と俺は頬を緩ませた。
そんな一幕もあったが、訓練は通常通り行われた。日も落ちそうになるころ解散令が出された。俺たち自動車部も情報共有のため生徒会一味の脇で眺めているが、女子一同、一部を除いてくたくたで崩れ落ちそうになっている。
そこに、広報から発表。
「急ではあるが、今度の日曜日、練習試合を行うことになった。相手は、聖グロリアーナ女学院」
「えー!」と女子一同。
みほ率いるチームのうち秋山が深刻そうな顔で、
「聖グロリアーナ女学院は、全国大会で準優勝したこともある強豪です」
そんなところと対戦するのか。一応こっちはまだ初心者なんだよな? いきなりそんなところと対戦して参考になるのか? Lv1の勇者がLv80の中ボスに乗り込むようなもんだろ。女子連中もみな似たようなことを考えていそうな顔をしている。
ところが、そうは思わないやつもいた。
「素っ晴らしいわ!」
みほ率いるチームの隣、生徒会の眼前に並んでいた涼宮ハルヒチームである。
「ここんところ練習ばっかで退屈に感じてたところだったのよ! ここは一発ぶちかまして、あたしたちの名を世界に轟かせる絶好の機会だわ! もちろん、生き残るのはこのあたしのチーム! 敵チーム全員には敗残刑として、あんこう踊りしながら街中を百周! しかも素っ裸で!! やるわよみんなー!!」
「どうしたみんな! やる気のない顔をしてないで涼宮を見習え!」
たった一人で戦意高揚どころか勝った気になっており、総員の注目の的である。広報もハルヒを量産させるような馬鹿げた発言はやめてほしい。できないだろうがな。
さてハルヒ傘下のメンバーはというと、案の定付いてこれていない。
「……」
「わ、わぁー。勝てるといいですねぇー」
「ハルにゃん? あの踊りはさすがにかわいそうじゃないかなあ……?」
意外なことに鶴屋さんまで引き気味だ。生き残るチームに味方も勘定されてないとか素っ裸とか、そもそも勝ち目があるかではなくそこに食い付くのか。
どうでもいいがあんこう踊りって何? と俺がピントのずれた疑問を抱いたと同時会長が、好物の干し芋をつまみながらいつもの思い付きを言い出した。
「あんこう踊りかー……。いいねそれ! じゃもしウチらが負けたら全員であんこう踊りしよっか!」
「ええええええ!?」
女子一同、さっきとは比べ物にならない絶叫である。各々なにか言っているが、みほのチームは。
「あんなの躍っちゃったらお嫁にいけないよー!」
「ネットにUPされて、全国的な晒し者になってしまいます!」
「一生言われますよね……」
「……そんなにあんまりな踊りなの……?」
みほは転校生という立場からして知らないのだろうが、それ以外は散々な言いようだった。
一応ハルヒチームも例外ではない。
「…………」
「いっいやですぅ! わたしあんなのやりたくありませんっ!」
「あっははー……。もしあんなのが中継されたりしたらいくら破門されてても、あたしも実家になんか言われちゃうっかなー……」
「大丈夫よみくるちゃん! あなたさえ頑張れば辱めを受けるのは敵チームなんだからね!」
おい元凶が一番気の弱い人にプレス機かけるようなことすんな。鶴屋さんも完全に形無しである。どんななんだ、あんこう踊り。警察の世話になるストリップショーとかじゃないよな?
そのあとも広報の「日曜は学校へ朝六時集合」命令でまたダメ押しとばかりに士気の低下が見られ、特に朝に弱い冷泉――初日の練習のときに急遽参加したらしい――とみほたちチームメイトとの間でやめるやめないの一悶着もあった。全く見た目も中身も何一つ団結しない連中である。
「試合、やれるのか? こんなんで……」
オブラートもへったくれもない俺の呟きは、すかさず吹いた風が桜の花弁より簡単に巻いていった。
ようやく解散となれば、あとは俺たち自動車部の出番である。女子部員たちは整備に必要な図面を取ってくるということで別の倉庫を経由、俺一人だけで持ち場まで一直線に結ぶことになったのだが、そこで俺は白昼夢を疑った。
食えないイケメンが門の外をうろついている。
「なにか用か?」
「あぁ」
そいつは接近した男子の姿で少し安堵した顔を振り返り、
「すみません。自動車部に入部したいのですが、あなたは部員の方ですか?」
俺は目眩がした。
「……足下がおぼつかないようですが、大丈夫ですか?」
「なんでもない……。ああ確かにそうだ。自動車部も毎日ここで活動してるぜ? 部長さんも部員は歓迎してる。ただあんたは……」
もう俺はとっとと過程をすっ飛ばしたい気分になって、こう告げた。
「まず俺に、話したいことがあって来たんだろ? 涼宮絡みで」
イケメンは物珍しくも少々面食らったがすぐに営業スマイルを取り戻し、
「……その様子だとやはり、既にお二方からアプローチは受けているようですね。さすがは、涼宮さんに選ばれしお方です」
「キョーン!!」
男二人でむさ苦しい腹の探り合いが始まろうとしたのを、駆け寄ってくるハルヒが破った。おまけにチームメイト三名も引っ張ってきている。
「って! あなた転校生じゃない! うまくいったのねキョン、少し見直したわ!」
「わーお! ハルにゃんの言ってた通りのイケメンっさねー!」
このメンバーならテンションを上げるのは大概ハルヒと鶴屋さんの二人である。話をややこしくしないでほしい。まさかこいつら、ハルヒが朝に俺へ一方的に下した命令をちゃんと遂行してるか確認しに来た野次馬か?
「ずいぶん賑やかなようですが、うまくいった、とは?」
舌打ちしたくなるくらいにサマな首の傾げ方をするイケメンを無視して俺は、
「なにもしちゃいない。だが自分の意思で入るみたいだぜ?」
「そうなの? やっぱり一味違うわね! あたしは未来の智将戦車乗り・涼宮ハルヒ! そいつはあたしの専属整備士のキョン! そっちのかわいい子がみくるちゃんで、無口キャラが有希で、テンション高いのが鶴屋さんね!」
はい、お前が言うな。
さりげに下僕から格上げされたらしい俺なのであった。
「古泉一樹です。転校してきたばかりで、部活以外に至らぬ点もありましょうが、よろしくご教示願います」
SOS団団員、名誉顧問も含めて一堂に集結だが、いつしかの長門産異世界のときみたいな脱出プログラムが現れる気配は、なかった。本当に、なにがしたいんだろうなこいつは。
やれやれ。