海都には遺跡がある。
百年前の大異変によって、大穴の空いた遺跡。この大穴の最奥には沈んだ都があると噂されているが、未だ誰も辿りついたことがない。
真相を知るためには下へ下へと降りれる道を探し、記録し、見つけ出さなくてはいけない。
「だが、遺跡内は魔物と呼ばれる危険な獣が蔓延っている。ただでさえほんの僅かな油断から命を落としかねない場所だ。だからこそ慎重さが大事なのだ」
と、シュラフさんは遺跡の入口前で僕に言う。
その説明をぼんやり聞きながら、僕は遺跡の景色に見とれていた。
技術的には僕の時代のものではない。ところどころ崩れた白い石壁に蔦が絡まり、蔦は草花を伸ばし遺跡を彩る。天井は最初からなかったのか、それとも大異変とやらによって崩れ去ったのか、今は澄みきった青空が広がっており、心躍らせる色合いの風景をより強く演出する。
入口脇に置いてある小さな石像もまたいい味をだしている。この像に無事を祈って出発するとかしてる人もいそうだ。お供え物があるし。
カメラとかがあれば写真を撮っていたかもしれない。
どうやら今の時代はカメラなどないようだから我慢だけど。
「確認するが、装備は万全か?」
「……はい」
「何か気がかりな点があればすぐに言ってくれ」
「…………はい」
風景にワクワクしたけども、今の確認でやる気が落ちた。
今のやり取りは四度目になる。アーマンの宿を出てからここまでの間に四度だ。さすがに確認しすぎて鬱陶しさを感じてしまうというもの。
二度目まではともかく三度目からはちょっとウザく、そして四度目はため息を堪えるのが大変だ。善意から言ってくれてるのだろうけども、こうもしつこければちょっと。
「ではブーツ。先頭を頼む」
ようやくこの樹海もとい遺跡の中に入れる。
なんでも深都へ続くと思われるこの遺跡は層によって大きく姿を変えるそうで、奥へ行くと遺跡の姿がなくなるとか。そのため遺跡と呼ばず、樹海と呼んでいるのだとか。
とにかく樹海の中へ。昨日不満をさらけ出していたシャーロットさんも一緒だ。
長い階段を降り、そのまま狭い小道を進んでいくと少し開けた場所に出た。
天井がないから明るい景色のままだ。そばでは水の流れる落ちる音がする。地面は踏み慣らされており、壁際にはシロツメグサが生えていた。一見すると自然溢れる穏やかな景色だ。とても危険には思えない。
「こっからしんどいからね、こいつらといると」
「へ」
シャーロットさんが耳打ちした。
どういうことか、と聞く前に見えた姿で予想がついた。
小道に小石が地面を転がる。小石を投げたのはブーツさんだ。
それを3回繰り返す。
「よし、行くぞ」
これは安全確認だったんだろうなぁ。安全確保が大事なのはわかるけど、そんな風に確認しなくてもいいのではと思える道幅だ。曲がり角だから死角に魔物がいるかも、という気持ちもわかるけど。
「……今の、ひょっとして曲がり角ごとにやる感じ?」
「そう。ちなみに帰りもよ」
「……毎回3回石ころ投げる感じ?」
「最低3回ね。酷いときは一回ごとに20秒ほどの感覚を空けて5回投げたりするわ」
だるい。
率直な感想がだるいしか出てこない。
「どうした二人とも。いつ危険が迫るかもわからないんだ。いつまでも同じ場所にいるのはよくない」
「あ、はい……」
言うことはごもっともなんだけどなぁ。
「ところで今更なんですけど」
「どうした?」
「魔物と遭遇した際ってどうすればいいですかね。僕、あまり魔物と戦ったことがなくて」
今のメンバーは前からブーツさん、シュラフさん、僕、シャーロットさんという並び。ブーツさんとシュラフさんはナイフを持っており、シャーロットさんは剣と盾。
パッと見ではみんな近づいて戦う感じだ。銃をもつ僕に近づく前に排除を期待しているとは思わないけど一応戦闘初心者であることを告げる。
「魔物と遭遇することは避けるに限る。これは勝つ自信がないからではない。無用な危険を避けるためだ。我々の力ならばこの階層の魔物程度なら勝てるだろうが、何事にも絶対はない」
「避けれない場合とか……」
「避けれない状況に入らない。それだけだ」
「えーっと……」
慎重慎重と言う割には、避けれない状況が来た時とかは想定してないの?
そんな思いが顔に出ていたのか、シュラフさんは小さな包みを取りだして言った。
「魔物と万が一遭遇した際の心配をしているのだろう。だがそれも大丈夫だ」
「それは?」
「塩だ」
「塩……塩?」
なんで意味深な感じで今だしたの?
「塩は冒険に欠かせないものだ。摂取のためだけじゃない」
「はあ……」
「これを魔物にぶつける」
「……はあ」
地味な嫌がらせだ。
それとも何か。ここの魔物はナメクジとかなのだろうか。
「するとどうなるんです?」
「魔物は塩に気を取られる。その間に離脱するのだ」
何言ってんだこの人。
熊との遭遇時に鞄をそっと降ろして離れるって言うのは聞いたことあるけど、獣が荷物に気を取られている間に刺激しないように逃げるって。魔物にも当てはまるかどうかは置いておくとして、何故塩で。
「……魔物は塩が大好物なんですか」
「? そんなわけないだろう」
「じゃあ何故塩……」
「この塩は選りすぐりの塩だ。そこらの粗悪なものとは違う。いわばエリート塩」
「エリート塩」
「つい最近まで一般人だったミゼルにはまだわからないかもしれないが、いずれこの塩の良さがわかる」
塩の良し悪しは確かにわからないけども、その使い方は悪いと思う。
……魔物と遭遇した際、初心者とか言ってられないかなこれは。うん、僕が頑張ろう。
銃の扱いは問題ないんだ。あのサエーナ鳥にも当てることはできていたし……思ったより火力がない銃だけど。人のおさがりに文句を言うな、とザビィさんが怒りそうだけど。
まぁでもかみつき魚ぐらいならなんとかなるはず。サエーナ鳥みたいなのは例外っぽいし。
だいたい樹海に入って4時間ほどだろうか。
魔物らしい存在と遭遇することなく、今回の目的地に辿りついたらしい。
特別何かあるわけではない場所。遺跡の小さな小部屋だ。
「ではここで野営を行う。さっそくテントを張るぞ」
「え」
「テントを張ったことがないのか? それなら教えてやろう、まず道具だがこれはペグ。そしてこれがポールで……」
「そういう説明を新人は求めてないっての。なんでまだ日も高いうちから、しかもたいして街から離れていないこの場所にテントを張るのか理解できてないの。私もわけがわかんないわ」
シャーロットさんがシュラフさんの説明を遮って代弁してくれた。概ねその内容は僕の心境とあってる。ちなみにテントは張ったことがないので器具の説明もちょっと求めていた点は違うけど。
「野営の大切さか……野営を行う意味、それは体力の回復だ。ここまで歩いて消耗した体力や集中力を休め、常に万全の状態を維持する。そのためにはテントを張らなくてはならない」
「えと……休憩は賛成ですけどテントを張るほどではないと思うんですが……」
「短時間で最大限の回復を狙うならテントが一番だ」
テントを張るって何時間休憩するつもりだろうか。
1時間2時間なんて話ではなさそう。
「それならいっそ街に戻った方がいいんじゃ……ここは樹海ですし、魔物もいつ出るかわからないですから」
「帰り道に魔物に遭遇するかもしれない。集中力の欠けた状態ではいかにブーツといえど見落としがあるかもしれない。我々は、かもしれない冒険を大事にする」
かもしれない冒険ってなんだ。
「だがミゼルの言うことも一理ある。樹海内で本当に安全な場所なんてない。あるとすればテントの中ぐらいだ」
テントの中も安全と言い切れないと思います。
「だから交代で見張りを行う。もちろんミゼルにもその役目はやってもらうぞ」
「それはまあ、わかりますけど……」
もうガッツリ寝るつもりなんじゃないの、この人。テント張ってまでしての体力回復とか。
「それじゃあテントを張るぞ。時間は待ってくれないんだ。いかに手早く、そして確実に張れるかが運命の分かれ道だ!」
何言ってんだこの人。
テントを張り終え、最初の見張り役となったので僕は簡易の組み立て椅子に腰かけながら周囲を見渡す。
四方を遺跡の壁に囲まれた小部屋。天井がないから鳥の魔物とかなら普通に入ってこれそうだ。
しかし、やっぱりこの休憩はなんだか納得いかない。いや、休憩自体はいい。大事だと思う。でもテントを張ってまですることではなかったと思う。
4時間歩いていたけども、そのうちの1時間近くは立ち止まっていた気がする。理由は執拗な確認だ。
最初の曲がり角の時のような安全確認。風で揺れた草影に魔物が潜んでいるかもと警戒し、足跡を見つけてはこの先で魔物と交戦しているかもしれないといって警戒し、果実を見ては魔物かもしれないと警戒し、ひどく緩慢な進みだった。だから本当に海都から全然離れていない距離だ。
「……交代まであとちょっとかな」
交代の目安として渡された砂時計を見れば、もう少しですべての砂が落ちきるところだ。次はシャーロットさん。
一ヶ月同じ場所に行って街に帰ってを繰り返していたと昨日不満をぶちまけていた彼女。今日一日だけですごくわかる。これはキッツイ。冒険が辛いとかじゃなくてストレスが凄まじい。
「ん?」
ふと視界の上の方で何かが動いた。
その方角に目をやると遺跡の壁の上に虎縞模様のネコがいた。
「……」
困った。
ネコはじっとこちらを見つめている。僕も目を離せない。
これは困った。
あのネコが、魔物か動物かがわからない。
街中には普通の動物がいた。ロバや馬、犬や猫など僕の時代でも知っている動物が。
一方海ではありえないサイズの鳥や魚が跋扈した魔境。だけどすべての魚が魔物というわけではない。普通の魚もいるらしく、海都でその味を楽しんだ。
だからこそ、あのネコが判断つかない。基準がわからない。
ただの野良猫なのか、それとも猫の魔物なのか。
ネコは音を立てずに壁から地面に降り立つ。
優雅な着地と共にこの小部屋へと入ってきてしまった。その視線は変わらず僕に向けられている。
今のところサエーナ鳥の時に感じたような敵意はない、と思う。
だからと言って動物と判断するには……大きい。大きすぎる気がする。
全長だけでいえば目測で僕と同じぐらいの大きさだ。
「……うなー」
敵意はないですよアピールに鳴いてみた。反応はない。ちょっと寂しい。
「……魔物、じゃない?」
一応銃に手を掛けているが、今のところは襲ってくる様子がない。ただ、優雅に歩いている。こちらに向かって。
人慣れしているただの猫?
「うなー……?」
せめて鳴き返してほしいところだ。こう、僕は猫です、魔物じゃないです。みたいな返答がほしいところ。いや、何考えているんだ僕は。
「うな───なぁぁあああ!」
突如、ネコが距離を詰めてきた。地を蹴り爪を立てながら飛び掛かってくる姿がゆっくりに見えた。
対処できるから、ではない。何も考えることもできないほどの危機感が突然襲ったからだ。
こいつ、魔物だ。
明らかにじゃれつく行動や、野良猫が人間に襲っているなんてレベルとは違う。
確実に命を奪い合おうと、いや、奪い合いなんかじゃない。この魔物にとって僕は敵と見なせないほどに力ない存在なのだろう。ただの餌として見られている。だから敵意がなかった。
餌だからといって、無抵抗でいるつもりはない。銃に手を掛けて警戒していたんだ。だけど
「───っぁ!」
銃を撃つこともできずに両肩に爪を喰い込まされながら、背中を地面に叩きつけられる。
マウントを完全に取られた。
組み敷かれると同時に首を噛まれなかったのは余裕からか。おかげでまだ命は繋いでいる。けども絶体絶命な状況は変わっていない。
「魔物g「せぇい!」
ペイルホースの人たちに魔物の襲撃を知らせるために、そして助けを求めるために声をあげようとした瞬間、体が軽くなった。
猫の魔物が体の上からいなくなった?
「ほら、さっさと立って!」
「は、はい!」
細い剣を構えながらシャーロットさんは猫の魔物と対峙する。
「オオヤマネコなんて凡人が一人で挑む相手じゃないってのに……! 怪我なんてしてくれて、最悪!」
わかりやすいほど不機嫌なシャーロットさんに、猫の魔物は回り込むように走りだした。
それに合わせてシャーロットさんも立ち位置を変えていく。僕を庇うように。
完全に足手まといだ。今の僕。
助けてもらってばかりじゃダメだ。銃があるんだ。僕も参戦しなくては。
「ぅぁ」
銃の引き金に指を掛けようとしたとき、猫の魔物が進路を突然変えて跳び上がった。回り込んでいたからまだ距離は詰まらない、なんてわけのわからない意識の虚をついてきた。
飛び掛かる猫の魔物は、
「よそ見してんじゃない!」
横から間合いを詰めたシャーロットさんに盾で殴り飛ばされた。
「え、えぇ……」
サエーナ鳥戦の時のポルックスさんといい、今のシャーロットさんといい、この時代の人たちちょっと逞しすぎない?
あの魔物、僕と同じぐらいの大きさだったのに盾殴りで対処できちゃうものなの?
唖然とする僕を尻目に彼女は倒れた魔物に剣で斬りかかる。
……剣が燃えてる。
さっきまで普通の剣だったのに何あれ。
燃える剣に対し魔物は、すぐに体を起こして斬撃を跳び避けた。
完全に回避できたわけではないようで、魔物の毛が宙に舞い燃える。火は魔物に残ることはなかった。
シャーロットさんも魔物も互いの敵を見つめている。
猫の魔物は僕を餌としてしか見ていなかったが、彼女は危険な存在と認識したのだ。そして彼女もまた、魔物相手に油断しない性格なのだろう。剣と盾を構える姿は素人目だけども隙がない。
まるで一人と一匹の決闘。
なので僕は銃を撃った。
「……」
「あ、よかった。あたった」
雰囲気が決闘のようだったけど、別に今は決闘とか試合をしているわけじゃないし。
さすがに完全に注意が逸れていたら当てるのも難しくない。サエーナ鳥の時と違ってあの猫の魔物には銃の一撃は重たかったようだ。銃声と共に倒れるほどに。
「え?」
突如、倒れた魔物の体が火に包まれた。さっきのシャーロットさんの火? それにしてはタイミングがズレすぎでは。
まさか魔物の不思議パワーか、と驚愕したけどそこから攻撃はこない。
「なんで燃えて……」
言い終わる間もなく、火はすぐに消えた。
わけがわからない。なんだったんだ今の。
ファンタジーゲームのように魔物は倒れたらすっと消えていくのかとも考えたけども、火が消えた後も猫の魔物は残ったままだ。消し炭になるほど燃えたとかではなく、ほんの一瞬火に包まれただけのよう。
「今のは気にしなくていいわ」
「燃えたの、ですか?」
「そう。あんたの銃弾で薬品が反応しただけだから」
「はあ……痛」
安心したからか両肩が痛む。
そういえば今の猫の魔物の爪で攻撃されてたんだった。ジクジク痛むし血が出て……
「やば……」
「どうしたのよ。もう見張りはいいからあんたは休んどきなさい。オオヤマネコにあんな近づかれてた奴に見張りなんて任せてられないし」
樹海には魔物がいる。出血。
サエーナ鳥は出血に対して反応していた。ここにサエーナ鳥はいないけど、魔物はいる。
もしもサエーナ鳥と同じ反応をここの魔物もするとすれば……
「…………あれ?」
何も、感じない。
敵意とか、害意とか、そういったものを感じない。
それに遺跡の様子も変わりなく、どこかで魔物が暴走しているとかそういった気配もない。
「さっきから何してんのよ」
「あ、いえ……魔物が一気に来るんじゃないかって思って」
「? わけがわかんないわ。何、もうペイルホースの連中に毒されたわけ?」
「いえ、そうじゃなくて。経験上……」
「いいからさっさと休んでなさい」
ぐいぐいとテントの方向へ背中を押される。流されそうになるけどこれは伝えておかないといけないことだろう。
「僕、魔物に狙われやすい体質みたいで。出血すると離れていても魔物が狙ってくるんです」
「ふーん」
「だから魔物が押し寄せてくる可能性が……」
「もう他のやつらに毒されちゃったわけ? 変な心配してないで休みなさいっての」
聞く耳持たないとはこのことか。
でも確かに心配のしすぎかもしれない。サエーナ鳥だけが特別で、他の魔物は出血に過剰反応しないのかも。考えればさっきの魔物も出血していた僕よりもシャーロットさんを途中から見ていた。サエーナ鳥は執拗に僕狙いだったけど。
今のところは狙われている感覚がないとはいえ不安な気持ち。
そんな気持ちのままテントで体を横にすることにした。
ミゼルさん出血時のこれまでの魔物の反応
かみつき魚「かみつく、故に我あり」
オオヤマネコ「弱そう。後で食いちぎろ」
サエーナ鳥「絶対殺す」
シャーロットさんのクラスはすみません。4のソードマンです。3のクラスじゃなくてすみません。
ソードマンが好きだからって理由じゃないんです。本当なんです。一人でほとんどの属性カバーできつつ安定したステータスなクラスにしたかったんです!
次話でようやく原作に登場するメインキャラがでます。
……展開がゆっくりだ!