とんでもなく寝過ごした   作:横電池

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霧を運ぶ船
14.海賊風の男


 

 

 

 

 

 あの怪物は霧を運んできた。

 

 

 そうとしか言えない。この霧の海で視界が悪いのはいつものことだ。だが、さらに濃い霧に包まれた途端、あいつがやって来たのだ。

 霧の中から現れ、霧の中に姿を隠し、霧の中から俺たちについて来ているのだ。この濃霧が晴れない限り、この追跡は終わらないのか。

 

 ああ、今ならわかる。この海を覆う霧はあの怪物が生み出したものなんだ。

 

 隣からギチギチと、ブチブチと、音が聞こえる。

 まだ腹を空かしているのか。満腹になったところで次の蟲が来るだけか。

 

 気が狂うような恐怖の中、未だに意識が残っているのは幸運なのか不幸なのかわからない。だがまだ生きている証でもある。意識を失えば次の餌は俺だろう。気を失った奴から順に喰われているのだから。

 だが、食い物がなくなればどうなるかわからない。

 どうせ喰われるのなら、気を失った方がいいのではないか。ダメだ、悲観的になるな。

 

 正気を保つのだ。この記録に集中するべきだ。

 記録を書いている間は襲われない。喰われない。

 書き終わったらダメだ。書き続けるのだ。そうだ、いつまでも記録をつけていれば喰われない。だからいつまでも書き続け─────────

 

 

 

    難破船に遺された航海記録より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小高い丘の上に広がる町並み、交易都市バタビア。

 その名の通り、交易の中心地とも言われる都市だとかで、世界中の交易品が集まる場所だったとか。町の中央には遠目からでもわかる大きな風車が見えた。

 

 交易の盛んな都市……もっともそれは、100年前までの話で。今では海都と辛うじて繋がりを持つか、同じ島にある街と交流がある程度。

 

「ジャイルズさん、バタビアには寄らなくていいんですか?」

「はい! まっすぐ目的地に行きましょう! あの海賊をこてんぱんにしてください!」

 

 依頼人の指示の通り、今はバタビアをスルー。

 でもバタビアに寄って海兵に報せた方がいいと思うけども。

 

「まあ荒事はシャーロットさんに任せればいいか……」

 

 割りとひどい考えに思えるけど、本人はむしろ乗り気なのだ。

 とりあえず彼女は立派なバトルジャンキー。

 

 そういえばジャイルズさんの妻、アガサさんは元剣士らしい。荒事は女性陣に投げかねないこの船旅。

 

 

 

 

 港長からもらった海図を確認しつつ、霧の中を進む。

 

 バタビアとの交流があるおかげかこの辺りの情報は信頼性の高いものらしい。だからといって全面的に信じてはダメだけど。渦潮とかあるかもだしね。

 

 とはいえもうすぐジャイルズさんたちの小島が見つかってもいいはず……

 

「あ……」

「見えました! あの島です!」

 

 あらかじめ小島とは聞いていたけど、かなり小さい……パッと見25mプールよりは少し広いめかな。

 島の外観も一軒の小屋があるだけで他は何もない。こんなところで本当にいいのか、この人たち。ていうか霧に包まれていて危険なんじゃ……あれ? よく見たら島には霧がない……? 少しだけ見通しがいい気がする。

 

 そんな島の脇に、小舟が1隻。

 

 ……あれがもしかして海賊の船? 漂流者が乗ってた船と言った方がしっくりきそう……

 

「やっぱりまだいるなんて……海賊め、私たちになんの恨みがあって……!」

「家の中にある私たちの日用品を使って生活しているんじゃ……高い農具もあるのに……!」

 

 やっぱり例の賊の船なんだ。船があるってことは、まだ島にいるのだろう。となれば僕らが来たことは丸見えか。

 

「と、とりあえず……まずは交渉ですね」

 

 相手が海賊かどうかはともかく、まずは話し合いだ。一応荒事を想像しちゃってはいるけど穏便に済むならその方がいい。

 

 ……海賊って聞くとザビィさんたちを浮かべちゃうから悪し様に思えないんだよね。

 

 船を着けて島に橋を架け、小屋へと全員で足を進める。ジャイルズさんだけやや遅れ気味。

 

「ジャ───」

 

 ジャイルズさんは船で待ってても大丈夫……と言おうとした瞬間、銃声が鳴った。

 

 

 僕の銃じゃない。ということは、

 

 

「ここには来るなと伝えたはずだが」

 

 

 例の海賊だ。

 

 話し方には威圧感などを感じない。言い聞かせるような、優し気な話し方。

 だけどその手に持つものは優しさを感じない。銃だ。そして腰にはレイピアらしき剣が下げられている。

 

「勝手なことを言わないで!」

 

 アガサさんが怒鳴りながら言い返す。

 

「ここは私たちが身を切り崩して買った場所よ!」

「そんなこと関係ない。命が惜しいならバタビアに戻れ」

 

 海賊は聞く耳持たぬといわんばかりだ。

 

「もう一度言う。命が惜しいならバタビアに戻れ……俺は銃が下手でな。次撃てばどこに当たるかわからない」

 

 向こうは話し合いをするつもりがないようだ。そして彼女も、

 

「銃が下手なら剣で付き合ってあげる」

 

 シャーロットさん、もう突っ込んでいっちゃう……ていうか速……

 10mぐらいは距離があったはずなのに、一足、いや二足飛びで細剣の届く距離だ。

 

「───っ!」

 

 銃が下手だというのは本当なのか、咄嗟に発砲するでもなくレイピアの鍔で攻撃を受け止めた。

 

「随分と勇ましい」

「そりゃどうも!」

 

 シャーロットさんは応対しながら海賊から少し距離を取り、すぐさま切り返して派手に足をあげて踏み込んだ。あげられた足によって土が蹴りあげられる───海賊の顔に向けて。

 

「くっ……身なりからどこかの騎士かと思えば、騎士らしからぬラフなやり方だ……!」

 

 土を蹴りあげての目潰し、そこからの斬撃。一連の動きを男は大きく下がって回避した。この人もとんでもなく速い。1回のバックジャンプで5mぐらい跳んだ気がする。しかもそこから体勢を崩すことなくレイピアを構え出すし……人外大戦かな?

 

 距離が離れたけども男は銃を構える気配はない。すぐにシャーロットさんが距離を詰め……切る前に男は一定距離を保つように離れた。

 

 それが数度、繰り返される。

 

「ちょこまかと……!」

 

 苛立ち始めているのがわかる。ついつい2人の戦いを魅入ってしまったけど僕も参戦しなくては。

 遅れながら銃を構え、

 

「余計なことはしなくていい!」

「へぁい!」

 

 シャーロットさんに怒鳴られた。え、なんで。ビックリして素直に返事しちゃったけど。

 

「あ、あの人大丈夫なんですか……?」

 

 今のやり取りに不安を覚えたのか、ジャイルズさんが恐る恐るといった感じに聞いてきた。

 

「……」

 

 答えたいけど答えれない。わからない。

 

 今のところ負けそうな雰囲気はない。攻撃を防がれては距離を取られてを繰り返しているけど、時折くる海賊の反撃もあっさり凌いでいる。

 

 苛立ってはいるけどそれで不利になる、なんてないと思いたい。

 

 突然、男はシャーロットさんに背を向けた。

 

「な……逃がすか!」

 

 彼女は呆気に取られるも、すぐに追い駆ける。

 でもこんな小さな島ではどこにも逃げ場はないのに。

 

 そんな考えを消し去るように、男はある場所へと辿り着いた。

 

「あ、あいつ! ま、ままずいですよ! 船に!」

「これ以上あの男が変なことをする前に、私も戦います!」

 

 ジャイルズさんの焦り声とアガサさんの参戦を表意する声。

 

 海賊が僕らの乗ってきた船へと飛び乗ったのだ。

 

 船で逃げる気? いや、ありえない。波に持っていかれないように錨はおろしてあるんだ。悠長に錨をあげている時間なんてシャーロットさんが許すはずない。

 

 男は甲板に足をつけると振り返り、レイピアをどっしりと構える。

 逃げる気など全くない佇まい。さっきまでと全然違う。

 

「鬼ごっこは終わりなわけ?」

「ああ」

 

 シャーロットさんも甲板に乗った。もうあの2人なら一足飛びでお釣りがくる距離。

 

「そうだ。気をつけた方がいい。船の上は揺れるからな」

「言われるまでもないわ」

「だろう、なっ!」

 

 船上の交錯は海賊から始まった。

 迫る刺突を剣でいなし……

 

「この……!」

 

 姿勢を崩した。シャーロットさんが。たたらを踏むように不安定な足取り。

 

「頭でわかっていても身体はついてこれない。船上での経験の差は埋められんよ」

「調子に……!」

 

 男はレイピアを横に振りかぶった。2人とも同じ船上のはずなのに、バランスの差が見ててよくわかる。このあと強い横凪ぎが来る。一方でシャーロットさんは揺れる足場に対応しきれていない。横凪ぎに対し盾で防ごうと構えるので精一杯だ。

 

「な……!?」

「インザダーク、ってな。ただのイカスミソースだが」

 

 横凪ぎをする直前、海賊は黒い小袋を宙に投げた。そしてレイピアの横凪ぎを小袋にのみ放つ。

 

 裂かれた袋から黒い液体が飛び出し、シャーロットさんの顔を染めた。これは、目潰しだ。

 

「目が……あぅ!?」

 

 視界を奪われた彼女の手を男は蹴り、剣を落とさせた。

 

「こいつは預かっておく。バタビアで待っていれば返すから安心するといい」

 

 シャーロットさんの剣を奪われた。

 海賊はそれで満足したのか船から降りる。

 

「このぉぉ!」

「勇ましい奴ばかりだな」

「アガサ!」

 

 アガサさんが雄叫びをあげながら斬りかかった。だがそれもあっさりと避けられ、男はシャーロットさんの剣を振りかぶる。

 

 それでアガサさんに攻撃するつもりか。さすがにもう僕だって手を出す。銃弾を出す、銃から。

 

 撃ちだされた銃弾は剣の根元へと掠めた。剣に当てると壊れちゃうかもだしね。とにかく掠めただけだけど、剣を握る手に衝撃は伝わっただろう。

 

「次は身体に撃ちます。アガサさんから離れてください」

「……気持ち悪い奴だな」

 

 ひどい。

 何故僕には悪口。もう警告なく当てるべきだったかちくしょう。

 

「俺はお前たちに嫌がらせをしたいわけじゃない。さっさとバタビアに戻れ」

「追いだそうとしている時点で嫌がらせだと思うんですが。あと僕たちはアーモロードから来ました」

「……アーモロード? バタビアには寄らなかったのか? 一度も?」

 

 なんだ。突然雰囲気が変わった。

 

「何も知らないままとはな……。だが、俺のやることは変わらない。お前たちは去れ。納得ができないというのなら、一度バタビアに行け」

「へ? うわっ」

 

 弧を描くようにシャーロットさんの剣を放り投げてきた。

 

 それよりもだ。何かここに居座る理由があるということなら今教えてほしいものである。

 

「納得できる理由があるのなら教えてほしいんですが」

「バタビアで聞いてこい」

「今教えてほしいんですが」

「俺はもう寝るから無理だ。疲れたんでな」

 

 なんだこの男は。

 

 さっきまでの戦う気満点だった姿はもうどこにもなく、大あくびをしながら小屋へと歩いていく男。こちらの質問に答える気はもうないらしい。

 ていうかまだ昼間だよ。お昼寝かよ。

 

 どうしよう。今なら隙だらけだし、撃ってしまえば解決……?

 

 ………………なんでそんな物騒な解決案が出てしまったんだろう。海賊っぽさを無意識に求めてしまったのか。

 

「ミゼルさん……?」

「……一度バタビアに行きましょう。シャーロットさんの目も心配ですし」

 

 背後からのジャイルズさんの声で考え込んでいたことに気づいた。

 自分の思考について長考するって意味がわからない。

 

 まあそれよりも、シャーロットさんの目に入ったイカスミだ。一応毒とかないか街で診てもらった方がいいだろうし、それにバタビアで何かがわかるかもしれないし。

 

 シャーロットさんもアガサさんもこれ以上戦うのは危ないだろう。銃で戦うのは、うん、命の取り合いに近づいてしまうし、うん。忌避すべきことなはず……

 

 

 なんだか自分がおかしい気がしてきたけど、とにかくバタビアへ戻ることにした。

 

 

 

 

 




 

海賊風な男は次話で名前が出ます。その時に後書きで紹介。一応原作の共闘NPCです。

というわけでバタビア編です。
実は書き溜めはバタビア編終わりまでしか書けていません。本当ならもっと先まで溜めてから投稿したかったのですが、13話で更新止まってるのがなんかね……13って不吉だし……?

というわけでバタビア編まで連日投稿です。
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