意思を持つかのように纏わりついてくる霧が鬱陶しい。
見えるのは霧、霧、霧。
聞こえるのは雨の打つ音、波の荒れる音、船のきしむ音。
「て、点呼とります!?」
視界はもう諦めるしかない。せめて音は何か、人の手を入れたい。
それに全員の状態を確認したい。そもそもドレークさんの船と僕の船、どちらに誰が乗っているのかぐらいは把握したい。
「シャーロットさーん!」
「何!」
よし、いる。次は、
「キリカゼさーん!」
「ここに」
かっこいい!!!
「ヴィクトリアさーん!」
……返事がない。ドレークさんの船にいる、はず。
ドレークさんの船とは時間をあまり開けずに出発したのに、霧のせいで完全に見えない。ただひたすらに東へ行けば合流はできると信じるしかない。
「アルバートさん! ベンジャミンさーん!」
……この2人も返事がない。ロイヤルガーズは3人で動いているだろうからむしろ安心だ。
あとは、一応確認しておくか。
「デザート! ナックルー!」
「無事だ!」
「私は呼び捨てなわけね」
いやがった。
ということは、アーモロードを出た時と同じ船の割り当てだ。
ドレークさんの船にはロイヤルガーズ。僕の船にはシャーロットさん、キリカゼさん、他2名。
「! 信号弾!」
濃い霧の中、微かに見えた上空からの光。周囲に知らせを放つ信号弾だ。
ということはその方角にドレークさんの船がある。合流しようということか。
「今の光、怪しいで御座る」
「信号弾です。たぶん合流を呼びかけて……」
「これを」
横からぬっと手を出される。その手が示すのは羅針盤。
光が出た方角は、羅針盤を見るに西からだ。
「我らは東に向かうことにした。それがしの記憶が正しければ、あの御仁の船はこの船より先に出たはずで御座る。西は逆方向、彼らの船とは考え難い」
「……っ」
また照明弾があがる。
方角は同じ、西からだ。まるで僕らを呼ぶように。
そうだ。やつらは船の装備も使える。
「敵は西方向から! この船の背後!!」
騙されるところだった。誘いこまれるところだった。
背後はまだ霧しか見えない。だけど突然霧の中からあの幽霊船が姿を見せるだろう。ここでの僕らの目的は撃破じゃない。逃げることだ。
「キリカゼさん、船から船へ跳び移ることってできますか」
「……ミゼル殿の期待に応えたいところであるが、跳び移ることは無理で御座る」
さすがのニンジャでもやっぱりダメか。コミックのようにはいかないか。
「この鉤縄で移ることは可能で御座るが……」
「すっごい!! かっこいい!!」
「う、うむ……」
滅茶苦茶カッコいい……
下げて上げるなんてキリカゼさん本当に、もう、好き!
「船の姿が見えたらお願いします!」
「任された。それがしの携行する火薬で足りればよいが……」
「火薬、ですか……それはちょっと不味いかもですね」
この天候のせいで湿気ってそうというのもあるけど、爆発はまずい。クラーケンの外装を完全破壊するのは不味いから、できれば砲台のみを破壊してほしい。
「しかしそれがしの短刀では砲台崩しは困難なこと」
「俺なら問題ないな」
メイスを片手にナックルが自薦した。
メイスで叩き壊す気か。キリカゼさんの短刀よりは可能性が高い。
「ふむ、ではそれがしはナックル殿の露払いを任されよう。先に船に乗りこみ、周囲の蟲を無力化させる」
「デザート、俺の活躍見ててくれよ!」
本当にあの女のどこに惹かれるの? まあ動力源はなんでもいいか。状況打開が見えてきているのだし。
「私も───」
「あんたは私とお留守番。この船が蟲で満員にならないように出入り管理よ」
脳筋をデザートが止める。
その様は熟練の戦士だ。なんで最初からその雰囲気を出せないのか。
「シャーロットさん、それでお願いします。この船が沈められたらキリカゼさんたちもおしまいなんです」
「……わかったわ」
「ありがとうござい──────また信号弾……! これは……!?」
再び見えた信号弾の光。
だけど今度は出てきた方角が違う。西ではなく、北。
どうする、北へ向かい合流を優先するか? だけどこれは本物か? また奴らの手口じゃないか?
悩む脳裏に浮かんだのは出発前のやり取りだった。
『ドレークさん、進路は!』
『ひたすら東だ! ここまで来たら奴からもう逃げられん! 霧の中を突き進め! いいか! ひたすら東だ!!』
『はい!』
ダメだ。
ひたすら東だ! ドレークさんとの付き合いはほとんどないけど、それでも彼は途中で方針を変えるような人ではないとわかっている。言葉が足りないことも多々あるけど、あの人がひたすら東と言ったのであれば一心不乱に東へ行くべきだ!
「今の信号弾も! 敵です!」
西だと思ったら次は北。どんな船の推進力だ。いや、船じゃないか。イカ相手だもの。
風の力でも海流の力でもない。怪物の力で動いている相手だ。機動力なんて負けているに決まっている。
「予定通り! 奴の姿が見えたらキリカゼさんとナックルは乗りこんで砲台の破壊を!」
「承知!」
「ああ!」
舵を握る手に自然と力がこもる。これは武者震いというやつだろうか。震えていないけど、負けられないという高揚感が強い。
「シャーロットさんとデザートは2人が戻って来るまでこの船の死守!」
2人は言葉で返事せずに剣を抜いた。正直口調が被っているから2人はそれぞれ違う反応でお願いしたい。
僕は2人が乗りこんだら幽霊船からつかず離れずをキープするため変わらず舵取りだ。
どこから来るか、もう予想できない。突然霧を裂いて姿を見せるかもしれない。
「来たぞ!」
ナックルの見ていた方角、そこに霧の塊が迫っていた。僅かに船首を覗かせる形。霧の塊は変化し、広がっていく。それと同時に船の姿を晒し始めた。
幽霊船は以前見た姿と変わらない。
どこから来るかわからない状況より、見えていた方が安心だ。まずは砲台の破壊、そのため船を寄せる!
距離を詰めようとすると、幽霊船の砲台から轟音が響く。中心の砲台、たしかドレークさんが言うにはサンダーカノンだったか。
やはり砲手は下手くそだ。この船にかすりもしない。しかし海面にぶつけられた衝撃が波となって暴れ狂う。
船の激しい揺れに堪えている最中も幽霊船は動きを止めない。次に来たのは船員である蟲だった。蟲がこの船に向かって飛んできて……弾けた。
「何!? 自爆!?」
「捨て身の特攻って流行ってんの? キモすぎて引く~」
「ひどく船を汚して……!」
あのイカやろうめ。雨で流れ落ちないかな蟲の体液って。
「……蟲が蟲を投げ飛ばしてんのね」
「仲間意識無しだな!」
攻撃方法としてはひどいものだけど、砲撃より精度が良さそうだ。もちろん砲撃より威力は低い。それでも人体に直撃すれば、大怪我は間違いない。場合によっては海まで一直線だ。
「あれも放置は不味いで御座るな」
「無理はせずに!」
「任されよ。ナックル殿、これを」
そう言ってキリカゼさんは鉤縄の端をナックルに渡してから、鉤爪の方を2つ、幽霊船に向かって投げた。
引っ掛けたと同時にキリカゼさんはすでに幽霊船の船体へと移動を開始。そこからひょひょいと登っていった。
「あんたも行け!」
「お、おお!」
デザートに叱咤されてナックルも続く。ニンジャのキリカゼさんと比べると……よじ、よじ、といった擬音が似合いそうな登りっぷり。
「かっこわる」
「さすがに辛辣すぎる……キリカゼさんが特別かっこいいんですよ」
幽霊船の船上ではすでにキリカゼさんが戦いを始めている。この位置からではたまにしか見えないけど、まさに風のような速さ。彼女が短刀を振るえば蟲の手足が斬り飛ばされる。
投擲してきた蟲を優先して狙ってくれているのか、こちらへの被害はわかりやすいぐらい減っている。が、無くなってはくれない。
「キモすぎて近づきたくないんだけど」
「触られずに斬り捨てればいいだけじゃない。まあ、キモいけど……」
幽霊船から無造作に跳び移ってくる蟲の大群。そのほとんどが海に落ちていくが、何匹かは甲板に着地した。
放電しながら迫るカメムシもどきにシャーロットさんは樽を投げつけ、樽ごと上から蹴りつけ海に落とす。
……樽の中にいれてたキャベツの塩漬けが周囲に散らばってしまった。
横から迫るカミキリムシの触角を避けながら切り落とし再び蹴り。
「私、なにもしなくても良さそうじゃない?」
「この状況でよく言えますね……!」
甲板には行かずに隣にいるデザートは本当に……!
今のところシャーロットさんは危なげないけど何が起きるかわからないんだから、せめて甲板に───ぃ!?
「あっぶな。蜻蛉もいるのね」
眼前に突然現れた───いや、凄まじい速度で接近してきた蜻蛉の羽根をデザートが事も無げに切り落とした。
「ほら、ちゃんと舵取りなさいよ」
「う、うっす……」
甲板に行かれてたら僕の頭部は無くなってた……
デザートは構えている剣に手を添えると、刃がほんのりと青く煌めく。その色から冷気が纏い始めたかのような印象だ。手につけているのは、あの籠手だ。実際にその力を目の当たりにして思う。何この不思議アイテム。
「そういえばあの島、財宝があったのよね」
「え? はい、そうですけど」
「じゃあこの籠手は報酬にはならないわね」
「へぁ!?」
このやろう、突然何を言い出すんだ。
「言ったじゃない。財宝がなかったら、籠手をあげるって。財宝があったのなら籠手はあげられないわ。あのシノビにも確認してみなさいよ」
「は、はぁ!?」
こんなときに抗議したくなるようなことを言い出すな、このやろう!
「どうしたの!」
「なんでもないわ、そのままがんばってね~」
「なんかムカつくわね!」
え、じゃあ何? デザートの依頼は報酬無し? 詐欺じゃん!?
「ってうおおう!」
「っと、なんか数多くなってない……っ!?」
また蜻蛉が強襲してきた。羽根つきの蟲がいるのは不味い。ドレークさんの言ってた通りなら僕狙いなんだ。だから羽根つきは直接こっちへ来てしまう。
蟲の数が増えていく中、幽霊船の甲板から砲台が床板ごと海へ投げ捨てられた。
見える範囲の甲板の砲台は今ので無くなった。だけどまだ船体に備えられている砲台は残っている。その破壊のためには船内へ行かないといけないはずだ。
キリカゼさんたちが船内へ行くということは、甲板の蟲がフリーになる。
「……キリカゼ! ナックル!」
隣でデザートが叫んだ。その声は凛としてよく通るもの。この荒れた海であってもはっきりと聞こえるほどだ。
「デザート、どうした!?」
「船内にはナックルだけで行け! キリカゼは船上で蟲の対処! 砲は最低でもあと7門は壊すこと! 中でも中央の砲は絶対に壊せ!」
「任せろ! キリカゼ、ここは頼んだ!」
「承知」
……誰だこの人。急激に指揮能力が高くなって、もう別人に感じてしまう。口調まで変化してるじゃん。
「ナックルだけで大丈夫なんです!?」
「キリカゼも行ったらこの船が耐えられない。今でもう限界なんだし。それより今は奴との距離に集中しろ。この距離より近づかれたら蟲が雪崩れ込んで来るから」
「い、いえっさ!」
「ま、シャーロットの様子を見てるとまだ対処できそうだけどね。むしろこっちの方が……!」
頭を掴まれ無理矢理下げられる。真上で空を切り裂く音と蟲の羽音が聞こえた。
「あんた狙われ過ぎ! 甲板に私がいけば良かった!」
「ご、ごめんなさい!」
狙われやすくてごめんなさい。
シャーロットさんが戦う甲板の蟲も僕を狙って動いているし、凄まじい吸引力だ。甲板の蟲はここまで来れないから蜻蛉しか来てないけど、その蜻蛉が普通に脅威だ。速すぎる飛行速度で一気に襲ってくる。
デザートの愚痴が聞こえたのかシャーロットさんが周囲の蟲を蹴りながら駆け寄ってきた。
「交代!」
「おっけ! そうこなくっちゃ!」
すれ違い様にデザートがシャーロットさんの剣に手で触れた。
「知ってたけど、便利なもん、ね!」
すかさず冷気の纏う剣で蜻蛉を裂く。指揮能力がない代わりに戦闘能力はシャーロットさんのが上のようだ。脳筋は伊達じゃない。
それにしてもまだなのか。砲台破壊に時間が掛かりすぎじゃないか。いやに時間が長く感じてしまう。まさかナックル、中でやられてないだろうな。様子がわからないというのはもどかしい。
蟲の数は減る様子がない。幽霊船の上も、この船を襲う数もきりがない。
がきんと金属同士がぶつかり合う音が幽霊船から聞こえた。
漸くか、どの砲台だ。サンダーカノン破壊ができたらもう戻ってきてほしい。
続いて海に蹴落とされる脇の砲門。中央のサンダーカノンではない。
デザートの指示は7門の破壊。あと6門も……?
「すまん! 少し手子摺った! すぐに他のも壊す!」
砲のあった場所から顔を出したナックルは少し怪我をしていた。中も蟲だらけか。そりゃそうか。
「頭を下げる!」
「おぼ!」
デザートといいこの人といい、叩きつける感じに下げさせるの首が痛い。それだけ緊急性があるとはわかってるけど。
羽根を切られた蜻蛉が海へと落ちていく姿を確認して顔をあげる。とにかく今はひたすら耐えることしかできない。
本当にナックル、早くして。
次のお話は三人称になります。
ドレークさん側、船内側に視点が移るため(´・ω・`)