幽霊船の主砲、サンダーカノンが船首ごと、海の藻屑となった。
ナックルの力によるものじゃない。海から、別の方向から、砲撃が飛んできたためだ。その砲撃がサンダーカノンを破壊した。
巨砲を破壊する衝撃の余波は海面を伝い、僕らの船にも容赦なく襲いかかる。激しく船体が揺れ、果てには一瞬宙に浮き上がっては海面にぶつかるほど。
軋む音が船内から聞こえたあたり、この船は長く持たないかもしれない。港長に怒られる覚悟はしておこう。
船の状態も心配だけど、今はそれよりも砲撃だ。
まさかドレークさんの船からか。
砲撃が飛んできた方角は霧深く全然見えない。ドレークさんの今回の船は大きかったし輪郭ぐらいは見えないかと期待したけどダメだ。
まさか見えない距離からぶっぱなした? だとしたら危険すぎる。僕らに当たりかねない砲撃じゃないか。
それとも僕らに気づいていないとか?
「───」
砲撃のあった方角から人の声のようなものが聞こえた。
「やっぱり沈んでねぇですぜ!」
「だろうね! 次弾はやく用意しな!」
男の声と女の声。
ていうか、この声は……聞いたことがある。僕の想像通りならあとひとり、男がいる。
「姐御! 砲撃はまずい! 幽霊船のやつ、どこかの船を襲ってやがる! 撃つと巻きこんじまう!」
「なんだってぇ!?」
やっぱりだ。やっぱりあの人たちだ。
「くそったれな幽霊船を沈めるクロスジャンケ海賊団のザビィ様だ! 聞こえてるなら追われてるやつも名を名乗りな!」
この時代で僕に戦い方を教えてくれた、義賊を名乗るクロスジャンケ海賊団。
こんなところで再会するなんて思ってもみなかった。ほんの1週間ちょっとぶりなのに、すごく懐かしく思えてしまう。
「聞こえてないのかい!? それとも怖くて声がでないのかい!?」
「無理もねぇ。幽霊船に追われてりゃなぁ」
「姐御、もっと優しく声かけてやりやしょうぜ」
「自分の名ぐらい力強く名乗ったらどうだい! 名前も言えなくっちゃ自分を見失うってもんだよ!」
ザビィさんの声はもちろん、もはやイビールさんとガブラーさんの声もよく聞こえる距離だ。
「めちゃくちゃ好き勝手言ってくれてるじゃない、あいつら……! こっちは蜻蛉の相手で忙しいってのに!」
戦っている人たちは余裕がない。舵取りをしている僕も蜻蛉が集中狙いしてくるので余裕は少ないが、他の人よりはましだ。それに知り合いでもあるんだし。
「ザビィさーん! 僕です、ミゼルです!!」
さすがに1週間とちょっとで存在は忘れられていないはずだ。
返事を向けた先から徐々に船の姿が見えてきた。サンダーカノンを破壊するような砲を備えているような船ではない。というか……前と同じ小さな漁船だ。だが漁船には似つかわしくないものが船頭にある。大砲ではあるが、今まで見てきたものより砲身が短く口が大きなもの。威力を追求し、砲弾を大きくした代わりに射程を犠牲にした火砲があった。
「姐御! ミゼルだ!」
「ガブラーさんもイビールさんもー! ご無沙汰ですー!」
気づいてもらえたようだ。何故ここにいるのかが気になるけど、今はザビィさんの砲撃を止めてもらわないとまずい。幽霊船の砲を破壊してくれたことは助かったけど、幽霊船自体の破壊はまだダメなのだ。あと威力がすごすぎるせいでこっちの船が余波でヤバイ。
「カロネード砲の装填早くしな。狙いはミゼルで」
「へい! …………へい?」
何てことを言ってるんだあの人は。
「ザビィさん!? 僕です、僕です! クロスジャンケにつりあげられたミゼルですー!!」
「黙りな! 何がご無沙汰ですーだ! 海都の迷宮に行かずにふざけてんじゃないよ! なんのために船から降りたのかわかってんのかい!?」
返す言葉がないけど今は見逃してほしい。責めるのは一段落ついてからにしてほしい。
「い、いろいろと事情があるぅ───ぅ!? く、首が痛い、です……」
「この忙しい時にどうでもいい会話してんじゃないわよ! キリカゼたちが戻ってきた! はやく幽霊船から距離を離しなさい!」
今首がグキッて言わなかった? 大丈夫、僕の首ちゃんと繋がってる?
首について心配は置いといて、キリカゼさんとナックルが戻ってきたのなら離脱だ。飛べない蟲だけでも来れなくなれば少しは息つく暇ができる。
しかし距離を開けると言っても……この天候の中じゃマストを広げるのもまずいし、そもそも化け物船相手だ。
「積もる話は後にしてやるか……ガブラー! イビール! 狙い、幽霊船! もうよく見えてる距離だ! どてっぱらに大穴空けてやりな!」
「アイアイサー!」
大砲の音とともに幽霊船へ砲撃が襲う。宣言通りの船の横腹狙い。船壁を粉砕されてもなお、沈まないのは中のクラーケンによるものか。
「普通はもう沈むもんだぞ!?」
「なら沈むまで撃ちこむまでさ! 次、さっさと用意しな!」
「ザビィさん! まだ沈めたらダメです! 幽霊船の中身の動きを制限するために!」
「あぁ!?」
ザビィさんたちはクラーケンについての情報を持っていないのか。いや、持っていたとしても、急遽この作戦が決まったのは少し前だ。その作戦会議の場にいなかったらわかるはずがない。だけど砲撃は止めてもらわないとだ。
「姐御!」
「……構うな! 撃ちこみな!」
ザビィさーん!?
少しは聞く耳持ってー!?
なんとか止めるため声をあげようとすると、その上からデザートの声がかぶせられた。
「撃たせな! このままじゃ絡みとられる!」
まだ指揮官モードのデザートだ。猫かぶりモードならふざけんな、と怒っていたけどあの状態のデザートは正直頼れるとわかった。だから今の発言も、なんらかの根拠がある。
「うわ……!」
幽霊船との距離が離れてないのはもちろん、空いた大穴からは触手が何本も蠢いている。クラーケンの触手が外に出て、この船を掴もうとしている。
何も知らなければ、船から不気味な手が伸びてきたようにも見える。これも恐怖を煽る演出なのか。ゲテモノ生物め。
「撃てェ!」
さっきよりも大きく聞こえる声と砲撃音。
ザビィさんたちの船が距離を詰めて来ているためだ。
3度目のカロネード砲による攻撃、先の攻撃により空いた船の横腹、そのそばを襲った。穴をさらに大きくするように破壊は起きる。クラーケンという異物を中に住まわせ、船首に、横腹にと大きな穴を空けた船は転覆するように倒れた。甲板にいた蟲どもはすべて海へと落ちていった。
しかしひっくり返らずに、横になった状態で幽霊船はなおも動く。本来想定されていない船の運用。動かしづらいのか、速度が落ちているのが幸いだ。
「ザビィさん! クラーケン、幽霊船の本体を東にある遺跡へ誘い込みます! たぶんザビィさんたちもあいつに認識されました! 一緒に東へ来てください!」
「幽霊船の本体、ねぇ……いいだろう! 後で全部聞かせてもらうからね!」
「おい! クラーケンの奴、動きが変わったぞ!」
何故か丸腰のナックルが叫ぶ。
クラーケンの触手が自身の外装を確認するように動いている。まるで壊れていないか調べるように、壊れている部分は蓋をするように。
だけどあの外装は、すでに横に大きな穴が空いたのだ。下手すれば真っ二つになるような穴。
「まるでお気に入りのおもちゃが心配みたいな動きね……」
シャーロットさんの言う通りだ。もしもその心情が合っていたとしたら、お気に入りのおもちゃがもうどうしようもないほど壊れていると気づいたら、果たして奴はどう思うだろうか。
哀しみ嘆くか。
それとも怒り狂うか。
はたまた壊れたおもちゃを捨てて、新しいおもちゃを手に入れに動くか。
クラーケンが動きだす。
外装に巻き付いていた触手が、急速に締まる。その圧力に耐えきれず、幽霊船は砕かれ船としての役目を完全に終えた。
外装を捨てたクラーケンは深く潜り、姿を完全に隠した。
「に、逃げた……?」
「霧は馬鹿みたいに濃いままよ……」
ということは、まだどこかにいる。狙いもそのままに、姿を隠して機を窺っているのか。
クロスジャンケの船から板橋が掛けられ、ザビィさんたちが全員乗りこんできた。
「さぁ、どういうことか説明しな」
「幽霊船を討つためには東にある遺跡に───」
「そんなこと聞いてないよ!」
聞いたじゃん!
「なんで海都の迷宮に行くはずのあんたが海に出てんだい!」
「そっからですか……」
「どこの誰か知らないけど、自分たちの船に戻ったら?」
「あぁ? なんだいこの性格の悪そうなの」
「おぉん?」
今は言い争ってる場合じゃないと思います。
クラーケンの姿は見えないままだけど、この海域のどこかにいるはずなんだから。
「キリカゼさん、ナックル。もしもクラーケンが別の船を見繕ってきた場合、もう一度乗りこんで砲台破壊を任せれますか?」
「……悪い、俺はできそうにない。武器が壊れちまった」
「それがしも、忍具のほとんどが尽きてしまった」
忍具が滅茶苦茶気になる。今度見せてほしい。
ザビィさんとシャーロットさんがにらみ合ってる間に、次にイビールさんとガブラーさんに色々と確認。
「イビールさん、ガブラーさん。まだあのカロネード砲って使えます?」
「無理だな。弾がなくなったってのもあるし、あんなに連続で撃つのは初めてだったからな。反動で船の方がかなりガタついてきてやがる」
「ああ、だから俺たち全員この船に来たんだと思うぜ。姐御は教えてくれねぇだろうけど」
ふむん、と顎に手を添えて情報を纏める。
クラーケンが再び武装した船を見繕ってきた場合、砲撃への対抗手段はない。
「……やっべ」
やっぱりひたすら東へ行くしかない。遺跡にさえ辿りついたらいいんだ。
シャーロットさんたちの喧嘩を諫めようとすると、霧の空の向こうに色のついた煙が見えた気がした。発煙信号弾……色は黄色。
またクラーケンの罠……? 今回の信号弾の出た方角は東だ。
進行方向だけど、罠だった場合このまま進めば敵の間合いへ一直線だ。敵の脇をすり抜け遺跡へ、というのは難しい。少しでも迂回していくべきかもしれない。
だけど東はドレークさんたちの船が先行しているはずだ。だからドレークさんたちが出した信号弾という可能性もある。何かの注意喚起? それとも救助要請?
迂回するか、そのまま進むか。どっちを選ぶべきか。
悩む間を与えないとばかりに、爆音が波音をかき消し全体へと響いた。
先行するドレークの船では異常が発生していた。
この異常はドレークにとっては当初の、本当に当初の予定通りのもの。他の者にとっては最も避けたかった状態。
「食いつきやがったな」
ドレークの乗る大型船。その底部に怨敵であるクラーケンが組み付いたのだ。
船の底に自らを入れる穴を空け、異形の力を持って強引に船の主導権を奪い取っていく。
ドレークはこのクラーケンの行動を体験したことがあった。かつて海賊として現役だったころ、この手段によって彼と彼の仲間の船は沈められたのだから。そして、やつのおもちゃにされたのだから。
「どれぐらい時間があるかわかる?」
「20秒もあればいい方だな。……お前たちには申し訳ないことだ」
「構わないわ。これで海を覆う悪夢を討てるのなら本望よ」
「勇ましいことだ」
クラーケンが船底に憑りついてくることはわかっていた。奴が大きな船を好むことがわかっていた。
だからこそ、彼は大型船を用意した。
クラーケンが自ずと選ぶ形状を、そして主導権が奪われても問題ないように、少数でも運用可能な張りぼての船。外面こそ立派な船だが中身はお粗末な船だ。当然武装もなく、ただクラーケンを誘い込むだけの船。
しかし船に何も積まれていないわけではない。
中には大量の火薬が、毒が、いくつもの刃が積まれていた。そして船床にはどこも油が染みこませてある。
どこかで火を落とそうものなら、中に積まれている火薬にまで届き爆発を引き起こす。爆発は周囲の刃物を拡散させ、あらゆるものを傷つける。毒が刃物によってできた傷に入り込み、獲物を苦しめ弱らせる。
その前に、船の中へと入り込んだクラーケンが爆発で死ぬ可能性もあるが、念のためだ。
いわばドレークの船は、決死の覚悟で築かれた棺桶だ。
その棺桶に入る人間はひとりだけだと考えていたが、どういう巡り合わせかロイヤルガーズが乗っていたのが誤算だった。
「……拳銃か? なんともお姫様らしくない物だな」
「信号弾よ。以前渡されたものなの」
ロイヤルガーズだけでも逃がしてやりたくはあるが、生憎この船に小型船は積んでいない。泳いで島まで辿りつくとも思えない。海の中で窒息死するか、魚の餌にされるか。
そんなことになるならば、爆発で瞬時に死んだ方がいいかもしれない。
「信号弾で何をする気だ?」
「ミゼルたちに知らせるのよ。救助に来てくれるかもしれないわ」
「……だといいがな」
信号弾は打ちあげられる。黄色い煙をまき散らしながら。
精一杯足掻く姿に横やりは入れたくなかった。
だが、苦しむぐらいなら教えるべきだと考えドレークは話す。
「船の墓場を出た時、クラーケンは欺瞞信号を出していた。今の信号弾も同じものと考えられてしまうだろうな」
「随分後ろ向きね。あれは欺瞞信号じゃなくてミゼルたちの信号弾かも知れないわ」
「だとしたらなおさら来ないな。自分たちの信号を無視して進む船に、何かしようと思えるか?」
あの欺瞞信号は疑心暗鬼を引きだすのに十分なものだった。
クラーケンや蟲にそんな思惑がなくとも、結果としてはそれを引きだす。そして霧の中、孤立を誘発する。
「あなたは諦めてるのね」
「俺たちの命については、な。だがクラーケンも道連れだ」
「そう。じゃあ王族として命令します。火をつけたら私たちと一緒に海へ飛び込み救助を待ちなさい」
「非道な命令だな……溺れ死ぬだけだぞ」
ヴィクトリアの瞳は自棄になっているわけではない。ひたすらに不屈なだけだ。だが、ドレークには無謀なことだとしか考えられなかった。
「ベンジャミン、あなたそのままで泳げる?」
「心配無用です。着衣水泳の訓練は受けております」
「鎧を着たままってのは初めてじゃね?」
船の揺れが少しずつ収まっていく。
安定してきたということは、クラーケンが落ち着ける姿勢になったということだろう。
「ドレーク、私の国では誰もが戦えるの。だけどそれは……決して個で戦えるというわけじゃないわ。力を束にして、脅威へと立ち向かうということなの。まだ私たちは力を束ねていない」
強く睨むように、彼女は続ける。
言葉は凛として、揺れることなく紡がれる。
「だからあなたも戦いなさい。まだ戦えていないのだから」
その言葉に乗らず目を逸らすのは簡単なはずだ。なのにドレークは逸らせない。自分が戦えていないと言われるのが心外だという気持ちが湧き、だからといってこの言葉程度から逃げるようでは、自分のこの戦いがどれほど小さな物に感じれるか。
だからドレークは、
「……わかったわかった。あまり見つめないでくれ。年甲斐もなくドキドキしちまいそうだ」
軽口を叩いて頷くしかできなかった。
「それは大変ね。叶わない恋は辛いって聞くもの」
「もう火をつけるぞ。俺たちが戦えるのかどうか、あとは向こうの船次第だ」
「大丈夫よきっと」
「簡単に言ってくれるな……」
幽霊船との遭遇状態で信号弾を見て、それまでに欺瞞信号を撃たれていたにもかかわらず信号弾のもとへ来るような奴は常人ではない。罠かもしれないという考えるだろう。救難信号かもしれないと考えても、罠という可能性に恐怖して来なくなる。
そこまで考え、ドレークは安心した。
「あの気持ち悪い奴なら確かに来るな」
火を床に落とし、ドレークとロイヤルガーズの4人は海へと飛び込んだ。
助けられたらまずは言おう。「お前が気持ち悪くて助かった」と。
「お前が気持ち悪くて助かった」
「何故そこで悪口」
一応現状、クラスがプリンセスが3名です。
指揮能力はヴィクトリア>デザート>一般人>シャーロット
戦闘能力はシャーロット>デザート>ヴィクトリア>一般人
なイメージです。