とんでもなく寝過ごした   作:横電池

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33.ひもじい戦果

 

 

 

 

 クラーケンはもう死んだと思っていいだろう。

 未だに死骸を殴り続けるゴーレムたちのおかげで近づくことができないけど、もう触手も胴体も再生している様子はない。

 だから、クラーケンは死んだはずだ。なのに、

 

「霧、晴れてませんね……」

 

 島の外に見える霧は消えていなかった。

 クラーケンは確かに霧を吐き出していた。途中から緑色の霧となっていたけど、海の霧と同じものを吐いていた。だけど消えていない。

 

「霧を出していた存在が潰された以上、この先霧が増えることはないはずだ。すでに出ている霧は時間と共に消えるだろう」

「でも確証はないのよねー……。あーあ、財宝もなかったし、霧を消した報酬もあるか怪しいし、骨折り損って感じ」

 

 まぁ、発生源が無くなった途端、今まであったものが消えるなんてことはないか。あとは時間経過で……あー。デザートと同じ意見になってしまうのが辛い。報酬があるか怪しいよこれ。頑張ったのになぁ。クラーケンの素材を倒した証明として持ち帰ろうにも、ゴーレムたちが暴れているからできそうにないし……

 

「おい、俺には何が何なのか全然わからねぇんだが……」

「ボンガロさんは巻き込まれたようなもんですしね」

「本当にな。俺の船無くなってるし」

「ははは、僕の船も見事に潰されて行きました」

 

 苦笑するしかない。

 クラーケンが遺跡に入る際、進路の途中にあった僕の船とボンガロさんの筏は奴の体重に耐えられず壊されてしまったのだ。おかげで全員島から出ることができない。ボンガロさんが待っていた調査団の船に乗せてもらおうと考え中だ。たしか明日には来るはず。

 

「あ、調査団が来たら彼らに証人になってもらえばいいんじゃないですかね! 幽霊船を討ったという証人に!」

 

 ゴーレムのせいでクラーケンの死骸が持ち帰れないけど、クラーケンがボコボコにされている姿を見てもらえば……!

 

「証明にはならないわね。クラーケンが幽霊船だっていう証拠がまずないもの。それに、幽霊船の存在だってほとんどの人が噂話程度の認識よ」

「夢なしヴィクトリアさん……」

「いやなあだ名つけようとしないでくれる?」

 

 そういや幽霊船の情報は口外するなって言われてたもんなぁ。海に関わる人しか知りえなさそうだし。

 

「証明は時間がいずれしてくれよう。今は迎えを待つのみ」

「それまでこの人数で遺跡生活だな。ひとまずなんか食おうぜ。もう腹が減っちまったよ」

「アルバート、食料は全部海の中だぞ」

「……まじ?」

 

 よし、僕もキリカゼさんみたいに平静になろう。別に報酬とか期待してなかったし。というかそもそも当初の目的は幽霊船じゃなくてキリカゼさんの護送だったし。逆にこちらが守られていたけども。

 

 なんにしろ、霧の有無はともかく幽霊船はいなくなった。ドレークさんの目的も達成されたし、海の安全も格段に上がった。戦いにおける犠牲もでなかったし。

 

「デザート! 俺の活躍はどうだった? 惚れ直してくれたか!」

「何言ってんのコイツ。途中で武器が無くなる奴の活躍がなに?」

「そ、それは……!」

 

 ナックルが破局を迎えるというのは必要な犠牲だった。うん。

 本当にデザートのどこがいいの?

 

 まあ人の好みはそれぞれだし放っておこう。

 

「とりあえず、祝勝会でもしますか」

「飯がないぞ」

「酒もないね」

「何もないわね」

 

 酒はともかくまずは食料調達からだ……祝勝会として間違っている気がするけどこれも楽しいかもしれない。なんだかキャンプみたいで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 祝勝会とはとても言えないような食べ物。貝をいくつかと兎1羽。特に味付けをせずに13人で分けるというひもじい内容に終わった。

 あとは体力回復に努めるためにもうみんな就寝である。毛布の数に限度もあり、人数も多いことだし複数人の見張りを交代でやっている状態。

 

「しかしよく寝れますねー」

 

 ゴーレムの殴る音が響きっぱなしだというのに、見事に熟睡な雑魚寝だ。

 僕は絶対に眠れる気がしない。轟音もだけど、ゴーレムのいる遺跡というのが落ち着かない。

 

「幽霊船相手じゃ仕方ないね。それよりもあんただよ。海都の迷宮に行くんじゃなかったのかい」

「い、色々とありまして……」

 

 仲間探しという事情がありまして……っていうかもう期限が来てしまう。なんだかんだでこの航海で、僕にも戦う自信がついたけど……やっぱり足りない。物理的な攻撃に抵抗のある魔物の対策を取れる仲間が欲しい。

 

「ザビィさんザビィさん。占星術師の知り合いとかいません?」

「いないね。なんだい、一緒に迷宮に行くやつがいなくて二の足踏んでんのかい。なっさけないねぇ」

「うっ……」

 

 戦力不足は危険なんだ。仕方ない。

 

「一応、一緒に行ってくれる人はいるんですよ?」

「じゃあ問題ないじゃないか」

「ただ……暴走しがちな人でして……。ヤバイ敵にも突撃しちゃう予感がですね……」

「それぐらいの手綱握りな。そんなのでクロスジャンケ海賊団の下っ端が務まると思ってんのかい」

 

 占星術師か、その手綱を握る人が欲しいのです。

 あ、そうだ。ドレークさんも目的達成したし、これでフリーになったのでは。ドレークさんを誘おうか。あ、あと一応ナックルも完全フリーでは? 破局したし。好みが変なやつだけど、案外まともっぽいし。

 

「誰が暴走しがちよ」

「おおおう、起きてたんですか」

「ん? こいつかい? あんたと一緒に迷宮へ行く物好きは」

 

 寝てると思っていたシャーロットさんが話に入ってきた。

 

「私よりあんたの方が危なっかしいっての」

「えぇ……自覚がないって厄介極まりなぁい……」

「そっくりそのまま返すわ」

 

 僕のどこが危なっかしいのだ。戦闘力の問題でいえばそうかもしれないけど、自分の力を過信している人より遥かにマシだよ絶対。

 

「なんだい。ミゼルも海賊の流儀に染まってきたってのかい」

「なんですかその流儀」

「クラーケンに飛び乗るなんて馬鹿みたいな考えを持つやつが、何言ったところで危なっかしいのに変わりないわよ」

 

 あれはまあ、唯一のチャンスであったし、あと大丈夫って思えたし……

 

「それに、考えているようで考えなしじゃない」

「それは絶対シャーロットさんに言われたくないんですけど!」

「声を荒げてんじゃないよ。静かにしな」

 

 はい、すみません。

 しかし今のはものすごく納得がいかない。僕はすごく考えてるというのに。ちゃんと樹海へ行く前の仲間探しとか、その候補とか。

 とりあえず現状ドレークさんとナックルだ。ナックルがデザートとよりを戻したら誘わないけど、たぶん戻ることはないだろう。

 

「あ、そういえばザビィさん。銃を返したほうがいいですか」

「あん? まだ使ってたんだね。そんなガラクタいらないさ。あたしは銃より剣の方が好みだからね」

 

 なんだか剣派が多い。

 銃の方が安全面も火力もありそうなのに。

 

「あんたも剣を使えるようになっときな。銃も悪かないけどね」

「まあ、余裕があれば……」

「そんなことよりそろそろ交代よ。もう寝なさい」

「まだ早くないかい?」

「目が覚めちゃったし、少しぐらい早く繰り上げてもいいじゃない」

 

 僕は眠れる気がしないんですがと言ってみたけども、いいから寝ろと毛布を押し付けられた。

 

 横になって目を瞑れば眠れるかなと頑張ったけどやっぱり難しい。ゴーレムたちすっごい安眠妨害だ。こんなのクレームものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 鏡のような床をよろめきながら歩いていた。

 床一面に水が浅く張られているのか、歩く度に水を蹴る音が鳴る。

 

 腕の中に何かがいるのか、ボコボコと膨れては体中を移動する。膨れるだけでなく、時には中から穴を空けて。

 

 体に穴が空けば、当然血が出ていく。血が無くなるほど、体の中で暴れる何かが強くなっていく。

 

「なんだあれ……起こすんじゃ、なかった……」

 

 傷だらけになりながらも歩く。意識が塗り潰されていくのがわかる。

 

 ガサリとそばの茂みから女の子が出てきた。その直後、完全に塗り潰された。

 

 

 

 

 

 

 眠れない眠れない。なんて思っていたが、案外自分は図太いのか気づけば夢の中だった模様。

 しかしよくわからない夢だった。初めてアーマンの宿に泊まった時と結構似ている夢だったけど、あの時の夢と違って俯瞰視点ではなかった。だけど最後に出てきた女の子は前に見た夢と同じ子だった。

 

 前半は完全に悪夢だったけど、最後に出てきた女の子が可愛かったので悪夢判定していいものかわからない。

 というか同じ子が出てくるなんて、僕の深層心理はああいうタイプの女の子に飢えているのだろうか。目がクリクリしてゆるふわな髪質の子。

 

 もう少し寝れば夢の続きを見れるだろうか。あの綺麗な森の景色も中々に良かった気がするし、今度は風景に注目したいところ。

 丁度心地いいリズムの揺れと、波が船体に穏やかにぶつかる音。この2つがいい感じに子守唄になってくれてるしすぐ眠れそう。まるで船の上だ。

 

「…………?」

 

 あれ? ゴーレムの音がない。もうクラーケンを粉砕し終わった? ていうかこの揺れ、船だ。

 

「タイム……スリップ?」

 

 寝ぼけ眼で周囲を見る。うん、見知らぬ船内だ。

 ということは僕の乗ってきた船じゃない。あの船は壊されたし。つまりつまり、タイムスリップなんかではない。

 

 これはあれかな。熟睡している間に調査団の船が来たけど僕は起きず、そのまま船に運んでも起きずのままで、今アーモロードへ向かっている最中にやっと起きたと。

 

 もう少し寝たいけど、ドレークさんをまずは探そう。

 もしかしたらバタビアに途中寄って、そこでドレークさんが降り、ジャイルズさんに幽霊船がいなくなったことを伝えに行く可能性がある。そうなった時寝ていたら勧誘ができない。

 

 このチャンスを物にするためドレークさん探しが始まった。

 

 

「あ? 深都探しだ? 前も言っただろうが。俺はそんなのに興味ねぇよ。他をあたれ」

 

 

 振られた。考慮など一切ない即答だった。

 幽霊船がなくなってもコレでは絶対冒険者にならないと確信できた。なので次だ次。次の、もといラストの候補はナックルだ。

 

 

「悪いな。俺が入りたいギルドはもう決まっててよ。そこ以外、今は考えられないんだ」

 

 

 振られた。

 照れ臭そうに返答したナックルは絶対報われないと思う。入りたいギルドってたぶんデザートのいるところだ。なんて名前のところか知らないけど趣味が悪い。

 とにかくナックルもダメ。

 

「もうダメだ……」

 

 立て続けに振られたため、甲板で独り項垂れる。

 

 アユタヤもバタビアもダメ、アーモロードに候補者がいるわけない。

 2人で樹海とか絶望的じゃないか……いや、でもオランピアさんは1人で挑んでるんだし……。でもあの人は脳筋じゃないしなぁ。

 

「ミゼル殿、随分と落ち込んでいるように見受けられるがどうされた?」

「ニン……キリカゼさん」

「ニン……」

 

 キリカゼさんも1人で動き回っている人だ。この際キリカゼさんを誘おうか。彼女の目的は深都探しではないけど、一緒に行動するのは全然ありではないか。

 

「キリカゼさん……」

 

 うん、考えたら断然ありだ。ナックルより遥かにありだ。おそらく毎回一緒に樹海へというわけにはいかないだろうから、タイミングが合うときだけでも一緒でいい。トーマさんのギルドスタイルでいけばいいんだ。普段は人を募集しながら、3人で樹海へ。キリカゼさんの都合が合わない時は、嫌々2人で……

 

 となればキリカゼさんの勧誘だ!

 

「僕とギルドを作りませんか!」

「断りとう御座る」

「つらい」

 

 即答だった。

 ちょっと期待してた分つらい。

 

「あ、その、ずっと一緒に行動とかじゃなくてですね。キリカゼさんのタイミングが合うときは僕とシャーロットさんと一緒に探索はどうかなと。もちろんキリカゼさんはキリカゼさんの目的を果たすために動いてもらう形でですね」

「ミゼル殿」

「利害の一致というかキリカゼさんの目的は秘宝探しですし、僕らの目的は深都探しですし、とにかく互いに樹海の奥にいくことが多いと思うので一緒に行った方がお互いメリットがあるんじゃないかなと」

「ミゼル殿。どれほど言葉を並べられたところで、それがしの答えは変わらぬよ」

「そんなー」

 

 さすがニンジャ……意志が強い。

 断る意志が強いって僕のことすごく嫌ってる感が……あ、ダメ泣いちゃう。

 

「り、理由を聞いても……」

「仮に、それがしが誰かのギルドに加入したとしよう。しかしミゼル殿の存じている通り、それがしの目的は主君の求める秘宝を得ること。そのため単独で動くことが多くなり、端から見ればまとまりのないギルドと見られることであろう。さすれば、そのギルドは蝶亭での依頼は受けられなくなってしまうのだ。かような迷惑、掛けるわけにはいかぬ」

 

 これはきっとあれか。あのワビサビ、とか、奥ゆかしい、というやつだろうか。僕もワビサビになりたい。だけど嫌われているわけじゃないなら引き下がらないぞ。

 

「それぐらい気にしませんよ」

「それがしが気にするのだ。それに、それがしは主君の手足となりて働くシノビ。主君の手足が勝手に動き、他者に迷惑を掛けるなどあってはならぬ。それがしの働きは主君の名誉にも影響を与えうるのだ」

 

 ……かっこいい。

 こんなニンジャ的理由を出されてはもう誘えない。これ以上しつこく勧誘したところで煙のように消えるだろう。ちょっと見てみたい。だけど我慢。最悪テンチュウ!となるかもしれないし。

 

「わかりました……」

「……どうやら仲間を集めるのに苦戦しているようで御座るな」

「はい……もうだーれもいないです……」

「ふむ。誘いを断った身であるが、シノビからの助言を聞かれるか?」

 

 シノビ……ニンジャからの助言だとう!

 

「お願いします!」

「助言というよりは、それがしなりのシノビの心得で御座るが……」

「全然構いません! ああっ!? なんで書くもの持ってないんだ僕!? ちょっと待っててもらってもいいてすか!?」

「そ、そこまでするほど大それたものではないで御座る……」

 

 ああ、キリカゼさんが引いてる気がする。仕方ない、メモは後回しだ。今は彼女の言葉に集中だ集中。

 

 彼女は軽く咳払いをして語り始めた。

 

「それがしの考えるシノビの心得とは、耐え忍ぶことなり。いかなる逆風の中であっても耐えて耐えて耐え続けよ。風はいつまでも同じ方角を吹きはせぬ、いずれは追い風となって背を強く押してくれよう。なればその風に乗り遅れることないよう、ひたすらに耐え忍ぶべし」

 

 拍手した。

 その言葉の通りにしていれば僕もニンジャになれる気がしてきたぐらいには心に来た。

 だから力の限り拍手した。届け、この感動。

 

「……ミゼル殿は大袈裟すぎる」

 

 何故か苦笑いをしているクノイチの姿はとても印象的だった。

 

 よし、ありがたい言葉を貰えたことだし、耐え忍ぼう。忍耐だ忍耐。

 我慢強く勧誘を……あ、期限が来てるから……シャ、シャーロットさんと2人で樹海に行きながら、我慢強く勧誘を……するしかない……?

 

 

 耐え忍ぶことは難しいことなんだなと、途方に暮れた船の上のやり取りだった。

 

 

 

 

 






ワビサビという言葉に憧れる白モヤシ。
なおワビサビの意味をわかったない模様。

「霧を運ぶ船」の章終了です。
次章からやっとこさ樹海です。

とりあえずキリがいいので活動報告にまとめて後書きドーンと書く予定。

あ、あとリアルでバタバタ&書き溜めするために次の更新ものすごーく空きます。ごめんなさいです。

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