今後の展開で原作沿いというには厳しすぎる気がしたので。
もともと厳しい面があったことは忘れてください。
34.ロード元老院の老婆
『珍しい。まだ朝よ? もう起きてくるなんて』
『普通でしょ。そりゃいつもは寝坊してるけど……』
白い無機質な部屋の中、白衣を着たイミスがマグカップを片手にからかってきた。
たまには僕だってちゃんと起きれるというのに。
『他のみんなは?』
『実験だったり、仮眠だったり、遊戯室で遊んでたり、いろいろ。あ、室長がリストできたって言ってたよ。またお願いー』
リストにのった研究に必要な器具や材料。その手配は僕の役目。
国が推しているプロジェクトとはいえ、内容は外部に漏れていけないので、入手方法は特殊だ。
『日に日に物騒になってくね。モルモット、結合誘引剤にスタンガン、銃、ねこ、ビーナッツポテト……? ポルノ雑誌、絵具、睡眠薬。絶対研究に関係ないの書いてる人がいるでしょ』
『まぁ私たちみんな缶詰状態だし。ちなみにポルノ雑誌はアイバ君だよ』
『まあ缶詰だけども……。この死刑囚10人とか書いたの誰……。しかも性格や犯した犯罪まで指定して……』
『あ、それは私。それよりロシアのプロジェクト脱退者の話知ってる?』
ロシアの脱退者。
たしか工学を専門としていた人物だ。
『抜けたってのは聞いたけど、他に何かあるの?』
『世界樹計画が動きだした時、空に逃げるんだって』
『……そんなことできるの?』
『一時的にはできるはず。世界樹の性質がシミュレーション通りならだけど』
『え、なにそれ』
『え、なんで知らないの。前の会議で──あ、ミゼルはその日ずっと寝てたね』
なにそれ知らない。
世界樹に関する会議なら事前に話が来ているはずなのに……それとも忘れてたのだろうか。情報網がどこかで止まっていたのか、僕が単純に忘れていたのか。
『簡単に言えば世界樹は大気の汚染を吸収するけど、汚染の源には特殊な行動が見られるってことが実験体でわかったの』
『あー、取り込むんだっけ』
『そうそう。汚染の源を取り込むために根を動かしていく。だからあの科学者の空へ逃げる箱舟計画も、逃げるための飛行船に汚染の源がなければ問題ないの』
『……無理じゃない? 浄化は数時間程度で終わるものじゃないんだし、長時間の飛行となると必要なエネルギーは……汚染源と見られるものしかないんじゃ……』
『まぁね。計画の細かいところは見てないけど、もしもエネルギー問題を解決してないままなら空にまで世界樹の根が追いかけてくる珍しい光景になるかも』
『世界樹の浄化自体が珍しい光景だけどね』
そう言って笑い合った。
「……」
アーマンの宿の一室で目を覚ます。空は白ずんでいて、まだ夜が明けたばかりなことに気づいた。
それにしても、懐かしい夢を見た。
二度寝をする気分じゃないし、今日はもう動きだそう。今日はいよいよ……約束の日なのだから。
今いる場所は冒険者ギルドの広間。隣には一枚の羊皮紙につらつらと必要事項を記入していくシャーロットさん。
「メンバーは、以上っと」
「あぁ……」
「何うなだれてんの。ようやく動きだせるんだからもっと喜びなさい」
僕とあなただけじゃなかったらすごく喜んでたよ。二人きりじゃ喜べないよ。むしろ悲しいよ。
「あとはギルド名ね。何にする?」
「……ギルド名ですか」
まぁ落ち込んでばかりもいられない。約束の期日がきてしまったし、いくら募集しても人が来ないのだ。これ以上粘っても意味がない。
しかし、人集めに夢中でギルド名なんて考えたことがない。そのグループを指す名前なんだから、わかりやすいのがいいよね。それでいてイミスたちがその名前を聞いたとき、少しでも気を引く名前がいい。だからかっこよすぎるだけの名前じゃダメだ。
「……イミス、とか」
確実にイミスの気を引くと思える名前だ。なんたって自分の名前なんだし。
「人の名前みたいね」
「友人の名前です」
「却下ね」
「即断!」
いったいなんでダメなんだ。人の名前がギルド名でいいじゃないか。ミゼルと名付けようとしなかった分褒めてほしいぐらいなのに即却下だなんてひどい。
「だいたい考えてみなさいよ。今後ギルド名で呼ばれるのよ? もしくはギルド名を頭につけて……イミスのミゼル、とかみたいなね。何これ? どういうプレイ? それともバカップルみたいなノリ?」
うわぁ。確かに却下案件だ。
でもこの名前なら確実にイミスたちの興味を引けるのになぁ……離れた場所にいても会いに行ってみようと思ってくれそうなほど。そのためなら一時の恥ずかしさぐらい我慢だ我慢。
「イミスはただの友人です。でもまぁいいじゃないですか。その名前で」
「あんたはよくても私は絶対嫌。私の呼ばれ方まで頭に『イミスの』ってつくのよ? なんでそんな爛れた関係をにおわせるギルド名にしなきゃならないのよ……」
それは考え過ぎでは……
でもそういう意見があるってのは大事か。個人名の名称だと他の人も入りづらくなりそうだし……終始二人だけのギルドとか辛いし。
じゃあイミス以外で伝わるような名称……研究室の名前とか? でもあの研究室、正式な名称をもらえなかったしなぁ。フォレストセル関係は外部に漏れちゃダメだったし……というか世界樹計画自体が外部漏れ厳禁だったし。
「……フォレストセル対策室?」
「ギルド名じゃなくて場所の名称ね、それ。フォレストセルだけじゃダメなわけ?」
「それは嫌です」
フォレストセルなら伝わるだろうけど、フォレストセル対策を研究するはずの身としては……せめて何かつけたい。アンチフォレストセルとか……あ、昔みた映画のタイトル風にフォレストセル・バスターズとか。長いかな?
「アンチセル……とか」
「それも人の名前?」
「いえ、違います」
「じゃ、それで」
人の名前じゃないならこんなにあっさり決まるんだ。
名前の意味を聞かれたりとかするかなと思ったけど考え過ぎたかな。
「これでもう書くところは全部埋めたわね」
「メンバー欄すっごい空白だらけですけどね」
「それよりあんたも字ぐらい書けるようになったら?」
露骨に話変えてきやがったなこいつぅ。まぁ話しても同じ問答の繰り返しになるしいいか。
「字を読むことすらできないんですよねぇ……ましてや書くなんて」
「出身はどこなわけ? 字が読めないって普段の言動とチグハグすぎるわよ」
「……海の底?」
「はぁ?」
「ま、まぁどこでもいいじゃないですか! それよりも提出しましょう!」
何ふざけてんだって感じの顔がこわいです。やっぱり本当のことを言っても誰にも信じてもらえないだろうし、今後もはぐらかしたり内緒の方向で行こう。
申請用紙を手に取りギルド長を探す。少し前まで欠伸しながら書類と睨めっこしてたはずなのに見当たらない。
近くにいる兵士に聞くとしよう。
「ギルド長なら報告書をまとめて元老院に行ったよ。どうせ君たちも元老院に行かなくちゃいけないんだし、行ってみたらどうだろう」
「ははぁ。試練でしたっけ」
「そうそう。まぁ君たちなら大丈夫だろうけどね」
兵士からの太鼓判。幽霊船もといクラーケンの討伐の記録があるからだろう。結構な人数による討伐だったからあまり信頼しないでほしいところ。
……結局クラーケン討伐後、待てども待てども霧がなくなることはなかった。
せいぜい心なしか霧が今までより薄くなったかな? 程度のもの。霧が消えることを期待していた人たちにはクラーケン討伐はぬか喜びだったかもしれない。
だけど港長は、幽霊船がいなくなったおかげで今まで以上に海の安全性が高まったと喜んでいた。
今までは大型船は幽霊船の餌食になりやすく、かといって小型船では通常の魔物相手に危険があること、長距離に不向きなこととあって、海路を繋ぎ直すに困難していた。だけど今後は大型船による航海が容易になるそうな。今度大規模な航海があるらしい。
まぁ今はそれより元老院だ。別にここでギルド長の帰りを待っててもいいと思うけど、考えれば元老院は行ったことがない。あんまり行きたくはないけど今なら知ってる人もといギルド長がいるし、ささっと行って試練を受けたほうがいいかな。
横幅が広い階段を登った先、遠目からでも特別な建物だとわかるロード元老院へとやってきた。入口の前には座り込んでるギルド長の姿。何やってんだあの人。
「何やってるんですか」
「お? お前らか。ギルド名は決まったのか?」
「はい、それで探しに来たんですけど」
「あー、悪かったな。もっとかかりそうだと思ってな」
ギルド長は手のひらを差し出した。申請書を渡せということだろう。
「で、あんたは何やってんのよ。報告書は出し終わったの?」
「まだだ。出す前に最終確認してんだよ。ここのところギルドからはいい報告書を出せてねぇし、書類不備なんかありゃあ婆さんにネチネチ言われちまうからな。……そうだ、お前らも一緒に来いよ」
「まあ、試練を受けにきたからいいですけど」
婆さん、か。随分親し気な感じ。案外市民との距離感が近いのかな、元老院は。というか普通の一般人が簡単に会えていいものなのか。僕なんて冒険者とかいう住居不定の輩なんだけど。
建物の中は外とは違いひんやりとした空気。日差しによる熱は中まで届かず過ごしやすい空間だ。壁がよほど分厚いのか、材質が特別なのか。
「うわぁ……」
廊下の壁には絵画がいくつも掛けられていた。風景画であったり、肖像画であったり、詩っぽいのが書いてあったり。
「実は美術館も兼ねてたりします? 元老院って」
「よそから来たやつはだいたいそういう反応だな。しかし美術館か。ある意味正しいかもな」
どの作品も僕にはタイトルが読めない。だけど人物が描かれているものはある程度共通点がある。どの絵画にも必ず同じ男女がいる。
目についた絵画は、蝶の髪飾りを着けた黒髪の女の子が座り、その肩に手を置いて後ろに立つ黒髪男性。兄妹だろうか。二人とも澄ました顔をしている。縺ィ縺ヲ繧よウ」縺崎勠縺ォ縺ッ隕九∴縺ェ縺?↑
「この人たちが元老院の人です?」
「俺は観光ガイドじゃないんだがな。元老院の婆さんの絵はねえよ。その二人は昔の王族だ」
「教えてはくれるのね」
「勘違いしたまま婆さんに会うのも面倒臭そうだからな」
昔の王族。今の王族の絵はないのだろうか。ないとは考えづらいけど……あ、一般解放されてないとかかな。
「でも海都の王族って白亜の姫君じゃないの? その呼び名の通りの美しい白の姫って詩で聞いたことあるんだけど」
「白亜の姫君より前の時代の絵だからな」
「その絵はないのね」
「白亜の姫君の絵は無料解放されてねぇな」
やっぱりあるにはあるんだ。
前をズイズイ進んでいくギルド長は見慣れた廊下なのだろう。じっくり見る時間をくれない。まあここの絵はいつでも見れるらしいから別にいいか。
やがて両開きの扉までたどり着く。
「俺だ。報告書を持ってきた。あと新人も連れてきた」
ノックと共にこの台詞のギルド長。せめて名を名乗るべきでは。いつもこんな感じなのかな。
「入りな」
扉の向こうから、しゃがれた少し高めの声。
入室許可を得たことにより、扉を開け部屋に入れば白い髪の老婆が独り、ソファーに腰掛けていた。
……この人が白亜の姫君?
ネックレスにイヤリング、指輪。そのどれもに宝石がついている。指輪に至っては両手の指全てに嵌まっている。
失礼かもだけど、想像していた姿とは全然違う。姫君っていうからてっきり若い女性を予想していたのに。
「……新人ってのはその二人だけかい?」
「ああ。それとこいつが今月の報告書だ。先月よりは消息不明の数が減ってるぜ」
「進捗の方はどうだい」
「……報告書に書いてある。それじゃあ俺はこれで」
進捗はよろしくないみたいだ。逃げるように去っていったギルド長の反応からよくわかる。
老婆もその事は予想していたのか、溜め息はついたものの引き留めはしなかった。
「新人の方は本当に連れてきただけとはね。あんなのでよくギルドの長ができてるもんだ」
本当だよ。なんの紹介もしてくれなかったよあの人。まあここでは試練を受けろとしか聞いてないし、別に紹介はいらないのかな。
「えと、新人のギルドはここで試練を受ける必要があると聞いてきました」
「……」
「あの……?」
老婆は何も言わない。黙って僕を見ているだけだ。
何か言ってほしい。試練についてとか。
「……名前ぐらい言ったらどうだい」
「あ、はい。僕はミゼルといいます。で、こちらが」
「シャーロット」
「ミゼルにシャーロット……ああ、海の怪物を懲らしめた二人だね。港長から聞いてるよ」
厳密には大人数によるものだけど。その辺りも伝わってるよね? 港長ならしっかり報告してくれているはず。ギルド長はさっきの様子を見る限りじゃ信用するのが難しいけど。
「あたしの自己紹介は必要かい?」
なんだその質問。する必要がないほど有名人なの? 白亜の姫君の名前を知らないし、僕としてはほしいところ。でも知らないと言えば無礼者扱いとか……?
「何度も会うことになるのでしたら」
言ってからこれも失礼にあたるのではと気づいた。
「そりゃあんたら次第さ。あんたらが迷宮で重要な発見をすればここに報告しなくちゃいけない。生きて結果を出せないなら会うことも少なくなるね」
「でしたら、お願いしたいなぁ……と。その、僕はあまり海都について知らないので」
老婆は僕の言葉にぴくりと片眉を動かした。やっぱり失礼だった……? でも世間知らずアピールを混ぜたし許してほしい。
「あんた、本当にあたしを知らないんだね?」
「え、は、はい。すみません」
え、なんなの。海都について知らないのってそんなに信じられないことなの? 仕方ないじゃん。こっちはずっと眠ってたんだから。
「……あたしはフローディア。今は、このロード元老院の第一人者にしてあんたら冒険者の管理をしている者さ」
フローディアと名乗る老婆の自己紹介。少しだけ奇妙な言いまわしに感じた。
「冒険者の管理? そこは冒険者ギルドの役目じゃないわけ?」
「大元はこっちさ。さっきも言ったように、重要な発見を報告するならあたしにするんだよ」
シャーロットさん、元老院相手でも口調はひどいですね。まあ幸い怒ってはいなさそうだけど。
「それで試練だったね」
「はい」
「迷宮の地下1階の地図を描く……それがあんたらに受けてもらう試練さ。だけどあんたらの報告は既に受けているよ。ペイルホースで長く地下1階をうろついたこと。海の問題児を懲らしめたこと」
ペイルホースに僕がいた期間は短いんですが。まあそこは言わなくていいか。シャーロットさんは1ヶ月いたんだし。
「地下1階の探索経験と功績があるんだ。だから初回の試練は免除してやるさ」
「気前いいじゃない」
「今回だけだよ」
初回の試練だの、今回だけだの。
「他にも試練があるんですか?」
「誰も試練はひとつしかないなんて言ってないからね。次の試練はそのうち教えてやるさ」
とにかく今は別の試練はないのか。じゃあ今日はもう元老院から帰ってもいいのかな。あ、でもその前に。
「あの、質問したいことがあるんですけど」
幽霊船について口外禁止にした理由だ。あとそれに付随して、港長が言っていた『元老院が以前から抱えている案件』についてだ。
「幽霊船の正体、クラーケンのことは知ってたんですか?」
「どんな質問がくるかと思えば……クラーケンとかいう魔物については報告を聞くまで知らなかったさ」
「……あと、幽霊船の口外禁止の理由は何です?」
「質問ばかりだね」
「気になっていたことなので」
老婆は大きくため息をついたあと。
「あたしはなんでも教えてあげるほどお人好しじゃないよ! そんなに気になるなら少しはあたしに気に入られてからにするんだね!」
「ほひ!」
答えてもらえる可能性は低いだろうなと予想してたけども、怒鳴られるとは思わなかったのでびっくり。
フローディアさん目力強いからけっこう迫力ある。
「そ、それじゃ失礼します! シャーロットさんもほら!」
「あんたテンパりすぎよ」
「いいからほら! では僕たちはこれで! ……あれ?」
「まだ何か言いたいのかい! あたしが欲しいのはお喋りじゃなくて深都への手掛りだよ!」
「す、すみません! 失礼しました!」
気迫に負けて部屋から退散した。
しかし思わずし逃げてしまったけど、あの部屋に気になるものがあった。部屋の壁にあった肖像画。
肖像画はピンク色の髪をした女の子。絵からもわかる、ふわりとした髪質。くりくりした目。
勘違いじゃなければ、いつぞや夢で見た女の子とそっくりだった。
まだ書き溜める予定だったけどキリがいいかなと思えるところまできたのと、予定より書くペースが遅いなと思ったのであえて投稿。
ギルド名はこの先、滅多に呼ばれることはありません。
あと34話にもなって最初の試練を今更やるのもと思いパスにしました。
未だ一層ボス倒せてないってマ?