シャーロットさんがペイルホースで一ヶ月いたおかげで、1階は迷うことのない足取りで進んでいく。
表層だけあってか、人が何度も踏み入れた地のおかげか、魔物との遭遇は今のところない。
「ここより下はシャーロットさんも行ったことないんですよね」
「一度もね。だけど少しは聞いたことあるわ」
「道とかですか?」
「道っていうより特徴ね。場所によってはぬかるみがひどくて歩くのも大変って聞いたわ」
まだ見ぬ下の階について話していると、やがて目的の階段を見つける。
この遺跡は元々何のためにあったものなんだろう。縦穴は例の100年前の大異変でできたって話らしいけど、その周辺の遺跡は元からあったやつだろうし……
地下へ地下へと続く遺跡。権力者のお墓だったとか……ないか。いくらなんでも深すぎる。一つ下の階までの距離も相当なものだ。次の階へ行くまでに5階建てのビルぐらいの階段を使っている気がするほど高い。
しかし本当に長すぎない? この階段。
「……長いですね」
「言わないでよ。余計長く感じるわ……」
帰りもこの階段を使わないとなんだよね……しかも疲れている状態で、荷物も増えている可能性もある……
極力往復回数は減らしたいな。銃弾のことも考えると……やっぱり剣を少しは練習した方がいいかもしれない。銃弾はいざって時のためにとっておいて。まあでも、シャーロットさんがガンガン倒してくれそう。
僕のやることはせいぜい、彼女一人でも問題ない敵、彼女一人じゃ倒せないけど補助したら倒せる敵、絶対無理な敵。この見極めの方が大事かもしれない。
自分自身の方針をまとめ終えたところで、ようやく階段の終わりが見えた。
「……上の階とあまり景色は変わりませんね」
空が遠くなったぐらいで、遺跡の様相は変化ない。あ、見あげたら何匹もの魚の遊泳が見えるっていう違いはあるか。
周囲をキョロキョロ見渡した後、シャーロットさんを見れば地図を描きこんでいた。
「なんだか意外ですね」
「何がよ」
「シャーロットさんって本能のままに歩いていくイメージが強くて」
「日に日に口悪くなってるわよあんた」
なんと。
「この樹海の広さはもう思い知ってるもの。適当に歩いて行ける気なんてしないわ。目印になりそうなものも少ない景色なんだし」
「そうですねぇ。ていうか地図描けたんですね」
「ペイルホースで散々同じ場所の地図を描かされたからね……あんたよりは描けるはずよ」
「あー……」
ずっと1階の地図を描かされたのか……ある意味ペイルホースにいた1ヶ月、元老院の試練を受け続けていたようなものか。そう考えると特例なんてもらわなくても簡単クリアだったってことでは。まあ過ぎたことはいいか。
「もうそろそろ警戒しといた方がいいですよね。早速買った盾を構えてみよっと」
予備まで買ったんだ。有効利用しないともったいない。
そう考えて鞄から円形の盾を出して、腕につけてみる。
……意外につけにくい。片手で金具に革を通して留めるのが手こずる。
「……くっ、このっ」
「……」
絶対今呆れた目で見られてる予感がする。確認する気もないけど。とにかく今はつけることに集中だ。
「……よし」
「……いや、よしじゃないけど。手のひらが自由になってるじゃない」
「え、これじゃダメなんです?」
この複数の留め具は手を自由にするためのものじゃないのか。
「そのままじゃ肉を抉られるだけよ。ほら、ぐらつきやすいでしょ」
「うへぇ」
盾を外され、つけ直される。左手の位置に留め具の一つが来るよう調整された。
……どうしよう。違和感が強い。これじゃ左手は盾しか持てないじゃないか。咄嗟に外すのも難しいし……むしろ盾がないほうが安心感ある。
うん、やっぱり盾は外そう。せっかくつけ直してもらったけど鞄にしまい直すことにした。
「無駄遣いで終わったわね」
「ま、まあシャーロットさんの盾の予備ってことで」
いらない、とにべもなく言われたあと、僕たちは探索を開始した。
石壁に沿って道なりに進む。現状ぬかるみがひどいということはない。
通路の隣に水路が流れていたり、小さな池があったりと水場があちらこちらに見かけるようになってきたがそれだけだ。
その水場にはよくカモノハシが泳いでいて癒される。見る分だけなら。でもよくよく見れば、嘴からは海老の魔物の一部がはみ出ていた。魔物を喰えるぐらいには強いってことがわかるので、近づきたくはない。
「……とか関係なく攻撃しちゃうんですよね」
「? 何が?」
「いえ、なんでもないです」
陸に上がって威嚇してきたカモノハシを容赦なく斬っちゃうんだものなぁ。まぁ今まで見てきた魔物の中じゃ弱そうだし、必要以上に警戒しなくてはいいだろうけど。この嘴にさえ気をつけてれば……うわ、この嘴、なんか変な弾力がある。
「たぶん後ろ脚か尻尾に何かあるから気をつけなさい。なんか狙ってたみたいだから」
「……あー、尻尾の毛がどれも鋭く逆立ってますよこれ。絶対武器だ」
触ったらチクッとしそう。致命傷に至るほどには見えないし、他にも何かあるか、それとも毒針みたいな毛なのか。解体すれば少しはわかるかな。毒なら内部器官があるはずだし。
「ほら、さっさと行くわよ」
「もうちょっと調べましょうよ。この魔物がそこら中にいるなら毒の有無ぐらいは調べておきたいですし」
「調べるぅ?」
「解体すればたぶんわかりますから」
「それなら……あ、丁度いいとこにいた」
そう言って彼女は跳び込んで来たカエルの魔物の脚を斬った。すぐさま他の脚も斬り、カエルの自由を奪う。
「こいつで試せば早いわよ」
「倫理観ゼロすぎません? まあやりますけど」
襲ってきたカエルが悪い。うん、たぶん襲ってこなくてもこういう目に合いそうなカエルは運がなかったと考えよう。ていうか普通に斬られたダメージで弱って死にそうな気がするんだけど。毒とか関係なく。
「……」
「……わかった?」
「…………毒があったとしても強い毒ではないかな、ぐらいですね」
斬られたダメージによる衰弱死なのか、毒による後押しからの衰弱死なのかさっぱりだ。
「それじゃ、先に行きましょう」
「はい。あ、次またカモノハシかカエルの魔物だったら僕に戦わせてくれません? 試したいことっていうか、練習したいですし」
「却下」
即答ぅ。
せめて何をするのかとか、理由とかぐらいは聞いてほしい。抗議しながら先のカモノハシの尻尾を鞄に入れておく。
危険物だけどこういうのってそれなりの値段で売れそうな気がするし、それに毒についてもう少し調べたい。毛針が鋭いから扱いには注意がいるけども。
「いや、僕も多少は経験を積んでおいたほうがいいと思うんですよ! ほんとに! なので剣で戦う練習を!」
「だからダメって言ってるでしょ」
「シャーロットさんが一人で色々やりたいってのはわかりますけど! 限界があるって! ていうか各地旅してた時一人で活躍とかしてなかったんだから気づいてくださいよそこは!」
こちらの熱弁に対してため息つきやがった。僕がつきたいよそれ。
「別に今は一人でやり遂げたいとか考えてないわよ。余計な邪魔がなければいいって考えしかないわ」
「僕が戦うのって余計な邪魔になります!?」
「……あんた、本気で忘れてんの?」
「な、なにを?」
何言ってんだこいつ、みたいな目で見られてちょっと怯んだ。何かあったっけ。ひょっとしてオオヤマネコ相手にボロ負けしたことを指してるんだろうか。猫相手にダメだったんだから他もダメみたいな。
「あんたが怪我すると他の魔物が寄ってくるのよ? それなのに戦わせるわけないでしょ」
「あー……」
忘れてた。
そういやそうだよ。ちょっとした出血でも魔物が襲ってくる体質だったんだ。ゴーレムの時とか酷かったし。
「毒蜥蜴が群れでまた来たら最悪よ」
考えれば前回樹海に入った時も、オオヤマネコで出血して、それから毒蜥蜴に襲われてたし……
あれ? でもオオヤマネコの時はたしか、止血してたはず。止血したら魔物は落ち着いていたのに。ゴーレムすらも落ち着いたのに、なんであの時は……?
樹海の魔物と海の魔物は違うってことだろうか。でも毒蜥蜴が1階にいるのは異常って言ってたし……うーん?
調べたい所だけど、これは気軽に調べられることじゃないしなぁ。
しかしそう考えると、確かに僕は戦うのを避けた方がいいか。するとしても銃で戦うだけ。剣とか論外じゃないか。
「わかった? ……あ」
「? どうしました?」
何か見つけたのか、同じ方向を見ようとしたら体を引っ張られた。そのまま物陰へと押し込まれる。彼女もまた身を隠すように同じ場所へと。
何か危険な魔物を見つけたとか? それで隠れたとか?
「何が……」
「黙ってて」
ガチャガチャと足音が近づいてくる。音からして魔物じゃない。武装した人間だ。
人間相手に隠れる必要なんてあったのか疑問だけど今は黙っておく。
足音の主は複数。僕らが来た方角からだった。そして隠れている僕たちの前を通過していく。
あれは、海都の兵士?
海都でも散々見た兵士の装備姿だった。隠れた理由がますますわからない。
通過しきったのを確認してからシャーロットさんが物陰から出た。
「よし、追跡するわよ」
「えっと、説明が欲しいんですけど」
「追いかけながらしてあげるわ。今は見失わないように、あと見つからないようにしなさい」
「はあ」
いったい何なんだ。とにかく足を動かすことに。
先を行く兵士たちは何か喋りながら、迷う足取り一切なく道を進み続ける。
「……このストーカー行為は何のためなんです?」
「……人聞きの悪い。ただのショートカットよ。元老院の兵士はある程度までの樹海を知ってるわ。私たちより確実にね」
「……ついていって道を知るって目論見で?」
「ええ、どこまで行くつもりかわからないけど、ここはまだまだ表層のはずよ。下の階に行く道までついていけばわかるはず」
意外にやることがこすい。でも出遅れ組である僕らとしてはありな方法かもしれない。
しかし、隠れず素直に教えてもらうっていう手もあったんじゃ……いや、自分で道を見つけるのも大事とか言われて断られそうかな。
探索能力が無い状態で樹海に潜るのは危険だから、1階の地図を描くっていう試練があったんだし、自力で階段を見つけるのもストッパーなのかも。
前を行く兵士たちは袋小路に入っていく。
道を間違えたのかと思いきや、茂みの中へとしゃがみながら入っていった。
「こんな道もあるんですね……」
行き止まりに見えても隈なく探さないといけなさそうだ。普通に参考になるし、道もわかるしありがたい。
茂みの中に繋がっていた道の奥へ行くと、兵士たちが魔物と戦っていた。その様子を盗み見る。
対峙している魔物は巨大な花だ。
花の魔物は大量の花粉を振りまき、兵士たちは花粉に掛からないように立ちまわっている。見るからに毒性がありそうだ。
兵士の一人が紙を前にかざした。紙は長方形の形で、中国の妖怪の頭に貼ってある札のような……ていうかお札だ。ニンジャといいお札といい、この時代は夢が広がり過ぎている。
ともかく、かざされたお札は奇妙な変化をし始めた。札が突然燃え出し、火となって花の魔物に襲いかかったのだ。火に苦しむ魔物にトドメとばかりに別の兵士が槍で貫く。
「あのあの、シャーロットさん。今の」
「?」
「あのお札。すごい欲しいんですけどどこで売ってますかね!」
「……気持ち悪いほど目をキラキラさせないでくれる? 海都に戻ったら教えてあげるから」
「はい!」
お札を構えれば火が出るってもう、かっこよ! ロマンが詰まり過ぎじゃないかあんなの! ニンジャ、お札、ときたら次はサムライかな!? オンミョウジ!? タタリ!? タタリとかあるかな!?
「って、追うわよ」
「はい!」
戦いを終えた兵士たちは先へと進む。角を曲がり、またも茂みを掻きわけしゃがみながら壁へと消えていくのが見えた。順調だ。
後に倣うように茂みを進めばすぐそばには、下へ降りる階段。
「やりましたね! さっそく海都に戻ってお札を探しに行きましょう!」
「まだ追うに決まってるでしょ。馬鹿行ってないで行くわよ」
ですよねー。まあ今のは言ってみただけです。
走り書きのように急ぎ地図を描いていくシャーロットさんを見ながら、僕の心はすでにお札へと馳せられていた。
あのお札の表面が摩擦熱で容易に着火しやすいとかだったのだろうか、あの現象は。いや、それだと魔物に襲いかかった説明にならない。可燃性の気体を出しているとか? でも方向性を決めれるみたいだし、占星術のエーテルとかいうやつが関わっているのだろうか。まあなんでもいい。大事なことは、誰でも使えるかどうか。あとどこにあるのか、だ。
結構大きめの魔物だったから使ったのか、それとも容易に使い捨てれる物なのか。お札自体が燃えていたことから使い捨ての物だろうし、どこかで生産されているはず。あ、ネイピア商会ならあるかな。あの雑多さなら何個かあってもおかしくないはずだ。
「よし、それじゃ行くわよ。……何やってんの?」
さっきは火だったけど、他のものも出せたりするのだろうか。占星術は火だけじゃなく他のものも出せるらしいし、お札も似たような感じかもしれない。あー、でもちょっと待って。火だけでもすごいかっこいいのに、雷とかがお札から出たらもう反則では? 他にもレーザーとか手裏剣とかも出せる気がしてきた。夢が広がるとはこのことか。あー、よし。海都に戻ったらネイピア商会に探しに行こう。
「ぼーっとしない!」
「お札が!?」
考え事に集中しすぎた。謎の返事をしてしまったことに気づいて少し恥ずかしい。いや、少しどころじゃない。普通に恥ずかしい。
「……」
「……い、行きましょうか」
「……良い子にしてたら買ってあげるわ」
「…………わぁい」
シャーロットさんの目が、ものすごく生暖かかった。
符とかカッコいいじゃないですか。
符を構えて「禁!!」とか言いたいじゃないですか。
地図を描く人はシャーロットさんになりました。ミゼルさんにやらせると、前作の子と似すぎる可能性があるかなと不安になったので。
戦闘ですが、基本的にボス戦以外はざっくり。たまーにFOE戦を少しいれる程度で後はダイジェストですらありません。
あと探索もですが、今回のようにショートカットをガンガンしちゃいます。ほんと話が長すぎるので。