地下3階。
前の階と同じく景色に大きな変化はない。まあ、空が確実に狭くなってきてはいるけども。その分だけ縦穴を下に進んでいるということだからこれはいい。ほかの違いは空がすっかり茜色。もうすぐ夜になる。まだ暗くなっていないのに星がよく見える。星空の下の遺跡とか、静謐な雰囲気がしそうだ。
まあ、景色を堪能している余裕はないけど。
「……この茂み、揺れてましたね」
「ここね」
兵士の姿を見失いかけているのだ。
階段のところでぼーっとし過ぎたのが原因か。とにかく地下3階についた時には兵士はもういなくなっており、前の茂みがやや不自然な揺れ方をしていたなとしかわからなかった。結構ギリギリだ。
「これ以上離される前に追うわよ。お札はちゃんと後で買ってあげるから」
「反省してますから! 子供みたいな扱いやめてくれません!?」
茂みの奥を抜ければ道が二つに分かれていた。
どっちを見ても兵士の姿はない。完全に見失ってしまった。
兵士は前の道か、右の道か。
「どうしましょうか」
「ま、仕方ないわ。ここから先は普通にやるわよ」
「そうですね。とりあえず……右でも行きましょうか」
右を選んだ理由は特に無い。
どっちかわからないのだし、悩むだけ無駄だからなんとなくだ。シャーロットさんも特に反対することなく歩きだした。
「───、──────」
「───」
話し声が聞こえる。
なんと言ってるかまでは聞き取れないけど、誰かがいる。これはひょっとして当たりだったろうか。また兵士の一団だったら追跡再開だ。
期待と共に少し急ぎ足になったが、聞こえてくる声がはっきりしてくるにつれ少し肩透かし。
若い男女の声だ。先ほどの兵士たちではない。
「だいたいカナエが止めなきゃ今頃向こう側だったぜ!」
「兵士についていくなんてダメに決まってるじゃない! 人数が増えすぎたら魔物に気づかれやすくなるんだから迷惑なの! お願いだからもうちょっと落ち着きを持ってよ、アガタ」
「だからってここで足踏みなんてしてられないだろ!」
2人の会話に、話を盗み聞きしてごめんなさい。あと兵士についていっててごめんなさい。
まぁ過ぎたことは仕方ないとして、兵士について話題に出ていたあたり、ここを通ったのだろうか。だとしたら大正解の道だったか。
またまた角から盗み見る。
男、というかもう少年という背丈の方は紫のマフラーに、ツンツンした黒髪。後ろ姿からじゃわからないけどきっと生意気な少年みたいな顔に違いない。
少女の方は少年より背は高い。金の髪をサイドテールにしていて、服装から占星術師だとわかる。
2人は互いに怒鳴り合っていたが、少年がホルスターから小型のナイフを取りだした。まさか口げんかに武器を持ちだすなんて、と思いきや。
「そこに隠れてるのはわかってるんだぜ」
こちらに届く声量で、そう告げた。
バレているとは……姿は見られていないはずなのに。
「おたくらの隠れ方が悪いわけじゃないぜ。相手が悪かったってだけだ。何せオレは稀代のシノビだからな」
シノビ……ニンジャ!!
この少年もキリカゼさんと同じニンジャ!? まさか2人目のニンジャを見ることができるなんて、ニンジャ大戦!?
感動する僕をよそに少年はナイフを突きだす。その延長線上は通路に繋がる物陰だ。
「ほら、出てこいよ」
「……」
……。
…………僕らがいるところ、少年が示した物陰の反対なんですけど。
出てきていいの? 恥をかかせる形になっちゃうけどいいの? え、いいのこれ?
「アガタ……」
「なんだよカナエ。今隠れてる奴らがどう出るか───」
「反対だよ。人がいるの」
「……」
あ、少女の方にもバレてたんだ。稀代のシノビより感覚が鋭い占星術師……この場合稀代のシノビが胡散臭いや。きっと少年はニンジャではない。ニンジャに憧れる子だ。
「あ、あのっ。出てきてもらえませんか? 2人、いますよね?」
人数までバッチリバレてる。
隣にいるシャーロットさんがあきらめたように出たので追従する。
「隠れててごめんなさい。つい咄嗟に隠れちゃって」
「あ、いえ、わかります。魔物がいるかもしれない場所ですし、当然ですよ」
「理解を得られて嬉しい」
「アタシも怖そうな人じゃなくて良かったです」
あ、この子良い子だ。
僕の中の良い子ポイントをすごく獲得していく。ちなみに普通な感性程このポイントは高い。今のトップはキリカゼさん。次点でベンジャミンさんだ。
「兵士はこの先を進んだの?」
「シャーロットさん、もうちょっとこう、他の人たちと友好をですね」
「今は兵士がどこ行ったかのほうが優先度が高いわ」
「もう欲望に忠実……」
良い子ポイント減点です。元々高くないけどさらに減点です。
「ひょっとしておたくらも兵士を追いかける算段だったのか?」
「なんだっていいでしょ」
「つれないこと言うなよ。兵士を追いかける理由は下の階に行きたいんだろ? だったらあんたらもオレたちも目的は同じなんだ。協力し合おうぜ」
「アガタ。増えすぎたらアタシたちだけじゃなくこの人たちにも迷惑がかかるって」
「大丈夫だって。こいつら、オレたちと同じで2人みたいだし、このぐらいの人数ならセーフだろ」
アガタと呼ばれた少年の狙いは渡りに船と思えた。人数が増える分、追ってる兵士にバレやすくなるかもしれないが、シンプルに安全面が高まる。
「なあ、オレたちと組まないか? 一時的なもんだけどさ」
「一時的なっていうと、兵士に追いつくまで?」
「そうそう」
「こちらとしては願ったりかも」
やりぃ、と喜ぶアガタとは対照的に、シャーロットさんは不満げ。何か言われる前に確認しとこう。
「別にギルド勧誘とかじゃないよね」
「ああ、同盟ってやつさ」
目的が一緒の間だけ、と理解してくれたのかシャーロットさんは何も言ってこない。よし。
「じゃあ自己紹介といくか。オレはムロツミのアガタ」
「アタシはカナエです。よろしくお願いしますっ」
ムロツミってのはギルド名だろう。
アガタはふんぞり返りながらの自己紹介。カナエはぺこりと頭を下げながら、と両極端だ。
「僕はミゼル。ギルド名は……」
何にしたっけ。ヤッベ。ド忘れしちゃった。
「ア、アンチセル! たしか!」
「シャーロット」
ひどくグダグダな自己紹介だ。シャーロットさんの方は簡潔すぎる。
「シャーロットさんはもう少しこう、挨拶とかちゃんとした方がいいですよ」
「うっさい。それより早く兵士を追いましょ。ここで駄弁ってる間に引き離されるわ」
「兵士ならこの先だぜ。ただ問題がひとつあるんだよ」
まあ、何かあるだろなぁとは思ってた。だってムロツミが立ち往生してたんだし。
「この先の中洲にでかいカバがいてな。そいつが邪魔で進めないんだ」
「そんなの無視して行けばいいじゃない」
「それが難しいから言ってんだよ」
カバ……普通の動物でも危険な生き物って噂されるカバ。そしてここのカバは、たぶんただのカバじゃなくて魔物だろう。しかし、
「兵士はどうやって?」
先に行ったのならカバの魔物を倒してるのでは。前の階で花の魔物と戦っていたときのように。
「最初は兵士が倒してくれねぇかなって思ったんだけどな。で、オレたちはここで待って、後からゆっくり入ろうと考えてたんだけど……カバを撒いて先に進んじまったみたいで」
「じゃあ同じように撒けばいいんじゃ……」
「それが、思いのほか速いんです。カバの動きが」
素早いカバ……遅いイメージがあるのに。まあ実際のカバを詳しく知らないけど。
カバが速いから立ち往生ってことは、やっぱり好戦的なカバなんだろう。人間を見たら襲ってくるタイプ。だけど兵士は素通り……いや、どうにか撒いたわけで。
花の魔物を倒していた兵士が倒さず撒くことを選んだと考えると、戦うのは危ないと判断したと思っていいだろう。
「シャーロットさん、カバと戦うの禁止で」
「……まだ何も言ってないじゃない」
「倒せばいいじゃないとか言いそうだったので」
「……」
目をそらすんじゃありません。ベタな反応すぎる。
「でもカバよ? 勝算はあるし」
「何を根拠に……」
「デカブツ相手なら、脚にダメージが行けば自分の身体を支えられなくなっておしまいよ。速いったって、体重に任せた突進でしょ」
な、なかなかそれっぽいことを。
だけど流されないぞ。僕たちはまだカバを見てないんだ。脚にダメージとか言っても、ゴーレムみたいな硬さを持っていたら傷ひとつつけられない。
「……撒けそうになければ戦闘で。それで我慢してください」
「それなら、まあ……」
「倒せるのならオレとしては倒してくれても構わないぜ。その方がまたここを通るとき楽そうだし」
「アガタ! すみません、この子のことは無視してください」
アガタが暴走してカナエが止める、みたいな関係かな。この2人は。
やはり普通な感性を持つ人ほど苦労するのが世界の仕組み……
「とにかく行ってみますか」
正直もう兵士に追いつける気はあまりないけど、ここで立ち止まりっぱなしってのもどうかと思うし。
そう思って歩みを進めると、川に周囲を囲まれた場所に出る。中央には話題のカバ。赤いカバだ。
赤いカバは僕たちが入ってきたことに気づいたのか、身体の向きをこちらに合わせ、大きく口を開いた。
「……威嚇?」
「たぶん……」
カバといえば大口で欠伸をするイメージがあるけど、正面から見ると結構迫力がある。ピンクな口内に象牙色の長く太い牙が目立つ。噛まれたら、いや、それ以前に体当たりでも受けようものならアウトか。噛むとか以前に何をされてもアウトだ。
威嚇は続いているのか口を開けたまま唸り声を出している。正面からは口だけの化け物にしか見えない。
まぁ、でもこういってはなんだけど、ゴーレムやクラーケンに比べたらヤバイって雰囲気はあまり感じなかったりする。
今まで見てきた魔物と違い、それほど動物のカバと違いがない。急に霧を出すとか鱗で身体を守っているとかそういうことはしてこないだろう。分厚い肉で守られてそうではあるけど。
「できる限り刺激しないよう、回り込みましょうか」
僕たちの反対側にも川があり、その向こうに通路が見える。そこへ辿り着けばいい、と思う。
兵士の一団が素通りできたのだし難しいことはないはずだ。思う、とか、はず、と断言できないことばかりだけど。
迂回して左から進もうとすると、カバは進路をふさぐように移動した。
「……」
なら逆にと右から進もうとすれば、先と同じようにカバが進路をふさぐ。そしてだんだん距離が縮まってきている。
「……いっそ二手に別れる? しつこそうだけど、同時に追ってはこれないでしょ」
「そ、それだと、行きが大丈夫だった方も帰りでどうしようもなくなります……」
カナエの言う通り二手に別れるのはダメだ。兵士が撒けたんだから何かしら方法はあるはず。
それになにより、二手に別れたらまた追われる気しかしない! 毒蜥蜴の時もクラーケンの時も狙われたの僕たちだし!
方法としては現状考えられるのは、引き付けてから脇を抜ける。もしくは倒すか。
「……引き付けて回避、その後向こうまでダッシュ、でいきましょう」
「だ、大丈夫でしょうか」
そんな相談中もカバが近づいてきている。距離はまだ結構ある。こいつは縄張り意識が高そうだ。
今ならまだ引き返せる。引き付けた分だけさっきの場所に戻るのが困難になる。でも戻っても同じことを繰り返すだけに終わりそうだし、他に方法が思いつかない。
最悪戦闘になってもまぁ大丈夫だとは思ってたりする。以前の相手が異常すぎて感覚が麻痺してるだけかもだけど。
突然カバの立てる音が変わった。正確には土を蹴りあげる音が入ってきた。
走り出したのだ。その巨体によるぶちかましを行うつもりなのか、こちらに向かって一直線。
たぶんシャーロットさんとアガタは大丈夫だろう。すばしっこそうだし。でも、僕とカナエはうまくカバの横をすり抜けることができるか。
あの重量感から小回りが苦手そうとはいえ、直線しか動けないなんてわけがない。突進に軌道修正が少なからずあるはずだ。
自信がなくなってきた。でももう作戦変更とか無理だ。とにかく避けるしかない。確実に避ける、それだけだ。確実に、確実に……確実に避ける。
そうだ、目潰ししたら確実に避けれるのでは?
銃を抜きカバの目に発砲。
攻撃に驚いたためか、痛みによるものなのか、カバから出た高音の吠え声が辺りに響く。
「え、やるの?」
いや、避けるためにやったことで……
シャーロットさんへ説明しようとしたが、カバから怒りの咆哮があがり声をかき消された。
「メチャクチャ怒ってね? あのカバ」
……メチャクチャ怒ってますね、あのカバ。
左目がやられたことによる怒りがひしひしと伝わる。たとえ狭い道に逃げても壁を壊して追いかけてきそうな雰囲気だ。
手負いの獣は危険だって話をよく聞いたことがある。
……こっちに来る前に、残った右目も撃って視界を奪う!
再び目に狙いをつけて撃つも、さっきので完全に銃に警戒をしたのか、首を振り目を守られた。
額に当たった銃弾はポトリと落ちる。せいぜい少し血が滲む程度のダメージといったところか。赤い皮膚のせいでわかりづらい。
「め、目潰ししたら安全かなと思って……その、ごめんなさい!」
「倒せば話は終わりよ!」
「そうですね! でもほんとごめんなさい!」
ま、まあクラーケンやアユタヤの鮫に比べたら大丈夫! むしろ倒しちゃうべきだ! うん!
「な、なんでこんなことに……」
「ぼやいてる暇なさそうだぜ!」
避ける予定だったカバに恨まれてごめんて。
僕のカナエに対する良い子ポイントは高いけど、逆にカナエから僕に対する良い人ポイントは減った気がした。
原作で立ち絵をもつ2人。
そして問題児でもある、アガタとカナエの登場です。
ちなみにアガタの身長の低さ、落ち着きのなさから、ミゼルさんは自分より確実に年下と認識しています。そのため口調は丁寧語ではないです。
カナエについてもアガタと同じぐらいの年齢と認識したため対応は一緒です。
原作では共闘なんてありませんが、ついていくだけとかオメェ!ってなるので共闘展開に。
ちなみにムロツミとのギルド合併はありません。
共闘までです。