最初に前に出たのはシャーロットさん。
カバとの距離を詰めていき、正面からぶつかる寸前で左に動いた。
さすがに巨体の突進に正面衝突はしないらしい。
あっさり突進気味だったカバの横を位置取った。そのまま前脚に攻撃を入れようとするも、カバは器用にも上体を起こしながら身体の向きを変えてきた。
「こんのっ……!」
そこからシャーロットさんを潰そうと倒れ込む。悪態をつきながらも彼女は距離を離して避けに徹した。
……突進から踏み潰しに移行できるってことは、全力で走ってなかったってことでは。
予想以上にあのカバ、小回りが利きそうだ。
「たぶんまだ力を隠してます! 油断しないように!」
警戒を呼び掛けつつ後ろ脚を撃つ。しかし、少し脚を嫌がるように動かす程度で大きな反応はない。肉が分厚すぎだ。魔物ってみんなこうなわけ? い、いや、カバが特別なんだ。
「嫌がらせにしかならないなんて……」
銃弾がダメなら剣なんてもっと絶望的なんじゃないか。
「オレも行くぜ!」
「アガタ!」
カナエの心配げな声を無視してアガタがカバに向かって走る。さすが自称ニンジャ。自称するだけあってかなり速い。
でも手に持つ武器は不安しかない。ナイフだ。
キリカゼさんが使ってたら期待しかないけど、アガタが使っても……
カバはシャーロットさんに身体を向けているため、自身の左から来るアガタの接近に気づいていない。左目が潰れていて左側が見えてないからだ。
アガタはそのままカバの横腹をナイフで斬りつける。
「硬ぇ!?」
だよね。そうなるよね。
「表面しか斬れねぇぞこれ!? 筋肉の塊かよ、このデブ!」
「アガタ! 離れて!」
カバが向きを変える。ただそれだけの動作で脅威だ。勢いは突進ほどではない。ただし、カバの筋肉量からして人間側は下手に抵抗すれば転倒は免れない。一度転べばそのまま地面と一体化だ。
「うおっ!」
「このへん!」
距離を取るアガタの声と、僕の勘頼りの射撃。身体の向きが変わるのだ。狙いはもちろん残った右目。
しかし希望通りには当たってくれない。つぶらな瞳をしやがって。
剣も銃も有効打に難しい。でもそういう相手は海都の外で見てきた。具体的には鮫とか。
火とか電撃なら筋肉なんて無視してくれる可能性がある。そしてここには占星術師がいる。
「占星術お願い!」
占星術の何が専門か聞いてないけど、剣や銃よりはいいはずだ。
そんな期待を込めつつカナエを見れば、
「え、あ。す、すみませんっ! アタシ、占星術は使えないんです!」
「えぇ!? 占星術師じゃなかったんだ!?」
え、じゃあその格好は占星術師の服とかじゃなくて、コスプレ的な?
「占星術師ではあるんですけど、まだ勉強中で……」
それでよく樹海に入ろうと思ったね!?
「勉強中でもいいから! 何か!」
「え、えっと……!」
カナエは慌てて鞄を探りだした。占星術を使う様子は見られない。
これはもう剣と銃だけであの肉をどうにかするしかない!? あ、でもシャーロットさんの薬品! ここで使うべきだ!
「オイ! そっち狙ってる!」
「オオオゥ!?」
カバが勢いよく迫ってくる。避けないと……向かって右だ。目が潰れている分見失ってくれやすいはず。
あ。
結構しっかり軌道修正してくる、こいつ。
やっぱりこの突進は全力じゃない。人間でいう駆け足程度に留めてやがる。
「ぐわぁ!」
急速に視界が横にブレる。同時に右腕が強く引っ張られた。腕を引いてくれた人物は、位置的にカナエ? 感謝したいけどその余裕が今はない。
カバの突進は凌げたが、またすぐに次が来るのがわかった。
これ、ずっとカバのワンサイドゲームになりかねな……って、何あの背中。
カバの背に何かいる。というか人がいる。
「この……! ネトネトして気持ち悪い!」
何やってんの、シャーロットさん。いつの間にカバの背に。さっきの突進の際に背へ跳び乗ったのだろうか。
しかしカバは背中の存在を無視している。しがみつくのも難しいのか彼女は剣を振れそうにない。
「こんの……! 薬品! 掛ける!」
「……! はい! ありがと手離して!」
「は、はいっ」
短い言葉と共にシャーロットさんは剣を放り捨てる。代わりに手には小さな小瓶。それをカバの顔に無理矢理叩きつけた。
どの薬品だったかわからなかったけど、撃てばわかる。今度は目のように小さな的じゃない。カバの顔全体だ。
少しは怯めよと念じながら速射する。全弾吸い込まれるようにカバの顔へ。
着弾と同時に現れたのは火だった。突然の発火にカバの足が縺れ、地面で下顎を削るように転んだ。
今までで一番の手応えだ。
薬品が完全に揮発する前に追撃……弾込めってもどかしい!
「乗り心地、最低ね!」
文句をぶつけながらシャーロットさんが盾でカバを殴る。盾でも起こる発火現象。まだ揮発しきってない。
「撃ちます!」
射線から外れたのを見てから再度銃弾を撃ち込む。が、もう発火が起きない。ほんと早い。
カバはゴムが燃えたような異臭を放つも、脚を起こして立ち上がる。すぐさまシャーロットさんが背へとまたも乗った。
しかし今度は振り落とされた。カバがまた、後ろ脚だけで上体を起こしたのだ。
また踏み潰しが来る。最初の時と同じように身体の向きを変えて。
そんな予測をカバは裏切った。
向きを変えずに上体を落とし、そのままサイを想像させる一直線の突撃。
これまでと全然速さが違う……!
考える間など一切なく、本能のまま避けることに徹した。バカみたいな重量がほんの少し前までいた位置を通り抜けていく。
僕はなんとか避けれたけどアガタとカナエは、と見てみれば、結構余裕をもって2人とも避けていた。
アガタはなんとなくわかるけど、予想以上にカナエも身体能力すごそう。
「~~~っぶねぇええ! あのデブ、マジで力隠してやがった!」
「でも速くなっただけで避けやすいかも」
「だな!」
心強いやり取りだことで。
あの2人の心配は要らなさそうだ。むしろこの身の心配をした方がいい。
次の攻撃の機会に備えて弾込めを……あれ、なんだこれ。鞄の奥に布でグルグルに巻かれた物。
……あ。これ、ないよりマシかな。
手に刺さらないように取り出した物は、カモノハシの尻尾。おそらく毒を分泌している部位で、なおかつ針のように鋭い毛を持つ代物だ。
この尾の毒が即効性なのか遅効性なのか、毒の種類は何なのか。毒の強さはどれ程の物なのか。そもそもまだ毒を分泌しているのか。わからないことだらけ。だけどないよりマシ。
あのカバの本気の走りは軌道修正が弱い。進路上に置けば踏んでくれそうだ。この毛針の細さなら奴の筋肉を物ともせず刺さってくれる、はず。
「シャーロットさん、薬品はまだあります!?」
「火は打ち切り!」
「じゃあ次は氷でお願いします! 狙う場所は変えてください!」
カモノハシの毒以外にも決め手がほしい。それも決定力が高めのだ。剣を拾いに行ってたシャーロットさんの近くに駆け寄りながら作戦会議。
顔は怯みこそするけどそれだけ。仮に肉の鎧を越えても次に待つのは骨の鎧。大きな頭蓋骨の奥に隠れる小さな脳を残りの薬品でどうにかできるか、と考えると怪しいものだ。電撃が脳にまでいけば可能性は少し高いかもだけど、それより確実性が高そうな部位を狙った方がいい。
邪魔する存在はこのカバだけではない。消耗は可能ならば減らすべきだ。
「後ろ脚の膝裏! お尻に飲み込まれそうなあの膝裏! そこに薬品つきの斬撃を!」
「あの短足の膝裏ね……」
「難しそうなら言って──」
「冗談! 両方の膝裏にお見舞いしてやるわ!」
後ろ脚は散々上体起こしを披露してくれた奴の大事な柱だ。それに関節部、そんなところが筋肉でガチガチだと動きがとれない。だからこそ、狙い目のはず。
カバは身体を向けたのは僕とシャーロットさんのいる方角。また狙われちゃってるよちくしょう。目の傷と顔の火傷の恨みか。
「……なんかでかくなってません?」
「一回り大きいわね。筋肉の肥大化? 脳筋ね」
「……」
何も言うまい。
しかし、まあ……すごい殺意が高い。心なしか湯気が出ているようにも見える。体温の上昇で汗が蒸発してる?
「来る……!」
今度こそ正真正銘、全力のカバの攻撃。力任せのシンプルな攻撃だ。冷静に対処すれ……ば……?
カバが駆け出した途端、派手にすっ転んだ。
「おー、膝裏ってこんなに効果的なのか。スゲェじゃん」
アガタが倒れたカバを見ながらさらに言葉を紡ぐ。
「ま、オレの技術があってこそだけどな! 名付けてアガタ流影縫改なんてどうよ!」
「はあ」
カバの後ろ脚の膝裏には左右どちらにも、ナイフが突き刺さっていた。
「へへっ、オレたちと組んで良かっただろ?」
「アガタ! まだ!」
「え?」
カバが前脚だけで動き出す。四肢を使ったものではないとはいえ、筋肉の塊には短い距離程度なら動かすのは容易だとばかりに。
そのため、現状最も近くにいたアガタに襲いかかろうとしていた。
しかしカバの全身を包む炎がそれを拒む。
焼かれたカバはもがきながら地面に再び倒れ、起き上がらなくなった。
炎の出所は、カナエから。
カナエの手には……塵になっていく長方形の紙。お札だ。
「さ、サンキューカナエ!」
「ま、まだ倒せてな────」
「お札だ!!」
「うるさっ」
あれは兵士たちが使っていたお札だ。間違いない。だって構えてたし。まさかまさか、お札の使用者と知り合えるなんてすごい幸運では。え、カナエの良い子ポイントうなぎ登り。
「なぁ、オレの技とカナエの起動符で反応違いすぎねぇか……?」
「そ、それよりまだ────」
「起動符って言うんです!? どこで取り扱って、いやそれより、占星術師の格好なのはその起動符が関係してるとかですか!? 兵士が使っていた様子を見るに特別な装備は必要なさそうだったけども……ひょっとして自作とかできたりするんですか!? 原理はわかりませんが占星術になんらかの関係性がある現象を引き起こしてますも──んふぇ!」
「うっさい」
頬をつねるのは地味に痛いです。
確かにちょっと興奮しすぎた感はあった。少しだけ反省している。
カナエも戸惑っちゃっているし、もうちょっと大人な落ち着きで接しないと。
頬をつねる魔手の持ち主は倒れ動かないカバを見る。
「さっきから言いかけてたけど、もしかしてまだこのカバ生きてんの?」
「は、はい! そうですそうです!」
「うぇ。生命力高すぎ……」
今は気を失っているだけか、動き出す気配はない。
また暴れられたら怖いし、とサーベルを取り出して目に突き刺した。奥まで突き刺せばさすがに死ぬはず。
「け、結構エグいことするな」
「意識がないとはいえ、硬い身体だしね」
サーベルをカバから抜けばヌチョりと音が鳴る。これで初めての剣を使った相手は気を失ったカバ……あ、かみつき魚に使っていたか。
「もう兵士たちに追いつける気はしないけど、どうしましょうか?」
元々距離を離されていた中、カバとの交戦で奪われた時間。もういっそ兵士を諦めてもいい気がしてきた。
「個人的には今からカバの解体でいいかなと思うんですが。ちょっとした休憩もかねて」
「まああんだけ苦労させられたし、戦利品ぐらい欲しいよな」
アガタの同意を得たし休憩休憩っと。
「カナエ、だっけ。目瞑って何してんの」
とりあえず皮から剥いでみようかなと考え始めると、そんな声が耳にはいる。
見ればぎゅうっと目を瞑っているカナエに声かけるシャーロットさん。
「い、いえ、さっきのが、見てるだけで痛く思えて……変ですよね」
さっきの? 何かあっただろうか。
「変ってわけじゃないんじゃない? うまく言えないけど、普通だと思うし。戦ってる最中にそんなこと言ってたら馬鹿だけど」
「すみません……」
カバ肉の硬さを確認しながら後ろの会話を盗み聞き。珍しく人に優しい言葉をかけたと思ったら、後半で責める形になってるのはなんでなの。
「なぁ、これ解体しても、持って帰るの無理じゃねぇか? なぁ?」
「別に今のはいいわよ。戦ってたわけじゃないんだし。それに目を貫くなんて、痛みを想像させやすい行為よ」
「でも、みなさん気にしてないようですし……」
「……」
目を貫く……カバへのとどめか。もしかしてカナエは共感性が強い子なのかな。
「なぁ、オーイ。解体すんのオレだけじゃキツいって」
「……」
カナエの前じゃあまり痛々しい行為は避けるべき? いや、そんなの無理だろう。せっかくこの2人、人数的にも同行するのが丁度良かったのに。
「おいってば!」
「あ、うん。使えそうな部位だけ取ろう」
「だからそれがどこだよ!」
アガタがなんだか不満そうだ。盗み聞きは止めて僕も解体しよう。
使えそうな部位……あの硬さの秘密は筋肉だったけど、筋肉なんて持って帰ることはできないしなぁ。しばらくすれば腐敗して強度もなくなるし。
他は体重を支える骨。それにはまず肉を削ぎ落とさないと……この筋肉を……。うん、キツい。
「……」
「……おーい、カナエもこっち来てくれよ!」
「え、うん」
アガタめ、早急に僕から見切りをつけたなちくしょう。ちょっと悩んでただけだ。
「使えそうなとこってどこかわかんねぇか?」
「……牙ぐらいかな、たぶん。他は大変そうだし」
「よし、牙だな!」
「た、たぶんだからね!」
牙かぁ。牙も大変そうだけど他よりは断然マシか。
そんなわけで、カバの解体作業は早々に牙抜き作業へと変化することになった。
解体用にと鋏やナイフ、金槌があるけどこれでいけるのかな。
途端、地面が揺れた。
「おあっと!? ま、また……!」
「ん、また揺れたわね」
「今日は多いですね。アタシの覚えている限りだと、もう5回は揺れましたよ」
「そんなに揺れてた?」
「そんなことよりさっさと解体しようぜ?」
なんで3人は気にしてないんだ。やっぱり地震はよくある土地なわけ? だとしたら早いこと慣れないと……って、考えても簡単に慣れる気がしない。
でも船の揺れには慣れることができたし……よし、大丈夫な気がしてきた。
「ああっと!!」
「……いちいち叫ばないでくれる?」
「変なやつだな」
驚くのは仕方なくない?
口に出しても同意してもらえる気がしない。
船の揺れとは異なる揺れに戸惑いながら、心の中だけでも自分を正当化するしかできなかった。
カナエは占星術師ですが、アガタと同じ里出身ですし元シノビで転職したゾディアックイメージです。
スキルの選択は、まぁ別の機会に。
あとゲームでは野営地でテントを張ります。
このお話も野営地自体はあります。今回のテントの場所は野営地じゃありません。
Q.気を抜きすぎでは?
A.つ、疲れてたし……それにFOEのいる場所ってエンカウント率少し低いから……例外もあるけど……