とんでもなく寝過ごした   作:横電池

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44.汚泥の試練

 

 

 

「ふぅん。オランピアが来てたのね」

「はい……でもアタシたち、怒らせちゃったかもしれなくて……」

 

 あれからオランピアさんは野営地に来なかった。なので謝れていない。もっとも、たとえ来ていたとしても、何に対して怒っていたのか上手く把握できていないのだ。そんな状態で謝ってもより怒らせてしまいそうだ。

 

「オレ以外みんなオランピアって人と会えたんだな。海都にいる間に1回ぐらいオレも会ってみてぇなあ。聞いた話によるとかわいいんだろ?」

「会いたがる理由がひどいなぁ……」

「サイテー」

「馬鹿じゃない?」

 

 確かにかわいい系だとは思うけど、下心全開すぎる。

 次にオランピアさんと会う時もアガタがいないタイミングだといいな。アガタが余計怒らせてしまいそうだし。

 

「そういやカナエ、兵士っぽい連中の場所って変わってないのか?」

「うん、昨日と同じ場所。かなり近いよ」

「それならいよいよだな……。なんか作戦とかあるのか?」

 

 後半の台詞は僕に向けてのものだ。協力を持ちかけた側としては、力強い答えを返したいところだけど。

 

「作戦ってほど大層なモノはないかな……普通に戦うしかないかと。カバのときみたいな感じでいいと思うよ」

「マジかよー」

「だいたいナルメルの情報がなさすぎるしね。臨機応変にとしか言えないよ」

 

 実際にナルメルと対峙すれば、何か思いつくかもしれない。というかアガタたちは指示を聞いてくれるんだろうか。作戦があれば聞くみたいなスタンスを見せていたけども……確認しておくか。

 

「ちなみに、戦ってる最中何か思いついたらその指示に従ってくれたりする?」

「そのつもりだぜ。オレ、考えるの苦手だからな。もちろん危ない作戦じゃなかったらだけどな!」

 

 まあこれからやることは魔物との戦闘なのだし、多少は危ないと思う。

 

 

 

 

 

 野営地を後にし、いよいよ兵士の一団がいる場所までやって来た。頑丈そうな扉の前で彼らは周辺を見張っていた。

 この兵士は……あの時追跡した兵士たちだ。

 

「冒険者か。ここに来たということは試練だな?」

「はい。ショーグンからこれを受け取りました」

 

 忘れず2枚の許可証を渡す。ムロツミとは別ギルドだと説明しながら。

 

「いよいよだな……。ようやく下層に行ける」

「気が早いよ」

「あぁ! こんな試練で失敗するわけにはいかねぇよな! 魚なんてすぐに片付けてやるぜ!」

 

 やる気十分なアガタの様子を見て、兵士のひとりが困ったような表情を浮かべ、口を開いた。

 

「この試練の敵は──」

「待て。それ以上は過干渉になる」

 

 この試練の敵は……続く言葉はなんだ。ナルメルではない? いや、試練の内容はナルメルの討伐。この前提は覆らない。

 

 まだ何かがある……?

 

「では扉を開く。すぐに中に入るように。我々は試練が終わるまで手出しはしない」

「はい」

 

 考える時間もない。

 両開きの扉が開いたと同時に中へと駆け込む。

 

 試練の場所は四方を壁に囲まれた部屋だった。ここまで見てきた遺跡の壁とは見た目が違う。外から持ち込んだものだろうか。これでナルメルを閉じ込めている?

 

 四方の壁は厚みもあるようで、先の兵士たちが登り、そこから僕らの試練を見始める。

 

 肝心のナルメルはというと……魚の魔物の例に漏れず、宙を泳いでいる。オオナマズと言われるだけあって大きい。だがアユタヤで見たハンマーヘッドと同じぐらいの大きさか。見た目からしてタフそうだ。

 ヤツメウナギのような口に、2本の長い髭。髭の先端はほのかに発光しているのがわかった。

 

 ナルメルは入ってきた僕たちに一瞥もくれず、部屋の奥にある扉に向かって体当たりをしていた。

 事前に聞いていた情報通り、遺跡の破壊を試みているのか。

 

「……やりづらいわね」

 

 シャーロットさんが不快感を隠さず愚痴る。

 地面がところどころ、泥でぬかるんでいるのがわかったからだ。部屋の中央に行けば行くほど泥の面積が多い。

 

 踏み込みを必要とする剣士には嫌な環境だ。となると、いつものような暴れん坊っぷりは発揮するのが難しいか。

 アガタも考えたらナイフによる近接だ。まさかの前衛二人が苦しい環境だなんて。

 ちらりと背の低いナイフ使いを見れば、座りこんで足に何かつけている。板を紐づけている。

 

「……アガタ? ニンジャ道具?」

 

 なんだ、そのワクワクさせるような装着品は。なんだその面白そうな小道具は。

 ひょっとしてニンジャの秘密道具か。ニンジャに憧れているだけのことはある。

 

「へへっ、水蜘蛛つってな。水面を移動するときに使うやつ」

「やはりニンジャ道具……」

「アガタ、嘘つかないで。板かんじきです。泥濘地帯で足が沈まないための」

 

 ちなみに農業組合の方が考案してくれました、とのこと。

 そんな便利なモノが。というかニンジャ道具じゃないのか……。まあ、接地面積を広くして重みを分散させるだけの物のようだし、ニンジャ道具としては単純すぎるか。

 

「持ってないのでしたら、アタシの分はシャーロットさんが使ってください」

「嫌よ」

「えぇ……アタシより前衛の方が必要ですよ絶対」

「絶対嫌よ」

 

 カナエの提案を断固拒否とばかりに泥沼へと踏みこむシャーロットさん。

 沈んでいくというよりぬかるみで踏ん張れないもののようだ。

 

「一応中央は避けてくださいね。万が一底なし沼のようになっていたら助けれませんから」

「ん」

 

 ナルメルは未だ扉に体当たりをしているおかげで準備がゆっくりできる。それぞれが思い思いの位置へと立った。

 僕は東の壁際。カナエは西の壁際。

 対してシャーロットさんとアガタはナルメルへと近づいていく。最初の攻撃は2人のどちらか、たぶん武器の長さからしてシャーロットさん。できることなら最初の一撃で終わらせてほしい。

 

 だが、完全に接近する前に先に動かれた。臆病かどうかはともかく、警戒心は強いらしい。

 ナルメルは扉への攻撃を止めて、近づいてきた人間へと向きなおった。敵意を重く感じ取れる。

 

 臆病な性質は絶対嘘だ。それかオランピアさんの感覚がズレてるんだ。

 

 それまで宙を泳いでいたナルメルは、地面に身体が付くほどに高度を下げて這うようにくねり迫る。

 

「アガタ!」

「うおおっ!? 飛ばねぇのかよ!?」

 

 跳び下がるアガタはバランスを崩すが、攻撃自体は受けていない。

 虚を突かれたが、被害は誰も受けていない。

 地を這うのならまだ前衛組もやりやすいかもしれないし、これは好都合だ。もっとも、やはり泥の足場というだけあってやりづらいのには変わらないが。

 だが後衛は足場などあまり関係ない。それに的が大きくて助かる。

 

「正直わかってたけど……」

 

 銃弾を受けても怯むことすらしない魔物が多いこと多いこと多いこと。

 どういう表皮をしているんだ。やっぱりただ身体に当てるだけじゃダメということか。皮膚の薄い部分を狙って撃つしかない。

 

 ……目かな、やっぱり。いつも目を狙ってる気がしてきた。

 

 離れて見ているおかげでナルメルの全体像と動きはよく見える。だけど目という一点を狙うにはなかなか難しい。

 

 ナルメルの両脇からシャーロットさんとアガタが迫る。一見危険に思えるが、問題ないと思えた。

 宙を泳ぐこともできるナルメルといえど、魚と構造上はそう変わらない。泳ぐという動きが基本である以上、左右や背後への攻撃方法がない。

 

 その推測は外れた。

 

 ナルメルは尾を振り上げ、そのまま勢いづけて地面の泥を叩き、大きく跳ね上がった。泳ぎではない動き。陸地にあげられた魚の抵抗そのものだ。

 通常の陸地にあがった魚の動きと、宙を泳ぐ魚の魔物の動きを切り替えれるのか。

 

「きたねぇ!」

「悪あがきね!」

「アガタ、大丈夫!?」

 

 叩かれた泥は周囲に飛び散り2人の足を止める。

 シャーロットさんは盾で泥を防げたようだが、アガタは泥を全身に浴びせられていた。接近する速さの差のせいで、アガタは至近距離すぎたようだ。って、

 

「上から来る!」

「おおおぉ!?」

 

 泳がずそのまま落下してきたナルメルは、先と比べ物にならない泥飛沫を立てた。

 今度は2人とも全身に泥を浴びるが、

 

「いってぇっ!?」

「また目ぇ……!」

 

 アガタの痛がり方がさっきのと全然違う。泥の勢いが増しただけで、それとも何か細工がある?

 それにシャーロットさんの目に泥が入ったのか顔を抑えている。追撃が来たらまずい。

 

「離れて! 雷術の起動符、使います!」

 

 カナエの声に2人がナルメルから離れる。それと僕も起動符があることを思いだした。何術かは聞いていなかったが、銃弾より反応はマシかもしれない。

 鞄から取りだしている間に電撃が真っ直ぐナルメルへと向かった。バチィ、と弾ける音と共にナルメルの身体が大きく揺れる。

 

「き、キーーン!」

 

 ぶっつけ本番の起動符を使う。

 符から出てきたのは火だった。火はナルメルへと向かい、その表皮を炙ってすぐに鎮火した。

 

 ……まったく効いた様子がない。占星術師じゃないから威力を引きだしきれなかった? いや、単純に電撃が有効なだけか。

 

 ナルメルの狙いが今度はカナエに切り替わる。それだけ先の電撃は効果があったということを示す。

 なんだかんだであの子の身のこなしはアガタに迫るものがある。避けることは可能なはずだ。

 

「シャーロットさん! 薬品は電気で!」

「少し、待ってなさい!」

 

 目の泥を落とすのに時間が掛かっている。服の袖で拭おうにも、全身に泥がついている状態だ。目の泥を拭い落とすつもりが、また泥を付着させてしまっている。

 盾を持っていた左手は大丈夫と気づいたのか、盾を外し始めた。

 薬品による攻撃は短時間ではあるものの、爆発力は大きい。最大限その威力を引きだすためにも一発でも多く敵に銃弾を撃ち込まないといけないが。

 そのためにもナルメルと距離を少し詰める。カナエのほうに向かったせいで離れすぎているからだ。

 

 ヌチャリ、と泥の感触が靴裏から伝わる。足首まで泥水が触れた。

 場所によって深さが違うのか、足の左右で深さが違う。これは気持ち悪い。見えている範囲では深さの違いがわからない。足首に纏わりつく粘りある水の感触が嫌でも意識を逸らさせる。

 

「ひっ、わっ、ひぃっ!」

 

 ナルメルの体当たりやヒレによるひっかけ、様々な攻撃をカナエは小さな悲鳴をあげながら避けている。余裕はなさそうだ。いつまでも回避ができるなんて期待はしない方がいい。

 シャーロットさんは……剣に薬品を塗り込む所作。もういける。あとは斬り込んでもらうだけだ。

 

 ナルメルが尾を振り上げる。

 さっきの跳び上がりをするつもりだ。あの攻撃は周囲を泥で攻撃するようなもの。カナエの距離では回避が難しい。

 

「そんな技、何度もさせるわけねぇだろ!」

 

 アガタが尾へと跳びついた。しかしその程度でナルメルの動きを妨害はできない。それがわかっているのか、彼はすぐさま跳び退いた。

 尾は振り下ろされ、再びナルメルを跳び上がらせる……ことはなかった。ただ泥飛沫を立てただけだ。ナルメルは奇妙な、上体を逸らすような姿勢を取った後、また地に身体をつけた。

 

「見たか! オレの得意技、影縫! あ、ヤバイ。そんなに長く持たねぇ! 短剣が抜ける!」

 

 ナルメルが力を込めているかのように、小さく震える。尾に何かがあるのか、重たげに、徐々に持ちあがっていく。

 尾はついに、何かがなくなったのか勢いよく上がる。それと同時に2本のナイフが空へと舞った。

 ナイフの飛び方に違和感がある。2本のナイフどちらも互いに引っ張り合っているような……鋼線?

 

「やっぱり泥じゃ簡単に抜けやがる! 時間稼ぎにしかならねーじゃん!」

「十分よ! 薬、使う!」

 

 跳び上がらなかったナルメルの真横、剣を振り抜くシャーロットさんがそこにいた。

 

「2人とも、余裕があったらシャーロットさんの斬撃部位に攻撃を合わせて!」

 

 ここで畳みかける。

 シャーロットさんの斬撃に合わせ、銃弾の連射、短剣の斬り込み、起動符の電撃がナルメルの身体を襲う。そのどれもの後に電気が弾ける音が鳴った。

 大きなダメージを負ったのか、ナルメルは苦し気にしていて動かない。

 

「おお! コレなら楽勝じゃね?」

「雷術の起動符、あと1枚です!」

「シャーロットさん、次を!」

「わかってる!」

 

 この流れを維持したいが、最大火力は次でおしまいだ。

 なら少しでも回復される前に、休む間も与えず次を撃ちこまなければならない。

 

 盾に備えられた薬品に剣を塗り込んでいる最中、ナルメルが身体をくねりだす。

 

 思ったよりも動きだすのが早い。まだ先のダメージでは行動に支障をきたさないのか。

 

 ナルメルの動きに合わせて泥水が波紋を立てた。

 それに合わせてヤツの身体は沈んでいく。

 

 どんどんと、地中へと沈んで……不味い!

 

「逃げるな!」

「止めないと!」

 

 電気の剣と銃弾が届く前に、ナルメルの身体が完全に地面へと潜っていった。

 

「くそっ!」

 

 最悪だ。

 地中になんてこちらから攻撃する手段はない。そんな中で回復に努められでもしたら……いや、まだだ。よく考えろ。あの巨体が潜れば、なんらかの変化があるはずだ。

 泥で地面が柔らかいからといって、ここは底なし沼というわけではない。潜れる深さに限界があるはず。ならば地面の盛り上がりか何か、なんらかの反応が地表にも出るはずだ。

 

 休まれることはない。ならば不味いのは向こうからの攻撃。突然足元から襲われる可能性がある。

 

「全員壁際、少しでも地面が堅い足場へ!」

「お、おう!」

「カナエはナルメルの居場所を探って教えて! そこに銃弾を撃つから!」

「は、はい!」

 

 安全に攻撃する手段として銃は優れている。

 問題は、地表でも銃弾だけでは怯むことがなかった点だ。

 

「いけるの?」

 

 シャーロットさんが横まで来ていた。

 

「……銃弾を撃ちこんでも地上にでなかった場合、危ないですが剣をその場所へ突き立ててもらえますか」

「ん、わかったわ」

 

 現状銃や起動符を除けば一番リーチのある得物を持っているのは彼女だ。アガタのナイフでは届かない。

 かなり危険だが、あっさりと了承してくれた。今はその異常性に感謝。

 

「……アレじゃねぇか? あそこだけ泡だってるぞ」

「嘘……」

「カナエ?」

 

 反対の壁際にいるムロツミの会話が届いた。

 アガタの言う通り、一ヵ所だけ泡を立てている場所がある。そこにナルメルがいるのだろう。だが、カナエの反応が変だ。

 

 

「すぐにそこから離れてください! 全員の足元にいます!」

 

 

 必死に叫ぶカナエの言葉の意味が、理解できなかった。

 

 途端、地面がこれまでより激しく、大きく揺れた。その揺れによろめき、前の地面に倒れかけた時。

 

 言葉の意味を理解した。

 

「────ぐへぇ!?」

「せめて壁の方に倒れなさいよ!?」

 

 襟を掴まれ後ろへと勢いよく引っ張られた。首がしまって苦しい。が、助かった。

 

 地面から鋭く長い針と、虫の爪が迫っていたからだ。

 虫は獲物を追ってか、地表へと姿を現す。それが何匹も、何匹も。

 

 あのまま倒れこめば、ノミのような、タガメのような形状の虫の魔物に刺されていた。

 

「何が試練はナルメル退治よ!」

 

 また地面が揺れる。

 その揺れに合わせるように虫が襲い来る。迫る虫の針を盾で防いでくれたが、数が多い。囲まれれば凌ぎ切れなくなる。その前に移動しなくてはダメだ。

 

 この試練の敵は──と言い淀んでいた兵士がいた。

 何を言おうとしていたのか、今ならよくわかる。

 

 

 敵はナルメルだけじゃない。

 

 ぬかるみのある足場。

 

 ナルメルの武器となる泥。

 

 そして、湿地の中に潜んでいた虫の魔物。

 

 

 この湿地にあるもの全てが敵なのだ。

 

 

 

 

 




 

ようやくナルメル戦です。
そして湿地にひしめく者登場です。

ちなみにシノビにファーマーのようなぬかるみ無効スキルはないです。
斥候用の長靴なのですが、そのまま使うのは何というか……味気がなかったので水蜘蛛の術もどきとなりました。
板かんじきと言っちゃってますが、かんじきは泥に足が沈まないようにするためのものです。積雪のある地方のやつがイメージしやすいかも?

あと今回ナルメルが使用したスキルは

マッドスロー
大地震

です。
マッドスローって脚依存だと初めて知りました。名前から腕依存だと思ってました。
大地震に関しては、周囲の物が崩落するとかでもないのに、攻撃として扱うには難しいかなと思い、湿地にひしめく者との連携攻撃に変わりました。

揺れ→転倒→ひしめく者「お、刺したろ」→地面から針がグサーッ

みたいな。

あとどうでもいい話ですが、ナルメルの潜りに対応できたのはミゼルさんとシャーロットさん。
ムロツミ側は対応できてません。
「何する気だ? え、潜る? なんで?」
みたいな感じで思考が止まりました。

この辺は一応、クラーケンとかと戦った経験の差的な。
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