「オランピアさんのことについてです」
カナエの相談内容は、寝耳に水なものだった。
唐突に出てきたオランピアさんの名前。
「父さまのギルドに、深都の手掛かりを教えたのはオランピアさんだったんです」
しかし、教えられた場所は魔物の巣でしかなく、手掛かりなどなかった。
理由として考えられるのは、魔物の巣の中に手掛かりがあったが、見つける前に全滅してしまった。
それか…………オランピアさんに、罠に嵌められたか。
「……んだよ、それ。それじゃあ親父さんは殺されたってことかよ! 魔物じゃなくて同じ人間に!?」
「まだそうと決まったわけじゃないよ」
アガタの結論を急ぐ言葉を否定する。
可能性はなくはないが、動機がない。
元老院は深都発見に力を注いでいる。そのために蹴落とし合うように仕向けることはない。協力する理由こそあっても、他者を罠に嵌める理由はないはずだ。もちろん、オランピアさんが他人には理解できない異常者という可能性もある。
……ダメだ。結論が出る気がしない。
「カナエの気になることって、オランピアのことなわけ?」
「……はい。あの日のこと……魔物の巣だったことは知っていたのか、あそこに深都の手掛かりはあったのか、聞きたいんです」
でも、とカナエは続ける。
「もしも……もしもっ、最初から、父さまたちを殺すために仕向けたことだったらと思うと……どうしたらいいか、わからなくて……そんなこと考えてたら、オランピアさんが何を言っても、何も信じられないと思って、頭の中がぐちゃぐちゃで……!」
カナエのこの様子では直接オランピアさん本人に聞いたとして、その出来事がただの不幸な事故だったとしても、本当は悪意を持っていたのではと疑ってしまう。
もしもオランピアさんが罠に嵌めるつもりだったとしたら、話を聞いたところで本当のことを言うはずがないのだから。
「あの日の真実を知りたい……父さまたちが死んだ理由を知りたいのに……! どうしたら……!」
「……」
しんと静まった病室。
そんな中、どうすればいいか考えて結論……というか指針が頭に浮かぶ。
それは、相談相手として僕たちを選んでくれたカナエには悪いけど、
「元老院に報告しよう」
他の人に今の件を話す、というものだった。
それも知人などではなく、元老院相手に。元老院に報告すれば兵士や他の冒険者にも伝わる可能性があるが、それでも報告するべき内容だ。むしろ他の人たちこそ知るべき情報だ。
「深都の手掛かりなんて重要な情報、元老院は報告しろと言ってた。オランピアさんの言う手掛かりが本当であれば報告しているだろうし、もしも……罠だったとしたら、そんな罠を仕掛ける人物がいるということを他の人たちに注意喚起してもらわないといけない」
「もしも報告がなかったとしたら、オランピアは捕らえられることになるわ。オランピアが手掛かりだと勘違いしていただけで、悪気がなかったって可能性もあるのよ」
「それならそれで、事情聴取があると思います。他の人にその出来事について聞いてもらった方が、落ち着いて情報を取捨選択できるはず」
その時はオランピアさんに迷惑を掛ける形になる。だけど勘違いからの情報で人が死んだと考えたら、それぐらい覚悟してほしい。
「……わかりました」
「それじゃ、さっそく行こう」
内容が内容だけに、少しでも早いほうがいいだろう。
アガタを除いた3人で元老院へと報告しに行くこととなった。
絵画の飾ってある廊下を抜けて、元老院のフローディアさんの元へ。
こういう時、アポもなしに会えるのはありがたい。
「報告と確認があります」
僕たちが来たのは試練の報告だけだと思っていた老婆は、カナエの記憶についての話になると、最初こそ急に何を言いだすのだと面倒臭そうな顔をしていた。
だが話が進むにつれ、険しい表情に変化していった。
「それで以前、深都の手掛かりについての情報が報告にあがってないか確認したくて。えっと、カナエ、子供の頃って何年ぐらい前?」
「10年前です」
「そのころに、何か深都についての手掛かりで報告がありましたか」
後半は捲し立てるように話した。考える時間も与えないほどに。
何故なら、フローディアさんの表情がすでに答えを物語っていたから。
そんな報告はなかった、と。
「そういうことかい……報告、ご苦労だったね」
「……」
隣からカナエの息を飲む音が聞こえた。
「今まで、多くのギルドが消えていったさ。それはすべて、あの迷宮に敗れただけだと考えていたんだけどね」
「……オランピアさんが悪意があるかわかりませんが、彼女から話を聞く必要があります」
「悪意しかないね」
フローディアさんは断言した。
一切の迷いなく。
「なんだい、その顔は。前にあたしは冒険者どもの管理をしていると言っただろうに。だからわかるんだよ」
「彼女の言葉によって1つのギルドが散りましたが、悪意があると断言するのは厳しいと思うんです。もちろん、ないとも言いきれませんが……」
「その顔で慎重なことを言われると笑ってしまうね」
「……はい?」
「もう一度言うよ。あたしは冒険者どもの管理をしているんだ。だからわかるんだよ。その女が悪意を持っているかどうかなんてね」
もっとわかりやすいように言ってほしい。
悪意を持っていると断言できる理由を示してほしい。カナエはオランピアの真意を知りたいのだから、第三者の思い込みはあまりほしくない。
その考えに対し、すぐに明確な答えが出た。
「オランピアという名の冒険者なんていないんだよ」
「……偽名?」
「さあね。だけどここに顔を出さずにいる女が起こした事故だ。後ろめたいことがありますと言ってるもんじゃないか」
カナエの声が震える。
「それじゃあ……父さまが死んだのは……」
「間違いなくその女のしわざだね」
すぐに頭の中で、元老院に顔を出さない理由を探しだす。しかし何も見つからない。
元老院はどこか怪しいが、冒険者への支援を考えれば顔を出さない理由などない。深都発見の報酬もそうだし、アーマンの宿のように宿泊費の支援もしてくれる。拾得物を渡さなければならないなんてこともない。
そんなはずはない、とまた考え直す。数度の邂逅しかないが、僕はオランピアさんが悪人だと思いたくないのかもしれない。
彼女とは一緒に危機を乗り越えた仲だ。悪人と断言するのは早すぎる。
なんたって僕たちは、一緒に毒蜥蜴に追われた仲なんだから。
『二手に別れましょう。このままでは全滅してしまいます』
あの時、全滅を避けるために彼女は提案してくれた。
片方が魔物をひきつけ、もう片方が助けを呼ぶ。そのためにと。
そしてトーマさんとボーグマンさんが来てくれて、僕たちは助かったのだ。あの提案があったから助かったのだ。
『あたしも気になります。ペイルホースの助けを信じる人間はあまりいないと考えていたのですが、どうしてトーマさんは信じれたのでしょうか』
続いて思い出したオランピアさんの言葉。
あの時のやり取りに、彼女のこの言葉に、違和感を感じた。
この言葉は、トーマさんがペイルホースの救援要請に乗った時の話だ。どうしてその要請を信じられたのかを聞いたときの。
無視してはいけない違和感。いや……違和感なんてものではない。これは、異常だ。
彼女の言葉は、ペイルホースの助けを信じる人間はいないと考えている言葉ではないか。
いやいや、と首を振る。
あの時は必死だったのだ。二手に別れた際、たまたまペイルホースのメンバーが偏っただけだろう。それで彼女が悲観的になっていたところ、トーマさんが来たという可能性はまだ残っている。
そんな作為的なはずが……
『ミゼルさんとシャーロットさんはあたしと一緒に』
……毒蜥蜴から逃げる際、メンバーの分け方を決めたのはオランピアさんだ。信用を集めづらいペイルホースの古株たちと、新人とで分けたのは彼女だ。
ダメだ。考えれば考えるほど、彼女は不審な点が多すぎる。
「その様子だと、他にも怪しい点はあったみたいだね。すぐにその女を捕らえるよう手配するよ。とっ捕まえて、じっくりと話を聞かせてもらわなきゃね」
「……はい」
「あんたら冒険者も、オランピアを見つけたら捕まえな。報酬はしっかり用意するからね。仇だからって殺すんじゃないよ。その女には聞きたいことが沢山あるんだからね」
「父さまの……仇……」
もう僕らがここで報告することはなくなった。
兵士への通達のために、フローディアさんは忙しく動きだす。これ以上ここにいても邪魔になるだけなので、外へと出た。
とりあえずはやれることをやったはずだ。僕はオランピアさんを捕らえるのは兵士に任せるつもりだけど……
「カナエはこれからどうするつもり?」
「アタシはオランピアを探します」
即答だ。やっぱりそうなっちゃうか。
「無理はしないようにね」
「はい、ありがとうございます」
止める気も、手伝う気もない。
元々ムロツミとの協力関係はナルメル討伐までだし、僕たちの目的は深都だ。オランピアさんではない。
あの人が危険だとわかったのなら近づかなければいいし。
怒りに満ちたカナエは雑踏へと消えていった。
僕とシャーロットさんはどうしたものか。アガタの退院までやらないと思っていた試練突破の報告ももう終わった。となると、今日はこれから樹海探索に入ってもいいわけで。
「どうします? 樹海、今から行きます?」
「……」
「もしもーし?」
「少し考えたいことあるし、もう宿に戻るわ」
「考えることなんてあるんですか」
「……オランピアが人を殺す理由よ」
ありゃ。
今のはからかい目的で言ったのに気づかれないとは。
「なんでもよくないです? 考えたって推測の域から出ないんですし」
「……ま、今日はもう休むわ。集中できる気がしないし」
変な日もあるものだ。アガタの退院なんて待ってる時間が無駄だとかぼやいていたのに。
体調でも悪かったのかな。思えば病院を出てからはずっと静かだったし。
さて、独りになってしまった。
アーマンの宿の先生に文字でも教えてもらおうか。仕事の合間にでも。いや迷惑か。
すぐに冒険に出れるようにと、ネイピア商会での買い物も終わってるし……
羽ばたく蝶亭は……たかられそうだ。誰にとは言わないけど。
そうだ、インバーの港に顔でも出しに行こうか。幽霊船がなくなってからの海が、どれだけ変わったのか聞いてみるのもいいかもしれない。
インバーの港は以前来たときよりも、人の往来が多かった。前は海都の作業員ばかりだったのに、今は他の都市の人間と思しき者が多くいた。
「おや、ミゼル君。よく来たね。海に出たくなったのかな」
「あ、港長。そういうわけじゃないです」
「それは残念だ」
そんなことを言ってる割には、全然残念そうな顔に見えない。
「すごく機嫌が良さそうですね。前に言ってた航海がうまく行ったんですか?」
「その通りだとも。新たにシバ、ダマバンド、アイエイア。3つの大都市と交易を再開できるようになったのだからね」
「ほほー」
幽霊船が存在しなくなってまだ2週間も経ってない。なのにこの変化。今までどれほど幽霊船が邪魔だったのかよくわかるものだ。
「だが問題があってね。君に手伝ってほしいが……」
「それはちょっと……」
「……まあ、仕方ないか。君にもすべきことがあるだろうからね。無理にとは言わないとも。君はこの海に自由を取り戻してくれた。それだけでも十分すぎるほどだ」
それは僕だけの力によるものじゃないってば。
そういえば、と思い出す。
幽霊船との戦いの前のこと、船の墓場に行く時のことだ。あの時の港長の様子は変だった。
僕のことを信頼に値すると言いながらも、信じることができないとかなんとか。とにかく矛盾した発言。そして謎の心理テスト。
あれはなんだったのか。あの時は何も尋ねなかったが、今聞いたら理由を教えてくれるだろうか。
「港長、聞いていいですか」
「何かね?」
「今更なんですけどね。幽霊船……というか船の墓場に僕が行くと言ったときのことなんですが、あの時の質問の意味とか色々気になって」
「……フッフッフ。そんなこともあったね」
懐かしむように港長は笑う。
そんな昔話のように感じるほど前ではないのですが。
港長は以前僕に渡した銃をじっと見た。
「少し退屈な話になるが……今でこそ、港にいるただの老いぼれだが、昔はやんちゃをしていてね」
海賊ですね、わかります。
「一隻の船長としてこの海を航海していた。妻と、気のいい仲間と共にね。しかし、海竜に襲われ、船は沈んでしまった」
「……それは」
「気にしないでくれ。船が沈むなど、この海では珍しくない話だ」
海竜という存在に対して、今のところ彼は怒りを見せていない。
懐かしい昔話として感じているようだ。
「私たちはみな、生き残ろうと必死だった。船の木片を抱いて近くの陸地へと泳いだ。船が沈もうと船員の命があればやり直せるのだからな」
「泳いだ……」
「ああ、君も知っての通り、この海は異常だ。魔が泳ぐ濃霧に、狂った海流。同じ方角を目指して泳いでいたはずなのに、周囲には誰も見えなかった。聞こえるのは声だけだ」
その時の様子が簡単に想像できてしまった。
同じ船上にいる人ですら、状況によっては見えづらくなる。そんな環境下の中、波にもまれながら泳ぐとなれば、何も見えなくなってしまう。
「みなで声を掛け合った。迫る高波を前に、全員、再び会おうと約束したのだよ。直後、私たちは波に呑まれた。気づいたとき、私と妻はアーモロードの海岸に打ち上げられていた。私たちはすぐに他の仲間を探しに行こうとした」
港長は言葉を区切り、視線を海へとやった。
霧深い海の中、うっすらと見えるのは太陽の光とスカンダリア大灯台の光に照らされた船影。
「だが……私たちは探しに行けなかった。スカンダリア大灯台に巣食う怪鳥が、海を覆う魔の霧が……我々をこの島に閉じ込めていた」
「……」
「何度も航路を探した。失敗しては海都に戻り、強引に霧の中を突き進んでは沈められた。外の島と連絡がつかないまま、時間だけが過ぎていった」
『ただ願わくば、我々を閉じ込めていた者に報いを与えてほしい。私の老いて衰えた身ではできないことを若者に託したい。この銃は、その勝手な願いのお詫びでもあるのだよ』
銃を渡された時の言葉。
あの時託されたのは、復讐だったのか。
仲間との再会の約束を果たさせない霧の元凶に対して。
「……すみません。結局霧は晴らせていないままで」
「何を言ってる。君はサエーナ鳥討伐の一手を担ってくれた。幽霊船をも沈めてくれた。この海は、自由を取り戻しつつあるのだよ! それに……謝るのは私の方だ」
謝られることなんてあっただろうか。
むしろ僕が謝らないといけない。霧が晴れていないこと。船を壊してしまったこと。すぐに2つも思い浮かぶほどだ。
「今だからこそ言うとだね。あの時の私は、君のことが信用できなかった」
「あー、確かにそう言ってましたね」
「……あの時、君が幽霊船に組するモノだと疑ってしまったのだよ」
「……へ?」
幽霊船の船員に見えたということ? 僕が? え、なんで。白いから? 驚かれるほど白いから? 幽霊に見えたとか?
「詳細は言えないが、海都の何人かはある存在について元老院から知らされていてね。私はソレが君ではないかと疑った」
「ソレが幽霊船の味方?」
「そう推測されている。もちろん今は疑っていないとも。君は間違いなく人間だ」
元老院……
幽霊船関連は本当に怪しさしかない。というか幽霊船の味方がいるということは、まだこの海には霧以外にも大きな問題があるということでは。
「その判断はあの時の心理テストで出たんですか」
「心理テスト、というほどのものではないがね。理解できる存在かどうか確かめたかっただけのものだよ」
「……そんなに理解できない要素ありましたか?」
言外に意味不明な生き物扱いを受けているではないか。
「気を悪くしないでほしいが、疑わしい要素がいくつかあったのだよ。海で漂流していたこと、出自不明なこと、それと……いや、これはいいか」
……海での漂流。
「……ひょっとして、人魚と思われてました?」
海で釣り上げられたことについて、冗談混じりに人魚だったりしないかとこの人に言われたことがある。
人魚の存在については都市伝説扱いのようだが、あの巨人の遺跡でゴーレムに潰された推定人魚の骨を見た。
さらには、ゴーレム判定では幽霊船の中のクラーケン、人魚、そして出血時の僕は排除対象だ。
「……人魚と関わった存在、と思っていたよ」
「人魚について、詳しく聞いてもいいですか?」
「私から話せることではないよ」
元老院に箝口令が出されているのかな。噂話や与太話ではない、何かは知っているわけだ。
港に漁から戻ってきた船が見える。
船員の顔が見えてくれば、喜色満面だった。どうやら漁は上手くいったようだ。
その光景を港長は眩しそうに目を細めて見ていた。
「……疑ってすまなかったね。それと、この海に自由をくれてありがとう」
「まだ感謝は早いですよ」
「……フッフッフ。そうだな。ならばまだ感謝は取っておこう。だが」
まだ海は自由じゃないのだし、残りは港長が海を解放すればいい。
だから感謝は早い。というかそもそも要らない。そんなニュアンスで言ったのだが、
「いつの日か、私たちの感謝を聞いてほしい。霧が無くなった空の下で」
私
そんな風に言われたら、訂正なんてできないじゃないか。
オランピアさんの話が主体だったはずなのに、後半は港長の過去話って。
港長の銃の話とか何話前ですかってレベルですね。
というわけで、オランピアさんのボロ出しシーン回想等&銃をもらえた理由回でした。
ちなみに港長の妻はもう他界しております。