「釣れません」
釣り竿を投げながらぼやいた。
「フッフッフ。魚の心がわかっていないね」
「港長もまだ釣れてませんよね。バケツからっぽじゃないですか」
「……まだまだ、これからだよ」
インバーの港で何故、僕は釣りをしているのだろうか。以前、釣りは好きじゃないと答えたのに。
そんな自問自答をしながら、港長の反対側の釣り人を見る。
「あっ、また釣れました! 今日は調子がいいかもしれません!」
……
「先生、コツを教えてください……」
「……私にもご教授願いたい」
「ええっ!?」
港長の反対側では、僕の先生ことアーマンの宿の子が、実に楽しそうに釣りをしていた。
先生が港に来て、一緒に釣りをしましょうと言わなければ……僕は別のことをしていた。
だけど先生の楽しそうな顔を曇らせるわけにはいかないと思って……! みんな釣果ゼロで笑うのもいいかなって……思ったのに……!
「なんでそんなに釣れちゃうんですか……」
「やはり若さが大事なのかもしれないね……」
「た、たまたまですよ!?」
僕ももう歳なのかな……生まれた年からカウントすれば500歳越えちゃうもんね……
「ところで今日は宿の仕事はいいのかね?」
「え? ああっ!? ご、ごめんなさい! ボクもう戻りますね!」
「気をつけて帰るんだよ」
あの若さで働くなんて大変だなぁと見送る。
時間はすでに茜空だ。この空の色に気づかないほど熱中するとは、先生はよっぽど釣りが好きらしい。
「僕もそろそろ戻りますね」
「まだ1匹も釣れていないじゃないか」
「港長も止め時を見つけましょうよ。僕らには才能がないんですって」
「君が諦めている間に、私は釣りの高みへと辿りついてしまうのだな……。次に3人で釣りをすれば、君だけがボウズになるだろう」
「次も終わり際に同じこと言ってそうですよね」
釣り具を小屋へと返却する際、ふと気づいた。
この釣り竿、文字が書いてある。
「……港長。ここ、なんて書いてあるんです?」
「君の名前だよ」
「知らない間に僕の持ち物が増えてた……」
勝手に釣り友認定を受けてる……
インバーの港を出てから、真っ直ぐアーマンの宿へ戻るのもなーと考え海都を彷徨う。すぐに戻れば先生に気を使わせてしまうかもしれないから。
そんなわけで大通りをポテポテ歩いていれば、あちこちから聞こえる声を盗み聞き。
中でも気になった話は樹海の犯罪者についてだった。
「なんだか今日はやけに衛士の人たちが忙しそうだねえ」
「樹海に犯罪者が出たらしい。大量殺人鬼ってウワサだよ」
「あらやだこわい」
「詳しいことは広場の掲示板に書いてあったってのに、見てないのかよ。似顔絵もあったし見てきたほうがいいぞ。まあすぐに捕まるだろうけどな」
間違いなくオランピアさんのことだ。
今話していた人たちは冒険者のように見えなかった。他人事のように話す口ぶりから、対岸の火事としか思っていそうだ。そう思えてしまうほど、オランピアさんの存在が一般の人たちに広まっていないということだろう。
もしも知っていれば、もっと危機感を持つはずだ。
となると、あの人は樹海でほとんど過ごしている……?
「広場の掲示板……行ってみようかな」
どうせ文字は読めないけど、似顔絵がどんなのか見てみたい。
そう思って広場を目指したはいいが、看板が読めない。大通りを歩いていたらそのうち着くだろうと楽観視していたけど、全然それらしき場所に着かない。
気づけば人通りも少なくなってきた。これはひょっとして迷子になりかけではないか。
迷っている間にも日は沈んでいく。
もう今日は諦めて、来た道を真っ直ぐ戻った方がいいかな。
そんな折りだった。
「こんばんは、ミゼルさん」
横の路地から、聞いたことのある声を掛けられたのは。
樹海の外で聞くのは初めての声。
そして、今一番聞きたくなかった声だ。
「……こんばんは、オランピアさん」
挨拶を返す。渦中の人物に向けて。
彼女はにっこりと笑ってこちらを見ている。変装も何もしていない。いつものように、ローブで身体を隠した姿のままだ。
「すみません、少し助けてもらえませんか?」
「……えと、どういうことです?」
あのオランピアさんが助けを求めてきた。
昨日までの僕ならできる限り応えようとしていただろう。だけど今は無理だ。絶対無理だ。
「実はあたし、どういうわけか追われているんです」
「……みたいですね」
慎重に言葉を選ぶ。
え、そうなんですか!?と言って知らないフリをしようかと考えたが、一般の人も指名手配を知っている状態だ。知らないなんて不自然だろうと考えての返事。
「……でも、僕には助ける方法なんてないです」
「難しいことではないんです。ただ教えてほしいことがあって」
「……なんですか?」
会話をしながら周辺を盗み見る。
何人か人がいるが、誰も武器を持っていない。一般人ばかりだ。兵士もいないなんて。
もしも暴れられたら、止める方法はあまりない。
彼女の力は未知数だが、これまで所々に見えた所作から考えると高いはずだ。僕ひとりで対応可能かと問われれば……自信がない。
今は彼女と無難な会話を進めるしかない。
オランピアさんの教えてほしいこととは何か、言葉を待った。
「誰があたしのことを元老院に話したのか、ミゼルさんは知っていますか?」
知っている。
だけど教えるわけにはいかない。教えればどうなるか、予想できてしまう。
「いえ、知りません。僕もオランピアさんが指名手配を受けていると知ったばかりで」
「そうですか」
周囲にはやはり兵士がいない。
ひょっとしてほとんど樹海に動員されているのか。すぐに来てほしい。ここに件の人物がいるから。めっちゃくちゃ海都の内側まで来ているから。
「……すみません、力になれず」
もう彼女から離れたい。
周囲に味方がいない状態で、危険人物と対峙なんてしたくない。なので別れようとしたが。
「待ってください。まだ聞きたいことがあるんです」
「……他の人と約束があるので」
「では話しながら歩きましょうか」
彼女は路地から出てきた。周囲に姿を隠すことなく、堂々と。
そのまま近づき、ローブ越しに僕の腕を抱きしめた。
傍から見ればイチャイチャしているような距離感だ。
「……近いです」
あと、硬いです。
異常に硬いモノが当たってます。当ててるんですか。当ててるんだろうなぁ。
「すみません。それでは行きましょうか」
存外素直に離れてくれた。
今の硬かった感触。確実に武器だ。ローブの下からいつでも狙っていると告げられた気分だ。
「……それで、聞きたいこととは」
歩きだして、聞きたいこととやらが何かを尋ねる。
できるだけ早歩きで。少しでも彼女から距離が取れるようにと。
「そういえばミゼルさん、ナルメルを討伐したみたいですね。試練合格おめでとうございます」
「……ありがとうございます」
じらさないで。
さっさと本題入って。いや、永遠に入らないで。いや、鉄格子越しになったら本題に入って。
「より深層に行けるようになったんですね」
「……はい。海の中みたいな場所ですね」
「みたい、ではなく実際に海の中ですからね」
Y字路が見えてきた中、右から聞こえていた声が左側のすぐそばから聞こえてくるようになった。
逃がす気はないとでもいうように、纏わりつかれている感。
「……海の中でも空気があるんですね」
「世界樹と珊瑚のおかげです」
今度は声が前からだ。
当然彼女が僕の前へと立ったから。わざわざ前に立ち、こちらを真っ直ぐと見つめてくる。
立ち止まらせようとしているのだろうか。そんなの断る。止まらずに彼女の横を歩いて抜ける。
「世界樹が大きな膜と空気を作りだしているんです。それと樹海の中にある珊瑚もまた、粘膜を作って空気の通路を作っています」
「……詳しいんですね」
「私は、長く樹海にいたから」
空気が冷える。
日が沈んだせい、ではない。そばにいる少女のせいだ。いや、カナエの話通りならそれなりにご年配かもしれない。というか自分で長く樹海にいたと言ったし。
「ミゼルさん、随分と言葉を慎重に選んでいますね」
「そんなことありませんよ」
「わかりやすい」
急に口調を変えるな。
「言葉を慎重に選びながら、言葉が詰まることを避けている。会話に間が空いて、自身が望まない結論に辿りつかれることを避けている」
「……」
……どんどんと空気が冷えていく。
そして人の数も少なくなっている。というかいない。付近の建物は倉庫や物置だけ。
なんでこんな人気のない場所に来てしまったのか。何も考えずに歩きすぎ……いや、誘導だったのかもしれない。
今までの彼女の立ち位置の変更、あのどれもがここまで追い詰めるための行動か。
「この先は行き止まりですよ? こんなところで誰と、どんな約束をしたんですか? あたしに教えてください」
「……」
笑顔でこの女はいけしゃあしゃあと……!
ここまで誘導していたのは自分の癖によく言う!
「答えられませんか?」
「……まだこの街に慣れてないんですよ。道を間違えただけです」
「そうですか。ところでミゼルさん、私はある存在を探している」
また口調が変わった。
ぶっきらぼうな口調と共に表情は完全に失われている。どっちが演技だ。
「フカビトの真祖。100年前、深王さまに追い詰められ、姿を消した存在」
「……新しい用語が出てきて困っているんですが。フカビトとか深王って何ですか」
急に謎単語やめて。なんの話をしているんだ。フカビトってなんだ。フカヒレのある人間とか? んなわけないか。
あ、そういやこの人って……
「消滅したものだと深王さまは考えられた。だが先日、真祖の気配が垂水ノ樹海に現れた」
この人って、架空の物語を現実に当てはめようとしていたんだよなぁ……
ナルメルには人間を守る意思があるとか言っちゃう人だしなぁ……
そう考えると、この人の話を真面目に聞くだけ損な気がする。
「私が着いた頃には、完全に真祖の気配が消えていた。その代わりに、あなたがいた」
「はあ……」
何か新情報が得られるかもと思ったが、話半分で聞いてりゃいいや。今は逃げることを考えよう。
彼女が僕から大きく意識を逸らした時、全力で逃げる。それでいこう。
「真祖の代わりにいた人間。その人間は出自が不明。血の気のない顔貌、鮮血のような眼」
「肌の色は引きこもりの証です……。目はよく覚えてないですが、たぶん充血してただけだと思います……」
彼女の中では僕はどうなってるのか。そんなアルビノカラーになった覚えはないよ。
あと出自が不明なのは出鱈目に聞こえるような内容だからです。
「この期に及んで白を切るとは」
「いや、白を切るとかじゃなくてですね……」
「確かにあなたは真祖ではないだろう。だが、真祖と繋がりがあるはずだ。あれは人類の敵。匿うのはやめて」
「人類とか急に言いだすのやめてください……。いちいち単語が気になって話が頭に入ってきません……」
電波な話ばかりしながらも、ずっとこちらから目を離さないのはさすがと言うべきか。
「言え。真祖はどこにいる。どこにアレを隠した」
「どんどん1人で話を進めるのやめてもらえません……? 僕の話も聞いてくれませんかね……?」
もう十分わかった。オランピアは狂人だ。
変な世界観を周囲に押し付けてくる異常者だ。
わかったところで、今の状態は危険なのだけども。この狂人に殺されるのは遠慮被りたい。
幸いシンソとやらの情報を引きだそうとしているので、すぐに殺しに掛かるということはなさそうだけど。
「答えないのであれば、その命はない」
あ、駄目だ。殺しに掛かる気だ。
口調があまりにも平坦すぎる。さっきからずっと。それが逆に脅しとは思えなくさせている。
「……だから! 僕の話聞いてくださいって! 何言ってるか全然わかんないんですよ!!」
「そうか。もういい。元々深都に近づく者は排除するのだから」
何もいいくない!!
ローブから腕が伸びてくるのが見えた。その腕が、ぼやけて見えるほどに超振動を起こしているのも。
異常な腕が触れる寸前───
「粉微塵に──」
「おーい!! どこ行ってんだよミゼル!! 早く飲みに行こうぜー!!」
能天気な大声が聞こえてきた。
え。
後ろの方から聞こえてきた大声。この声は、
「ト、トーマさん……」
「あ! オランピアじゃねぇか! なんだよお前、逢引きかぁ!? 隅に置けねぇなぁ! みなさーん!! ミゼル君がオランピアちゃんと逢引きしておりまーす!!」
「……余計なことを」
テンションが滅茶苦茶高いトーマさんが、ワーワー騒いでいる。傍から見たら迷惑な酔っ払いだ。
「衛兵さーーーん!! ここに不純異性交友がー!! 早く来て取り締まってー!! 風紀が乱れちゃうワー!!」
「……トーマさん、あまり大声を出すのは近所の方に迷惑ですよ」
「あ、オランピア怒っちゃった? ごめんて。衛兵には一緒に謝るから許して。たぶんもうすぐ来ると思うし」
「…………そうですか。それが本当なら──」
オランピアが何かを言いかけ、動きが止まった。
通りの向こうから、重い足音が聞こえてきたからだ。
「本当だって! 一緒に謝るから! な! な!」
「……いえ、大丈夫ですよ。私が捕まらなければいいだけですから。それではミゼルさん、また会いましょう。トーマさんも、また会いましょうね」
口調こそいつも通りの丁寧なものだが、その表情は完全に消えているままだ。
猫かぶりが失敗している。
「おう、またな!」
オランピアは僅かに腰をかがめた後、その場で跳躍。倉庫の屋根の上へと跳び乗り、どこかへと去って行った。
その様子を見届けたトーマさんは、
「……それじゃ飲みにいこうぜ!!」
「え、えぇ……どういう思考回路してるんですか……」
「い~じゃねぇか~!」
ひょっとしてべろんべろんに酔っぱらってる?
推定酔っ払いにぐいっと肩を寄せられると、トーマさんは声を落としてため息をついた。
「ハァァァ……マジやっべー……」
「え、えぇ……」
「生きた心地しなかったぁ……! なにあれ怖すぎ。ていうかなんであいつと2人きりになってんだよお前! マジで逢引きしようとしてたの? 発情期なの?」
「そ、それはありえません!」
酔っぱらってたフリだ、これ。
「ひょっとし……なくも助けられましたよね。本当にありがとうございます」
「マジで感謝しろよお前! てかさっさと移動すんぞ! いつまでも誤魔化せるもんじゃねぇし、気づいて戻ってきたら今度こそ俺たち終わりだからな!」
「は、はい」
未だに通りからは大きな足音がする。
引っ張られながら通りへと戻っていくと、そこに兵士はいなく、ボーグマンさんと牛の魔物がいた。
牛の魔物はその場で何度も地面を踏み鳴らしている。
足音の正体、これかぁ……
「トーマ、あいつ、どこ?」
「どっか行った。追わないからな。思ってた以上にアレはやべぇわ」
ボーグマンさんと獣に工作を頼んでいたということは、トーマさんは対峙する前から警戒していたということだ。
「つーかお前! ほんとお前!! バッカじゃねぇの!?」
「ひ、ひえぇ!? 僕だって狙われたかったわけじゃないんですよ……。ていうかトーマさんたち、最初からオランピアを疑ってたんですね」
「はぁ?」
「その、元老院の指名手配が何かの間違いじゃないかって思ったりしなかったんだなあって」
「あー……そうか。お前がまだ冒険者歴の浅い新人ってこと忘れてたな」
アーマンの宿の方角へ移動しながら、トーマさんは説明してくれた。
「考えてみろよ。オランピアと樹海では何度も会うのに、街では誰も会ったことないんだぜ?」
「やっぱりそうなんですか……」
「それだけじゃねぇぞ。深都探しを全力でやると死ぬって話、覚えてるか?」
そういえば言われていた。
あの時はただのゲン担ぎと言っていたけども。だけどそう言いながら、トーマさんは周囲を警戒していた。
「……もしかして」
オランピアと出会った時のことを思いだす。
あの時、シャーロットさんはオランピアに深都を探していることを教えていた。
「深都を全力で探してたヤツらのほとんどが、オランピアと深く関わっちまってる」
「……」
「元々樹海があぶねぇ場所だから、オランピアが何かしたとは誰も言えなかったけどよ。だからまあ、指名手配とかそんなのがある前から、今まで生き残ったギルドはオランピアを警戒してたな」
ペイルホースもオランピアには強く当たっていた。
あの時はただペイルホースの異常な性格によるものだと思っていた。
逆にオランピアを警戒していないギルドといえば……ムロツミしか知らない。あの2人はそもそもオランピアと会ったことがなかったこともあるし、どちらかといえば新人だ。オランピアを疑う要素なんて知らない。
「だけどまさか、あんなにやべぇヤツとはな……」
「トーマ、どうする? オランピア、オデたち、敵になった」
「だな。とりあえず逃げるか」
「トーマ、臆病者」
「あいつの本性見てねぇからそんなこと言えんだよ! ほれ、ミゼルも逃げる用意しろ」
アーマンの宿へ辿り着いて解散ではなく、夜逃げ準備を提案された。
「突然の逃亡話に戸惑いを隠せませんが……」
「オランピアが海都に来た時点でここはもう危険なんだよ。だから逃げるのは当然じゃねぇか」
確かに。
先生には悪いが、アーマンの宿にはセキュリティなんてないようなものだ。
ぐっすり寝たら最後、いつの間にか枕元に立つオランピアに殺されていました。なんてことがあるかもしれない。
「シャーロットも呼んで来いよ」
「……どこへ逃げる気で?」
「そりゃあ、守ってくれる人がいる所だよ」
そう言ってトーマさんは指で逃げる場所を示した。
彼は地面を指す。
「今は街より多いはずだぜ。樹海にはオランピアを捕らえる命令を受けた、こわーい衛士たちがな」
タイトルもサブタイも、そのうち変えちゃおうっていう軽い気持ちからここまでつけてるので、なんとも統一感がないです。
なのでこれもそのうち変えるかもしれない。
まぁいずれ(´・ω・`)