「今の……」
今の笛の音はどこからだ。
海の中のトンネルだからか、音の反響で聞こえはしたが、方角までは掴みづらい。
「……元老院が知らない道をオランピアが使った、ってことでいいんだよな? 道を塞いでたあの将軍がやられたってわけじゃねぇよな?」
「私がわかるわけない……」
トーマさんとデザートのやり取り。
もしも将軍が敗れたのだとしたら、オランピアはナルメル以上の強さを持つということになる。
1人でその力量は規格外すぎる。将軍もそうだけど。
背後から土を蹴る音が聞こえた。
それは兵士のものだった。兵士が3人、すれ違いざまにトーマさんが尋ねた。
「おい、今の笛ってあの女がいるってことか!?」
「そうだ! この先にいる! お前たちは来るなよ!」
捕り物は自分たちの仕事ということだろうか。
3人の兵士は槍を強く握りながら走り去って行った。
「よりによって進行方向かよ。どうすっかな?」
「将軍、来た」
ボーグマンさんの言う通り、先ほど兵士が来た道からショーグンが向かってくる。背中に背負っていたカタナを抜いて。
その顔はこれまで見てきた冷静な面持ちとは異なり、血走った目だ。どう見ても異常な気迫。心なしかカタナもエクトプラズムを纏っているかのように見えた。
ショーグンは僕たちの横を走り抜けていく。言葉を掛けてくることはなかった。
「……よし、ついて行くか」
「え、行くんですか」
彼は兵士やショーグンが去って行った方角に足を向ける。
この先にオランピアがいるという情報があるのに。
「向こうは俺たちが知らねぇ道を使ってるんだしな。あの将軍の近くなら安全だろうし、それに、捕まるところを見たら安心できるってもんだ」
「……クジュラって将軍、ほんとに信用できるの? さっきの目つき、かなりヤバかったわよ」
「なんだよビビったのか? 可愛いところもあるじゃねぇか。カカカッ!」
冒険者歴が長いトーマさんたちは、あのショーグンの狂気顔を気にしていない。
戦う時だけ顔がやばくなる人なだけなのかもしれない。
そんなことを考えながらトーマさんたちについていく。
「将軍の悪い噂、聞かせてあげよっか? 面白いわよ」
「お前それ、不安にさせる話じゃねぇか。聞かせてやれ聞かせてやれ」
歩きながら、デザートがふざけた雰囲気たっぷりにシャーロットさんに話し始めた。
その内容はひどく短いもの。
「あの将軍、味方ごと魔物を斬り殺したことがあるのよ」
「……それ、本当?」
眉を顰めるシャーロットさんに、トーマさんから答えが返ってくる。
「マジマジ。3年前だったかな。まあ、そん時の状況が状況だったけどな」
「どんな状況だったんです?」
「結構有名な話だぜ? 海岸に馬鹿でけぇイソギンチャクの魔物が現れてな。俺も収集家として珍しい魔物は見逃せねぇって思って見に行ったんだけどよ」
イソギンチャク……?
まあ……珊瑚の魔物もいるならそういうのもあるのか。
「それがやべぇ魔物で、衛士連中はほぼ全滅、残ったのは数人の衛士と将軍だけ。遠目から見てる分だけでももう駄目だと思ったぜ。残った衛士たちも毒にやられたのか、立ってるだけで精いっぱいってわかったしな」
イソギンチャクがそんな脅威の魔物になるのか。
名前と被害がかみ合ってないせいで想像が難しい。
「イソギンチャクから伸びる触手を避けれず衛士が捕まったんだけどよ。将軍がバッサリ触手ごと衛士を斬ってな。んで死体を踏み台にしてイソギンチャクの管? くびれ? まぁ胴体を真っ二つ」
「……それ、最初からそいつだけで斬ればいいだけの話じゃないの」
シャーロットさんは納得がいってないのか、不満を口にする。
話でしか聞けないので僕は何も言えない。
「結果論ってやつだな。それに触手には毒があるって後で知られてな。近づくには何か踏み台が必要だったんだと思うぜ」
「衛士のことも考えたら割と最善だと思うけどね」
「どこがよ」
魔物ごと斬る選択、死体を踏み台にする行為、これらを肯定するデザートに、シャーロットさんは理解できないという顔をした。
そんな彼女に、デザートは説明する。
「その時の将軍と衛士たちの仕事は街の安全よ? 命に代えてもイソギンチャクを討たないといけないのに、捕まった衛士の救出を優先してチャンスを棒に振りましたとかありえないでしょ」
「将軍は衛士より優れてるんだし、将軍だけで最初から戦えば犠牲はなかったはずよ」
それ、また結果論ですけど。
今となっては何を言っても結果論になってしまうか。
2人はまだ意見をぶつけ合う。
「衛士に役立たずだから手だしするなって? 衛士には街を守る役割があった。その役割を捨てさせる気?」
「役割を果たせないのなら最初から捨てさせるべきよ」
「……ねぇ、コイツ馬鹿なの?」
黙り込んでいた僕に突然話を振らないで。
「どういう意味よ……」
「そのままの意味しかないから。あんた、さっきから過程を全無視じゃない。将軍が触手に毒があるとわかったのは他の衛士がいたから。近づく決め手になったのも犠牲になった衛士がいたから。彼らは犬死じゃなく、命がけで街を守る情報を得た。それなのに、役割を果たせないのなら捨てろって、馬鹿以外なんでもない発言よ」
空気が悪い。
ギスギス感がひどい。
「なあ、これ不味くね?」
「トーマさん止めてくださいよ……」
「……ボーグマンに任せようぜ」
丸投げーズ。
そんなコンビ名を思いついた。今はコンビ名よりも、ボーグマンさんにすべてを託すとしよう。頼れるマンになってください。
「……魔物の脅威度なんて、少し戦えばすぐわかる。全滅になるまで情報がわからないなんてありえないじゃない。すぐに下げさせれば……」
「あとは将軍サマにみんなで守ってもらおーって? 命の有無しか見てないの? あんた絶対出世できないタイプだわ」
あ、ヤバい。
これ以上放置はヤバい。話している最中に、兵士たちに追いついて話がお流れにならないかこっそり期待していたけど、そんな悠長に構えていられない。
今のは地雷な気がしてならない。
王位継承権を剥奪されたシャーロットさんに、今の言葉は不味い予感。
だが爆発寸前な空気の中、割って入ったのは、
「喧嘩、よくない。みんな、仲良く、して下さい」
頼れるマン!
頼れるマン!!
「ボーグマンさんの言う通りですよ。喧嘩、よくないです」
すかさず頼れるマンに便乗する。
「オデ、嘘、言わない」
「僕も、嘘、つかない」
嘘です。嘘ついたことあります。
今、またひとつ嘘をつきました。こうして人は歳を重ねていくんです。
「……私は間違ってない」
「なんでもいいわ。もうめんどくさいし」
果たしてデザートと相性がいい人間はいるのだろうか。
この様子を見る限り、2人が仲良くなる日はなさそう。
今回の言い争いは、個の命を優先派と集団の秩序を優先派で別れた感じだ。まぁシャーロットさんのは結果論による後出しと希望的推測が大きく混ざってたけども。そのため彼女の中ではショーグンは悪と見られた感じがする。
だけどトーマさんたちや今日の兵士たちを見るに、ショーグンを嫌ってる人はいなかった。おっかない上官が来た、みたいな反応はしていたけど、嫌悪感は感じられなかった。味方殺しの狂人として見ている人はいなかった。
突如、ボーグマンさんの牛が興奮したかのように鳴きだした。
「んあ? どうしたんだコイツ?」
前方を見ながら鼻息を荒くする牛。
兵士とショーグンがオランピアと戦っている、とか? 今のところ戦っている音は聞こえない。
しかし、鼻に突く香りがここまで届いてきた。鉄の香り、ではなく血の香り。
「……誰か、怪我してる?」
「怪我で済めばいいわね」
ぼそりと呟いた言葉にデザートが反応した。
この血の香りの発生源は誰なのか、どれほどの傷なのか。理想はオランピアだが。
このまま進むかどうか、トーマさんに判断を委ねる。
彼は珍しく険しい表情を浮かべていた。
「……一応何があってもいいように構えとけよ」
進むことを決めたみたいだ。
彼は小ぶりのナイフを握った。それに倣うように銃を構える。
そこには、ショーグンしかいなかった。
地面一帯が朱く染められており、物言わぬ肉が散乱している。その小広間の中心にショーグンは立っていた。
「……お前たちか」
「これは……何があったんですか」
肉片となっているのは何かなんて、すぐにわかった。
落ちている槍の穂先は5個。兵士の人数と一致している。
振り返ったショーグンの手は血で汚れていた。
「俺が着いた時にはすでにこの有様だ。鋭利なもので斬られた皮鎧。力任せに千切られた胴体、魔物に食い千切られたものもある」
死体を調べていたのか。
辺りを見ながらそう話すショーグンの顔は乱れていない。冷静に、淡々と話している。
「……」
「トーマ、だったな。受け取れ」
ショーグンがトーマさんに血まみれの何かを渡した。
紙のようにも見える。
「……なんだ、これ?」
「お前の友人が持っていた起動符だ。これしか残っていなかった」
「…………ベトベトだな。コレちゃんと使えんのか?」
血だらけの起動符を袖で拭うトーマさん。紋様が見えたのか、火炎術か、と呟いた。
「使用することは可能だろう。だが、使う機会があるかは別だ」
「マジかー」
ショーグンはカタナを抜き、目を血走らせて言った。
「俺が、オランピアにこの借りを返させてもらうからだ」
冷静に見えていたけど、怒りに満ちている。
先ほどすれ違った時の狂気の目とは違う、怒気を溢れさせながらも底冷えするような目で彼は宣言した。
「そん時は頼むわ」
「ああ。この先を進むのならば、精々気をつけて行け」
「おっけ。それじゃ行こうぜ」
ショーグンはもうここに用はないのか、水林の奥へと歩いていった。
トーマさんもこの場所から移動を提案しているが。
「でももう少しここを調べてもいいんじゃ」
死体しかないけど、断面からオランピアの装備を予想できるかもしれない。
ショーグンがすでに調べてくれたけど、何か見落としがあるかもしれないし。
「マジでー。俺グロイの苦手なんだけど」
「移動よ移動。ここにいたって良いことないし。残りたいならあんただけ残れば?」
「滅茶苦茶な提案だなこいつぅ……」
デザートの挑発するような提案に精神が乱されそうになる。
そんな時、ぐいっと背中を押された。
「シャーロットさん?」
「馬鹿なこと言ってないで移動するわよ」
「はぁ」
まさかの僕が少数派とは。なんか悔しい。
そんなに移動したいのは莠コ髢薙?縲∵─蛯キ縺ィ縺?≧繧ゅ?縺
とにかく移動することになった。
小広間を抜けてから、特段変わったことはない。
牛が魔物の気配を感知し、準備して叩き、時には避けて進む。
膜で隔たれている海からの魔物は牛も感知しづらいのか、これだけは目視で発見しての対応だけど。
疲労が少しずつ溜まってはいるが、さすがにやることは慣れてきた。慣れてきた頃が一番危険とも言うが少し別のことを考えてしまう。
ショーグンの調べでは、兵士たちの肉片は、切断、引き千切り、噛み千切りとなっていた。
切断はおそらくオランピアによるものだ。つまりローブの下には鋭い剣を隠し持っている。
噛み千切りは魔物によるもの。おそらく引き千切りも。
「……ボーグマンさん」
「どうした? 疲れた?」
「いえ、聞きたいんですけど。その牛って、魔物ですよね?」
先導してくれている心強い牛の魔物を指す。
今更な疑問だけど魔物を普通に使役しているのってとんでもないのでは。
「魔物、ちがう。オデの獣」
「は、はぁ……」
「ボーグマンは獣と過ごしてきた一族だからな。魔物と獣の違いがつかねえ田舎者だ」
つまり、魔物なの? 獣なの? どっち?
「この牛は半魔物ってとこね。生まれたときは獣だったんだろうけど」
「わけがわからないです」
「お前、デザートの言葉は条件反射で否定するようになってない?」
ソンナコトナイヨ。
実際わけがわからなかったし。
「後天的に魔物になった動物が、コイツの正体だな。なんでそんなことになれるのか、とか聞くなよ? 俺だってわかんねぇんだし」
「なるほど……?」
「オデ、獣と一緒に、暮らした。兄弟」
……なるほど?
なんとなくで捉えると、昔から一緒に暮らしたの動物だったから使役できるようになっただけで、しかもなんか魔物になったから強くなった、でいいのかな。
兵士の死体から、オランピアも魔物を使役していると考えたけど……ボーグマンさんのパターンと同じなら数はそう多くない?
しかし毒蜥蜴の件がある。あの件は、オランピアが操作した可能性は捨てきれない。荳也阜讓ケ縺ョ蛯?蜆。繧峨@縺?惠繧頑婿縺?。忌々しい。
「魔物も一緒に襲ってくる、って考えたほうがいいかも」
「お、見てみろよ。これ」
トーマさんが地面を指す。
特段変なものはないように見えるけど……砂が一部へこんでいる。大きさはそれほどではないが、これは……
「足跡ね。しかも人数は1人」
「ショーグンか、オランピアですね。サイズ的にオランピア?」
たまたま砂の塊を踏んでしまっただけだろう。他に足跡はない。
「蹴りあげた向きからして、こっちに行ったっぽいな。追いかけてみようぜ」
「当初の逃げる目的から離れてますけど」
「いいんじゃない? オランピアの使った道がわかるかもしれないんだし」
デザートは乗り気。おそらくシャーロットさんも同意しているだろう。デザートを肯定したくないのか、だんまりだけども。
「ボーグマン、匂いを辿れそうか?」
「だめ」
「やっぱ牛じゃ無理だよなぁ……」
他にも手掛かりがないかと地面を注視しながら探索を続ける。
しかし、どんな小さな手掛かりも見逃すまいとしていたのに、発見できたものは
「……派手なもんだな」
「魔物のしわざ、ですかね」
倒れた大木だった。
破砕機にでも掛けられたかのように、根元に近い幹が砕けている。
魔物のしわざであっても、その魔物を操ってるのがオランピアということも考えられる現状、これも大きな手掛かりだ。
「こっちに倒れてるってことは、向こう側で派手に暴れたんですかね」
暴れる何かがあった? 兵士たちはここに来るまでに全滅。ならショーグン? でも何も音は聞こえなかった。これほどの大木だ。相当前に倒れていないと誰かに気づかれるはず。
「なぁ、覚えてるか?」
「1度しか来たことないけど、一応ね」
トーマさんがデザートに何かを確認した。
2人の視線は大木に注がれている。
「オランピアのやつ、相当焦ってるのかもな」
「あの、何の話を……?」
「この木の裏に道があるなんて、誰も知らなかったんだよ」
「はぁ……?」
倒れた木が立っていただろう場所に目を向ければ、狭い通路がある。
ここが、オランピアが使った道?
「アイツが海都で襲ってきた後、すぐにここに戻ったんだろうな。入ってくる奴を皆殺しにするつもりで。この木が立ってた時は小柄なヤツでギリギリ通れるぐらいの隙間しかなかった」
想像する。
大木の脇の隙間。小柄な人間しか通れない隙間。
この場合、オランピアのことを言ってるのだろう。きっと普段はこの道を使っていた。そして誰にもバレないように、木を倒すことなく、ギリギリの隙間を。
いつもなら、通るのに時間を掛けても問題なかった。オランピアを追う存在なんて今までいなかったから。
いつもならきっと、深都に少しでも近づいた人間のそばに忍び寄り、罠を張るのだろう。
だけど今は違う。オランピアは兵士たちに追われている状態だ。全てバレているのだ。
とはいえ、本来ならこの木を倒す必要はない。だが彼女は焦っていたのだろう。
今がオランピアにとってピンチだから。
『元々深都に近づく者は排除するのだから』
オランピアのあの言葉。それに、深都探しに熱心な者を優先して殺害してきたこれまでの様子からわかる。
深都に誰も近づけたくないのだと。
兵士の追跡に紛れて、深都へ近づく存在がいる状況が、彼女にとって避けたい事態なのだろう。
道を隠すために時間を掛ければ、兵士たちは奥まで捜索範囲を広げる。その中に冒険者も紛れていては、どちらの対応にも追われて手が届かない。
だから先に動くことにした。順番に兵士たちを排除し、深都に近づく者を排除しようとしていた。だから、わずかな時間を惜しむために木を破壊した。
たとえ道を塞ぐ木がなくなったところで、追跡隊の兵士が全滅、深都発見もできず、となれば、時間を稼げる。木以外の何かで道を隠すこともできるし、そもそも元老院が諦める可能性だってある。
「オランピア以外知らない道だ。あいつの秘密の通路、見せてもらおうぜ」
「待ちなさいよ。そこって海都に繋がってる道じゃないの? アイツが先回りしてたんだし」
「……シャーロットさん、たぶん違うと思います。断言はできませんが」
海都から秘密の通路で先回り、という可能性がないわけではない。
だけど、ここにはアレがあるのだ。アレさえ使えば対応した場所に瞬時に移動できるはず。
「誰も発見していない樹海地軸を使った可能性があります。兵士の知ってる樹海地軸だと、出先に罠を掛けられていると考えてもおかしくないです。かといって徒歩で行くとなると、垂水ノ樹海を通ることになる。いくら秘密の抜け道を駆使しようと時間的にキツイはず……」
垂水ノ樹海を使わずに、そして海嶺ノ水林の地軸を使わずに、先回りをする。
「……マジであるかもな。この先、今まで誰も見つけられなかった深都が」
「私カワイイ脚甲がほしいんだけど」
「未来に生きるのはえ-よ。俺は蝶亭で豪遊してぇな。特大パフェを客全員に奢ってやって甘々空間作りてぇ」
意味の分からない未来予想図を立て始める2人。
なんだかなぁと思いながら、オランピアしか知らなかったはずの通路を突き進んだ。
イソギンチャクは実際ゲームの裏ボスの1体ですね。
なんで回想話に出したの?と聞かれたらアレです。
他に出す場所ないし……まぁいいかなって……出来心で……
正直ゲーム中のオランピアさんの行動で一番不可解なのは木の破壊でした。
とりあえず理由を色々こねてみましたが、絶対壊す必要ありませんでしたよね? まあ詰みを避けてくれたMVP行動ですけど。
あとあと、2層ボスさんも同じような不可解行動してますけど。
ってわけで2層は謎が多く感じちゃいました。