「これでひとまず止血はできました。熱で魘されるかもしれませんが、栄養をしっかりとって安静にすれば数日で元気が戻るはずです」
「ありがとう、ございます」
足にキュッと包帯を巻いてくれたポルックスさんには頭が上がらない。止血どころか消毒や、残っていた魚の牙を抜いてくれて、さらには毒の有無まで確認してくれた。
「聞いた感じだと、襲った魚はかみつき魚だな」
「そのまんまですね……」
「まあ海都で良く見る魚の魔物だ」
噛みついてくる魚だからかみつき魚て。
「アルバートの説明に補足を入れるなら、本来は海都の迷宮に出る魔物ね。海にまで生息域があるとは思わなかったわ」
ヴィクトリア姫が神妙な顔で考え事をしている。
それにしても本当に、改めて何度も思ってしまうがポルックスさんには頭があがらない。
治療だけでなく、僕を背負って灯台を駆けあがってくれたのだ。そして今こうして、討伐隊に合流できたのだ。
幸いサエーナ鳥の攻撃は止んでいる。本当についさっきまで何度も揺らされていたけども、止血が終わってからは攻撃音が聞こえてこない。
「海都の迷宮と言ったってかみつき魚は浅い層なんだ。海に何匹か出ていてもおかしくないんじゃないか」
「迷宮の入口は海兵が見張ってるはずよ?」
「人の知る入口はって頭につくんじゃないか?」
「それよりも今はサエーナ鳥について考えたほうがいいのではないですか?」
ベンジャミンさんが室内を物色するカストルさんとヴィクトリア姫の間に入って提案する。この人重鎧姿だけどここまで階段を上がるの大変だっただろうなぁ。
「そうね。今は灯台に攻撃してないけども、またいつ始めるか」
「まだ信号弾を撃ってないのに襲ってくるなんてな。海側に連絡を送ることも難しそうだ」
小窓から外を見たアルバートさんも難しい表情。僕たちのいる高さにサエーナ鳥が飛び回っているためだ。
今僕たちは灯台の一室にいる。大灯台と呼ばれるだけあって、途中途中に小部屋がいくつもあった。そのうちの一つだ。
この部屋には魔物はいない。その代り……
「そろそろ行きますか。ここにいつまでもいるのも……」
「そうね……。サエーナ鳥を討つまで供養している暇はないもの……」
人骨が3つ、並んでいた。
積もったほこりや張られたクモの巣、風化具合からかなり昔の遺体。
「この人たちもサエーナ鳥の犠牲者なんでしょうか」
「おそらく違うと思われます。魔物にやられたにしては綺麗すぎますから」
ポルックスさんとベンジャミンさんの言葉を耳にしながら、疑問が一つ浮かぶ。
それじゃあこの人たちはなぜ死んだのか、だ。
その疑問もすぐに解決した。
「……自殺みたいだな。この日誌に書いてある」
カストルさんが古びた本を片手にそう言った。
「あなたねぇ、普段から人の日誌を勝手に読んだりしてるの?」
「俺だって普段はこんなことしない。だけどこれから戦う相手の情報があるかもしれないんだ。ここの人々の死を無駄にしないためにも残された情報は使うべきだろ」
「そ、それで兄さん、その日誌には何が書いてあったんです?」
話が逸れそうだからか、ポルックスさんが本題に進めようとしてくれた。
「大異変について、だと思う」
「それじゃあ百年前の日誌?」
「ああ、途中から日付を書かなくなってたが……」
「歴史的価値のあるものじゃない! そ、粗末に扱ってはダメよ! 責任が私たちに来たら賠償金で国にまで負担が……」
「読み上げるぞー」
「そっと扱いなさい! そっとよ!? ああ! パラパラめくらない!?」
人骨が置いてある空間とは思えないぐらい軽い空気になってしまった。
いくつもの島が消えた。
灯台から見えた海には大きな穴が空き、触れたものを呑み込んでいった。島も、船も、何もかも。
すぐにアーモロードへ戻りたかったが、我々の乗ってきた船は流されてしまった。此方からは動けない。幸い水も食糧も補充されたばかり。我々6人全員が飢えることなく1年は持つ量だ。これならば本島からの迎えを待つまでの間は持つだろう。
しかし仲間の様子がおかしい。あの時見えた海の巨大な穴に、恐ろしい眼を見たといって魘され続けている。彼の精神状態のためにも早く本島へ戻りたいものだ。
海は穏やかさを取り戻したが、奇妙な霧が常時発生している。我々は霧の中でも居場所を伝えるために、灯台の灯りは絶やさないように勤める。
もう一週間は経つが、今もまだ迎えは来ない。
彼が自殺した。
自らの喉を掻き切って死んだ。
最期まで海を怖がっていたため、彼の遺体は土に埋める。ボルゾに安らかな眠りがあらんことを。
海の中から金色の大鳥が飛んできた。
それは灯台の屋上に居座り始めた。だが温厚な性質なのか我々が近づいても特段反応はしない。仲間が一人欠けた我々に、奇しくも奇妙な同居人ができた。寂しさを埋めるように現れた大鳥にこそばゆい嬉しさを感じつつ、これまで通り灯りをともす。
許せない!
あの鳥は敵だった!
本島からの迎えの船を襲い沈めた! その暴挙に出た鳥を駆除しようと挑んだ仲間が一人死んだ! 殺された!
今も怒りが忘れられない。だが怒りに駆られて動いたところで、あの巨大な鳥には勝てないとわかっている。どうすればいい……
近づく船を尽く沈める怪鳥は今なお灯台に居座っている。我々にたいしては、こちらから攻撃しなければ気にもとめないままだ。
このままでは未来がない。筏を造り本島へ帰還すると言い出した者も出始めた。灯台に近づかなければ沈められないと践んで。私は、そのような博打に出れなかった。
勇敢にも筏で海に出た彼は、あっさりと怪鳥に沈められた。
ここにきてようやく気づけた。
我々は、閉じ込められているのだと。
何が目的かはわからない。だが、我々が外部と接触することを怪鳥は禁じている。
食扶持が減ったとはいえ、食糧にも限界がある。それよりももう、心が限界を迎えている。
あの鳥に斬らレた。奴にとってはかるく引っかいただけだろうが、人間には剣で斬られたに等しい傷を生み出す。
やはり、わたしには彼らの仇を討つことができない。這う這うの体で灯だい内に逃げ込んだが、完全に八方ふさがりだ。もうここに自ゆうはない。
いヤ、ひとつだけ、自由がある。
このまま苦しみなガら生き続けるよりも、奴に生死を決められるよリも。私自身で私の死を決めよウ。選ぼう。
だが私だけが死を選び、残サれた二人の仲間を見捨てるわけにはいカない。彼らもあのとりに殺されるより、自死を選びたがルはずだ。
残さレた食料に過剰量の殺鼠剤を溶け込ませた。もうすぐ晩餐だ。これが最期の晩餐となろう。
これで我々は、自由になれる。
「これで日誌は終わってる」
「……無理心中したのか」
「最後は正気を失っている気がするな、これ。字が歪みまくって読みづらくなっていた」
気味の悪い内容だったけど、サエーナ鳥について有益な情報はそんなにないかな。
この場にある3つの人骨、そのうちのどれかが無理心中を選んだ日誌の作者なのだろう。
「ただ限界状況に置かれたためかもしれませんが、サエーナ鳥の攻撃を受けてからですね」
「何がだ?」
「筆者がおかしくなったタイミングです。偶然かもしれませんが、念のためサエーナ鳥の鉤爪には錯乱作用の毒があると考えて動いた方がいいかもしれません」
あ、サエーナ鳥の有益情報あったんだ。
魔物相手の専門家ってすごい。
「でも最初の一人目が錯乱したのは何なんだ? サエーナ鳥が出てくる前に自殺したみたいだが」
「……海の中の眼、か」
「……情報がなさすぎて考えたって答えはでないわ。今はサエーナ鳥に集中しましょう」
日誌からこれ以上有益情報はないと判断したのか、ヴィクトリア姫が切り替え始めた。
「ミゼルさんはどうしましょう」
「屋上付近まで一緒に来てもらうわ。サエーナ鳥の狙いはミゼルみたいだから、私たちだけが屋上に行ってもダメでしょうから」
「しかしなんでそんなに狙われているんだ?」
そんなの僕が聞きたい。
考えられる理由としては血の匂いか銃声の音か。銃声は海側でもあげられているだろうから血の匂い? 出血してから襲って来たし……でも、止血したら灯台への攻撃が止まった理由もよくわからない。場所は補足されているようだけど。
「考えたところで仕方ないでしょう。我々のするべきことはサエーナ鳥を討つこと。それに専念するのが一番かと。アルバート、ミゼルさんに肩を貸してやってくれ」
「はいよ」
止血したからといっても傷が完治しているわけでも痛みがないわけでもない。だから自分で歩けるとは言えないのでそのまま甘えることに。
しかし完全にお荷物状態だ。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。肩をかしてくれたアルバートさんに弱弱しくも謝罪する。
「謝ることはないんじゃないか? 魔物に狙われて怪我したんだ。悪いのは魔物であってお前じゃないだろうに」
「でも狙われた原因が何かあるんでしょうし……」
「魔物に好かれやすい奴だっているからな。何か行動に理由があったからとかじゃなく、なんとなく狙われるってこともある。魔物の行動に責任なんて感じる必要ねーよ」
なんだかこの人って話せば話すほど騎士らしさを感じられない。でもその気安さと親しみやすさから出るフォローはありがたい。それでいいんだ、と思えてくる。
「アルバートの言う通りだと思うぞ。ミゼルの責任じゃない。こういってはなんだが、あんたに責任があるのなら、灯台についたとき霧に注意を払わなかった俺にも責任ができてしまうからな」
「カストルさんにも?」
「ああ、海の霧はちょっと特殊だからな。占星術師にとってはなじみ深いものなんだ」
「あの霧が変なのはなんとなくわかってたけど、術師には何かわかってるの?」
カストルさんの出した話題にヴィクトリア姫も興味を示した。
「詳しくはわかってないな。ただ……占星術を扱う際に空気中のエーテルを使うんだが、海の霧にはそれが異常なぐらいあってな。それだけならいいんだが、エーテルの濃い場所には魔物もよくいるんだ」
「それじゃあ霧の正体はそのエーテルってものなわけ?」
「エーテルと酷似した何か、って俺は思ってる」
カストルさんの説明で霧は危険だとわかった。わかったけども、
「あの、話の腰を折るようですみません。……エーテルってなんですか」
化合物のエチルエーテルのことではないはず。文脈的にもっと、ファンタジーチックな何かだろうけど。
「エーテルは……いざ説明するとなると難しいな。さっきも言ったように空気中にもあれば、魔物の体を構成していることもあるし……なんだろうな?」
「えと、なんでしょね?」
聞いた側に聞かれても。
二人微妙なやり取りをしてたら弟さんのポルックスさんが咳ばらいをして解説してくれた。
「一説では星が生み出す元素だそうです。特定の形にすると媒介として優れた効果を発揮できるので占星術師以外でもお世話になっていることが多いですよ。僕の手甲もエーテルを利用できるようにしてありますし」
ロイヤルガーズの方たちの武器にもエーテルを利用できるようになってますね。と続けた。
「へぇ、そうなのか。俺の武器にもあるんだな」
「アルバートは使ってないからな……」
「え? いや、次からは使うさ! こ、この……どれだ…………これだ! この鎚の柄についた宝石がトリガーなんだろ!?」
「はい、それです」
どうしよう。わからん。
何を言っているのかさっぱりわからない。
「エーテルを誘引させる発光石を引きだしたい形にして固定したものが武器になってます。占星術師は自分で形を調整しますから、属性が多岐にわたるんです」
わかってないうちに講義が終わったっぽい。
もうちょっとわかりやすく説明を求めてみようか。
「ん。そろそろ屋上に着きそうだな」
あ、だめだ時間切れだ。
話している間に痛みも疲労も紛れたし、うん、よしとしよう。
「屋上に出たらすぐさま信号弾を撃つわ。色は黄色。海側としても状況は気になってるでしょうしね。スターブラザーズもこれでいい?」
「そうだな。あとはサエーナ鳥を倒して青色の信号弾か」
「ええ。ミゼルはここで待機。様子を見ようと来たら駄目よ」
「はい」
本音を言うとちょっと見たい。
あんな大きな鳥にどうやって戦うつもりなのか気になるのだ。だけど軽い気持ちで見に行って邪魔するわけにもいかない。それにただでさえサエーナ鳥にはやたらと敵意を向けられているんだ。ちょっと顔を出した途端に刻まれそうだ。
「それじゃあ行くわよ。街の人々の安心のために」
「ああ。俺の星の観測のために」
各組のリーダー同士が戦意を高めながら屋上への扉に並んで向かう。
決意の言葉はやっぱり対照的だけども。
扉を開け放ち、二組のメンバーは同時に駆けていった。
扉の向こうには、霧のない青空と白い雲。
そして、金色の翼と赤い体を持つ怪鳥、サエーナ鳥がその姿を惜しげもなく晒していた。
扉はすぐに閉められ、信号弾を放つ音と強い風の音、掛け声や瓦礫の破壊音などが聞こえてくる。
音だけじゃ全く戦いの様子がわからない。だけど一方的な展開というわけじゃないのだろう。
今のところ、サエーナ鳥は灯台に攻撃をしていない。その余裕がないのか、さっきまでの灯台への攻撃が何かの気の迷いだったのか。
いや、今はそんなことより周囲を気にしよう。またあの時みたいに魔物に噛みつかれたらたまったものじゃない。
カストルさんが言うには霧のあるところは魔物もよくいるとか。
……灯台の中だし霧があってもわからない。というかここには霧はないか。さっき扉の向こうに見えた景色も霧はなかったし。
「……霧がなかった?」
サエーナ鳥は魔物だ。
灯台の屋上に巣を作り、海を渡り近づく船を襲っている魔物だ。
海には霧がある。だから魔物がいてもおかしくない。
灯台の屋上には霧がない。だけどサエーナ鳥という魔物がいる。
霧がある場所には魔物がよくいる。とカストルさんは言っていただけで、霧がないところにはいないとは言ってない。
だから、霧がないことに別段おかしい点はない。
「本当になんなんだ。あの霧は……」
霧について考えると頭が痛くなってくる。せめて何らかの法則性を見せてほしいものだ。
霧といい、出血後のサエーナ鳥の急襲といい、わからないことだらけだ。
「……出血か」
自身の血が出ていったことに、別の記憶が掘り起こされる。
コールドスリープカプセルに入る前、薬を注射した。その薬は血に溶け込み、全身を循環している。たとえ世界が毒に包まれていようと、血に溶け込んだその薬のおかげで生きることはできると説明を受けていた。
恒常性促進薬と呼ばれたあの薬は……たしか火星のテラフォーミング計画の副産物だったか。白く輝いて見える気体を液化させて作った特殊な薬。臨床実験もロクに重ねることができずに使ったんだっけ。
「サエーナ鳥の発狂は血の匂いじゃなくて薬の匂いだったとか……ないか」
そんなに鼻がいいとは思えないし、薬の匂いも血の匂いも一緒だ。止血したからって充満した匂いは消えていないのだから。
「あー…………だめだ」
みんな、どこに行ったのだろうか。
カプセルに入る前のことを思いだすと、途端にホームシックのような寂しさに襲われる。
500年後に会おうと誓い合ったのに。なんで僕は海を漂っていたんだ。研究所は500年の間に海へと沈んだのか。死ななかった理由は薬のおかげ? いや、窒息まで防止できるなんてことはないはず。あれは有害な物質から身体と精神を保護するものだ。説明通りの効果が出るかは不明だったけども。
問題なのは目覚めの時期のズレだ。そのズレの間にみんなはどこかへ行ってしまったのだ。そう思いたい。
「もしくは、海の底でまだ眠っている…………はず」
……暗い考えはよそう。前向きに何でも捉えよう。
どこかへ行ってるのなら、そのうち合流できるはず。海はひどい環境だけど、それを改善するために今こうしてサエーナ鳥討伐が行われているんだし。
仮に、海の底で眠っているのなら目覚めるのを待てばいい。僕も意識なく海を漂ってたんだ。だから大丈夫。
「……! ……すごい音」
弾ける音が幾重にもなって響いた。
激しい戦闘音は続いているけども、僅かに聞こえる声の掛け合いからは順調なようだ。もう少し、という声から、サエーナ鳥を追い詰めているのがわかる。
……音が止んだ?
戦いの音がしばらくして止み、勢いよく屋上の扉が開かれた。カストルさんだ。
「たおせ───」
「すぐに来てくれ!」
「はい?」
何があったのか、聞く暇も与えてもらえずに手を引っ張られた。そのまま屋上に出れば、戦いの痕跡を示すような荒れた床や岩壁。サエーナ鳥の巣を形成していた船の残骸が散乱していた。
他に目ぼしいものは……あまりない。見たところ全員無事なようだ。あ。
サエーナ鳥がいない。
「あの鳥が逃げたんだ! おびき出せないか!?」
「ちょ、ちょっと! 考えがあるって、ミゼルでおびき寄せる気!?」
カストルさんは僕に、ヴィクトリア姫はカストルさんに詰め寄った。
「お、落ち着いてください!」
「悪い! だけどそんな余裕はない!」
「ちょっと! 慌て過ぎよ! 逃げられたのは確かに残念だけど、灯台を取り戻すことが最優先だったじゃない!」
星を見るために参戦したカストルさんの慌てぶりと、魔物を倒すために参戦したヴィクトリア姫。魔物に逃げられたことに対しての反応がどちらも予想外だ。
「ただ逃げただけならいい! けどあいつ、アーモロードに向かってる!」
「はぁ!?」
この屋上こそは霧がないけども、サエーナ鳥がどこへ行ったかわかるものなのか。疑問に思ったけどもカストルさんは確信しているのか、強く僕の肩を掴んでいる。どうにかしておびき寄せれないかと。
アーモロードに滞在していた期間なんてほとんどないけども、このまま逃げられるのは悔しい。できることならサエーナ鳥をここにおびき寄せたい……けど、
「そもそもサエーナ鳥は追い詰められたから逃げた……いくらミゼルさんが魔物に狙われやすい体質だったとしても、わざわざ戻ってくるとは思えません。悔しいですが、我々にはもうどうしようもありません」
ベンジャミンさんの言う通りだ。
それに人に追い詰められたんだから、もしかしたら街へ着く前に進路を変えるかもしれない。これは楽観的発想だけども、それに頼るしか今はない。
「……いいえ、ベンジャミン。ミゼルを狙っていた時のサエーナ鳥は異常だったわ。自分の巣がある灯台を壊しかねない威力で何度も攻撃していた。何か、自分の巣よりも優先する何かがあったはずよ」
「それは自分の命よりも、でしょうか」
「わからないわ。だけど、賭けてみてもいいかもしれない」
可能性はある。だけど、
「すみません……僕には、わからないです……」
どうしてサエーナ鳥があの異常行動を起こしたかわからない。血の匂いでも薬の匂いでもない。銃声だとしても、それはあの時海で何度も上がっていたはずだ。
「そう、か……」
カストルさんがうなだれ、僕の肩から手を離した。
「すみません…………ポルックスさん」
「……なんですか?」
本当にすみません。
ポルックスさんに謝りつつ、銃を構える。不思議と怖くはなかった。
「せっかく治療してもらいましたけど……無駄にします」
「何を───!」
銃声が響いた。
狙いは、ポルックスさんが包帯を巻いてくれたふくらはぎ。
どうしてあの時サエーナ鳥が異常行動をしたかわからないから、できるだけ当時と同じ状況を用意するしかない。
初めて銃で撃たれた。初めて銃で人を撃った。こんなに痛かったのか。映画なんかで足を撃たれても戦う俳優を見たけども、こんな痛みじゃ戦えない。自分を傷つけた銃声が耳に残る。足を貫いた傷が体中に痺れを走らせる。
銃の痛み、なめてた。もう絶対自分を撃つなんてしたくない。
「───っの馬鹿! 何やってんの!」
ヴィクトリア姫の怒声が聞こえる。だけど返事をする余裕はない。
鋭く見られている感覚が、強い害意が一身に注がれているから。
「きま、す……」
「! ……すまん、ミゼル。ありがとう。サエーナ鳥が戻ってくるぞ!」
やっぱりカストルさんはサエーナ鳥の動きを探知している。この害意は僕にしか注がれていないはずなのに。これも占星術師という何か不思議パワーなのか。
「ミゼルさん、すぐに治療を……!」
「すみません……もうちょっとだけ、待ってもらえますか?」
止血をしたらサエーナ鳥は灯台への攻撃を止めていた。血の匂いじゃない、出血という動きに対しての反応と考えるしかない。だからサエーナ鳥が完全に倒れるまで、ここに縫い止める必要がある。そのためには血を流し続けないといけない。
「ベンジャミン、ミゼルを守りなさい! アルバート、すぐに終わらせるわよ!」
「御意!」
「騎士より頑張ってくれちゃってまあ。おかげで俺たちはもっと頑張らないといけないな」
僕のそばにベンジャミンさんが大盾を構えて立つ。くそぅ、カッコいい。重装備で誰かを守る、なんてカッコいい以外出てこない。
ヴィクトリア姫が籠手に青い宝石をつけてアルバートさんのメイスに触れた。
するとメイスに薄い氷が纏わりだした。あれも占星術というやつだろうか。ポルックスさんの講義が理解できていればわかったものなんだろうか。
「ポルックス、俺たちも全力で畳みかけるぞ」
「ミゼルさん、気をしっかり持って待っていてください。終わったらすぐに治療に掛かるんで」
カストルさんの手のひらにはリングがあった。そのリングから一筋の光が溢れ、ラインを描く。もうさっきから謎の化学反応がいっぱいだ。
ポルックスさんの手甲は特に変化していない。……けど手甲て。殴るの? あの鳥を?
迎え撃つ準備が完了した時、金色の光が目に見える範囲まで近づいてきた。
寄り道など一切なく、真っ直ぐに向かってくる。確実に……僕の元へ。忌々しい。
「ミゼル」
「……はい? なんですか、カストルさん」
カストルさんの背中の重装備が、マントのように広がっている。何あのギミック。そして手の光は独特な線を描いて光の点を空中にとどめる。そしてまた別の位置に点を作り、光の線で結ぶ。どこか見たことのある形だ。あれは、星座? たしか……牡羊座。
「俺の占星術はまだまだ未熟だ。長く冒険を続けているのに、未だに炎しか扱えない」
「兄さん……」
「俺にはお前も、海賊として未熟だと思っている」
「いや……はい。そうですけども……」
「誰かのために何かをするってのは、一人前じゃないと駄目だと俺は考えてた。自分の足で立てないやつが人を支えるなんて危ないからな。正直、この考えは間違えていないと思う」
「はあ」
何故今その話を。
サエーナ鳥が迫ってきている状況で話すことなんだろうか。
「だからお前のさっきの行動も、駄目だと思ってる」
「ひどい」
「すまん。まあ、あれだ」
普通にひどい。すごい痛いのに、褒めてくれたっていいと思う。
「俺もお前も、一人前じゃないんだ。だから、誰かのために何かするなら、未熟者同士、協力して事に当たればいいんじゃないかって思ってな……結構恥ずかしいな、こういうの。とにかく、お前のやったことは俺も継ぐ。必ず俺たちでサエーナ鳥を討つ」
照れくさそうにしながらカストルさんは描いた牡羊座をサエーナ鳥の来る方角へと向けた。
空中に描かれている原理も不思議だけど、さらに不思議なことに牡羊座の形が変形していく。変形だけではない、炎へと変化していく。
「未熟者でも、大物を倒せるんだってこと、海都のやつらに知らしめてやろう。俺の占星術と、お前の傷と、その他でな」
「さらっと私たちも未熟者扱いはやめてくれない?」
「しかもその他扱いですか」
ロイヤルガーズのつっこみを無視して炎が放たれた。それは灯台へと舞い戻ってきたサエーナ鳥の顔に向かって正確に。
だけど魔物は怯まない。顔に浴びせられた炎など気にせずに飛び続け、翼から電気が漏れだした。
「電撃の羽根が来るぞ!」
「アルバート! ポルックス! 気にせずつっこめ!」
「滅茶苦茶言うな!?」
「兄さんの言う通りに!」
「まじで!?」
「アルバート! 行きなさい!!」
「姫様まで!?」
カストルさんの手元で再び光の星座が描かれる。今度は
「派手に見えるが元をただせば羽だ! 全部焼き落とせばいい!」
獅子座の形だ。星座の形で変化するのか、今度の炎は先ほどと違いサエーナ鳥の全身を優に超える広がりを見せた。それは当然、電気の羽をも呑み込んで。
「本当に落とせるもんなんだな……だがこれなら!」
電気が散ったのを見てからアルバートさんが怪鳥へと跳び迫る。
だけど彼のメイスが届く前に、怪鳥の頭へポルックスさんが飛び蹴りをかましていた。
蹴りて。手甲すら使ってないんですけど。
「アルバートさん!」
「おう!」
蹴りでは威力が不十分なのか、鳥は落ちてこない。跳び上がるアルバートさんと交代するようにポルックスさんは怪鳥から離れた。
「俺は頭なんて狙わないぜ!」
宣言通り、怪鳥の翼へとメイスが振られる。メイスにはヴィクトリア姫によって纏わされていた氷がついたままだった。
氷の砕ける音と共に鈍い音が聞こえた。すぐさま怪鳥の叫びが耳に劈き、その巨体が屋上へと落ちる音が響く。
「翼は折った! これでもう逃げられねぇ!」
片翼が折れて地に堕ちた怪鳥に、逆転の目はない。飛行能力をもってしても先ほどは追い詰められていたのだ。飛行能力はなくなり、電気は散らされ、地に足つけた状態で討伐隊に勝てる術はない。
「ぁ」
突如、僕の目の前に金色が迫った。
一瞬サエーナ鳥の姿がブレたと思った途端のこと。あくまで僕狙いってどういうことだ。
せめて死なないように、と願って目をつぶるも、衝撃は襲ってこない。
「このベンジャミン、護衛対象にこれ以上傷を増やさせはしません」
危うくキュンとくるところだった。
僕が女の子だったらキュンときてたかもしれない。吊り橋効果も相まって、こう。
「~~~ひやっとした!」
「アルバート! 早く仕留めろ! さっきから出遅れすぎだ!」
「お、おう!」
ベンジャミンさんに叱責されてアルバートさんがメイスを構えなおした。
だけどメイスが振られる前に、
「あ。すまん。とどめを譲ってくれているものだと」
カストルさんの炎がサエーナ鳥を燃やしていた。
炎は開幕よりも強く燃え上がっている。片翼で傷ついたサエーナ鳥は逃れることもできず、苦しみ喘ぎ、耳を塞ぎたくなるような断末魔の叫びをあげる。
「……っ」
サエーナ鳥は最期に、強い敵意を僕に向けたのがわかった。
燃えていく命に構うことなく、自身を追い詰めた討伐隊に恨みを向けず、何故か僕に激しい敵意を。
みんなは何も気にしていない。ただ祝勝の声をあげ、青い信号弾を撃ちあげた。
やっぱりサエーナ鳥が狙ってきた理由はわからない。だけどこれで。
百年もの間、アーモロードを閉ざしていたスカンダリア大灯台の魔物は討たれたのだった。
サエーナ鳥
大航海クエストに登場するボスモンスター。
適性レベルなら相応の強さを持つが、ある程度レベルが上がると無料の宿として愛用される。
一応速攻攻撃、列への属性攻撃、状態異常攻撃と弱くないスキルもちなのだけど……
日誌の人物は状態異常攻撃「困惑の爪」で混乱した感じ。
ゲーム中ではただスカンダリア大灯台に棲み付いた魔物ですが、この作品ではある目的を持って大灯台に居ついていました。
星占術師ゾディアックについて。
星術はもうファンタジー解釈でいきました。そしてその流れから各クラスの属性攻撃も今回書いた形に。ですが星術についてなので、ちょっとは星と絡めたいなと思い、星座の形がーってしました。12星座の属性を参考にしてます。あとはそれぞれの星座の個人的イメージを元に。
プリの属性付与のアームズ系はプリの手甲に星術と似た道具が仕組まれているということにしました。まぁ上記の各クラスの属性攻撃とそんなに変わりないですね。
今後もスキル解釈がかなり独自設定よりになると思います。
あと先に謝っておきます。
シノビのスキル「分身」はかなり形を変えてしまいます。ゲーム通りの運用は無理です……ごめんなさい!