とんでもなく寝過ごした   作:横電池

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52.深都の王と海都の姫と体内の真祖

 

 

 

 

 海王ケトスと名乗る白鯨が殺された。

 

「……どういうことよ」

 

 殺したのは、シャーロットと共に旅していたミゼル。

 海の中、自由に動きまわりては炎を出し、触手を伸ばしてケトスを仕留めた。

 

 彼女はただ、茫然と見ているしかなかった。

 

「……あいつ、今なんか言ってなかった?」

「……さぁ?」

 

 トーマもデザートも、驚きが抜けきっていない。

 何もかもがワンテンポ遅れるやり取り。それだけ混乱に満ちていた。

 

 いち早く正気に戻ったのは、1人だけ。

 

 その人物は当初の目的、深都に近づいた人間の排除よりも、事態の報告をすべきと判断してこの場を離れようとしていた。

 

「……っ。待ちなさい、オランピア」

「今はあなたたちに構う暇はない」

「何か知ってるなら説明しなさい。今のはどういうことなの」

「……」

 

 オランピアに詰め寄るシャーロット。

 敵対していた相手だが、この中で唯一事情を知るであろう相手だ。

 しかしオランピアは答えない。だが振り払うこともなく、黙り込んでいた。

 

 やがて、

 

「……深都について来て。ケトスが死に、フカビトの真祖が現れ、そして樹海から逃げた。お前たちにも協力してもらう」

 

 自身の要望を言った。

 事態がすでにオランピアの予想を超えている状況。彼女の中で、今まで通りの対処はできないと判断した。

 

「本来なら私が対応すべきこと。だけど今の私は海都を動きまわれない。利用されていた分、あなたたちにも責がある」

「何言ってるかわかんねぇんだけど、それより深都に案内してもらえるってことでいいんだよな? 罠じゃねぇよな?」

 

 トーマの問いにオランピアは答えず歩きだす。

 

「……どうすりゃいいのよ」

「行くしか、ないでしょ。どうせ戻る、道はないん、だし。あー……まだ、ちょっと痺れてるわ……サイアク」

「戻ろうにも階段ぶっ壊れてるしなぁ……深都の樹海地軸、使わせてもらわねぇとな」

「行かないと。迷子、なる」

 

 トーマのギルドは全員オランピアへとついていった。

 遅れて、シャーロットも歩きだす。戸惑ったまま、深都へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海底に沈んだ幻の都市、深都。

 その都市は、世界樹の根元に広がっていた。どの建造物も沈んだ当時の物なのか、どこか古く感じられる。

 

 オランピアについていく一団を、深都の人々は物珍しそうに、遠巻きに眺めていた。

 

「……おいおい、人がいるぜ。あいつらもオランピアと同じなのか?」

「違う。彼らは100年前に沈んだ住民の子孫」

「ほ~」

「あなたたちはここで待て。先に私が、深王さまに報告する。それと一つ忠告しておく。住民の中に、私と同じ身体を持つ存在がいる。勝手な行動をすれば排除する」

「へいへい」

 

 オランピアは1人、葉状の上に立つ大きな建物へと進んでいった。

 

 残された4人は深都を眺めながら今後について話し始めた。

 

「とりあえず、戻ったら報告だなー。俺たち大金持ちじゃね? パスタテロ計画ができちまう。お前ら何買うよ?」

「オデ、櫛、ほしい」

「え? 何アンタ。プレゼントする相手いんの? だれだれ?」

「オデの獣」

「……アンタにコイバナなんて期待したのが悪かったわ」

 

「ちょっと……なんでそんなに普通にいれるわけ?」

 

 トーマたちはすでにこの先を考えていた。

 だが、シャーロットだけは未だに、先の件を引きずっているのか考えを切り替えられない。

 

「なんかあったっけ?」

「あんた、覚えてないの……!?」

 

 トーマのとぼけた答えが信じられない。

 何故ミゼルが豹変したのか。どうして去って行ったのか。ケトスの言う妨害する訳とは何なのか。それはミゼルと関係があることなのか。

 

 彼女の中で疑問は尽きないというのに。

 

「何考えてるか知らねぇけど、これから深王とかいうのが説明してくれるんじゃね?」

 

 そんな軽い考えでいいのか。

 そう詰め寄りたかったが、その前にオランピアが戻ってきた。

 

「深王さまへの報告が終わった。王はあなたたちと話をしてくださる。ついてきて」

 

 

 

 

 

 

 

 案内された建物の中に入れば、天井に星が彩られた奇妙な場所だった。

 天井の星々に照らされた部屋の中央で、黒髪、黒いマントに身を包んだ褐色肌の男が佇んでいる。

 

 その男がオランピアに連れられて来た者たちを見、口を開いた。

 

「卿らが海都より来た冒険者か。我はこの深都を統べる深王である」

 

 トーマは「そのまんまじゃねぇか」というツッコミを堪えた。

 

「オランピアから聞いている。卿らの仲間にフカビトが化けていたことを」

「……フカビトって何よ」

「その疑問も当然のことだろう。フカビトはこれまで隠されてきた存在。卿らは我が友ケトスと渡り合う実力者とも聞いている。ゆえにその力に敬意を表して話そう」

 

 ケトスの友を名乗る深王は、フカビトについて説明を始めた。

 

 

「フカビトとは、深海に潜む魔物。人類の恐るべき敵である。奴らは邪悪な魔を神と崇め、世界を滅ぼす醜きバケモノ」

 

「はいはーい! よくわかんないので具体的にお願いしたいでーす!」

「深王さまの言葉を遮るな」

「ひゃあ、こわい」

 

「よせ、オランピア。ひとつずつ話すとしよう」

 

 深王は、フカビト。それとフカビトが崇める神について。いくつか語った。

 

 フカビトは真祖と呼ばれる存在から生まれる人魚だということ。

 生まれた人魚は真祖のために、そして真祖は邪悪な魔、彼らの神のために動く魔物だということを。

 

 真祖が崇める魔は、災厄を具現化した存在であることを。

 大昔に世界樹が、海底よりもさらに奥底に封じた存在であることを。

 

 

「現実離れした滑稽な話に聞こえるだろうが、あの大樹、世界樹には意志があるのだ」

 

「強烈なヤツが来ちまったなぁ……」

 

「そのような反応も仕方がないことだろう。だが事実だ。我ら海都の王家はある方法を持って、古くから世界樹の声を聞くことができた」

 

 

 その声が教えてくれたのだと深王は言った。

 

 魔の存在、その脅威を。

 対抗する手段を。

 

 そのための力を授けてくれたと。

 

 

「その1つが、我が忠実な(しもべ)であり我が友、オランピアのことだ」

 

 

 オランピアに視線が集まる。

 今の彼女は惜しげもなく人外の身体を晒していた。

 

「彼女は、世界樹の禁断の叡智を受け生み出された存在。人と同じように話し、動き、そして人よりも遥かに強い……」

 

 4人の脳裏に思い起こされるのはオランピアとの戦い。

 暗闇をものともせず、火を反射し、電撃を放ち、巨大な刃物を振り回す。首を飛ばされてもなお動き、眼から光線を放つ姿。

 

「話を戻そう。世界樹は魔を封じた。だがそれは完全ではない。魔は己の眷属を海に解き放ち、力を蓄えようとしている。また、フカビトが自分たちの神を自由にせんと、世界樹を害すために動いている。そしてここからが、卿らに深く関係のあることであり、我が頼みでもある」

「頼みだぁ?」

「卿らの仲間に化けていたフカビトの真祖。その者を海都には極秘裏に、排除してもらいたい。この深都だけでは対応し切れないのだ」

 

 深王の言うフカビトの真祖。それはミゼルを指している。

 

「なんで極秘裏なのよ」

「……今まで、フカビトの存在、そして魔の存在は秘匿されてきた。その理由を教えよう」

 

 デザートの問いかけに、深王は遠回しな答え方を選んだ。

 

 

「海底の底に位置する魔は、人が認識し、理解し、恐怖するといった感情を餌として成長するのだ」

 

 

 その特徴を持つ存在を、話を聞いていた4人のうちの2人がすでに知っていた。

 シャーロットとデザートだ。

 

 2人は恐怖を求め動く海の怪物を知っている。

 幽霊船という宿に潜み、霧の海を跋扈していたクラーケン。

 

 

「その特性ゆえ、魔の存在は大々的に知らせることができない。仮に海都の者すべてが魔を認識し、恐怖すれば世界樹ですら対抗することができなくなる」

 

「待って。その魔ってのはイカの魔物だったりするの? 以前その性質に似たイカの魔物と戦ったわ」

 

「ふむ、それはおそらく、世界樹の封印の隙間を抜け出た魔の眷属だろう」

 

 

 恐怖を求める魔物。

 その存在を知ってるがゆえに、シャーロットとデザートは深王の言葉が嘘でないと判断できた。

 

 だけどその話を聞いて、誰もが納得するわけではない。

 

「ほーん、じゃあ何か? その魔ってやつの存在を知られないために、お前らはこの深都を隠し続けてたってことか?」

「その通りだ。我はこの深都で、誰にも知られずに戦うことを選んだ。それが世界を救うためになるからだ」

「なーるほどなるほどー。そのためなら深都に近づくやつは殺すってか。それも世界を救うためだもんなぁ!」

「何……?」

 

 トーマの挑発染みた言葉に深王が疑問の声をあげる。

 

「とぼけんなよ。樹海で死んだヤツは、そりゃ力が足りずに魔物に殺されたヤツだって多いぜ。けどな、お前らの罠で殺されたヤツだって多いんだ」

「……どういうことだ? 我は海都の者に害を与える指示など出していないが」

「てめぇまだ──!」

 

「深王さま、私と海王ケトスの判断によるものです」

 

 話に割って入ったオランピアに再び注目が集まる。

 今度は深王の目線も増えて。

 

「どういうことだ、オランピア。我が出した指示は、深都に近づいた者は記憶を消し帰せ。これだけだったはずだ」

「勝手な判断、申し訳ありません。ですが記憶を消したところで、今までの者たちは再び樹海に戻り、深都に辿りつきました。そのため、深都を探す目的を持っている者は排除するのが最善と判断しました」

「……そうか」

「もちろんすべてを排除したわけではありません。深都を探す気がなかった者、偶然居合わせた者は記憶を消し海都に戻しております。排除したのは一部の者だけです」

 

 オランピアは頭を下げて謝罪する。その相手は深王だけだ。

 

「……今後その処置は必要ない。卿らもすまなかったな。だが、人類を救うためなのだ」

「…………俺、もう帰っていい?」

「何?」

「頼みごとってフカビトの真祖をつかまえろーってんだろ? でも俺、お前、嫌い。だから無理。で、もうこれ以上ここにいるより、さっさと帰って深都発見の報酬もらった方がいいしな」

 

 オランピアが一歩前に出た。

 トーマの物言いに対し、制裁を与えようとしてのこと。だがその前に深王がオランピアを止める。

 

「オランピア、よせ。この者の態度、無理もない。それに無理強いしたところで意味がない」

「……はい」

「他の者も同じだ。我が頼みは強制ではない。海都に戻りたいのであれば地軸の元まで送らせよう。だが、人類を救う大義を理解してくれるならば、ここに残って我の頼みを聞いてほしい。フカビトの真祖を捕らえること以外にも頼みたいことがあるのだ」

 

 深王の言葉を受けてまず反応したのはボーグマンだった。

 

「オデ、トーマと帰る」

「アンタ、主体性ないわね」

「デザート、残る?」

「私も帰るわ。自己陶酔男に付き合ってられないしね」

 

 オランピアから不穏な音が聞こえた。それを深王は片手で諫めた。

 

「そうか、残念だ。では地軸までこの者に送らせよう」

 

 部屋の奥から1人、おそらくオランピアと同じ身体の機兵が深王の合図に顔を出す。

 トーマたちの案内させるためだ。

 

 そうして、トーマたちが去って行った。

 

 深王は厳かに口を開く。

 

 

「それで、卿は我と同じ志、人類を救う目的を持つ者と見てもよいのだな?」

 

「人類を救うとか、よくわかってないわ。自分にも何かができるのに、他人に任せっぱなしは嫌なだけ。それに……ひとりになっちゃったもの。海都に戻ればきっと戦わせてもらえないわ」

 

「この深都に残り戦うその決断に敬意を払おう。卿の名を聞かせてほしい」

 

 

 彼女は、深王に自身の名を言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深都の樹海地軸を使い、トーマたちは海都へと戻ってきた。

 その歩みは元老院の通路を進んでいた。

 

「シャーロット、残ったのな」

「自己陶酔男と馬鹿女ってとこね」

「お前あの王さま嫌ってんのな。ボーグマンの純真無垢さ見習えよ。コイツ人の好き嫌いあんの?」

「アンタもじゃない。それにボーグマンのは純真無垢じゃなくて単純ってだけよ」

 

 トーマとデザートの会話に挟まれながら、ボーグマンは前を歩く。

 ようやく普段通りのトーマになってきたことに彼は内心喜んでいた。世界だのなんだの、トーマには似合わない。

 

「にしても……やっぱり似てるよなぁ」

「トーマ?」

 

 トーマが歩くのを止めて、廊下に飾られている絵画を眺めて始める。

 絵画に写っているのは2人の男女。

 

 トーマの視線はそのうちの、男の方へと注がれている。

 釣られてデザートも見てみれば、

 

「……あの自己陶酔王、人間じゃなさそうね」

 

 

 絵画の男は、深都の王と瓜二つだった。

 この絵は100年前の王家の姿を描いたもの。

 

 

「そっくりさん、ってわけじゃなさそうだよな。なんか釣られてこの女の子もアイツに見えてきたわ……」

「ひょっとしてオランピア?」

「見えてこね?」

「そっちは微妙」

 

 絵画の少女がオランピアと共通する点は、髪の色と小柄なことだけだ。

 

 トーマたちはしばらく絵画を眺めていたが、考えるのが面倒臭くなった。

 自分たちは深都発見の報告をするだけでいい。難しい話はお偉いさんに任せればいいと判断したのだ。

 

 彼らはやがて元老院の元締め、フローディアの部屋の前まで辿りつく。

 

「んじゃ、報告と行きますか。しっつれいしまーす! 深都見つけましたー! 変な人に絡まれましたー!」

 

 いつものように、部屋の中にはフローディアだけだと彼らは考えていた。

 だが、別の人物がそこにはいた。

 

「お? ひょっとしなくても先客だよな?」

「いえ。私のことはお構いなく。それよりも先ほど仰っていた話を聞かせてください」

 

 フローディア以外の存在が、3人。

 トーマはそのうちの2人を知っている。まだ駆け出しとも言える2人組の冒険者だ。

 

 だが、もう1人は知らない女性。

 

 白い髪に白い肌、赤い目をした少女だ。

 服装までも白く染め上げられている特徴的な人物。だがトーマが何よりも目を引いたのは、彼女の髪飾り。

 それは海都の王家の証、蝶の模様がある髪飾りだった。

 

「は、白亜の姫君……? ホンモノ? 初めて見た。サイン貰っていい?」

「姫さまに汚い言葉を聞かせてるんじゃないよ! それよりさっきの言葉について報告をしたらどうだい!」

「お、おう!」

 

 元老院の老婆、フローディアに急かされてトーマは報告する。部屋にいる先客2名にも聞かせてるかーと思いながら。

 深都までの道のりや起きた出来事。海王ケトス、オランピア、深王のことも。そして、秘匿しろと言われていたフカビトのことや魔という存在の話についても。

 

 途中、ミゼルのことで言葉が詰まる。

 深王の話では邪悪な存在と言っていたが、そうは思えなかった。ケトスを倒した姿は人間離れしたものだったが、これまで接して見てきた姿は、思想は人間のものだった。

 

(隠し通せるもんじゃねぇよなぁ……)

 

 ミゼルについても正直に話すことにした。見たことを。聞いたことを。そして、自分の感じた彼の人間性についても。

 

「つーわけで、ミゼルは海を泳いで行っちまった。でも悪いやつってわけじゃねぇとは思うんだ。深都の発見もアイツのギルドの協力があったからだしな」

 

 そのギルドのメンバーである2人はここにいないが。

 

 報告を一通り終え、最も喜色を浮かべたのは白亜の姫君だった。

 求めていた深都の存在への喜びだ。だが、他の情報に関しては複雑げにしていた。

 

「深都が見つかった……とうとう……! ですが、深王……ですか。それに去っていったフカビト……。フローディア、フカビトの保護の手配をお願いします」

「畏まりました」

 

 白亜の姫君と老婆のやり取りに、トーマは慌てる。

 深都発見に貢献したことミゼルよりも、深都の願いを優先するのかと思ったからだ。

 しかしトーマが口を出す前に姫君が微笑みながら言った。

 

「心配なさらないでください。私はその方にお礼がしたいだけです。私の願いを叶えてくれた方に……」

 

 その微笑みはすぐに苦しげなものに変わった。

 

「んっ……!」

「姫さま! 大丈夫ですか!」

「大丈夫、ですよ。フローディア……。苦しみよりも、喜びの方が大きいのですから……」

 

 見るからに体調が優れない姫は、言葉通り嬉しそうに、再び笑みを浮かべている。その顔は蒼白ではあるが。

 

「ですが、フカビトと戦う……と仰っていたのですね……深都の王は」

「あ、はぁ。そうっす」

「そして深都だけで、自分たちだけで戦うと……」

 

 白亜の姫君は、思案するように目を閉じ、ゆっくりと赤い瞳をトーマに向けて言った。

 

 

「私たち海都も、フカビトとの……いえ、魔と呼ばれる存在との戦いに協力しましょう。彼らだけを戦わせるなどできません。深都への協力を申し出るために、私の親書がここにあります。みなさんにはクジュラと共に、この親書を深都まで届けてほしいのです」

 

 

 その言葉を受けたトーマは答えた。

 

 

「え、いやっす」

 

 

 室内に沈黙が訪れた。

 

 断られると思っていなかった白亜の姫君は言葉を失い、フローディアも同じく固まっていた。

 

 渦中のトーマはそれよりも深都発見の報酬が気になって仕方がなかった。

 

 白亜の姫君が、フローディアが、何か言いかけた時、先客の冒険者の1人が声を上げた。

 

 

「その親書を届ける役目、アタシがしてもいいでしょうか」

 

 

 その人物の名はカナエ。

 ギルド、ムロツミに所属する占星術師。

 

 そして、オランピアに恨みを持つ人物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海面から空を見上げる。

 霧が掛かっていて空の色は全く見えない。しいて言うなら白だ。

 

 ぷかぷかと、海面を漂う。仰向けに。

 

 ……ザビィさんたちに釣り上げられた時も、こうだったんだろうなぁ。いや、その時はうつ伏せだっけ。

 

 自分が今、海のどの辺りか全然わからない。

 近くに島があればそこへ行くつもりだったが、霧のせいで見晴らしが悪すぎる。とにかくあの霧の海ということしかわからない。

 

 普通なら、絶望する状況だ。だけど心は平穏なもので。

 

「溺れ死ぬことがないもんなぁ……」

 

 もう一人の僕【違う】……シンソ君のおかげで。

 

 人の心のうちを読んで、勝手に突っ込んでくる存在。おかげで1人海に漂っても寂しさはない。

 そして、思い出したことがいくつかある。

 

 ひとつは、コールドスリープカプセルから目覚めた場所のこと。

 

 今まで海のどこかだと勘違いしていた。だけどそうではなかった。

 

 本当に目覚めたのは、森の中だ。

 綺麗な水面に光反射し、白く輝く森の中、僕は目覚めたのだ。

 

 森の中目を覚まし……

 

「約束……イミスを起こそうと探して、彷徨ってたところをシンソ君を見つけた、か」

 

 森の中、気を失い倒れているシンソ君を見つけ、僕は起こそうとした。

 

 起こしてしまったのだ。

 

【さっきから、シンソ君とはなんだ。奇怪な呼び名をつけるな】

「……他に呼び方ないじゃん。シン君にしようか?」

 

 あの時の姿は子供だったし。シン君でいいだろう。

 

「ていうか、なんでシン君は僕を選んだわけ? 薬……白亜の供物だっけ? それで乗っ取れない身体になってたのに」

【……僕とて知っていればお前の身体には入らなかった。目の前に身を隠すにはいい器があったから選んだだけだ】

「そっかー」

 

 弱っているときに起こされて、身体を休める場所に選ばれた。

 たまたま居合わせただけ。それだけで僕の身体を乗っ取ろうとしていたわけだ。

 

「でも無理だった、と」

 

 シン君が言う白亜の供物。

 コールドスリープカプセルに入る前、イミスから渡された薬。それが僕の血の中に溶け込んで、この身体を守ってくれた。

 

 きっと、ケトスの時に主導権を奪われたのは血が出過ぎたからだろう……

 

 今こうして主導権を取り戻しているのは……あの時、シン君が傷を癒したからだ。血が体内に戻り、傷も塞がり、その結果、薬の濃度が上がってしまった。

 薬は僕が主人格だと認識してくれているのか、守ってくれた。

 

「精神的なことからも守るとか、すごいよねぇ」

【忌々しい……】

 

 あ、渦潮だ。

 さすがに呑まれるのは嫌だし離れよう。

 

「……今まで出血のたびに襲われてたのって、シン君? それとも、白亜の供物……?」

【白亜の供物を知れば狙うものは多いだろう。知ればだがな】

「じゃあシン君だったわけだ」

 

 出血し、器に穴が空いたから中のシン君に気づいたということか。いや、出血で薬が薄まったから、シン君の存在が濃くなった? まぁどっちでもいい。

 

 考えれば考えるほど、納得いく点が多くなる。

 

 ゴーレムに襲われたのは、僕じゃない。中にいるシン君だ。

 ナルメルが僕を集中狙いし始めたのも、シン君を感知したから。あ、あの時虫を仕留めたのもシン君か。

 彼、彼女? まぁシン君の立場的には血を出してほしいと思っているはず。なのに助けたりしていたことから……

 

「……ひょっとして、一心同体?」

【さっきから、お前は独り言ばかりだな】

「だってなんだかんだでシン君が答えてくれるし。で、ひょっとして僕が死んだらシン君も死ぬ感じ?」

【……死ぬ、というのはわからないが消滅するだろう。僕の身体はお前の中に長く居過ぎた。供物の力と僕の真祖たる力が拮抗してしまった。いつしか、僕は神より授かった身体を失ってしまった】

 

 ほら、やっぱり答えてくれるじゃないか。

 

【身体のなくなった僕は、お前の身体を使うしか存在できない。忌まわしいことだ】

 

 まぁおかげで助けられていた場面もあったわけだ。

 その点は感謝しなくては。

 

 お、鳥……かな?

 鳥の鳴き声がする。近くに島でもあるのかな。音の方角に向かって泳げば着くかも。

 

 バタ足しながらゆっくり進む。

 途中途中身体の力を抜いて休みながら。息継ぎすらいらないってなかなか奇妙な感覚。身体を守るだけでなく、作り変えられてるよねこれ。

 

 まぁ事情もわかれば色々とスッキリするもので、そうなるといくつかの選択肢が見えてくる。

 

 深都に戻り、オランピアにシン君の事情を話すというのが1つ。

 言うなれば無害アピールだ。「僕が怪我をしなかったら、出血しなければシン君は表に出てこないよ。無害だよ」と主張しに行く選択。

 問題としては、だからどうしたとばかりに殺される可能性が高いこと。

 

 それなら深都には行かず、海都に戻って今まで通り過ごすという選択肢もある。

 しかしこれでは、僕の本来の目的、イミスたちを探すのが困難だ。深都にいるかもしれないと思って今まで旅してたのだ。だから結局深都へ行くことになる。そしたらオランピアに殺されちゃう。

 

 つまりどちらにしろ、オランピアに遭ったら殺される。キラーマシンすぎる。

 シン君が体内にいる間はたとえ話を聞いてくれても同じ結末だろう。

 

【僕を追いだしたいようだな】

「まぁ、いつ乗っ取られるかわかんない状況はちょっと……」

【ならば白亜の供物を探せ】

 

 白亜の供物?

 それってすでに血の中にあるじゃないのか。

 

【お前の血ではない。別の白亜の供物だ。それさえあれば、正しい在り方に戻れるだろう。僕には僕の身体が形成されるはずだ】

「といっても、500年前の薬だよ。結構気が遠くなる話じゃないかな……」

【竜を探せ】

 

 白亜の供物と言ってたのに、急に竜に変わった。

 ブレまくりじゃないかシン君。

 

【竜の血の中に、白亜の供物がある】

「竜って……ファンタジー感溢れるものが出てきたなぁ」

 

 そういえば港長の船を襲ったのは海竜だっけ。それを探せばいいと?

 

 しかし竜探し……イミスが聞いたら喜びそう……

 彼女、竜って大好きだし。

 

 …………白亜の供物、というか薬。イミス、竜。

 

 結びつけたくなるのは、仕方ないことだろう。

 

「……」

【この時代はお前の知る時代と異なる。竜は存在する。僕がこの身体に封じられていた間に消えていなければな】

 

 竜は存在する。

 どういうわけか、竜の血の中に薬がある。

 

 薬があれば、シン君は自分の身体を取り戻し、僕も普通の身体になる。

 

 

「……竜探し、かぁ」

 

 

 荒唐無稽な話だと思ったけど、やる気になってきた。

 

 ひとまず島についたら聞きこみかな。竜について。色々上手くいったら海都に戻ろう。

 

 丁度島も見えてきた。近くにスカンダリア大灯台の灯りはない。ということは海都ではない。

 

「幸先がいいかも」

 

 行動方針が決まってから、島を見つけれたのだ。

 これはここからトントン拍子に行けるかもしれない。

 

 そう思い、島に近づく。

 近づいてきた島の景色を見て、やや眩暈がした。

 

 

【あの島にお前の言葉が通じる存在がいるのか】

 

「……」

 

 

 その島は、鬱蒼と茂る森しか見えない。

 幾多の背の高い木々が地を覆い隠し、幾層にも重なった大きな葉は我先にとばかりに僅かな陽を浴びて独占する。それがより暗い不気味な森となる足掛かりになっている。

 鳥の鳴き声が聞こえた。鳥というより大きな怪鳥だが。その鳴き声により、火蓋を切ったかのように他の動物が鳴き出す。鳴き声からして、可愛らしい動物などいなさそう。

 

 うん、これ……見るからに未開のジャングルだ。

 

 

 

 




 
というわけでこの章はおしまいです。

ちなみに海都の親書うんぬんは書いてませんが、原作と同じでネイピアさんの妹さんと一緒に献上品を持っていきます。
なんだ書かないのって話ですが、そこまで書くと1万文字を軽々と超えちゃうほどの長さになるので……まあいっかなって……

そんでこのお話で、各陣営がある程度固まりました。

深都ルートを代走してくれるのはシャーロットさんです。
海都ルートを代走してくれるのは、丁度良かったのでムロツミです。
???ルートを走るのはミゼルさんです。

それぞれのルートを書くとすっごく長いので、ミゼルさんルートを書いてきます。
他はダイジェスト的な。

まぁミゼルさんのは次回からしばらく大航海パートです。

もっとも書き溜めが0なのでかなり期間が空きますが。


あ、ちなみに原作では白亜の供物は竜の中にありません。
ただ、竜の血は万病に効く霊薬として扱われていたので……

何気に4でも竜から薬とってますしね。氷竜クエストで。
なので竜の血は結構アレでいいかなと

まあとにかくこれでこの章はおしまいです!

また活動報告にこの章の後書きをぺぺぺと書きます。
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