とんでもなく寝過ごした   作:横電池

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54.暗黒の森、漂着

 

 

 

『ハァ……』

 

 部屋に入って早々、大きなため息に気づいた。ため息の発生源は室長。

 

『おつかれですね』

『ミゼルか。君の幼馴染がやってくれたよ』

『イミスが何か?』

 

 雰囲気的に良いことをやったわけではなさそうだ。なんだろう、室長の秘蔵のコレクションでも壊しちゃったのだろうか。

 

『彼女が行った、囚人を使った臨床試験。被験者の8名が廃人だ』

『……何を投薬したんですか』

『ネズミの脳波を記入された電脳チップだ。実験用に飼育されたネズミの思考を囚人に埋め込んだ。彼女はネズミ人間でも作ろうとしていたのかな』

『なんでまたそんなことを……』

『さてね。本人が言うにはフォレストセルの対策に必要なことであり、廃人8名の結果は成功だそうだ。いくら囚人といえどこの結果に委員会は激怒。おかげでこってり私が怒られたよ』

 

 それはなんというか……本当にお疲れ様です。

 インスタントのコーヒーでも淹れてあげよう。

 

『それにしてもなんでネズミの脳波を選んだんでしょうね……』

『単純な思考パターンならチップの記入時間を短く済ませられるからだと。猿では結果を出すまでに数年は掛かるそうだ』

『結果の確認のためにネズミ人間を作っちゃいましたか……』

『彼女には1週間の謹慎を命じた。といっても自宅に戻すわけにもいかないから部屋で軟禁状態だ。幼馴染だからといって、甘やかさないように』

『はーい』

『……もしかしたら、倫理観を捨て始めた彼女が正しいのかもな』

 

 突然どうしたというのだろう。室長に淹れたてのコーヒーを渡した。フレッシュも何もはいってない。

 

『疑似フォレストセルを覚えているだろうか』

『えーっと、去年スペースコロニーで起きた事件でしたよね。世界樹の浄化許容量の測定に、疑似世界樹を作って出来たフォレストセル』

 

 世界樹の実の遺伝子を組み込まれた種。疑似世界樹の種。それの成長率と浄化作用の速度を調べるための実験を行ったが、予想外の成長速度。そして副産物であるフォレストセルが生まれてしまった事件。

 コロニー内でフォレストセルの対処に当たるも被害は甚大で、最終的にコロニーごと爆破したものだ。

 

『セルを排除するためにとコロニーに住む無関係な一般人を巻き込んだ対処法。世間では不幸な爆発事故として処理されたが……ひょっとしたらあの時爆破の判断をした人物は正しかったのかもしれない』

『どうしてそう思うんです?』

『誰かがやらなくてはいけないことだった。セルについて研究すればするほどそう考えるようになってな。当時はセルについて何もわかっていない状態だというのに、突如現れた異物の対処に民間人を巻き込むなど、頭がイカレていると思ったが……結果を見れば正しいと考えてしまう』

 

 室長の言いたいことはなんとなくわかる。わかるけども。

 

『倫理観の欠如はさすがにまずいんじゃないですかね……』

『……そうだな。少し、疲れているかもしれない。私はもう寝るよ』

『まだ朝ですよ』

『いいや、夜だよ。君もそろそろ生活リズムを整えたまえ』

 

 夜だなんてそんなまさか。さっき起きてきたばかりの僕には信じられない。時計を見れば午後11時を指していた。

 

『……睡眠時間が14時間突破しているとは』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【……】

「銃弾が無い……」

 

 懐かしい夢を見てから飛び起きて、謎の焦燥感から鞄をガサガサ漁る。

 海嶺ノ水林に置いて逃げてしまったのだから当然といえば当然だが、所持品が現在まったくと言っていいほどない。

 肩掛け鞄に入ってた分だけは辛うじてあるが……

 

「玩具の剣、ザビィさんのお古の銃、10発程度の弾、ナイフ、鋏、手袋……火を起こせそうなものはないなぁ……」

 

 鬱蒼とした森で形成された島に辿りついて3日になる。

 

 未だに森の中心部へは向かっていないが、海岸沿いを歩いてみた結果、やはり無人島だとわかった。

 せめて火でも起こして狼煙を上げることができれば、島の外の人に気づいてもらえるかもと考えたけど……

 

「そもそも霧のせいで狼煙も見えないか……」

 

 海を行く船がいたとしても全然見えないし、向こうからも狼煙なんて気づきっこないだろう。

 

「やっぱりまた泳ぐしかないかなあ……」

 

 この島にこれ以上いても何のメリットもない。今は人肌恋しい、もとい竜についての情報が欲しいから、意思疎通が可能な人間が恋しい。

 

「せめて島影か……どこかに灯台の光でも微かに見えさえすれば……」

 

 それにしても……さっきから独り言になってしまっている。

 シン君が反応してくれない。これでは僕が寂しい奴ではないか。

 

 まあいいや。反応してくれないならしてくれないで、僕は僕で動こう。元々そのつもりだし。

 とりあえず泳ぐことで決定したけど、せめて方角ぐらいは前もって決めておきたい。溺死することはないけど泳ぐのは疲れるのだ。疲れたら漂って休めるけども、その間に波で流されて方角がわからなくなったりするから最短距離を泳ぎたい。

 

 近くの別の島が一番近い海岸を探して、再び島を歩く。目的が目的だから、森の奥地へは行かない。

 

 泳ぎやすそうな穏やかな海岸で、なおかつ島が近い場所はないかなと歩いていると、今の目的とは違ったもの。だけど、当初の目的のものを発見した。

 

「……船」

 

 一隻の船が停泊していた。

 船の装備はパッと見、大砲も何もない。海賊船ではなさそう。きっと調査船か何かだ。

 思わぬ人間の痕跡発見に自然と早足になる。

 

「こんにちはー! 誰かいますかー!」

 

 声を上げて存在を主張する。

 相手側からしたら、未開の島に突然涌き出た謎の人間だ。少しでも警戒心を抱かれないようにしなくては。

 

「何者だ!」

「人間……?」

「現地民か? いや、だが暗黒の森で……」

 

 船から姿を見せたのは3人の武装した兵だった。全員装いは統一されている。どこかの国の兵士といったところか。アーモロードではなさそう?

 両手をあげて無害ポーズを取っているが、反応的に少なからず警戒されている。

 

「乗せてください! この島に漂流してしまったんです!」

 

 少しの間が空いて、甲板から縄梯子を降ろされた。

 どうやら乗ってもいいらしい。

 

 

 船には先の3人の兵士。それと少女が1人。

 兵士のうち2人は海の警戒と森の警戒、残りの1人が少女のそばで護衛のように立っている。

 

「いくつか質問しても大丈夫ですか?」

「はい、なんなりと!」

「……」

 

 少女からの質問に元気よく答える。

 それにしても、そばの兵士の目線で居心地が悪い。

 

「名前と、出た港を教えてください。それとこの島に流れ着いたのはいつ頃かを」

「名前はミゼルです。出た港は……アーモロードのインバーの港です。流れ着いたのは……3日前です」

 

 インバーの港から出たわけではないけど、本当のことを言って魔物認定を受けるのは避けたい。

 

「何か持病は」

「ないです」

「目眩、吐き気は」

「ないです」

「この3日の間、体の震えなどは」

「なかったです」

「本当のことを言っていいんですよ。顔色が優れないようですが……」

「元々こういう顔色なんです……あの、これらの質問はいったい」

「あ、すみません。私はメッツェン。医療を学んでいる者です」

 

 船医ってことかな。なんか言い方が変だったけど。

 

「メッツェンさん、彼への質問は終わりましたか」

「はい、ひとまずは」

「ではミゼルと言ったな。我々からも質問がある」

 

 今度は兵士からの質問か。答えられる範囲のものだとうれしいんだけど。

 

「この島に流れ着いての3日間、奇妙な声は聞かなかったか」

「……声、ですか? 獣の鳴き声なら何度も聞いてますが」

「その鳴き声の中に唄はなかったか?」

「歌……そんなものはなかったと思います。どんな歌です?」

 

 こんな島に歌……無人島に歌。人魚の歌的な?

 いや、獣の鳴き声の中にって言ってたし、歌う獣がいるってことだろうか。

 

「……聞いてないならいい。情報、感謝する」

「はぁ」

 

 歌う獣探しかな。なんとも奇妙な探し物だ。お金持ちの道楽だろうか。

 

「ミゼルさん、不安にさせてしまい、すみません」

「はい?」

「すぐにでもこの島を離れたいでしょうが、私たちの調査がまだ済んでないので……」

「ああ、いえ、大丈夫ですよ。こうして乗せてもらえましたし、何かの調査でこの島に来たんですよね。ならそちらを優先して当然です」

 

 何日かこの島にいるかもだけど、食糧が減ってきたら街に戻るだろうし。当てもなく泳ぐより遥かにいい。

 兵士からの質問も終え、メッツェンさんが念のため診察をと言ったので移動する。甲板ではなく船室内で診察するためだ。

 

 そんなわけで船内に入れば。

 

「どうせ私が乗ったからアレが来ちゃうのよそうです私のせいで歌が聞こえちゃうのよそうに決まってる!こんな若いうちに死んでごめんなさいでも姉さんたちは生き延びるからダメダメな私なんかがいなくなっても平気よね、ああでも兵士さんたちは巻き込まれちゃうなんて私最悪、しかも死にたくないって思っちゃってる浅ましくてごめんなさい、でもどうやっても無理よ無理無理、でも何も聞かなかったら大丈夫ですよね、そう私はもう何も聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない」

 

 耳を塞いでボソボソ呟いているヤバイ女の人がいた。

 

「……」

「……そこに座って上着を脱いでくださいねー」

「スルーとな」

「いつものことなので」

 

 どう見ても異常だけど、船医なメッツェンさんからスルーを受ける女性。服装的に占星術師だ。

 

「彼女、サファイアさんと言って、凄腕の占星術師なのですが……。その、性格が少し……変わっているようで」

「……本当に少し?」

「……はい、お腹出してくださいねー」

「スルーとな」

「白いですねー」

「色々あって白いんです」

 

 ヤバイ占星術師も含めて、これで船の乗組員の数は5人。冒険者の一般的なパーティ人数は5人らしいし、これぐらいが妥当なところだろうか。

 

「何か知らない声が混ざってない? え、やっぱり来たの? もうダメよ、おしまいだわそうだわもっとしっかり塞がないと……そう、何も聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない」

「……彼女、大丈夫なんですか?」

「仕方ありませんよ。サファイアさんの気持ち、わからなくもないですし……」

「何も聞きたくない、みたいな気持ちしか伝わらないのですが……」

「ミゼルさんはアーモロードにいたんですよね。それなら知らないのかな」

 

 そういやこの辺はどのあたりなのかも知らないや。口ぶりからして、アーモロードから遠いけど海路が繋がった都市の近く?

 まあこのまま船に乗っていればいずれわかるか。

 

「シバでは、この海には4つの厄災があると言われているんです」

「4つ? 霧とか渦潮ですか?」

「それとあと2つ、魔獣と竜です。聞いたことはありませんか?」

「ほとんどないですね。竜は知り合いから存在することを少し聞いたぐらいです」

 

 思わぬ方向から竜の情報。ついでにこの船はシバという都市から出たのもわかった。たしかアーモロードと最近繋がった都市のひとつだ。

 

「私たちは魔獣、マンティコアの巣の捜索にこの島に来ました。討伐ではないですが、それでも厄災に近づくことになります。サファイアさんはたまたま乗り合わせただけの人ですから……」

「たまたまってそんなことあるんですか……」

「元々ダマバンドへ姉妹と一緒にいくつもりだったらしいんです。ですが出発前に自分たちの乗る船がどれかわからなくなったそうで。どういうわけか3人別々でそれぞれ違う船に乗ったそうです」

「まるで意味がわかりません」

「私もわかりませんでした」

 

 ということは密航者みたいな? それが危険な場所へ行く船で、と。

 まあなんでもいいや。

 

「とにかく魔獣の調査ってことなんですね。そのマンティコアっていう魔獣が歌うんですか?」

「はい。私もどんな唄を歌うのかは知らないんですけどね。霧の中で奇妙な唄が聞こえたら耳を塞げ、とシバでは昔から注意されているんです」

 

 なんというか、人魚のお話でありそうだな。

 人魚の唄は人を狂わせるとか、おとぎ話のお約束だし。シン君関係だったりするのかな、これも。

 

「それでこの人はずっと耳を塞いでいるんですね」

「聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない」

「ミゼルさんも、唄が聞こえたら耳を塞いでくださいね」

「まあ、善処しますけど……。ちなみにもしも歌を聞いたらどうなってしまうんです?」

 

 定番なところは狂う。意識を失う、その辺だ。

 

「わかりません」

「えぇ……」

「唄を聞いても無事だった人もいるんです。ただ、運が良い……とは言えませんが、形を残すことができた犠牲者は、耳を塞いでいない状態で見つかっています」

「ううん?」

「犠牲者は、石像に変えられていました。砕かれた人や海に沈んだ人は、耳を塞いでいたか確認できませんが、運良く形を残している犠牲者はシバで保護されています」

 

 ファンタジーな怪物が実在する時代になっちゃったんだなぁ。竜がいる話の時点でも覚悟はしてたけど、異常症状を起こす存在もいるとか。

 それにしても保護ってことは石化しても治るとか?

 

「あまり石化とか、詳しくないんですが、治せるんですか?」

「治せはしますが……既存の薬では石化症状は時間をかけると治した際、心筋の麻痺を起こします。個人差はありますが、長くても1時間が限界かと」

「それだと……」

「保護せず弔うべきだと思うでしょうが、漣の女王さまの方針はか細い希望に掛けることでした。アクマウリ、竜の血といった、書物に残された奇跡の薬に」

 

 そう語るメッツェンさんは、その奇跡の薬にあまり期待していなさそうに見えた。

 

「マンティコアの巣が見つからなくても、今回の調査は薬になるかもしれないアクマウリ探しという目的も含まれています。今は私の先生と護衛の方が森の内部へと探しに行ってるんですよ。先生たちが戻ってきたら結果どうあれシバに戻るはずですから、それまで我慢をお願いします」

「あ、はい。全然大丈夫です」

 

 とりあえず今はゆっくりしておこう。

 それにしてもシン君がすごく静かだ。寝てるんだろうか。それならそっとして──

 

【この船の人間は神の贄となるだろう】

 

「……なんて?」

「はい?」

「あ、いえ、なんでもないです」

 

 うっかりシン君への言葉が口に出てしまっていた。

 それよりも気になる言葉すぎる。神の贄になるなんて、良い意味には全然聞こえない。

 

【僕と同じく神より産み落とされた同族が、お前たちがマンティコアと呼ぶ者が、この船に近づいている】

 

「……! 魔獣が近づいて──」

「全員すぐに耳を塞げ!!」

 

 シン君が教えてくれた情報を言おうとした時、外から怒号のような兵士の命令が届いた。

 その指示を理解するやいなや、すぐさまメッツェンさんは耳を塞ぐ。その表情はひどくこわばっていた。

 

【やはり贄になる素質がある】

 

 贄になる素質……?

 なんだそれは。いや、そうだ。シン君はクラーケンと同族ではなかったか。マンティコアが近づいてきて、贄になるだのなんだのと言いだしたということは……マンティコアはクラーケンと同じ性質を持つ……?

 

 クラーケンの性質は、恐怖を求めていた。

 

 

 クラーケンと同じ性質なら、マンティコアは────

 

 

「メッツェンさん、怖がったらダメです! 狙われ──」

 

 船が大きく揺れる。

 突然大きなものが、船に飛び乗ったかのような音と共に。

 

 このタイミング、何が来たかなんて、簡単に想像できてしまう。

 

 

【お前たちの恐怖は我が神への供物となる。死を遂げるまで、贄として尽くすがいい】

 

 

 

 

 






本来なら巨人の遺跡での共闘キャラであるシグナル三姉妹の次女、サファイアさんです。氷担当です。クエスト依頼文では丁寧語ですが、独り言や姉妹に対しては丁寧語が消える感じで書いていきます。
ちなみに船を姉妹別々に乗ったのは

長女「どの船に乗ればいいかわからない」
三女「テキトーに乗れば良いんじゃない?」
次女「私が選んだ船は絶対間違いよ」
長女「私が選んだ船こそ絶対に間違いに決まってる!」(謎の対抗意識)
三女「じゃあ誰が間違ってるか証明だ!」(謎の提案)

で、三人バラバラになりました。


書き溜めは期待しないでください。
とりあえず足掛かりの部分まで書けたので投稿開始してますが……とりあえず59話までは確実に毎日投稿です。そんなにないな!?

あと大航海ボス全部やろうかなと思ってましたが、変則的な形かつ、やっぱり一部ボスはカットでいこうと思います。
なげぇの!!!

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