とんでもなく寝過ごした   作:横電池

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56.真祖の力の片鱗暴れて

 

 

 

 コルタナは剣士としての経験を多大に積んできた。洞窟の闇に潜む魔物を相手に、森の四方から迫る魔物を相手に、揺れる船の上で人間とも戦ったことがある。

 これまで積み重ねてきた多くの戦いの経験が、たとえ初見の相手であっても対応可能にさせてきた。鋭い爪を持つ魔物にはどう動けばいいか、剣を持つ人間の間合いは長くてもどれほどか、銃の装填速度は、意識の隙間は。

 そんな風に、経験から予想を立てて戦ってきた。

 

「まずは邪魔な中身を衰弱させるとしよう」

 

 その経験が意味をなさない相手なんて、初めてのことだった。

 

「人間じゃ、ねえのか……!」

 

 目の前の敵は、形は人間だ。

 だが戦い方はまるで違う。かといって、魔物の戦い方でもない。

 

 ボタボタと落ちた敵の血から腕が生え、その腕だけが地を這いながら迫ってくる。

 

 少し前は血を刃物状にしていた。それだけでもありえない話なのに、歪な生物を作り出したかのような動き。

 

 コルタナは迫る脅威に対し剣を鞘に納め、鎚に持ち換える。血の腕に、剣では斬っても無駄だと判断したからだ。

 攻撃方法に面を食らったが、敵は倒せばいい。鎚で道をこじ開ける。

 振りかぶり、血の腕を叩き潰す。見た目が不気味なだけで、案外あっけない。そんな感想を浮かべながら彼は足を止めずに敵との距離を一気に詰めた。

 

「バインラッシュ」

「くっそが……!」

 

 血を流し続ける敵の腹から藍色の触手が現れコルタナを襲う。脚甲で無理やり蹴りあげて軌道を逸らせたが勢いを殺せず弾き飛ばされる。予想外の攻撃だったが被害は少し擦りむいた程度。

 

 基本の形状は人間だがやはり人間ではない。血だけでなく触手ときた。心臓や脳の位置も異なるかもしれない。そう考えつつ崩れた姿勢を戻そうとし、足に違和感が現れた。

 

 コルタナの左足を血の腕が掴んでいた。

 

 叩き潰したはずなのに、液状の腕だから形が戻ったのか。驚きこそしたが大した問題ではない。血の腕の強度を考えれば多少うざったらしいだけだ。

 

「──な、んだ!?」

 

 腕を蹴り払った。確かに蹴飛ばした。

 

 なのに今度はコルタナは腕を掴まれている。自分の傷口から生えた血の腕によって。

 

「気持ち悪ぃ!?」

 

 新たな血の腕は小さく、弱い力だった。だがそんなことより遥かに強い嫌悪感が彼を蝕む。

 汚れを払い落とすようにしてみれば、血の腕が消えてなくなった。だがまた生えるのではという不安が残る。

 

「俺の身体に何しやがった!」

「下見だ」

 

 返ってくる答えは訳がわからない。言葉は通じるが、話は通じていない。

 

「わかっていたことだが、補助がなければ定着はできないな」

 

 気味が悪い。

 相手は自分を敵としても獲物としても見ていない。何故戦っているのか理解ができない。戦い方も思考も、埒外の化け物。

 

 化け物の朱い眼がコルタナから外れ、自身の腹を見る。腹部からは触手と、臓物、血。

 

「あまり遊んでいられないな。この身体も終わりが近い」

 

 この言葉に、コルタナは勝機が見えた。

 

 理解できない化け物相手から、初めて理解できる内容がこぼれた。自傷によるものだったが腹部の傷は奴の命を蝕んでいる。ならば無理に攻めなくともいい。

 

 鎚を握り直し、戦況に集中する。

 相対している存在だけでなく、血痕にも注意を向ける。

 

 また血痕から血の腕が現れた。自身の傷口からは出ていない。

 無理に叩きに行かずに守りに回る。そう自分に言い聞かす。血の腕は不気味なだけだ。障害にはならない。

 

「……さすがに、意味がわかんねえよ」

 

 血の腕に、頭が生えた。

 頭だけでなく、体が、魚のような下半身が、みるみるうちに形成されていく。

 

 初めて見たが、あの姿は知っている。この海に住むものは一度は耳にしたことがある、空想上の怪物。

 

 

「────人魚なんてよ」

 

 

 悪態をつくコルタナ。そんな彼を囲むように、血から生まれた人魚が2体。槍を構えて空を泳ぎ迫った。

 

 新たな命の誕生、なんて素晴らしいものではない。目の前の人魚は生物としての成長の過程を無視して動いている。生まれた直後に自分の役割を理解し、実行に移っている。

 

 人のような上半身と魚のような下半身を持ってはいるが、在り方としては虫の方が近い。

 槍を鎚の柄で受け止めながら、コルタナはそんな風に思った。

 

「デスライトニング」

 

 躊躇なく放たれた、味方を巻き込む雷撃を前にして。

 

 占星術による雷ではない、異術の雷。皮膚を焦がし肉を弾くだけでない破壊があった。痛みによる意識の喪失ではなく、気が狂うような焦燥感が心を占めていく。

 前後不覚になる感覚は雷撃によるものか、この精神の異常によるものか、コルタナには何も考えられない。ただよろめく身体と、近づいてくる顔面蒼白の化け物が見えているだけ。

 槍を交わしていた人魚兵は今の雷撃で消滅していた。

 

「頃合いだな。この身体も、お前も限界だ」

 

 蒼白の化け物が呟き、腹から血塊がべちゃりと落ちる。すると化け物も倒れた。

 しかし血塊だけが意思を持つかのように、コルタナへと近づいてくる。

 

 コルタナは動かない。動けない。

 意識があるのに定まらない。ただ虚ろな目で光景を見ているだけ。

 

 血塊がコルタナに触れ、傷口から体内へと侵入した。

 異物が入り込む恐怖と嫌悪を感じつつも、コルタナは抵抗できない。ただよろめくばかり。

 そして気がつけば、よろめくことすらできなくなっていた。自分の身体だというのに、自由に動かせない。倒れこむこともできない。

 

 

 コルタナの身体を、フカビトの真祖が完全に掌握したがために。

 

 

「さて、あとは……」

 

 コルタナが、いや、真祖が口を開く。

 最後の締めのために動こうとしたときだった。

 

 

「シン……君、いや、真祖か。これ……固いし、不味いしで、気持ち、悪いんだけど」

 

 

 倒れていた前の器から、死にそうな声があがる。呼吸は荒れていて、声を出すのも辛そうなものだ。

 

「まだ生きているとはな。これも古き時代の供物の力か。だが長くは持たないはずだ」

「案外、そうでもないよ」

 

 強がりのような言葉だったが、それを裏付けるように、死にそうだった声に力が戻っていた。

 

「お前……」

「アクマウリってすごいね。異常な環境で育った突然変異? その辺はあの先生に今度聞こうかな。なんにしろ、あの怪我があっという間に治った。怖いぐらいの効能だね」

 

 真祖の表情がわずかに歪んだ。面白くないものを見たかのように、不快げに。

 その視線の先は、ミゼルの手にある囓られた果実。

 

「これで固定するんだっけ? その身体に、真祖を」

「そうだ。その果実を寄越せ。身体を使わせてもらったせめてもの礼として、お前は見逃してやる」

「嫌だよ、嫌に決まってる」

「……なら、命は要らないのだな」

「強がるなよ」

 

 ミゼルはそう言い放ち、残ったアクマウリを口に入れる。苦味がキツいのか、やや涙眼になっていた。

 

「お前……!」

「これでアクマウリはなくなった。いや、僕の身体に吸収された、か。ところでアクマウリがない真祖は、新しい器にいつまで入れるのかな?」

 

 真祖の手には炎が生み出されている。だがその炎を投げることなく動かない。

 

「予想だけど、このアクマウリも供物と同じように服用者に複数の精神がある場合、主人格を優先するんだろうね。コルタナさんの身体の主人格は普通コルタナさんだけど、わざわざ弱らせたのはアクマウリに主人格を誤認させる目的だったのかなぁ」

 

 わざととぼけているような物言いに、真祖は気分が悪くなった。それは怒り。これまで、真祖にとって数えるほどしか経験していないものだ。

 

「アクマウリを見てから実行しだした今回の引っ越しだ。時間が経てば、コルタナさんの主人格が本来の形に戻るんでしょ? その時が真祖の終わりかな」

「……違うな。この男の精神はもうじき完全に崩壊する。戻ることはない」

「もうじき、か。じゃあその身体から出ていけ」

「断る」

 

 真祖は嘘を言った。

 このままだと、コルタナの精神が崩壊することはない。今はデスライトニングによる影響によって衰弱しているが、一過性のもの。じきに回復し、ミゼルの言う通り、身体の主導権を取り戻すことになる。そして部外者である真祖の精神は消滅するだろう。

 だが、真祖は身体から出ることを選択しない。する理由がない。身体から出れば、器のない自分は5分と持たずに消えてしまう。コルタナの精神が戻るまでこの身体に残った方が長く時間をとれる。

 

 残された時間、真祖は神のためにできることをするだけだ。

 

 アクマウリを今から探すのは難しいだろう。あの果実と同じ効能を持つ物がそう簡単に見つかるとは思えない。暗黒の森の瘴気が育み、実り、落ちることなく長年熟成された果実。

 

 目の前の人間を贄にする。これも難しい。神は地の底の底。贄を捧げるにはあらゆるものが足りない。

 

 最終的に思いついたのは、神より作られし眷族、マンティコアに自分を喰わせることだった。

 己の力、人魚を生み出す力をマンティコアに継がせる。この森のどこかにいるはずだ。動こうとした時、銃声が鳴った。

 

「どこに行く気かな。どこでもいいけど、まずはコルタナさんの身体から出ていこうか」

「邪魔をするな。お前程度、簡単に消すことができるぞ」

「だろうね。だけどこのまま行かせる気はないよ」

「そうか」

 

 ならば消えろ。

 

 そう続ける前に、ミゼルから思わぬ言葉が出た。

 

「僕の身体に戻るってのはどうかな」

「……何」

「僕の身体なら、供物の溶けた血が真祖の精神を異物と見なさずに保護するだろうし、コルタナさんも助かる」

「何を企んでいるか話せ」

「人聞きが悪すぎる。善意だよ。助けれる命を助けるための提案だよ」

 

 ミゼルはそう言うが、実際のところ人助け精神より打算の方が大きい。

 理由としては、真祖の力に可能性を感じたためだった。ミゼル本来の目的、フォレストセルへの対抗手段確保として。化け物には化け物をぶつけるんだよ、の精神が理由だ。

 理由を馬鹿正直に言わないのは今後のためでもあったりする。自身の経験上、真祖に主導権を奪われていても、案外記憶は残ってたりする。コルタナへ恩を着せることも考えて、助けるためという理由を表にしているのだ。

 

 もちろんコルタナを助けたいという気持ちも嘘ではない。知り合ったばかりの相手とはいえ、死なれるのは気持ちがいいものではないのだから。

 

「それで、どうする? 僕の身体に移るか、その身体のまま消えるか」

「……わかった。お前の身体に移ろう」

 

 この提案を蹴る理由がない。

 怪しいという疑念こそ真祖にも浮かんだが、怪しい止まり。真祖の仕える神に不都合は生じない。

 

 真祖の返答に満足気にミゼルは頷き、自身の手を噛んで小さな傷口を作る。それを見た真祖はコルタナの口から血塊を吐き出し、ミゼルの傷口に入っていった。

 白い森でも体験した異物の侵入の感覚にミゼルは顔をしかめる。

 

「久しぶりの気持ち悪い感覚……」

【僕とて不愉快だ。またこの身体に戻ることも、先の身体よりこの身体に馴染んでいることもな】

「次にこの身体から出ていく時は竜の血があるときだね」

 

 もっとも、竜の血を入手してもすぐに使う気はない。

 今回の件で真祖の危険性を理解した。シン君、と親しみを込めて呼べるような存在ではない。何の制限もなく真祖を解放することは避けたい。

 理想としては真祖の力をこの身体に残しつつ、精神を追い出すこと。そんな都合の良い話は無いだろうが。

 

 そんな考えを隠しつつミゼルは言う。

 

「まあ、またしばらくよろしく、真祖」

【心にもない言葉とはこのことだな】

 

 

 内部にいるこの相手には腹芸は無理そうだった。

 

 

 

 

 






アクマウリについて長々独自設定を書こうと思いました。しかし日を置くと「なんだっけ?」ってなりました。
とりあえずは劣化白亜の供物と考えてもらえたら幸いです。

今回の件でミゼルさんの真祖への態度は悪化です。前までが馴れ馴れしすぎただけでは……?
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