海上都市シバ。
名前を聞いたときは人工的な島の上に都市があるものだと思っていた。その想像図は半分は当たっていた。
大きな城壁とも見える白い水門に囲まれたその都市は、島が狭すぎるといわんばかりに海まではみ出ている。水門は格子で閉じられており、入る場所が見当たらない。
「えっと……入口はどこですかね」
「開けてくれるはずです。この船はシバの調査隊のものだし、海賊船と思われることもないはずですから」
ほどなくして水門の格子が上がる。どうにか中に迎え入れてくれそうだ。
水門を潜ればすぐに都市部というわけでなく、しばらくの水路。城壁は随分と広く取っているようだ。やがてまたも水門。こちらの姿を確認してか、今度は待たされることなく開いた。
「門から玄関までが広いですね、ここは」
「その距離が縮まる日が来るのかね……」
ようやく港が見えてきた。
しかし海に魔物が出ることを考えると、これぐらいの備えは本来必要なのかもしれない。アーモロードやアユタヤが異常だ。
「やーーっと着いたな。途中どうなるかと思ったが、蓋を開けてみれば全員無事。それに俺自身も収穫があったしいい仕事だった」
「そういや女王と謁見って言ってましたけど、クーパー先生ってそんなのを決める権限があるんですか?」
「謁見じゃないな。報告だよ。今回の調査はシバにとって……いや、他の主要都市にとっても重要なものだからな。まあ悪い方向にはならないはずだ。きっと」
「きっと」
「……大丈夫だ。あの先生が上手くやってくれるはずだ。きっと」
「きっと」
断言できないんですね。
船から降りればシバの海兵が出迎えた。調査隊の船に見知らぬ人間が乗っているのだから向こうも驚いたかもしれない。だけどすぐにクーパー先生も降りてきて、兵士の1人となにやらやり取り。その後、すぐに僕の方へと振り返って微笑んだ。
「ミゼルさん、では女王の元へと報告に参りましょう。コルタナさんも同行を」
「俺はいらなくないか? 難しい話は苦手なんだ。それに言葉遣いとか、勉強してねえし」
「漣の女王は気にしませんよ。それに、私の言葉より実際に目にしたあなたの言葉が必要かもしれませんから」
僕の意見はきっとここにはないだろう。
結局女王への報告は、クーパー先生、コルタナさん、僕の3人で行うこととなった。サファイアさんはいいのだろうか、と一瞬思ったけど、彼女がいたら話が進まないだろうなと思ってすぐに口をつぐんだ。
兵の先導の元、シバの城内を歩く。
それにしても女王、つまりは王族か。
この時代になってから、王族とは何かと縁がある気がする。ヴィクトリアさんとかシャーロットさんとかデザートとか。後半2人は王族感はないけども。しかし王女とかではなく今回は女王。礼儀作法なんて知らないけど大丈夫だろうか。
横を見ればガチガチに固まっているコルタナさんがいた。やっぱり王族とは普通簡単に会えるものではないっぽい。
「……やっぱりクーパー先生だけで報告した方がいいのでは?」
「いえ、そうもいきません」
「女王陛下がお待ちです。どうぞこちらに」
もうついてしまったのか。兵士が示した扉の先に、シバの女王がいるのだろう。
こうなったらクーパー先生の真似をしよう。きっとこの人は女王との謁見に慣れているはずだ。それを真似していれば正解だ。
「報告に参りました。クーパーです」
すぐに扉の向こうから声があがる。
「入れ」
願わくば、気難しい人じゃありませんように。そんな祈りをしながらクーパー先生の後に続く。
謁見の間というには狭い室内だった。
周囲に兵はいない。なんとも不用心と思える部屋の奥に絹のカーテンで囲まれた天蓋ベッドがあった。そこに人影が見える。
「報告書は目に通した。そこの2人が護衛と漂流者だな」
「はい」
報告書? いつの間にそんなものが。
シバについた時に兵士に渡していたのかな。
「報告に来たのはそなたら3人だけか?」
「その通りです」
「……」
カーテンの向こうで人影が揺れる。
王族とかダイミョー相手の謁見ってこう、頭を下げて控えながら喋るものでは? なのにさっきからクーパー先生は普通に立ちながら話している。本当にこの人の真似をしていて大丈夫なのだろうか。
「3人とも、近こうよれ。そうも距離が空いていては話しづらい」
「わかりました。さあ、2人とも」
「了解です!」
「ははーっ!」
とりあえず近くへ、近くへ……どこまで近づいたらいいの? なんでクーパー先生は近づかないの? なんで面白そうに笑って見てるの? 性格悪いの? え、これぐらいでいいかな? いいよね? すでにベッドとの距離は数メートル程度だし。
「まだ遠い」
「は、ははーっ!」
「失礼しましたー!」
これ以上近づけと?
クーパー先生を確認する。笑ってやがる。あんちくしょう。
「ところでそなたら」
「は、はい!」
「なんでごぜえしょ!」
「堅苦しいのは好きか?」
何その質問。
「そ、育ちが貧相なもので、堅苦しいのは息ができないといいますか!」
「であります!」
後ろで吹き出したのが聞こえた。クーパー先生は何なの?
「そうか。んじゃ、楽にしていいよー」
「ははーっ! ……ははあ?」
「了解であります! ……ます?」
急にめっちゃフランクな感じになった。え、誰、これ。
「よろしいので?」
「別に国交での話ってわけじゃないしなー。それに堅苦しいのは妾も疲れるし。というかクーパー、何も説明してないとか性格悪くない?」
「面白そうだったので」
漣の女王は呆れたようなため息をついて、カーテンから顔を出した。息を飲むような美女、と言いたくなる顔だったけど、喋ると何故だろう。少しこう、解釈違いに陥ったかのような謎のギャップがある。
「2人ともごめんなー。妾にもキャラってものがあってさー。場面によっては堅苦しい空気出さないといけないわけよ。で、疲れるわけよ。だからできるだけ楽にしたいの。わかる?」
「は、ははーっ」
「あー良いって。そういうの。普通に話そう? な?」
なんだこの、砕けた雰囲気の人は。仕事にくたびれたOLみたいになってるけど……王族ってなんだろう。
「女王の言う通りですよ。取り繕った言葉では正しい報告ができませんから」
「そなたが前もって説明してくれてたらなー」
「面白そうだったので」
何なのあの医者。
「クーパーの性格の悪さに言いたいこともあるけど、本題に入ろうか。そっちの白い彼がミゼルであってるかな? それでこっちがコルタナ、と」
「は、はい。間違いないです」
「お、おう」
「うん、少しは慣れてきてくれたかな。まだ少し硬いぞー?」
無茶言わないで。まだ脳が混乱しているから。
想定していた人物像と大きく違って戸惑っている最中に、部屋の外から兵士の声が聞こえた。
「女王陛下、またあの王子が見えましたがいかがしましょうか!」
「妾は報告を聞くのに忙しい。あの王子には以前と同じ対応でよい」
「承知しました!」
……
「行ったかな? 急に来るのやめてほしいよねー。妾の砕けた口調を見て幻滅する人とかたまにいるしさー。肩が凝って仕方ないっていうかねー」
ひょっとしてベッドに近づかせたのは扉の向こうに兵士が来た時に、砕け口調を聞かれないようにするためか。
「あ、お菓子食べるー?」
つまみのようなものを差し出してくる女王に、また僕の脳は混乱し始めた。僕はまだ、王族に夢を見ていたのかもしれない。
「それよりも報告でしょうに」
「あー、そうだった。報告書は目を通したよ。船がマンティコアに襲われたこと。密航者及び漂流者がいたこと。マンティコアは暗黒の森に巣食っていること。アクマウリを発見、そして喪失したこと」
女王はベッドに倒れこみながら報告書の内容を簡単にあげていく。
「密航者については結果を見る限り、良い方向に働いたから処罰は軽いものにするとしてー……
アクマウリの喪失、これは不味いねー?」
突如、緩み切っていた空気が重くなった。
ごくりと唾を飲む音が聞こえる。それは自分のなのか、コルタナさんなのか、判断がつかなかった。
「クーパーの報告書は簡潔で、かつ必要なことしか書かれてないんだよ。だから嘘とかは書いてないんだろうけど、でも信じたくない内容が多くてねー。直接本人に確認したいなーと思ったらちゃんと連れてきてくれるなんて、性格悪い奴ほど優秀って噂は本当かもねー」
「おほめに預かり光栄です」
クーパー先生に、褒めてないんだよなーとぼやく女王。
2人はほのぼのしているが、とてもそんな気分になれそうにない。
「アクマウリの喪失だけじゃなく……人魚、ねえ」
「!?」
驚いてコルタナさんを見る。彼も驚愕していた。
「ま、まさか、クーパー! 全部そのまま話したのか!?」
「私は報告の義務がありますから。それに、内密にするには難しいことです」
「人魚の被害を抑えるためにアクマウリを使った、だしなー。人魚を報告書から抜かせば、何でアクマウリを喪失したかって話になるし、妾はクーパーの判断は正しいものだと思うよー?」
クーパー先生がそのまま報告したのにも驚きだけど、コルタナさんも全部話したってことじゃん! 思考放棄が過ぎるのでは!? いや、僕も任せっきりだったから人のこと言えないけど!
「あー、そう構えなくていいよー。今は制御できてるんでしょ? できなくなるのは激しい出血をすること。合ってる?」
「は、はい」
「なるほどなるほどー」
寝そべりながらポリポリとピーナッツをつまむ女王。
態度はふざけているのに、こちらはふざける気になれない。
口の中のピーナッツが無くなってから、女王は身体を起こした。
「そなたら3人に箝口令を敷く。人魚のことは秘匿せよ」
だらけきった雰囲気は一変。兵士に向けて喋っていた時のような女王然の姿へと変わった。
「今のは漣の女王として、正式に発令したもの。わかったな?」
「はい……」
一瞬で部屋の空気が緊張感に包まれた。楽にしていたクーパー先生もその空気に呑まれている。
これが仕事モードの女王……最初からこのモードだったら、緊張感のあまりまともに報告できたか怪しい。
「そんでー、アクマウリを喪失したミゼルとコルタナの処遇なんだけどなー?」
一気に緊張感が抜けた。
空気の変化がひどすぎて体調を崩しそうだ。
「2人とも調査隊の帰還に大いに貢献してくれた。ミゼルはシバの者でもないのに命を賭した素晴らしい働きと聞く。調査隊の持ち帰った情報は、この先大勢の命を救うだろう。本来ならばそなたらのために宴を開きたいところだが、アクマウリはシバが切望していたもの。よって心苦しいが……すごーーーく心苦しいが、そなたら2人に罰として使いを命じる」
恩人に処罰は難しく、かといってお咎めなしはありえないと。
使いというのが何なのかだけど、この分だとそれほど厳しくはない、かも?
「ダマバンド、およびアイエイアに向かいこの書状をシバの使者として渡してほしい」
「女王、その書状は……」
「そう、各都市共同で行われる海異と魔獣の討伐についての内容を記したもの。というか日程表? 作戦案? これ以上は兵士の不満を抑えられそうにないし、腰抜けのアーモロードは抜きでやることになった」
海異と魔獣の討伐、アーモロード。
魔獣はマンティコアだろう。アーモロードの名前が出たのはなぜだろうか。
「そういえば、ミゼルはアーモロードの出身らしいねー。出身地を悪く言うようでごめんだけど、正直妾も腹が立ってる。取り繕える気がしない」
「え、えと、どういうことかさっぱりなんですが」
「……まあ使者をさせるんだし、少しは話してもいいか」
女王の言葉は、信じられないものだった。
「アーモロードは、海の問題解決から手を引いた」
漣の女王ことシバの女王。
原作では一応、半分登場? 台詞というか、兵士が読み上げた手紙な口調は書いてました。
手紙では妾、そなたといった古風な感じで、他の言葉も堅い口調です。くっころ、が似合いそうな感じの口調です。個人的意見ですよくっころは。
でもオンオフあるよね女王さまも!と考え書いていった結果、なんかこうなりました。