とんでもなく寝過ごした   作:横電池

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63.珍種、怒れる蒼馬

 

 

 

 

 日が沈みかけている頃。

 

「海を歩く美女、か」

「あと悍ましい化け物が海を泳ぐとか」

 

 もうじきアイエイア近海ということもあって、シバで得た噂話についてコルタナさんたちとおさらいする。

 霧がある以外は海流も渦潮もないのんびりとした海だが……とにかく見張りはいつも通り、いや、いつも以上に気をつけてほしいところ。

 

「ダマバンドで色々話してたが、そこでは何も情報は聞いてないのか?」

「一応聞いてます。シバで聞いた話は噂ではなく事実だろうと思える話を」

「ってことは要警戒だな。しかし珍しいな。サファイアのやつ、何も言われてないのに随分張り切って」

 

 コルタナさんの視線の先には船首に立つサファイアさん。

 傍から見れば気合溢れた姿だ。夕日に照らされながら、後ろを見ず進む先をひたすら見つめる姿はかっこよく見えなくもない。

 

「ああ、いつもの発作です。どうせ最初に襲われるのは自分だからと言ってあそこに立ち始めたんですよ」

「意味がわからん」

「僕もわかりません。けどまあ海に飛び込むわけじゃないようですし、まあいいかなと」

 

 何か発見すれば奇妙な叫び声をあげてくれるだろうし、彼女はあのままできっと大丈夫。

 

「発見した際は距離をとって様子見するつもりです」

「まあ船を沈められたくないしな」

「あと……」

「なんだ?」

「もし、交戦が避けられない場合、少し試したいことがあります。相手を殺さずに無力化をお願いしたいんですが……」

「すげえ難しいこと言うよな……。試したいことってなんだよ」

「うーん……人助け?」

「なんだそりゃ」

 

 トゥリタさんは他の人に伏せてたし、どうしても必要なら説明するけども。

 

 そんな考えだったがコルタナさんはこれ以上聞こうとはしなかった。無力化はできるならやる、という感じで協力してくれるかも。まあ一番はその女性と遭遇しないことだけど。さらに言えばグラウコスさんが女性を討ってないのがベスト。

 

 

「お迎えがああああああああ!」

 

 

 突如、船首から謎の悲鳴があがった。

 

「なんだ!? 何が起きた!?」

「お迎えが! 来ました! 私の! やっぱり!」

「方角! 方角を教えてください!」

「ま、前!」

 

 前は方角じゃない! けど進行方向ってことだよね!?

 とりあえず舵を切って進路を変える。何を見たかわからないが、とにかく距離を空けないと。

 

「前っつっても、全然見えね──!?」

「火!?」

 

 霧の中、高温を示すような明るい業火が見えた。

 

「う、海の魔物って火を噴くとかってあるんですか!?」

「知るかっ!」

 

 霧のせいで姿形が見えない。いや、目を凝らせばかすかに大きな影が見えるが。

 

 次いで猛獣を思わせる唸り声。なんだ、美女の話はどこへいった。それとももう完全に人間要素がなくなってしまっているのか。

 

「……でけえのと誰かが戦ってる!」

 

 すでに交戦中……!? まさかグラウコスさん!?

 相手が例の女性かまだわからないけど、そうだとしたら止めないと。ギリギリ間に合ったということになるのだから。

 すぐに進路を修正し、火の見えた方角へと進めば確かに人の声が混ざっている。

 

 男性の掛け声と女性の苦し気な声、それに唸り声。

 

 知らない声ばかりの中、どこかで聞いたことのある声が聞こえた。

 

「予定にない船が見えてきたぞ! 海賊船かもしれない! 撤退するべきだ!」

「あなたたちは撤退以外言わないじゃないですか! 船が来たら危険を知らせて遠ざける手はずでしたよね!?」

「相手は海賊船だぞ!? むしろ嬉々として来るかもしれない! 安全のために撤退するべきだ!」

 

 なんか2人揉めてる。

 どちらの声もどこか聞いたことある。知り合いだろうか。でもアイエイアに知り合いはいないはず。きっと他人の空似だ。

 

「撤退はない! 彼女をこれ以上苦しめるわけにはいかん!」

 

 今度は完全に知らない声だ。少ししゃがれた壮年男性の声。

 年老いた男、彼女を苦しめるわけにはいかない、すぐに結びつく。

 

 舵から手を離し、船首に走って叫んだ。

 

「グラウコスさんですか!? ダマバンドのトゥリタさんから、霊薬を届けに来ました! 戦いをやめてください!」

「お前、何言ってんだ!? それに舵は!?」

「すぐ戻りますから! 今は彼らの交戦を止めます」

 

「トゥリタからだと……?」

「どうする? 戦いをやめるよう言われているが」

「……霊薬を届けに来てくれたことは感謝する! だが、彼女はもう、堕ちてしまった。間に合わなかったんだ……! 戦いをやめるわけにはいかん! ここで彼女を逃せば被害が出る!」

 

 言い分はわかる。だけどまだ間に合うかも知れないのだから。

 

「無力化して薬を試すぐらいはしてみませんか!!」

 

 今度は別の人が答えた。

 

「こいつ相手に手を抜けるほど余裕はない……というか、聞いたことある声だな」

 

 揉めてた人たちとは違う声。なんだかマイペースな雰囲気を感じる。って、今はそんなことどうでもいい。

 

「ミゼル、無茶言うな。あと舵握ってこい! さっきからこの女が呪詛を呟いててウザいんだよ!」

「もう駄目沈むぶつかって沈む溺れ死ぬ避けられないわ苦しいの嫌よでもこういう運命なのよね姉さんとアンバーは今頃何してるかしら先に沈む私なんてすぐ忘れるわよねもう駄目どうしようもない沈むぶつかって沈む魔物にぶつかるか船にぶつかるかの違いでしかないもの」

 

「……ミゼル?」

「不確定要素の参入で連携ができない! 危険だ! 撤退するべきだ!」

「あなたたちは元々連携してませんよね!? というか、兄さん! もしかして!」

「我々の勘が告げている! ここは撤退するべきだ! 香を使う! 風向きも今しかない!」

「ま、待て!」

 

 なんだ、何が起きてるんだ。

 影の形がはっきりと見えだし、件の女性だった魔物の暴れる姿と一隻の船が見えてきた。

 そして船からはもやもやと青みがかった煙があがり、魔物を包んでいる。すると魔物が暴れるのをやめて、ゆっくりと海へと沈み出した。

 

「眠ったな、ヨシ!」

「ヨシ! ではありません! 勝手に──」

「確かにそうだな! すぐに目覚めるかもしれない! すぐに撤退するべきだ!」

「もうやだこの人たち!」

 

 また揉めてる……

 なんにせよ、戦闘を止めたみたいだ。向こうのトラブルメーカーっぽい人には感謝だ。

 

「……過ぎたことは仕方ない。ダマバンドから来られた船よ! アイエイアに案内する!」

「すぐそこだけどな」

 

 

 

 

 

 

 

 交易都市アイエイア。

 今まで見てきた都市とは異なり、この時代の大陸に立地する都市だ。霧の海に閉ざされていた都市とは違って外部との交流も盛んな都。

 月あかりに照らされる白レンガの街並みは静けさと澄んだ雰囲気を醸し出していた。

 

 先導する船についていき停泊。

 ようやくグラウコスさんたちと顔合わせとなるのだが、向こうの船から最初に降りてきたのは見知った顔だった。

 

「聞いたことあるような声だと思ったら……カストルさんとポルックスさんだったんですね」

「久しぶりだな」

「お元気そうで何よりです」

 

 スカンダリア大灯台で一緒に戦ったスターブラザーズの2人。炎の占星術師のカストルさん、それと弟のポルックスさんだ。

 カストルさんたちもアーモロードから出ていたとは、いや、この2人はあまり樹海を気にしてなかったか。天体観測のためにサエーナ鳥を討伐したいって言うぐらいのマイペースさだったし。

 

「ダマバンドでも知り合いと会ってたよな、お前。結構顔が広いんだな」

「たまたまですよ」

 

 コルタナさんの言葉をやんわり否定する。

 そう、本当にたまたま知り合いと遭遇しているのであって、実際顔は広くない。アーモロードが人を多く集めていたのに、集めた人たちがあちこちへ散ったからいろんな場所で再会しているだけだ。

 

「しかしあいつらの言う通り本当に海賊船だったとはな」

「え? あ、いや、僕はもう海賊じゃないですよ」

「そうなのか。まあどっちでもいいけどな」

 

 そういやカストルさんたちと戦った時はクロスジャンケ海賊団に所属していたっけ。すぐに追いだされた悲しい過去。

 

「か、海賊だったんですか……わ、私の家、お金ないです! だから身代金とかそんなになくて……!」

「話中途半端に聞き過ぎだろ」

「ホゥワアァ!? すみませんすみません! 口を挟んですみません! もう黙りますぅ!!」

 

「あ、後ろの人たちは気にしないでください」

「わかった」

「……ど、独特ですね」

 

 カストルさんはやっぱりスルースキルが高い気がする。

 

「談笑しているところすまない。トゥリタからの届け物について聞かせてほしいのだが」

 

 今度は顔見知りでも何でもない声が届いた。

 老年の声。所々破けた服を身に纏った兵士風の男性が、サーベルタイガーと共に船を降りてきた。

 

 唸り声の正体はその虎か。

 人を襲う様子はなく、よく躾けられているようだ。その男性、グラウコスさんの後ろから離れず歩いている。

 

「自己紹介がまだだったな。私の名はグラウコス。アイエイアの番兵をしていた者だ」

「ミゼルといいます。シバからの使いで、それとトゥリタさんから個人的な依頼を受けました。……これを」

 

 竜の血の入った小瓶を差し出す。それと彼から頼まれていた伝言も。

 

「遅くなってすまない、と言ってました」

「……そうか」

「空気に触れると無くなってしまうそうです。なのでその女性に投与する場合は工夫しないといけないかと」

「……本当にこれで彼女は戻れるのか?」

「それは……わかりません。そもそも霊薬としての効果がどれほどのものなのか確認できませんから」

 

 周りの人たちは何の話かわかっていないようだ。コルタナさんたちはもちろんだが、カストルさんたちも何も聞かされていないとわかる。

 

「……君はきっと善良な人間なのだろう。善意から、この薬を使うように言ってくれているということはわかる」

 

 なんだろう。初対面の人に人間扱いを受けるのが何故か新鮮だ。

 

「だが君は彼女のことを何も知らない。もう、手遅れなんだ……彼女はすでに人を襲っている。理性は残っていない」

 

 そこでカストルさんが口を挟んだ。

 

「ちょっと待て。さっきから何の話をしてるんだ。聞いてる分だとあの魔物が人間だったみたいに聞こえるぞ」

「……今は魔物だ。黙っていたことは謝る。もう手を引いてくれても大丈夫だ。無理に協力しなくてもいい」

「何を……あれが人間だった……?」

 

 本気でもう討つつもりなのか。せっかく薬が間に合ったのに。

 それは少し諦めが良すぎるんじゃないか。

 

「グラウコスさん、この薬で戻る可能性があるなら試してみてもいいじゃないですか」

「君は魔物となった彼女の脅威を知らない」

「そうですけど……」

「相対すれば人も魔物も関係なく喰われる。投薬するまで大人しくしてくれるはずもない。薬が効き始めるのはどれぐらいかもわからない。そもそも薬が効くかどうかも怪しい。……そんな博打をするわけにはいかない。私が死ねば他の者へも牙を剥く。そうなれば、彼女の悪夢は終わらないままだ」

 

 それほどまで厄介な魔物と化してしまったのか。実際見えたのは影だけだから僕にはわからない。見えた影は海上に出ている部分だけだが、大きさは垂水ノ樹海のカバぐらいに感じた。

 

【その人間はもう決めたのだ。お前が口だしすることではない】

 

 ここぞとばかりに意見を言ってくるか。

 僕にしか聞こえない声だから少し邪魔だ。

 

【…………魔物は魔物でしかない。かつて人間であったなど、対峙するの者にとっては関係ない話だ。魔物と人間は敵対する運命にある】

 

【お前はこの時代の人間ではない。だから異なる価値観で……いや、魔物の脅威を真に知らないからこそ勝手なことを言えるだけだ。知識のない子供と同じだ。何も知らないから何でも言える】

 

 

「グラウコス! 我々もそんな話は聞いていないぞ!」

 

 脳内で真祖の声がうるさい最中、現実の方で新たな声が発生した。

 その声の主は船を降りながら文句を垂れる。

 

「情報にどれほどの価値があるかわかっているだろう! 情報ひとつで安全に大きく近づく! 行動を共にするのだから情報共有はしっかりしてもらわないと我々も困る!」

 

 なんでここに……

 どうしよう。カストルさんたちとは異なる、まったく嬉しくない再会だ。え、本当にどうしてここに。

 

「あとスターブラザーズ、そろそろペグを返してほしい! 予備まで取り上げるなんてひどいではないか! 野営道具は我々の生命線だというのに……」

「甲板にペグを打ちこもうとしなければ取り上げませんでしたよ」

「まあ俺は見てみたかったけどな。ペイルホースのテント設置ってすごそうだし」

 

「ミゼル、何やってんだ?」

「いえ、なんでもないです……」

 

 相変わらずな姿に呆れと疲れを感じただけです。

 テントを神格化していたギルド、アーモロードでも悪い意味で有名だったあのペイルホースがいるなんて、と思ったわけじゃないです。

 

 ペイルホースのリーダー、シュラフさんはぷんすこ怒りながらも、歩みは非常にゆっくりだ。船の揺れに慣れてしまったせいもあるだろうが、その分転ばないようにより一層慎重に歩いているからかもしれない。

 

 というか、ペイルホースまでアーモロードから離れたってとんでもないことでは。

 船旅なんて危険だ、と訴えてきそうなあのギルドが……船旅よりもアーモロードにいることを危険視したということじゃないか。

 

「ほら、返しますよ。なんでこんなに持ちこんでるんですか……」

「必需品ではないか。数は……間違いないな。ノーフォークも確認してくれ。そのあともう一度こちらでも確認する」

 

 っていけないいけない。ペイルホースの登場で場の雰囲気がよくわからなくなってしまった。

 今はグラウコスさんと例の女性のことの方がはるかに重要だ。

 

「ええっと、グラウコスさん」

「ミゼル、待ってくれ。我々からもグラウコスへの文句がある」

「あ、はい」

 

 はい、じゃないよ僕。何普通に頷いちゃってるんだ。これもギルドのリーダーをしてきたシュラフさんの威圧感だろうか。

 ……いや、単に面倒臭いと感じてあっさり頷いただけだ。威圧感っていうほどのすごさを感じれないし。

 

 グラウコスさんとシュラフさんのやり取りを尻目に、ポルックスさんに小声で尋ねる。

 聞きたいことはスターブラザーズも、ペイルホースも、なんで一緒にいるのかだ。

 

「兄さんがアイエイアの星のカーテンを見たいと言って、ここまで来たんです。ペイルホースの理由は知りませんけど……。ただ移動費だけで金欠になってしまいまして、お金を稼ぐために依頼を受けたのですが、その内容が海の怪物退治を協力することで……」

 

 たぶんその依頼はペイルホースも受けたのだろう。そして依頼人は、グラウコスさんか。なんだか違和感。いや、この違和感は勝手な思い込みからくるものか。

 勝手に女性を討つときは一人で挑むものだと思っていた。誰かの協力を仰ぐのは当然か。失敗は許されないと考えているようだし。

 

 そんなことを考えていると、グラウコスさんがシュラフさんに謝罪していた。

 

「……確かに彼女について詳しく話さなかったことは謝る。だが、君たちの動きが鈍りかねない情報だと思ったから隠していたんだ」

「そもそも話していれば我々は今回の依頼を受けていない!」

 

 ですよね。

 というか魔物討伐関係の依頼を受けている時点でびっくりだ。

 

 グラウコスさんが情報を隠したのは依頼を受ける人が減ることを避けたからだろう。それと、あまり事情を話したくないから。

 

 シュラフさんの文句はまだ止まらない。

 

「だが一度受けてしまった依頼だ! ここで断ればペイルホースを馬鹿にするものがまた増えてしまう! どいつもこいつも、我々の堅実さを臆病と笑って……!」

「無理しなくていい。気持ちいい依頼ではないことはわかっている」

「いいや、やるとも! 我々ペイルホースの勇敢さを知らしめるいい機会なのだ。それと勘違いしているようだが」

 

 まだ続くのこの文句……?

 

 

「我々は人殺しではない!! 海の怪物が人であるなら殺しなんてするものか! 前科者など不穏分子すぎてギルドが崩壊してしまう! いいな、今度こそ全部話せ! 最初から、ミゼルが持ってきた薬の効能も、すべてだ!」

 

 

 

 

 

 

 







懐かしい顔ぶれです。
まずは新規キャラから。

グラウコス
大航海クエスト共闘NPC。ビーストキングの老兵士。スキュレー道場の師範。
このお話では元兵士の老人です。


次に再登場組。

ペイルホース
大航海クエスト共闘?NPC。全員ファーマー。全員防御。なんなのこいつら……
とまあ、原作でお騒がせネタギルド枠です。
このお話ではミゼルが最初所属していたギルドでもあります。
スキュレー討伐に参加したきっかけは原作と同じです。ペイルホースは臆病者ではない!と伝えるためです。

スターブラザーズ
大航海クエスト共闘NPC。ゾディアックの兄、カストルとモンクの弟ポルックスの2人で構成。
カストルは炎の専門の占星術師。ポルックスは回復専門モンク。
このお話ではポルックスは殴りモンクです。ヒーリングってなんだよ!って私がなりましたから。

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