とんでもなく寝過ごした   作:横電池

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64.悪夢をみる者たち

 

 

 

 我々は人殺しではない。

 

 シュラフさんのこの言葉は、明確に海の怪物を人間として見ているものだった。

 

「彼女を人として見てくれているのは、本当にありがたく思う。だが……」

「もう魔物と言いたいのだろう。だがまだ人間である可能性だって残っている。確実に魔物と言い切れない限り軽率に動くわけにはいかない!」

 

【……この人間は馬鹿なのか?】

 

「そもそも、まだ海の怪物による被害はないではないか。我々が慎重に慎重を重ね、念入りに何度も確認してはなぜか殴られ、そんな苦労を重ね集めた情報だ」

 

 たぶん何度も聞き返してはウザがられていたんだろうなぁ。

 

「それはそうだ。彼女が人を襲わないように私が──」

「誰もまだ被害を受けていない。目撃情報だけならまだ人間の可能性がある。もう一度言う。我々は前科者になる気はない」

 

 あれ、そんな発言だったっけ。いや、まあ意味は一緒か。

 

「前科者にはならないよ。彼女を人間として見ている者は、誰もいないのだから」

「そんなことないですよ」

 

 ここいらで口を挟ませてもらおう。

 その女性を人間として考えている人はまだいるのだから。

 

「人間として見ていなかったらトゥリタさんはこの薬を僕に託していません」

「それはトゥリタが今の彼女を知らないからだ」

「でも今の彼女を知っているシュラフさんは、彼女を人間として考えているじゃないですか」

 

「いや、可能性としてあげただけで──んぐっ!?」

「黙っててください」

 

 ポルックスさんの肘がシュラフさんのみぞおちにきれいに入った瞬間を見てしまった。

 

【何を馬鹿なことを。そこの馬鹿の意見を大きなものとして取り扱うな。魔物は魔物だ。元の姿など関係ない】

 

「……俺もあの女は人間として考える派に立つぞ。確かにあの女はそこらの魔物より遥かに強かったけど、まあ天才っているもんだしな」

 

【どいつもこいつも……!】

 

 なんで真祖が怒っているんだ。

 まあいい。どんどん意見は整いつつある。

 

「正直俺はよくわかってないんだが、魔物にされた奴がいるってことだろ? いや、されかかっているか。助けれるなら助けるべきだろ。自分が自分じゃなくなるって気分が悪いしな……」

「経験者は語るですね……」

「中のやつに言っとけ。死ねって」

「たぶん聞こえてます」

 

 コルタナさんの意見も出た。グラウコスさんの主張は弱くなっていく。

 

「助ける方法が不確実で、実行するにも危険を伴うものだ。そのことをわかって言っているのか……?」

 

 きっと最後の確認だ。

 この確認で、グラウコスさんは折れる。だからすぐに力強い返事を言わないといけない。そう思った。そして僕が言うよりも先に、

 

「それよりも殺人犯になる方が恐ろしいんだ!」

 

 言ってる内容はなんとも言えないけど、切実ですごく本気に、シュラフさんは言い切った。

 

 

 

 

 

 

 

 僕たちは場所を移動することなく、アイエイアの港で話を聞くことにした。

 話の内容は当然、グラウコスさんと女性の過去のこと。どうして今に繋がったのか、何があったのか。そのすべてを聞くために。

 

「……何から話せばいいのか」

「始めからだ」

「わかった、わかった。そうだな……きっと始まりは、私のひと目惚れだな」

 

 夜の波音を背景にそんな語り出し、ともすれば老人のコイバナが始まるのではと思わせる始まりだった。

 

「警邏中、森の奥から奇妙な音が聞こえた。私はその音が何かを探るため進み、一糸まとわぬ彼女と会った」

「ミ、ミゼルさん、この人、覗きを暴露してますよ。私の身危なくないですか……?」

「サファイアさんお口チャックで」

「ちゃっく?」

「あー、閉じててください」

「自意識過剰だったわよねそうよね本当にもう」

 

 コルタナさんパース、と目で訴えれば彼はそっとサファイアさんに猿轡をかました。

 

「あ、気にしないでください。続きをお願いします」

「う、うむ……。きっと彼女から私への第一印象は最悪だったろうな。彼女は私を毛嫌いしたよ」

 

 嫌われていたという話なのに、グラウコスさんの顔は愛おしい話をするようだった。

 彼のそばで寝そべっていた虎が牙を当てないように彼の手を舐めた。

 

「だが私は言った通り、ひと目惚れしてしまってね……何度も彼女を食事に誘ったものだ。だが首を縦に振ってくれたことは滅多になかったがね。自分で言うのもなんだが、当時の私はモテモテだった」

「モテモテ」

「うむ、別の女性からなら何度も誘われたものだ」

「その情報必要か?」

「兄さん、静かに」

「しつこいほどの誘いに根負けしたのか、彼女は今度の休日に、一度だけならと頷いてくれた。私はその日を楽しみに待っていた」

 

 今のところ、ただの思い出話そのものだ。魔物の魔の字も出てこない。

 

「だが、浮かれた私のことを良く思わない人物がいた」

「それが、彼女を魔物にした人ですか?」

「どうだろう。誰もこんなことになるなんて、予想できないことだろう。……そのころ、奇妙なものが見つかった」

「奇妙なもの?」

「信じられないかもしれないが、人魚の死体だ」

 

 おい真祖。

 

【僕は知りえない話だ】

 

「人魚の肉には様々な伝説がある。だが伝説は伝説だ。それを確かめるために、そして、私が好いている女への嫌がらせもあったのだろうな……女王は彼女を呼びつけ、人魚の肉の毒見を命じた。私はその場にいながら、彼女が肉を食う瞬間まで止めれなかった。女王の命だからと、彼女の行いを見守り、ただ無事を願うだけだった」

「まさか……それだけで魔物に……?」

「そのまさかだよ……。彼女は何かに怯え苦しみ始めた。そして」

 

 それまで懐かしむような語り口だったが、ここからグラウコスさんの口調は淡々としたものへと変わった。ただ事実を述べるように、思いを込めるのを拒否したがるかのように。

 

「そして、身体が変化し始めた。最初は小さな変化だった。皮膚が変色、足が綿を詰められた人形のように、そういった小さな変化だった」

「それがだんだん大きくなってあの姿か……」

「兄さん!」

「言いよどんだって事実は変わらないだろう?」

「ああ……。とはいえ1年ほどは人間の大きさと変わらなかったよ。その間に私は彼女とともにダマバンドへ訪れた。ダマバンドは竜に護られた地。人魚の呪いを祓ってくれると期待して」

 

 そこからはトゥリタさんが聞いた話と同じものだった。

 違いがあるとすれば、それからグラウコスさんはアイエイアの番兵を辞めたという情報があるぐらいか。

 

「────ダマバンドで処方された薬で彼女の変化は和らいだ。いずれ治ると信じ、ずっと彼女に声を掛け続けた。……何度か返事をしてくれたが、この1年、彼女は言葉を返すことがなくなっている。残す希望は、彼が持ってきてくれたこの霊薬」

 

 さっき渡した竜の血。

 これについては僕も説明した方がいいだろう。

 

「ダマバンドでトゥリタさんから預かった、竜の血です」

「は? あそこの竜は──」

「抽出方法に工夫をしないといけなかったようです。空気に触れれば、数秒で消えてなくなるらしいです。なので治験も何もありません」

 

 改めて口に出すと、信憑性に欠けまくる薬だ。

 そもそもこれが霊薬という情報元は真祖と言い伝えだけ。まあ、人魚の肉が人を人じゃなくさせる言い伝えが本当だったから、これもと期待していいかもしれない。

 

「竜の血の伝説に縋る。ダマバンドの守護竜の加護が篭もった血を。もう間に合わないものだと私は考えていたが……」

 

 ちらりとシュラフさんを見る。

 グラウコスさんを説き伏せた切欠の人だが、それでもごねるとしたら、この人かなと思ったので。

 

「どうした?」

「あ、いえ」

「ミゼルはお前が伝説の薬なんて信用できない、ってごねないのが不思議なだけだ」

「カストルさん! 合ってますけど隠して!」

「もちろん信用できないとも」

 

 やっぱり。

 

「だが我々は依頼を放りだしたりはしない。何故かキャンセルされることは多いがな」

「あー」

 

 ペイルホースのペースじゃ依頼達成まですごく時間がかかりそうだしね。キャンセルしたくなる気持ちはわかる。

 

「時間があれば別案を求めるが、今回は仕方ない」

「時間が経てば経つほど魔物化が進みますからね……」

「それもあるが……彼女の存在はもうアイエイアで知られてしまっている。魔物として、だが……。明日の正午、討伐隊が彼女を討たんと動きだしてしまう」

「明日って……」

 

 急すぎる。いや、アイエイアでは急ではないのか。女性の魔物姿を隠しとおすには難しそうだし、何度も姿は見られていたのだろう。

 被害は0らしいが、だからって放置するとは考えづらい。

 

「それまでに彼女を治療できれば。それが叶わないなら……私が、彼女を終わらせてやりたい」

 

 用意する時間は全くなし。別案を探す時間もなし。

 なんとまあ……

 

「急ごしらえでも作戦を立てないといけませんね。どうやって薬を飲ませるか……」

「……いいのか?」

「え、いいんじゃないですか?」

 

 誰も反対してなさそうだし。グラウコスさんは反対されるとまだ考えていたのだろうか。一番反対しそうなペイルホースが頷いている時点で絶対大丈夫なのに。

 

「無理やり飲ませる……は難しいよな」

「口に入れてもすぐに吐かれたらダメですよね」

「そもそも近づくのが難しいと思うぞ。タコだかイカの脚がうようよ生えていたしな。さっきはそれで攻撃してきた」

 

 思い思いに皆が考える。

 交戦情報があるから少しは作戦も立てやすいが、それでも出てくるのは難点ばかり。

 

「無力化させて、飲ませる……吐かれないように姿勢も固定させる必要がある……」

「無力化も徹底的にしないとだな。それも命を奪わない程度で」

「その前にどこで戦うつもりだ。船の上は却下するぞ」

「ですが向こうは海にいますし」

「相手の領域で戦うなどありえん! 安全性を求めず戦うなんて蛮族すぎるぞスターブラザーズ!」

「陸にどうやって誘い出す気ですか……」

 

 ポルックスさんとシュラフさんは相性が悪そう。いや、シュラフさんと相性いい人が少ない。

 

 しかし海にいて、タコやイカのような脚を持つか。

 なんともクラーケンを思い出す。海でクラーケンと戦った際は……逃げに徹してたな。

 

「……船上で戦うのは無理ですね。船ごと沈められかねません」

「当然だ!」

 

 だけど問題は、戦場をどうやって陸地に持っていくか。

 

 話からして真祖関係の被害者だ。となると、出血による囮は使えない。かといってクラーケンみたいに特定感情に誘われて動いているわけでもなさそうだし。

 

「……ていうかさっきはどうやって戦いまでこぎつけたんですか?」

「はい?」

「僕たちが合流する前に戦ってましたよね。偶然遭遇したわけでもなさそうですし」

 

 海に出る船を追いかける習性があるとかだろうか。

 

「……狐ノ手袋と呼ばれる植物を使った」

「きつねのてぶくろ」

 

 グラウコスさんの口から、えらく可愛らしい植物の名前が出てきた。

 女性がその植物を好きだったから、という理由だろうか。だとすればかなり人間性が残っているのではないか。

 

「愛らしい名前だが、毒のある植物だ。彼女の理性が楽になりたくて毒を求めているのか、魔物の身体が単に好むのかわからん……ダマバンドで処方された薬も元は劇薬だったからな」

 

 ……思うところはあるが、今は置いておこう。

 

「それを餌に誘いだし、陸まで誘導する……ですね」

「港でやるわけにはいかない。東の海岸を使おう。そこなら誰も来ない」

「……ちなみに狐ノ手袋はどれぐらいの距離から反応するんですか?」

「わからん……だが海につけてしばらくすれば10分もしないうちに来てくれたな」

 

 海につける……なんというかイメージが釣りになってしまう。いや、もうそれでいいのか。

 

「長竿に狐ノ手袋を括りつけて海に投げ入れましょうか……来たら取られる前に陸まで引き上げる感じで」

「ざっくりすぎませんか……?」

「いや、いい案じゃないか。安全性が高い点が特に」

 

 戦う場所はとりあえず、これでいいとして、無力化方法は……

 

「あとは各自全力、しか浮かばない……」

「まあ全員違うギルドだしな。連携も何もない」

「ではそれでいこう」

 

 本当にこれでいいのかなぁ。

 不安はあるけど案が思いつく気が全くしない。

 

「あ、そうだ。その前にグラウコスさん」

「どうかしたかね?」

「一応、僕たちはシバからの使者でもありまして、アイエイアの領主さんに手紙を届けに来たんですよ」

「そうか。なら少し待っていてくれたまえ」

 

 そう言ってグラウコスさんはアイエイアの兵士を呼んできてくれた。

 夜ではあるがまだ領主、というか現アイエイア女王の元へ案内してくれるらしい。

 

「じゃ、俺たちは準備しておくよ。お前が戻ってきたらすぐに行動できるようにな」

 

 そんなコルタナさんの言葉を受けて見送られた。

 あの人も一応使者だったはずなんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 傍から見ればなんと間抜けな行動だろうか。

 

 僕は今、1人で小舟に乗って夜の海に揺られている。手には糸が括りつけられた有毒植物。

 

「おーい! こっちは準備完了したぞー!」

 

 海岸からは釣り竿を持つコルタナさんの声。

 一番腕力があるという理由で彼が引っ張る役。

 

「つけますねー!」

 

 狐ノ手袋を海に浸す。

 当初は釣り竿で思いっきり投げる、みたいなことを僕的には考えていた。だがそれでは先に餌を取られてしまうだけだと考え改め、今のこんな案になってしまった。

 

 誰かが植物のそばで見張ればいい、というひどい案。

 

 一応、一番生存率の高そうな人が見張るという形ではある。くじ引きで決めたわけではない。

 

 泳ぎが一番得意、という理由で僕だ。もちろん得意な理由は伏せてあるが。

 

「……来てほしくない気持ちと早く来てほしい気持ちがせめぎ合う……」

 

 今のところ植物に近づく影は見当たらない。

 海中から来るとは思うのだけど、ぶっちゃけ見づらい。ランタンも用意してきているが、それでも全然見えない。

 

「……」

 

 まだ取られてないよね? 不安だな、これ。やっぱり釣りはそんなに好きになれない。

 

「……あ」

 

 小舟の揺られ方が変わった。

 

 海水に、持ちあげられるような、そこだけ浮きあがるような。

 

 ────下から大きなものが迫って来ている。

 

「引っ張ってください!!」

 

「おう!!」

 

 勢いが強すぎて、水切りでもしているかのような勢いで狐ノ手袋が海岸に向かっていく。

 

 そしてそれを追うように、海中から巨大な影が姿を現した。

 

 

 今度はしっかりと見えた。

 

 あれが人魚の肉を喰わされた女性。

 

 イカ、タコ、カニ、珊瑚、オウムガイなどなどなど、海の生き物をごちゃまぜにしたような、歪な巨体。そこに海の生き物ではない、人間の女性の上半身と、また別の場所に大きな一つ目が備わっている。

 

 女性が陸地へと迫るのを見た後、僕は海へと飛び込んだ。

 小舟でキコキコ漕ぐより泳いだ方が速い。

 

 陸地にあがれば、グラウコスさんの鼓舞する声が耳に届く。

 

 

「皆、私の我儘に付き合ってくれて感謝する! この難局、頑張って乗り切ろう!」

 

 

 その声を皮切りに、魔物に変えられつつある女性との戦いが始まった。

 

 

 

 

 

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