白い森の中、見知らぬ女の子に背負わわれている。
背負われている僕の体は全身傷だらけで、あちこちから血がにじみ出ていた。女の子は何度も背負い直しては歩いていく。
僕は女の子と僕自身の姿を、浮いた視点から見ていた。
ああ、夢だこれ。
明晰夢というものか。夢の中でこれは夢だと気づけるなんて初めて経験した。
不思議な夢だなぁとのんびり思う。
見知らぬ森の中、見たことのない女の子に背負われるってどういう深層心理なんだろ。しかもなにげに可愛い子だ。ふわふわとした髪質に青い目がクリクリしてて人懐こそうな雰囲気を感じる。
やがて赤い門が見えてきた。その門をくぐり少し進んだ先でとうとう女の子が僕の体をおろした。
『助かった。礼を言う』
背負われていた僕の言葉がこれである。何様だこいつ。夢の僕はすごくえらそうな雰囲気だ。いや、もしかして実は無自覚に普段からこんな態度をとっていたり……しないしない、うんそのはず。
その後、女の子が何かを言う前に、そばの池に倒れるように突っ込んだ。
水しぶきが立ち、そこで夢が途絶えた。
今僕は先生に教えてもらった看板を探して歩いている。蝶々の看板、それが目印の『羽ばたく蝶亭』だ。
足の怪我は自分で言うのもなんだが回復力がすごいのか、今は痛みがすっかりない。包帯をほどいて傷を見てみると痕こそあるけど動いた程度で開くような傷口は見当たらなかった。
本当は朝一番に冒険者ギルドへ赴く予定だった。だけど、7時に先生に起こしてもらい、ついつい夢の続きが気になるもとい眠気が強くて二度寝をかましてしまい、冒険者ギルドについたのは正午だった。そして言われた言葉はたった一言。
「まだ決まってねえから日を改めな」
まあ早くてもって言ってたししょうがないことだ。
それよりもお腹が空いたので、食事処でもある羽ばたく蝶亭探しである。
昼食も取れてなおかつ情報集めの場所も調べる。一石二鳥とはこのことか。
目印の看板を見つけ、外から店内を覗き見ると、多種多様な人が入り乱れていた。
漁師や騎士、海兵に僧、仮面を被った民族衣装の者などなどなど。テーブルにあるご飯を食べながら話している者もいれば、食器片手に歩いてちょっかいをかけ回る者、昼間から酔いつぶれているのか突っ伏して寝ている者、水をうまそうに飲む者、羊皮紙と睨めっこしている者。
……深都探索の冒険者がよく集まる場所でもあると聞いていたけど、この中に踏み入るのはなかなか勇気がいる。
ご飯を食べれてなおかつ情報が集まりやすく、探索ついでの小遣い稼ぎにもいいって聞いたから来たけども……
「コソコソ覗キ見るとハ怪しいヤツだナ! ヤロウドモ、デアエデアエ!」
「!?」
突然店内の女性が僕を指さしながら叫びだした。
すごいカタコト口調で。
しかし誰も動かない。
「ドウシタヤロウドモ! アタシの頼みがキケナイノカ!」
「いやいやねーちゃん。どう見たって客じゃん。新顔の」
「ナント! 新入りだったカ! イビラレに来たンダナ!? ハヤクハイッテコイ!」
カウンターに座っている男性にカタコトの女性は窘められたけども、勢いが強いままだ。なんだか目立ってしまったし、逃げたくなったけど逃げたらもうここに来ることなくなりそう。
「えと……お邪魔します?」
「邪魔するナラ帰るンダナ!」
「えぇぇ……」
この人なんなの……
周囲の人は慣れているのか特段気にしていない。いつもこんな感じの人なのか。
「ヨクキタナ! 何を食べルンダ? トイウカアナタ、白いナ! 美白トイウヤツカ!」
「ええと……」
「アタシも美白にナリタイゾ! トーマ、元老院のばーちゃんから化粧品分けてモラエナイカ?」
「ねーちゃんどうどう。話の矛先急に変えられて困ってるって。あと元老院の婆さんと俺親しくないから無理だって。あとお水おかわり」
「マタカ! 水ダケデ何時間ネバルツモリダ?」
このカタコトの人はお店の人か。なんとも我の強いお店に思えてきた。大丈夫なのこのお店?
「ニシテモ見ない顔ダナ。海都はハジメテカ? この店ニ来るナンテ頭ガ高イ」
「ええ……」
「たぶんお目が高いだと思うから気にすんな」
「ソウソレダ!」
だめだ、この人のペース強すぎる。色んな人種がいる冒険者を相手に商売するには強い個性が必要なのだろうか。
「アーマンの宿から、冒険者をするならこのお店に来た方がいいって聞いてですね……」
「ボウケンシャーダッタカ! ヨクモ参りマシタ! ココは羽ばたく蝶亭デス! デ、アタシがこの店のママさんダ!」
「お? おお? じゃあ駆けだしだな! まあ隣座れよホラ!」
言われるがままに示された席に座る。
この男性は、店の客側、だよね?
「今日登録してきたところって感じか?」
「いえ、昨日です。まあギルドにまだ加入できてませんけど」
「カカカッ! 新人の中の新人ってやつだな! いいな、俺も昔はそれぐらいフレッシュだったんだけどなー」
「気をツケロ新人ボウケンシャー。コイツは新人にたかるロクデモナイ輩ダカラナ!」
「おいおいひでーなねーちゃん。俺はちゃーんと対価として情報を売ってるんだよ。新人は迷宮の情報が手に入って嬉しい。俺は奢ってもらって嬉しい。ウィンウィンってやつじゃねえか。なあ?」
お昼ご飯欲しさにこのお店に来たけど、その前の目的でもあった情報をくれる人とこんなすぐに出会えるとは。
「っと、そういえば名乗ってなかったな。俺はトーマ。収集冒険家のトーマだ」
「収集? あ、僕はミゼルです」
「まあ、コレクターをかっこつけて言っただけだ。俺は深都発見の報酬なんかより見たことねぇお宝や珍しい物を集めるのが趣味なんだよ。戦いの腕はあんまり自信はないけどな、知識に関しちゃ他の奴らよりぐんと詳しいんだ。何か知りたけりゃ教えてやるよ。まあ、その時は何か奢ってもらうかんな!」
ほへーと感心を表しながらカウンターに置いてもらった水を飲む。冷たくて気持ちいい。
「新人ボウケンシャーにはまずアタシの店ニツイテ説明しナイトデショウ! ココはアレダ! 酒場ダ!」
「あ、はい」
「注文ハ!」
「え、えと……一番安いご飯で」
「世知辛いお財布なんダナ……ソンナ悲しいボウケンシャーもいつかはベテラン成金ボウケンシャーにナレルノデショウカ? ナレルならソノ注文承ッテヤル!」
「ねーちゃん、冒険者向けの説明完全に飛んでね? いや、いいけどよ」
全然良くないです。
「ソウダッタ! ココでは助け合いもヤッテルノデス! 報酬のやり取りトカスルカラ依頼ダケドナー。タスケテほしい時は依頼ヲ出シテ、お金がホシイ時は自分にアッタ依頼を探してヤリクリするノデス。アタシはその仲介人ダ!」
小遣い稼ぎもできるって先生が言ってたのはこのためか。まあ、あくまで依頼だし、先着順だったりするだろうから安定はしなさそうだ。収入源というより本当に小遣いって程度の期待で考えたほうがよさそう。
「チナミにアナタ、ギルドに入ってマスカ?」
「いえ、まだです」
「ソレジャ、マダお仕事はマカセラレマセン……依頼をダスナラ個人でも構わナイデスガ、受けるのはギルドとしてジャナイト駄目ナノデス!」
ギルドに入ってないと探索できず、お小遣い稼ぎもできず……しばらく無収入が続くかぁ。少し焦ってしまいそう。早く決まってほしい。
「まあ、一人で大丈夫だとか言ってソロギルド立ち上げるって抜け道があるけどな」
「新米ボウケンシャーにワル知恵を吹き込むデナイ!」
トーマさんの口振りからして形式さえ守ればなんとでもなるってことかな。まあお金稼ぎより海底の都の情報がほしいからソロギルドなんて結成しないけど。参考程度に覚えとこ。
「それじゃ清く正しい先輩風吹かせるために……とりあえず死なねえようには気をつけろよ。話したことあるやつが死んだって聞いたら飯が不味くなるからな!」
前半真面目な顔になったと思ったら後半でカカカッと笑いながら水をがぶ飲みしだした。真面目になるのが照れ臭いタイプなのかな。
「やっぱり命を落とす可能性あるんですよね……」
魔物とかいるのはわかっているけど、改めて言われると不安だ。
「そりゃあな。だけど今残っているギルドの大半は無茶なことしねえやつらだから安心しろよ。まあ、俺はそんなギルドに馴染めなかったはみ出しものなんだけどな!」
「はみ出しものの先輩……」
学ぶこと少なくなりそうな情報。
「俺にあったギルド方針っていうの? そういうのがなくてな。で、そんなはみ出しもの連中集めてギルドを作ったのよ。全員団体行動できねぇ集団でやんの。俺もだけど」
「自由なヤロウドモデス! カッテに人の店の名前をギルドのナマエにシタ! アリガトウゴザイマス!」
店主さんが怒っているのか感謝しているのか全然わからない。
馴れたらわかるようになるのだろうか。トーマさんは気にしてないみたいだし。
「どこのギルドにも馴染めなかったら俺のとこ来いよ。つっても全員好き勝手動くからここの依頼受けれないんだけどな。だから稼ぐのは迷宮でってもんだ」
「迷宮で稼ぐってどうするんです?」
まさか宝箱があったりモンスターがお金を落としたりしないだろうし。
「ほんとなんも知らねぇんだな。フレッシュすぎて老けちゃいそう。迷宮で稼ぐ方法はだな、金目のものを取ってくること……それぐらいか?」
「金目のもの……」
「なんでもいいんだ。魔物の素材……骨とか牙とかな。ほかにも薬の材料になる草花とか。ああ、あと落とし物とかな。迷宮の落とし物は拾ったやつの持物扱いだ。だから財布は落とさねぇようにな」
とにかく何でもお金になるのかな。落とし物の件は良心との問題になりそう。
「んで、売れそうな物はネイピア商会に持ち込めば買い取ってくれるぜ。まあありきたりなもんなら買い叩かれるけど……買い取ってくれるだけでありがてぇって思うしかねぇな!」
「なるほど」
結構なんでも買い取ってくれる感じかな。よっぽど変なものじゃなければだろうけど。
「参考になったか?」
「はい、とても」
「よーしよし、それじゃねーちゃーん。ミートソースパスタちょーだい。ミゼルのおごりで」
「へあ?」
「シカト承ッタ!」
何を突然そんな暴挙に。流れるように注文を受け付けるのもどうかと思う。
「授業料だよ授業料。まあ安心しろって、そんな高いもんじゃねえからよ。カカカッ!」
「ぐ……後から言われるとなんだか納得しづらい……」
「他にも聞きたいことがあるなら教えてやるぜ? あまぁいジュースが飲みたくなってきたからな」
たかる気満々だ。
今のところ聞きたいことも特にないし、揶揄ってる感満載の笑顔がなんとも腹が立つので、こちらも笑顔で言い返すことにした。
「水でも飲んでろ」
「おねーちゃーん! お水もういっぱーい!」
余裕で流された気がする。なんだか謎の敗北感。
もう気にせず僕もパスタを頼むことにした。
翌日、またも昼過ぎに冒険者ギルドに向かう。
あまり期待せずギルド長に声を掛けると、
「ああ、お前か。お前の加入するギルドが決まったぜ」
「え、ほんとですか」
「嘘言ってどうすんだ」
一週間は掛かるかなと勝手に思ってたので。
「どんなギルドなんですか」
「……まあ、特に慎重なギルドだ。無茶はまずしねぇな。死ぬ心配もまずねぇな」
「おおー」
昨日トーマさんから残ってるギルドの大半は無茶しないと言ってたけども、やっぱりギルド長も言ってくれると信憑性がかなり増す。別にトーマさんを疑ってるわけじゃないけど。
「あと……そうだな。年数で言えばベテランに属するギルドだな、一応」
聞いたわけじゃないのにそこのギルドのセールストークが始まっている気がする。そしてなんだろう。
なんだかギルド長の物言いが、なんというか……含みがあるというか……
「あとあれだ。野営技術で横に並ぶギルドはない。野営技術やその情熱は間違いなく歴代最高だ」
なんだか事故物件を勧める人みたいになってる。
「……何かそのギルド、問題行動とか多いとか無視できない欠点がある……とか……?」
「そういうのはない。問題行動はないが……変な先入観を持つのもあれだからな。良いところをあげてみたんだが、逆に不安にしちまったか」
「まあ……」
「そうか。やっぱり慣れねえことはするもんじゃねえな」
もしかしたら聞いたことがあるかもしれねえが、と前置きしてギルド長は加入先を言った。
「ペイルホース。お前の加入するギルドの名前だ」
書き溜めが完全に尽きました。
次回から更新間が空きます。
羽ばたく蝶亭のママさんの口調が難しすぎるです。