鬼滅の弓兵 作:爆死太郎
なんだかんだ死と云う存在はとてつもなく遠いものだと思っていた。
確かに人間はいつかきっと死ぬ。でもそれは遠い遠い未来の話で、体が朽ちていった末に訪れるものである。そう、昔母に語り聞かされたのだ。
でも――そんな母が鬼に殺されて、復讐を果たすために鬼殺隊に入り、鬼を殺して今日まで生き残った。
鬼との闘いの日々は、いや、最終選別の時よりもずっと前から、死と隣り合わせだった。お天道様の下でのうのうと暮らす平和な毎日ではなく、常に殺す殺されるが付き纏っていた。
でも――そんな俺、沼角源治でも、今日この瞬間までは、死を認識できなかった。鬼を殺せるはずの日輪刀が、脇差よりも短くなっていて、体を何度も堅い床や壁に打ち付けられて、鬼に組伏せられて、鋭い爪を突きつけられて、ようやく思い出すのだ。
そもそも、可笑しかったのだ。ついこの前までは何の武芸も修得せず、家族で過ごしていただけだった身が、人を越えた鬼を殺そうなどと考えるなど、愚かにもほどがあったのだ。鬼殺隊に入って、無敵になれたなどと驕ったからこそ、この瞬間に死を迎えるのだ。
ならばそれは必然のものだろう。そう思うと、どこか楽になった。恐怖が薄れ、笑みさえ浮かんでくる。そうだ、このまま死ねばもう戦うこともない。意義を失いかけていた復讐だってもう終わるのだ。そして何よりーー母さんに会えるのだ。
ならせめて、一思いに。俺は届かない祈りを捧げながら、その瞬間を待った。
そのとき、風が舞った。
台風のような風だ。
昔、ボロボロの家に住んでいたとき、台風が襲いかかってきて、家屋が飛ばされそうになったけれど、それがきっかけで怒りっぽい父が珍しくなにもしなかったっけ。
そんなどうでもいいことを思い出したことに困惑する。でも、少なくとも死を運んできてはいないと言うことだろうか。
鬼も刃より固い肌でそれを感じ取ったようで、風の吹く方へ顔を動かす。俺もまた同じようにそっちを向く。
そこにはーー、人がいた。
でも、俺が知っている「人」ではなかった。凛々しくはあるが、同時に力強さや苦悩を感じさせるような容姿であり、男だとは断定できるような、
髪は白く、肌はやや黒い。日本人はどちらかと言うと少し黄色い肌をしているけれど、彼は日に焼けたような肌色をしている。さらにいえば、彼は見たことのない成りをしていた。背に布を羽織っており、その中には肌に密着した黒い服が見えている。おまけに履き物もわらじではなく、ブリキのように固そうだ。
奇抜なのは、見た目だけじゃない。彼の視線が与える圧力は、尋常ではない。鬼殺隊の実力者である「柱」ですら、ここまでではないだろう。会ったことはないけれど、これは明らかに人間が持つべきではない圧だから、そう言える。
鬼もまた、それを感じ取っているようで、俺を裂くはずだった爪がプルプルと震えている。
だが、鬼として恐怖することは許されないのだろう、奴は僕から離れて、真っ先に彼へと飛びかかっていった。
鬼殺隊員である以上、無関係の人間を戦闘に巻き込むことは許されない。しかしーー彼を知りたいと、本能で思ってしまっている。あの圧はなんなのか。彼はいったい、何者なのか。
異形の鬼が、殺意をむき出しにして飛び掛かっているが、彼は全くと言っていいほど動じなかった。それどころか、直立したままじっと鬼を見ているだけ。
やはり思い違いだった。普通ならば、かわすなり迎撃するなりするべきだ。こうなったら、俺がまた戦うしかない。そう思い、逃げろと叫ぼうとする。
だが、その前に男が、言葉を発した。
「ーーーー、ーー……」
何を言っているのかは分からない。はっきりと、低い声は聴こえるのだけれども、日本語ではないため良く分からない。しかし、ただの棒立ちしているだけなのに、異様な雰囲気が醸し出されている。まるで、鬼にとって不吉な運命を呼び込んでくるような気がする。
「ーー………ーー」
男が喋り終えると、鬼はもうすぐ側まで迫ってきていた。鋭利な爪が喉元を貫くところまで来ていた。もう駄目だ。彼は殺される。
だけれどもーー
「えーー」
俺は脳天を打たれるほどの衝撃を味わった。
丸腰だった彼の手には、日輪刀が握られていて。
固すぎて傷すら付けられなかった皮膚を持つ鬼の首は、宙をふわりと飛んでいた。
鬼もまた、己に起こった出来事を整理しきれていないのか、生き絶えるその瞬間まで、困惑に満ちた表情を浮かべていた。
切り離された胴体もまた、持ち主が消えてしまうと同時に塵と化した。俺はそれを呆然と眺めながら、今起こったことを受け入れようと努力する。助かったことを認識することよりも、重要なことだ。
「大丈夫か?」
ふと、頭上から声がかけられる。振り向くとそこには、鬼を葬った彼がおり、ビクッと体が震える。俺は、首を縦に降るので、精一杯だった。
「怪我をしているようだ。すぐに医者にいくといい。この程度なら、この時代の医療でも治る程度だろう。歩けるか?」
「は、はい! ありがとうございます!」
この時代……?
妙に引っ掛かる単語が聞こえた。しかし、追求していいものか、迷う。第一俺の頭はもう既に混乱を極めていて理解が追い付かない。
そうも思考しているうちに、彼は立ち上がり背を向けて歩き出した。
ーーせめてお礼は言いたい。もはやもう無いと思っていた俺の命を救ってくれた人なのだから。俺は、渾身の力を振り絞って叫んだ。
「あ、あの!! ーーありがとうございました! あなたは俺の、命の恩人です!」
彼は、一瞬立ち止まりふと顔を上げた。そのときちょうど、曇天が包み込むこの町に、光が差し込んできた。ーー彼はそれを見ているように、俺には見えた。救われたのは俺のはずなのに、どうしてだろうか、同時に彼もまた、救われたように思えてくる。
そうして少し経った頃には、彼の姿は跡形もなく消えていた。まるで、光の中に吸い込まれてしまったかのように。
エミヤが主人公なので、次はエミヤ視点で書きます。