──正直に言って、学校という場所は好きではなかった
毎日同じ時間に同じ場所に通い、仲良くもない他人たちと共に過ごすのがあまりにも苦痛だった。と言ったらアイツは笑うだろう
だが、こんなことになるなんて誰が想像しただろうか?
「……なに、あれ」
隣で校庭を見下ろす女の子──丈槍さんが、呆然としたように呟く
つい数時間前までは日常の風景が広がっていた。なぜ、こんなことになったのか──
「おい、葵! さっさと帰ろうぜ!」
うるさい奴が、教室の外から声をかけてくる
あいつの名前は
家が隣り合っている関係で小さい頃から交流があり、クラスメイトとの交流が少ない俺にとって、この学校唯一の友人と言っても過言ではない
「わりぃカズ、今日は図書室に頼んだ本が届いたって連絡あったからそれ読んでから帰る」
教室の入口で待つカズにそう声を返す
「ん、りょーかい。んじゃ帰ってログインしたら連絡くれや」
そう言い残し、手をひらひらと振って階段の方向へと歩いていくのが見える
教室に見える他の生徒たちの姿も疎らになってきている。急ぐわけではないが、俺も移動するか……そう思った時、一人の女性が教室へと入ってくる
「佐倉先生、お疲れ様です。また丈槍さんの補修ですか?」
丈槍さんに聞こえない様、小声で佐倉先生に耳打ちをする
すると、佐倉先生はほんの少し困ったような表情をして
「ええ、そうなの。白井君は今帰るところ?」
「いえ、僕は今から図書室に行く所です。頼んだ本が来たという連絡があったので」
「そう、それじゃあまた明日ね?」
「はい、佐倉先生。さようなら」
先生という職業も大変だ……などと考えながら教室を後にする。自分にはとてもじゃないができない
佐倉先生も良い先生だなぁ、なんて事も考えながら図書室へと向かった
……気がつけばだいぶ読みふけっていたらしく、読み始めた頃には疎らに人が居た図書室も、誰一人としていなくなっていた
「貸し出し……をするにしても係が居ないな」
いつの間にか係の図書委員すらもいなくなっている。また明日読みに来るか……と椅子から腰を浮かせた所で、誰かから着信が入っている事に気づく
電話の主は……カズだ
「もしも──」
「おい葵! 今どこだ!?」
ひどく緊迫したカズの声。こんなにアイツが焦っている声を聞くのは久しぶりだ
どこか嫌な予感がしながらも、会話を続ける
「学校の図書室。誰もいないっつっても学校でスマホの使用は禁止されてんだからなるべく手早──」
「まだ学校か! いいか、外には出るな! 安全な場所にでも避難しろ!」
こちらの声に被せる様に声が返ってくる。……理由はわからないが相当焦っているらしい
「はぁ? いきなりどうした」
「巡ヶ丘を中心として暴動が各地で起きてる! 明らかに範囲が普通じゃないし、ネットじゃまるでゾンビみてえに死んだはずの奴が起き上がって人を襲ってるっていう情報もあるくらいだ!」
一瞬思考が停止し、カズに言葉を返す
「……冗談だろ?」
「冗談だったらこんな焦ってねえ! いいか、いいから安全な屋上にでも避難してバリケード作っとけ!」
カズは普段からうるさくてやかましく騒がしいが、確かにこんな冗談を言う奴ではない
その言葉を聞き、荷物を急いで纏めながら
「わかった、屋上にでも立て籠もっておく。お前今どこ?」
「俺か? 俺は──」
と聞こえたきり、電話が途切れる
冷静になって考えれば、このパニック状態で今まで繋がっていたのすら奇跡だったのだろう
荷物を纏めきり、全速力で図書室を出る
廊下には誰もいない。部活もない生徒はもうほとんど下校してしまっているのだろう……そこまで考えた所で、佐倉先生が丈槍さんの補習をしていたことを思い出す
「……やばっ!」
まだ教室に残っているかは定かではないが、助けられる状況で知り合いを見殺しにするのも後味が悪い
幸いにして図書室と3-C、屋上への階段はそこまで離れていない。教室へと駆け出す
「佐倉先生、丈槍さん! 居ますか!」
教室へとたどり着き、大声をあげ呼びかける
……よかった、ちょうど補習が終わった所らしい。丈槍さんを驚かせてしまったが仕方がない事だと諦めよう
「白井君、そんなに焦ってどうしたの?」
「巡ヶ丘市全体で大規模な暴動らしきものが起きて大変な状態らしいです、早く屋上に避難しましょう!」
佐倉先生の手を引く。詳しい説明は後にすればいい
丈槍さんにも視線で早く来るよう促す
「えっ? えっ?」
「早く! 勘違いだったらあのバカを怒ってくれて構わないです! ほら丈槍さんも!」
「う、うん! めぐねえも早く!」
教室を出て、二人を振り切らない速さで駆け出す
階段を駆け上がりながら、二人に詳しい説明を試みる
「……さっきあのバカ、じゃなかった典軸和義から電話がありました。今や巡ヶ丘市はどこもかしこも暴動だらけ、かなり危ない状態らしいです。しかも──」
3階への階段を駆け上がった所で、男子生徒らしき人物と遭遇する
……明らかに足元がおぼついていない上に、まるでこちらへ襲い掛かろうとしている様ではないか
肩にかけていたカバンを男子生徒の頭へと振り抜く
「白井君!?」
「こっちはいいから早く! 先に上がってください!」
佐倉先生は自分の生徒が他の生徒に暴力を振るう様を見て驚いている様で、丈槍さんも足が止まっている。だがこうなってしまっては説明している時間も惜しい
起き上がった男子生徒の頭に再びカバンを振り抜いている間に二人に先に行く様に促し、男子生徒が起き上がらない内に自分も階段を駆け上がる
幸いにして屋上への扉の鍵は開いていた。屋上には、園芸部と思しき女子生徒が一人居るのみだった
その女子生徒の名前はわからないが、確かカズと同じクラスだったような気もする
「佐倉先生。どうされたんですか?」
と、息を切らしながら駆け込んできた俺たちへ困惑したのかその女子生徒が声をかけてくる
「ごめんなさい、私にもよくわからなくて……」
「……とり、あえず、ここまでくれば一先ず安心でしょうか」
鍵をかけ、その場に座り込む
ここまで来たはいいものの、佐倉先生も丈槍さんも女子生徒も困惑している様で……正直俺も、ではあるが
「えっと、僕の名前は白井葵。貴方の名前は?」
女子生徒の名前を聞こうと、声をかける
「え? えぇ、若狭。若狭悠里よ」
突然声をかけられたからか、困惑した様子で返される。……当然だろう
「若狭さんですね、ありがとうございます。あのバ……じゃなかった、典軸と同じクラスの様なので顔は見覚えがあったんですが、名前を知らなかったので」
「ええ、よろしくね。白井君。……なにかあったの?」
困惑した表情のまま、こちらへと問いかけてくる若狭さん
「……はい、その事についても詳しくお話しします」
「それでは、僕が知り得ている情報について改めてお話しておきます」
扉から離れた場所に三人を集め、説明を始める
「ついさっき図書室に居た僕に典軸から連絡がありました。巡ヶ丘市を中心とした暴動の様なものが起きているらしいです」
若狭さんの顔にほんの少し緊張が走る。佐倉先生と丈槍さんはついさっき話したおかげかそんなに動揺は見られない
──よく耳を澄ませばかすかに校庭の方向から悲鳴のようなものが聞こえる。校庭側への手すりへと歩みを進め、校庭へと背を向け手すりへともたれかかる
「巡ヶ丘市を中心とした、かなり大規模な暴動。これだけでもかなり問題なんですが、アイツ曰く今回はそれに加え──」
同じく手すりへと駆け寄ってきた丈槍さんが、校庭を見下ろしながら呆然としたように呟く
「……なに、あれ」
「──明らかに死んだはずの人間がまるでゾンビの様に徘徊している、と」
人の形をしたナニカが徘徊し、わずかな生きている生徒が逃げまとう校庭を見ながら、俺はそう言った
丈槍さんに続いた佐倉先生も、若狭さんも、手すりから校庭を見下ろし呆然としている
……ショッキングな光景を見せて申し訳ないという気持ちはあるが、言葉を続ける
「僕にも詳しい事はわかりませんが、アイツの焦りっぷりから考えるに相当な事が起こっているのは確かです。……校庭はあの様。三階にもアレが居たので、校舎にも入り込んでいるのは明らかでしょう。佐倉先生達も僕も、運がよかった様です」
そう言い終えた時、階段への扉が激しく叩かれる。……さっきの奴だろうか
扉へと駆けながら叫ぶ
「すみません佐倉先生、扉を抑えるのを手伝ってください!」
「え、ええ! わかったわ!」
「丈槍さんと若狭さんは扉を抑える錘になりそうなものを!」
「わかった(わ)!」
扉へと辿り着き、扉を抑えようとする
……だがよく聞くと、人の声の様なものが扉の向こうから聞こえる
「……あけて、開けて!」
反射的に鍵を開け、扉を開く
すると陸上部と思しき女子生徒が、人に肩を貸しながら転がり込んでくる。……無事な生存者がまだいたのか、などと考えながら急いで鍵を閉める
「恵飛須沢さん!?」
佐倉先生が驚いた様に声をあげる。音の主がアイツらではなくて一安心だが──
恵飛須沢さんと呼ばれた女子生徒が叫ぶ
「あいつらまだ階段下にぞろぞろと来てやがる!」
──どうやら思った以上に事態は悪い方向に向かっているらしい
あいつらが扉を叩きつける音がする。音からしてかなりの数だ
扉の窓が割れ、不気味な色をした腕が何本も突き出てくる
「佐倉先生! ロッカーを扉の前に!」
「ええ!」
「あ、あたしも・・・・・・!」
「私たちの方はいいから、恵飛須沢さんはその人を安全な場所に!」
佐倉先生が恵飛須沢さんに指示を飛ばしてくれる。・・・・・・俺が言うよりもはるかに効果的だろう
ロッカーを押して、扉の前へと移動させ、扉を抑えつける
ほんの少しの後、丈槍さんと若狭さんが洗濯機を押しながらこちらへとやって来た
「先生、洗濯機を持って、来ました・・・・・・! ってくるみ!?」
「すっごい重い~!」
「ありがとうございます丈槍さんに若狭さん! 先生、こっちは短時間なら一人で抑えられるので丈槍さんたちの支援に!」
先生も丈槍さん達に加わり、もう少しでバリケードが完成する……その時だった
──恵飛須沢さんが連れてきた男性がゆらり、と。その生気のない体を起こした
気が向けば続きます。きっと、おそらく、メイビー