Side:佐倉慈
夜は更けていく。もう皆が寝付いてから数時間が経った
あれほど晴れていた空なのに、月は既に雲に隠れて見えなくなってしまっている
部屋には、パラパラと冊子を捲る音だけが響く
音の発生源である典軸君を見つめる
隣に今も座っている白井君は大丈夫と言っていたが、本当に大丈夫なのだろうか
日常を奪った原因がここにあって、何も思わないだなんて事があり得るのだろうか
冊子を閉じ、彼が口を開く──
Side out
「見張り、もう要らないかもな」
食事の時間も終わり、窓から外を眺めながらくるみちゃんが呟く
昨日とは打って変わって空は雲に覆われている。洗濯物に困るから雨が降らなければいいのだが
確かに夜間はここ数日何事もなく、元々夜には奴らの数は少ない
そう夜に警戒する必要もなかったのかもしれない
「そうね、朝になったらバリケードの見回りをするくらいでいいんじゃないかしら?」
「まー、夜にはアイツらも殆ど居ないしなー」
洗い物をしているりーさんと机でだらけているカズもそれに同意している
「それじゃあ、今日は予定通り学食やらの制圧済ませちゃいますか」
まだ備蓄は多いとは言え、安全に食糧を確保できる事に越したことはないだろう
学食側が確保出来れば、地下の避難区画とやらにも近い。昨夜情報を伝えたカズと共に一度確認しに行くのもいいかもしれない
「やるなら早めの方がいいよな? 昨日言ってたみたいにアイツらが生前の行動をしてるってんなら、昼には学食混むだろ」
彼女の言葉に皆も頷いている
学食を埋め尽くさんばかりの数を相手にするのは、流石に考えたくもない
「既にそこそこの数は登校してきてるとは思いますけど、やっぱり混む前の方がいいですよねえ」
「んじゃ、俺と葵と恵飛須沢の三人か? 出んのは」
「そだな、りーさん達はバリケードの準備を頼む」
「……気を付けてね?三人とも」
「わぁーってるって」
りーさんの言葉に、彼女は快活に笑う
バリケードを乗り越え、安全圏の外へと出る
廊下は薄暗いが、廊下に見える奴らの姿はまだそう多くはない
「流石にこの面子なら大丈夫だとは思いますけど、万一がないように慎重にいきましょう」
二人が頷くのを確認し、厨房へと突入する
厨房の中には、奴らが三体。この数なら問題なく処理できるだろう
目配せをして、同時に駆け出す
「……うっわぁ」
厨房の処理を終え食堂への扉を開けると、そこには少なくない数の奴らがひしめいていた
二十……いや、三十はいるだろうか
食堂自体は広い為そう多くは見えないが、数としてはやはり多い
「……どうする、これ?」
「どうするって言われましてもね……音で誘導するなりして少しずつ倒していくしか」
彼女の懸念は尤もだが、ここを取らない事には二階の制圧はできない
「ま、やんなきゃ二階の安全は確保できねーしな。手堅く、かつ素早く行くぞ」
カズの言葉に頷き、慎重に走り出す
机の小物を手に取り、投げる
奴らの気がそちらへと向いた隙をつき、くるみちゃんと共に奴らへと殴りかかる
やる事こそ単純だが、数が多い分緊張がつき纏う
「これでっ……! 最後っ!」
彼女のシャベルが奴らの頭へと突き刺さり、食堂には静けさが戻った
「お疲れさん。いい連携だったぜ? とりあえずあっちから入ってきそうな奴らはいねえ」
出入口と厨房付近を警戒していたカズが、こちらへと歩み寄ってくる
「ありがとうございました、くるみちゃん。頼りになります」
「ほんじゃ後は消化試合だろ。さっさと済ませちまうか」
カズの言う通りここを制圧してしまえば、他の場所の危険はそう多くはない
安全圏として確保する以上撃ち漏らしは厳禁だが、制圧までそう時間はかからないだろう
「という事で、食堂から中央階段辺りまでは掃除して来ましたー」
掃除を終え、生徒会室へと辿り着く
この調子なら、昼前までにはバリケードを築き終えれるだろう
「お疲れ様、三人とも。怪我はありませんか?」
「おっかえりー!」
佐倉先生と由紀ちゃんが出迎えてくれる。どうやらりーさんは追加の机や椅子を取りに行っている様だ
……出迎えと同時に由紀ちゃんがくるみちゃんにタックルを仕掛けるも、元陸上部とあってビクともしていない
「っと、危ねえなぁ」
「こら、丈槍さん! 危ないですよ!」
「えへへー」
「……これでよし、っと。これでとりあえずは食糧調達も安全ですね」
何とか昼前までにバリケード構築を終える。一人でも人手が増えるというのは、やっぱり大きい
「教室側はどーする?」
「明日以降でもいいんじゃないかしら? 一先ず調達時の安全を確保するっていう目的だったでしょ?」
「そうね、先生も明日以降でいいと思います」
「わたしもつかれたー」
確かに元々食糧調達の安全確保が目的だったのだから、今日はこの辺で切り上げても問題ないのかもしれない。自分もそれに同意する
「それじゃ、今日はこの辺で終わりと言う事で。皆でお昼でも食べましょうか」
「わーい!」
由紀ちゃんが生徒会室へと駆け出し、皆もそれを追う
「この後は自由時間って事でいいんですかね?」
「ええ、皆頑張ってたから。今日はもうお休みでいいんじゃないかしら?」
食事も終わり、皆脱力しきっている
もう今日は何もせず、自由に過ごして良いようだ
「それじゃ僕達は図書室にでも行ってきますね。カズ、行くぞー」
「んぁ? おう」
カズを引き連れ、廊下へと出る
「……んで、なんでわざわざ図書室なんぞに? つーかこっち図書室じゃないだろ」
三階廊下隅、資料室前。彼女達に万が一にも気付かれない様に移動する
今回の目的は図書室なんかじゃなく、避難区画の安全確認とワクチンの存在確認だ
「いや、アレ嘘。避難区画の確認に向かう」
「……あー、そういう。りょーかいりょーかい」
一階、購買部倉庫隅。その奥にある機械室
マニュアルに記載してあったその場所を、カズと共に確認の為に訪れる
「……開いてんな、パスワードがかかってんじゃなかったのか?」
カズの言葉通りそこにある扉は既に開け放たれていて、マニュアルに書かれていた状況とは些か異なっていた
「誰かが開けたのかもしれねーな、この場所を知っていた誰かが」
「……例のマニュアルを書いた連中か?」
それはわからない。わからないが、その可能性は高いだろう
昨日の夜、俺と佐倉先生の二人でカズにマニュアルを見せた
予想通り、アイツは”よし、大体ここに書いてある事は理解した”と言うだけで気にした様子も見せず
その時の、佐倉先生の呆気に取られたような顔は少し面白かった
“確かこのランダル・コーポレーションってとこ、数ヶ月前にPMCがどうこうって問題になってたよな?”
カズは、このマニュアルを書いたランダル・コーポレーションが数ヶ月前にニュースになった事を覚えていたらしい
俺はよく覚えていなかったが、アイツが言うのだったらそうなのだろう
改めて、目の前の扉を見やる
扉横にある電子ロックは既に解除されていて、扉は開け放たれている
扉の先には、地下へと繋がるであろう階段。明かりがなく、先は見通せない
「・・・・・・どーする? 流石にPMC相手は分が悪すぎるぞ?」
コイツの言う通り、仮に相手が一人だったとしても、銃を持っていれば相対するのには厳しすぎるだろう
マニュアルの内容からして、相手が友好的であるという可能性は低い
「んー、とりあえず俺が一人で行くわ。万が一、俺になんかあったらお前はそのまま引き返せばいい」
「ランダルのとは別に、奴らが居るかもしんねーぞ?」
「そん時はお前を呼ぶわ。とりあえず行ってくっから、なんかあったら由紀ちゃん達を頼むなー」
懐中電灯を片手に、薄暗い階段を降りていく
階段は思ったよりも長く、踏み外せば痛いどころでは済まなそうだ
今のところ人の姿も、奴らの姿も見えず。平和そのものだ
何事もなく地下二階──避難区画へと辿りつき、警戒しながらもシャッターを上げる
避難区画は、特に荒らされた様子もなく、人影一つすら見えない
(ここを開けた奴はどこに行った……?)
わざわざここに来た以上、何かしらの目的があったはずだ
緊急事態でここに避難しに来たか、食糧を目的に来たか、ワクチンが必要になったか
物資の棚を一通り見て回るが、どこにも開けられた様子はなく、同様に人の姿もない
……部屋の隅に、1枚の扉を見つけた
足元を見れば、そこから繋がっている……もといそこに繋がっている血の跡
(……あぁ、成程)
ここに来た人間が置かれていた状況は、おおよそ予測できた
警戒しながら、扉を開ける──
「音沙汰ねえから来てみたけど、なんともねーか?」
「おう、書いてあった通り物資は大量にあった。冷蔵室まであったぜ?」
「マジかよ、電気通ってんのか?」
物資を漁っていると、懐中電灯を揺らしながら階段の方からカズがやってくる
そういえば呼びに行くのを忘れていた
「で、ここを開けた奴は?」
「あ? あぁ、宙ぶらりんな状態になってたぜ? とりあえずここは安全。物資とかは手付かずだ」
「……例外とか発生してねえよな? んじゃワクチンの場所だけ確認したら戻るか」
程なくしてワクチンの棚を見つけ、油性ペンで大きく印をつける
──これでもし自分達がいなくなっても、彼女達がすぐにこれを見つけられるだろう
「うし、とりあえずこれでいいだろ」
「ほいほい、ほんじゃ戻るか」
階段をのぼりながら、カズが不意に口を開く
「なぁ、これからどうなると思う?」
これから。これからなんてコイツにしては珍しい事を聞く
将来の不安なんて何一つ持ってない様な人間だと思っていたのだが
「さぁ? なるようになるだけだろ。いちいち考えてたってしゃーない」
「……ま、そうだな」
「ただいま戻りましたー」
「おかえりっ! そうだ、葵君とカズ君も一緒に遊ぼー!」
由紀ちゃんの言葉に出迎えられ、扉をくぐる
テーブルへと目を向けると、皆が席を囲んでトランプをしていた
……随分と、先生が負けこんでいるらしい。若干涙目になっている
「お、いいですね。次から混ぜて貰えます?」
「俺も俺もー」
二人で席に着き、トランプは再開される
この勝負は、夕食の時間までずっと続いた