Side:若狭悠里
ランタンの頼りない光が、部屋を照らす
既に皆は寝静まっていて、この部屋には私一人だ
──本当に、助けなんて来るのだろうか
──私達は、いつまで生きていられるのだろうか
──今までの全てが夢であったなら、どれだけよかっただろう
嫌なことばかりを考えてしまって、寝付けない
夜になると、暗いことばかりを考えてしまう
良くない事だとは、わかっている。けれども、どうしようもなく不安になってしまう
──ふと目に留まったのは、三羽の折り鶴。私が折ったものが一つと、葵君が折ったものが二つ
……本当に彼は、これを完成させるつもりなのだろうか
不格好な鶴を手に取り、ゆっくりと眺める
一日一つ折るとして、千羽鶴が出来るまでには文字通り千日かかる
彼自身も言っていた通り、随分と気の長い話だ
それだけの時間が経った時、私達はどうなっているのだろう
助けが来て、何事も無かったかのようにどこかで平和に暮らしているのだろうか
助けなんて来なくて、この学校でまだ暮らしているのだろうか
それともその頃には皆──
首を振って、嫌な考えを頭の中から追い出す
こういう事はあまり……考えるべきではない
息を整え、手元に視線を戻す
彼は何の疑いもなく、これがいつか完成するのだと言っていた
まるで完成するのが当然の事だとでも言う様に、彼は笑っていた
私には、未来の事はわからない
家計簿をつけたって、本当の所は明日の事さえわかりはしない
こんな世界では未来は不確かで、明日の保証さえありはしない
なのに彼は、どうしてこんな事ができるのだろうか
……本当に、皆が居るから大丈夫だなんて、考えているのだろうか?
考えは、ぐるぐると頭の中を巡るばかりで纏まらない
……ふと気が付くと、廊下から誰かの足音が聞こえる
他の誰かが起きてきたのだろうか
「おや、りーさんも眠れないんですか?」
扉が開けば、そこには彼が立っていて
「……あおい、君」
「はい、そうですよ?」
彼は、静かに笑った
月明かりも差さない部屋を、静寂が支配する
彼がこの部屋に来てから、どれほどの時間が経っただろか
向かいに座る彼は、何も言わずにココアの入ったカップを傾けていて
かく言う私も、彼に何の話題も切り出せずにいた
沈黙は、嫌いではない。嫌いではないが
このままでは、暗いものが私の中から漏れてしまいそうで
沈黙を破るために、覚悟を決める
「……ねえ、葵君」
「ん? どうしました?」
彼は不思議そうに、窓の外に向けていた視線をこちらへと向ける
「この現象……どこまで広がってるのかしらね」
ほんの少し困った様な表情をしながら、彼は言葉を探すように視線を彷徨わせる
数秒の後に、溜息をつきながら
「……日本全土、ですかね。でも海外は無事だとは思います」
日本は幸いにして島国ですからね、と彼は笑う
この状態が、日本全土に。つまりそれは、政府すら崩壊しているかもしれないと言う事を意味していて
日本政府が生きていなければ救助は絶望的だ。海外の国の助けなど、あてにはならない
どこの国だって、救助を行って自分の国が同じ状態になるのは御免だ
私の暗い考えの一つが、現実になりつつあるのかもしれない
「それで、いきなりどうしたんですか? ……随分と、暗い顔をしてるように見えますけど」
恐らく彼は、私を心配してくれているのだろう。表情からもそれは察せられて
でも、少しでも誰かに吐き出してしまえば、そのまま止まらなくなってしまいそうで
彼の問いには、何も答えられない
「……まぁ、無理には聞きません。相談事だったら由紀ちゃんか、佐倉先生辺りの方が適任でしょうしね」
私を気遣ってくれたのか、そう言って彼は大きく伸びをしている
そのまま椅子から腰を上げ、扉を静かに開く
「さて、僕はそろそろ寝ますね。りーさんも、あまり夜更かしはダメですよ?」
大丈夫、大丈夫だ。私が耐えていれば、皆には何の負担もかけない
私の不安を吐き出して、皆に心配をかける事もない
寝室へと向かう彼を、そのまま見送る──
「……待って」
彼は、その歩みを止める
誰かの、喉から絞り出したかのようなほんの小さな声
それが自分から出たものだという事に、ようやく気づいて
なぜ、こんな事をしている?
ついさっき自分で、耐えるだけでいいと自分を戒めたばかりではないか
私の我が儘で彼を──ひいては皆を、心配させる事もないと
なのに、なぜ?
立ち止まり振り返った彼は、柔らかに微笑んでいて
「どうしましたか? りーさん」
いつの間にか降り出していた雨が、窓を叩く
彼は黙って私を見つめたまま、私の言葉を待っている
……呼び止めたのだから、私から話さなければ
でも、彼に何を語ればいい?
一度吐き出してしまえば、恐らく止まらない
そうなってしまえば、私は──
「……りーさん」
彼の声に、意識を引き戻される
「無理をして話せとは言いません。ですが無理をして溜め込みすぎるのも、よくないです」
扉の閉まる音。彼はゆっくりと、座っていた椅子へと歩きだして
「りーさんの好きなようにしてください。僕はその選択を尊重します」
「私は……」
私は、どうしたいのだろう?
皆に心配をかけたくない
いっそのこと全て吐き出して、楽になってしまいたい
皆も頑張っているのだから、私も明るく振る舞わなければ
少しくらい、弱さを見せたっていいじゃないか
私は──
「……どうしようもなく、怖いの」
俯いた私の口から、零れる言葉
向かいに座る彼は、じっとこちらを見つめていて
「本当に助けは来るのか、とか、私達いつまで生きていられるんだろう、とか、これが全部夢だったらよかったのに、とか……」
一度零れてしまえば、止まらない
「嫌な考えばっかりが頭を巡って、よくない事だと解ってても、それを止められなくて……」
彼は何も言わずに、私の言葉に耳を傾けている
「家計簿をつけていれば来週の事がわかる。なんて言ったけれど、あれも嘘で……本当は明日の事さえ、わからないの」
昨日の彼の言葉を、思い出す
「──葵君は、本当に不安にならないの? 明日さえ、どうなってるかわからないのに。……生きているかさえ、わからないのに」
「んー……少しも不安にならないと言ったら、嘘になりますね」
苦笑する彼の気配。──意外だ。あの時も今までも、彼は少しも不安そうな様子なんて見せなかったのに
「……なら、どうして」
「まず一つに僕の信条として、未来なんてものをいちいち気にしたり考えたりしても仕方がない。っていうのがありましてね」
「どーやったって、未来なんてもんは不確かです。そんなものを気にして怯えて居ても仕方がないでしょう? なら今を全力で生きて、今を楽しむべきです」
丁寧に鶴を折りながら、彼は笑う
「未来を考える事自体は、悪い事じゃあないです。ただそれを気にしすぎて怯えたりするのはあまりにも無駄だと断じてるだけですね、僕は」
「それで二つ目は、昨日も言いましたが皆が居るから、ですかね」
彼は出来上がった不格好な鶴を、机に置く
「くるみちゃんが居て、由紀ちゃんが居て、佐倉先生が居て、りーさんも居て、……あとついでに一応アイツが居て。ほら、これだけいれば僕が出来ない様な事でも、誰かが出来ちゃう気がしませんか?」
──なんという、希望的観測だろう。その根拠を支えるものは何もない
それでも不思議と、心は軽くなっていて
「……お、やっと笑いましたね?」
そう言って、彼は嬉しそうに笑っている
──未来の事は、まだわからない。明日の事も、まだわからない
けれど、一生懸命に毎日を重ねていこう。毎日を楽しんでいこう
「……ありがとう、葵君」
「いいえ、どうって事ないですよ。また同じような事になったら相談してください、なんたって僕らは友達ですから」
ほら、りーさんも一緒にどうです? という声と共に差し出される一枚の折り紙用紙
恐らく、昨日の折り鶴の分だ
「……そうね、それじゃあお言葉に甘える事にしようかしら」
机の上には、二羽の折り鶴。彼の分と、私の分
「それじゃ、もう寝ましょうか。……まだ不安な様なら、一緒に寝ましょうか?」
冗談めかして、彼は笑う
「もう大丈夫よ。心配いらないわ」
そりゃよかったです、という彼と共に部屋を後にする
雲はまだ晴れない。それでも──
書いてる時超楽しかった(こなみかん)