Side:恵飛須沢胡桃
雨の音が部屋の中に響く。窓の外を見れば随分な大雨だ
全員でテーブルを囲んで乾パンを摘みながら、今日の予定について話し合う
大雨ともあって出来る事はそう多くはない。結局、昨日に続いて二階の制圧をする事に決まった
「・・・・・・ねえ、なんか変な音しない?」
相談が終わった頃、由紀がポツリと呟いた
変な音? 話し合いの最中、外からは雨音が聞こえるばかりで他の音なんて気にしてはいなかったけれど、その言葉に皆も黙って外の音を聞いている
……耳を澄ませば、確かに何かを叩く様な音が聞こえる。奴らがバリケードを叩いてるのか?
「……確かに、叩く様な音が聞こえるわね」
「朝の見回りついでに、バリケードの様子でも見てきますよ」
そう言って葵は立ち上がり、シャベルを手に取る
「アタシも──」
「一人で大丈夫ですよ、見回りだけですから。皆でゆっくりしててください」
アタシの言葉を遮ってアイツは出て行き、部屋には雨音だけが響く
すぐに戻ってはくるだろうが、アイツが居ない間に聞いておきたい事があった
「……典軸、聞きたいことがあんだけどさ」
「カズでいい。今更知らん仲でもないだろ? んで、どーした?」
「わかった。……なぁカズ、アイツってどんな奴なんだ?」
カズは首を捻っている。……気づけば、他の皆も話に耳を傾けていて
「多分俺に聞いても意味は無いとは思うけどなー。……まぁアイツは極端な奴っつーか、なんつーか」
「それってどういう──」
アタシが聞き返そうとしたその時、扉が勢いよく開く
息を切らしながら、葵が部屋に飛び込んできた
「やっべえ、奴らがバリケードの所に集まってきてる! 数が多すぎて一人じゃ対処しきれねえ!」
Side out
資料室前のバリケードで目にしたのは、奴らの群れ
今まで見た事がない程にバリケードに集っていて、このままでは遠からずバリケ―ドが壊れてしまうのではないか、と思うほどの数だった
ゆきちゃんとりーさんが見張る中央階段と、佐倉先生が見張る職員室側は二階にバリケードがあるが、こっちにはない。ここだけは絶対に守り切らなければ
戦える三人で階段から奴らを突き落とし続けているものの、状況はよくはない
突き落として殺したとしても別の奴らがやってきて、奴らがバリケードを叩く音で更に奴らが寄ってくる
無限に湧いてくるのではないかと思うほどに、奴らの数は多かった
「この分なら、昨日全部二階制圧した方がよかったかもな!」
モップで奴らを突き落としながらカズが叫ぶ
……それにしても、何故今日になってこれほどまでに数が増えた?
モップで奴らを突きながら、思考を巡らせる
昨日まではこれほどまでにバリケードに集る事もなく、平和そのものだった
あるはずだ。こうなった理由が、どこかに
──奴らは生前の行動を模倣する。だから朝には学校にやってきて、夕方には帰っていく
ならば、昨日までと今日の違いはなんだ?
ふと窓の外に目を向ければ、大粒の雨。外を出歩く事すら、嫌になってしまう程の雨だ
まさか、奴らも雨に濡れる事が嫌だとでも?
……真偽はともあれ、原因は見えてきた。なら次は解決策だ
この状況をひっくり返す手立てを、考えなければ
「葵くん、こっちにも来た!」
中央階段を見張っていた由紀ちゃんの、悲鳴をあげるような声
下のバリケードが破られて、他の階段にも寄って来たのか
「カズは中央、くるみちゃんは職員室側に! りーさん、すみませんがこっちお願いします!」
大声をあげて指示を出す。万が一破られるとしたらここが最初だろうが、他の階段に集っている奴らを放置するわけにもいかない
二人は頷いて駆け出し、りーさんもこちらへと駆け寄ってくれている
なんにしても長くはもちそうにない。早く手立てを考えなければ──
──ぶちり。
耳に入ったのは、ロープの千切れる様な音。次々に、その不吉な音は続く
「やっ……べえ!」
反射的にバリケードから距離を取る。その直後、ついさっきまで立っていた場所に降って来た机が大きな音をたてた
りーさんも、その音に歩みを止めていて
バリケードは次々に崩壊し、その向こうには奴らの群れ
「バリケードが壊れました! 早くどこか部屋の中へ!」
佐倉先生達にも聞こえる様、あらん限りの大声で叫ぶ
流石にこの数は相手にしきれない。どこかの部屋でやり過ごさなければ
りーさんと共に廊下を駆けだす
廊下に大きな音が響く。他のバリケードも崩壊してきているのだろう
「こっちだ、早く入れ!」
カズの声に導かれ、放送室へと駆けこむ
扉を閉め、一息つく
その直後、扉が外から大きな音をたてて叩かれる
──奴らが扉に寄ってきたのだろう。奴らに扉を破られる前に、何か有効な手立てを考えなければ
まず思いついたのは、俺たち二人で囮になって部屋の隅に奴らを引き寄せ、その隙に彼女達には反対側の扉から脱出してもらう方法
地下の避難区画までたどり着いてしまえれば、あとは無事にやり過ごせるだろう
……ただ、これを提案したら物凄い勢いで反対されるだろう。文字通り最後の手段だ
そうしなくてもいい様に考えろ、考えろ──
Side:佐倉慈
バリケードが、破られた。"かれら"が扉を叩きつける音と扉が軋む音が、室内に響き渡る
放送室に駆け込む直前に見た“かれら”の大群は数え切れないほどで、ここに居るだけではやがて全滅してしまう事は明らかだろう
白井君と典軸君、恵飛須沢さんと若狭さんのペアでそれぞれ扉を抑え付けてはいるものの、そう長くはもたないだろう
現に扉を抑え付けている彼らの表情は、思わしくない
──どうすれば、皆を生きて帰す事ができる?
思案するも、半ばパニックに陥っている私の頭では思考が纏まらない
「あー、もうこれ最後の手段ですね」
半ば諦めた様な、投げやりな白井君の声が聞こえる
「僕らがこっちから奴らを部屋の隅まで出来る限り引きつけるんで、皆はその隙にそっちの扉から出てなんとか地下の避難区画に向かってください」
地下の、避難区画。それはあのマニュアルに書いてあった
丈槍さんも恵飛須沢さんも若狭さんも、予想外の情報に呆然としている
「避難区画は一階の購買部倉庫隅から行けます。鍵はかかってませんでしたし、まぁここで全滅するよりは可能性に賭けてみた方が幾分かマシでしょう」
「……その為に、お前達が犠牲になるっていうのか?」
震える様な、恵飛須沢さんの声
「最悪よりかは幾分かマシって奴ですよ。ここに居てもどの道全滅ですし」
「……ッ! お前はどうしていつもそうなんだよ!」
考えろ、生徒を犠牲にしなくても良い方法を
──"かれら"は、光と音に引き寄せられると言っていた。それを利用できないか?
光……ここは放送室だ。光が出そうなものは、何もない
あったとして、この状況では扉の隙間から投げることさえ出来はしない
音……幸いにしてここは放送室だ。校内に放送を流す事はできる
ただ、廊下のスピーカーに引き寄せるだけでは脱出は難しいし、数も減っていない。根本的な解決には、ならない
(できない理由ではなく、解決する方法を考えなさい。佐倉慈)
私の中の声を聴く。そうだ、彼らを犠牲にしない為に、考えろ
ならば、"かれら"の習性はどうだろう?
"かれら"は生前の行動を模倣すると言っていた。ならば──
放送室、"かれら"の習性、校内放送──
バラバラだったピースが、頭の中で一つに纏まる
これならば、もしかしたら
「……めぐねえ?」
放送機器の前に立ち、電源を付ける
もしかしたらダメかもしれない。それでも、やらないよりはずっとマシだ
──下校の時刻になりました。校内に残っている生徒は、速やかに下校してださい
校内に私の声が響く
何度も何度も、放送を繰り返す
少しずつ、扉を叩く音が小さくなっていく
放送室から遠ざかっていく、"かれら"の足音
それらはやがて聞こえなくなり、部屋には静寂が戻る
慎重に、扉を開ける。廊下に"かれら"の姿はもうない。その事実に安堵するのも束の間
恵飛須沢さんが、白井君に問いかける
「……で、地下の避難区画って、何のことだよ」