Side:佐倉慈
"かれら"の脅威は去り、部屋には雨音だけが響いている
正座をしている白井君と典軸君に、二人を見下ろす様に立っている恵飛須沢さんと若狭さん
丈槍さんは私の隣で彼らを心配そうに見つめていて
──彼女達の怒りの矛先は私ではなく彼らに向いている
その事実に少なからず安堵する私が居て、そんな私を嫌悪する自分も居る
本来であれば教師たる私が負わなければならないものを、彼らは肩代わりしているのだ
その事実に、自分が情けなくなる
「で、地下の避難区画って何のことだよ」
「……あー、言わなきゃダメですかね? なんとか誤魔化されてくれません?」
「……当たり前でしょう?」
「いやー、あのですね? 昨日カズの奴と一緒に一階をうろうろしてたら偶々見つけて──」
「嘘だ」
苦笑いしながら語る彼の言葉を遮る様に、恵飛須沢さんは否定する
「食糧が十分にあるこの状態で、まだ危険な一階にまで行って偶然避難区画を見つけただって? そんな事あるかよ」
恵飛須沢さんの言葉に、彼は押し黙る
数分の後、溜息をつきながら口を開き
「……すまんカズ、アレ持ってきてくれ。流石に誤魔化せん」
「ま、だろーなとは思ってた。あいよ」
お前言葉選びミスり過ぎなんだよなーと笑いながら立ち上がり、典軸君は部屋を後にする
……やっぱり、話さなければならないのだろうか
「わかりました、全部お話します。……その代わり、十分に覚悟をしておいてください」
「おう、取って来たぞー」
帰って来た典軸君の手には、職員用緊急避難マニュアル
彼女たちの表情が、凍る
「……それって」
呟くような若狭さんの言葉。彼女も、表紙に書いてある文字が意味するところを察したのだろうか
典軸君から冊子を受け取った彼が、恵飛須沢さんへと手渡す
「さ、由紀ちゃんも佐倉先生も寄ってください。……勿論知りたくないなら、無理に見なくてもいいです」
紙を捲る音だけが響く室内。雨音は、もはや聞こえはしない
誰もが押し黙りマニュアルを見つめる中、彼は騙り始める
「……数日前、この冊子を職員室で見つけました」
「幸い僕が見張りの夜だったもので、周りに皆はいませんでしたから隠蔽するには好都合でした」
それは違う。これを見つけてしまったのは、私で
彼はそれに巻き込まれてしまっただけだ
「……葵君は、ずっとこれを隠してたの?」
「皆には落ち着いた頃に話そうと思ってました。……だいぶ予定がズレちゃいましたけどね」
「なんだよこれっ! なんなんだよっ!」
乱暴に閉じられる冊子。血を吐くような、恵飛須沢さんの叫び
それを眺めながら、彼は静かに語る
「見ての通りです。おおよその事は、そこに書いてあったでしょう?」
恵飛須沢さんが、彼の胸座につかみかかる
「くるみっ!」「くるみちゃん!」
止めようとする二人を、典軸君が手で制止する
……その表情には、ある種の信頼が窺えて
「なんで、アタシ達には話してくれなかったんだよっ!」
「……いつか話そうとは思っていました」
悲しげな表情をしながら、彼はそう答える
「アイツには教えてたのに、そんなにアタシ達の事が信じられなかったのかよ!」
彼女の悲痛な叫びが部屋に木霊する
──違う。彼女達を信じ切れなかったのは、私の方だ
彼らはむしろ、彼女達の事を信じていて
「あの時の言葉は、嘘だったのかよ……」
絞り出す様に言葉を発し、彼女はへたり込む
「……すみません」
──覚悟を決めなければ
これ以上、彼に背負わせる訳にはいかない
決意を以て、一歩を踏み出す
「……皆、ごめんなさい。全部先生が悪いんです」
Side out
布団にごろりと寝転がる
一先ずバリケードを修復し終え、安全圏内に奴らが残っていないかの確認も終えて自由時間となった
……随分と、胃と神経とその他諸々をすり減らした。正直胃が痛い
佐倉先生に矛先が行かない様に立ち回ろうとしたは良い物の、結局先生に助けられてしまった
本当は佐倉先生が最初にこれを見つけた事
学校に赴任した日にこれの存在を知らされていたが、存在を思い出して開封した時には全て手遅れだった事
今まで皆に話さなかったのは先生の判断で、一昨日の時点で俺は皆に話してもいいと言っていた事──
多くの事を、佐倉先生は彼女達に打ち明けた
……結果としては、それで比較的丸く収まったからよかったが
ふと、視界に影が差す。影の主は由紀ちゃんだ
「……だいじょーぶ? 葵くん」
「あぁ……大丈夫ですよ、由紀ちゃん」
隣に座りこむ彼女に、何とか笑顔を作って応対する
あれほどの事があったばかりなのに、こちらを心配して来てくれたのだろうか
「由紀ちゃんの方こそ、大丈夫ですか? ……その、色々あったでしょう?」
「んー……わたしはさ、難しい事がよくわからないっていうか。勿論、書いてある事にはびっくりしたよ? それでも葵くんがわたし達を信頼してくれてた事の方が嬉しかったから」
えへへー、と照れる様に笑う彼女
……由紀ちゃんも、くるみちゃんも、りーさんも、勿論佐倉先生も。強い
彼女達が、ほんの少し眩しい
「……そうですか。ならよかったです」
直後、大きな音と共に勢いよく扉が開く
由紀ちゃんが驚いて振り向いたその先には、
「おう相棒! 暇だからなんかしようぜ!」
「空気読めバカ」
食事の為に生徒会室へと集まる
既に資料室に居た三人以外は集まっていて、気まずそうな顔をしながらくるみちゃんがこちらを見つめていた
「……あー、その、あん時はゴメン。頭に血が上った」
「……いえ、わざわざ事実を隠すような事をした僕も悪かったですから」
沈黙と共に、気まずい空気が流れる
「ほらっ、二人ともごめんなさいで仲直り! ねっ?」
そんな空気の中突然僕らの手を取り、由紀ちゃんが僕らの手を繋ぎながらそんな事を口にする
……随分と簡単に言ってくれるが、確かにその位がちょうどいいのかもしれない
「「……ごめんなさい」」
……くすくすと、笑い声が聞こえる
周りを見ればりーさんと佐倉先生が笑っていて、カズの奴はニヤニヤと笑い、由紀ちゃんはニコニコと笑顔だ
「だぁーっ! 恥ずかしいからこの話はもう終わり!」
くるみちゃんに乱暴に手を振りほどかれ、ほんの少し体勢を崩す
「……っとと、そうですね。りーさん、今日の夕食はなんですかー?」
「そう言えば、避難区画には冷蔵室もありましたねえ」
うどんを啜りながら、避難区画の事を思い出す
あそこには多くの物資がある。近い内に一度行っておくべきだろうか
「……それ、本当?」
「あー、そういやそんな事言ってたな」
りーさんの問いに、カズも声を返す
「多分あそこの性質上冷蔵室っていうより、冷凍室の方が近いのかもしれませんけど」
中に入ってまで確認した訳ではないが、長期保存を視野に入れている以上冷凍保存の方が可能性は高いだろう
どちらにせよ、確認しない事にはわからない
「だとしたら、早い内に回収しとくか?」
「でも、食堂の冷蔵庫に入ってた食べものもまだ全部使ってないよ?」
「んー……どうします? 佐倉先生」
佐倉先生ばかりに判断を求めるのは申し訳ないが、こういった事は全員が納得できる人に判断を任せるのが一番いい
先生は少し悩む素振りを見せた後、結論付けてくれた
「……そうね、明日二階のバリケードを全部作り終えたら確認しに行くっていうのはどうかしら?」
「ん、りょーかいです。皆もそれでいいですか?」
皆が頷くのを確認する。無事に明日の方針は決まった
Side:恵飛須沢胡桃
いつの間にか雲は晴れ、満天の星空が街を包む
屋上で星空を眺めていたアタシの耳に、扉が開く音が届いた
「なんだ、くるみか」
そこに居たのはカズだった。アイツ、何をしに来たんだ?
「何しに来たんだ? わざわざ屋上まで」
「んー? 俺も一人になりたくなる時くらいあるって事よ」
隣いいか? というカズの問いに頷き返す
階下から聞こえる、騒がしい声
静かな屋上、静かな街とは対照的で、どこかおかしい
「……ま、アイツがこの集団に馴染めてるようでなによりだわ。正直アイツと合流した時はビビったけどな」
「そんなに意外なのか?」
あの日から一緒に居る身として、葵は誰かと問題を起こすようなタイプには見えない
……アタシ達を気遣いすぎるきらいはあるが、それはそれだ
「そりゃあなー、俺が合流するまでお前らの中にアイツ一人だったんだろ? 他人が嫌いなアイツがよくもまぁ……って感じだわ」
他人嫌い? アイツが?
何かの冗談じゃないのか?
……いや、確かに由紀と一緒に話し込んだ夜にアイツは、他人に興味がないみたいなことを言っていた気もする
「まぁ、アレだ。アイツと仲良くしてくれてありがとな? アイツ今すっげえ楽しそうだから、礼を言っとかねえと」
「……それならアタシじゃなくて、由紀に言えよ?」
「後でちゃーんと他の奴らにも言っとくさ」
そう言ってカズは立ち上がり、背伸びをする
そのまま階段へと続く扉へと歩き、こちらを振り向く
「そんじゃ、何か聞きたい事とか相談事とかあったら言えよ? 俺もくるみ達の事信頼してっし、出来る限り力になっからさ」
そんじゃーな、という言葉と共にカズは扉の奥に消えていった
屋上に再び静寂が戻る。あいも変わらず、階下は騒がしい
非日常的な状況にも関わらず、その騒がしさはあまりにも日常的に感じられて
……こんな日々も、いつの日か日常になるときが来るのだろうか
ぶんぶんと頭を振り、思考を追い出す
未来の事は、あまり考えるべきじゃない
「……よしっ!」
騒がしい光景に混ざる為に、扉へと駆け出す──