「みんな! 遠足に行こう!」
「「「「……遠足?」」」」
生徒会室の扉が勢いよく開き、由紀ちゃんが飛び込んでくると共にそう言い放った
開いた扉の傍らには、苦笑いしているカズの姿
屋上キャンプから数日後。あれから何事もなく日々は過ぎ、この学校での生活も安定したものとなって来た
一階を制圧するには資材が足りない為安全圏自体は広がっていないが、現状において生活自体に支障はない
「で、どうしたんですか? いきなり遠足だなんて」
「えーっとね、あの日から外に一度も出てないでしょ? だから気分転換に遠足なんていいかなーって」
「そろそろ着替えのレパートリーとかも欲しいだろ? 物資を集めるのと同時に、そろそろ外の新しい情報とか集めんのもどうかと思ってな」
……確かに、外の情報自体は欲しい。コイツが持ってきた情報自体も、一週間経った今は最新のモノとも言い難いのも事実だ
加えて、学校では手に入らない物資の類も欲しくないと言えば嘘になる。……特に、洋服類は女性にとっては死活問題だろう
いくつかの不安材料はあれど、行ってみる価値はある様に思える
「……どうします? 僕は行ってみてもいいとは思いますけど」
とはいえ、自分の一存では決められない
多数決にするにしても、最低でも佐倉先生の許可は取らなければ
「足はどうすんだ? あの車、軽だろ?」
くるみちゃんが未だ玄関前に鎮座している黒い軽自動車を見やりながら、そう問いかける
「佐倉センセー、確か車持ってましたよね?」
「そうね、私の車も四人乗りだから足は問題ないと思うわ」
……佐倉先生、車なんて持ってたのか
少し意外に思ったが、それが本当なら足は問題なさそうだ
カズの言葉に答えた佐倉先生も、思ったよりも随分と乗り気の様だ
「……危なくないかしら? それに食糧ならまだあるんだし……」
「まぁ、確かに危険がないと言えば嘘にはなりますけど。食糧以外の物資ばかりは学校だけじゃどうしようもないですから」
りーさんの懸念も尤もだが、その食糧すらもいつまでもつかわからない
地下の食糧も含め、短く見積もって二ヶ月半はもつだろうが、問題はその先で
救助が来ない可能性を視野に入れなければならない以上、日持ちする食糧はあって損はない
「……それで、行くにしても目的地は?」
「ふっふーん、実はもう決めてあります!」
ドヤ顔の由紀ちゃんの隣から、カズが地図を広げる
巡ヶ丘周辺が描かれた地図だ。資料室から持ってきたのだろうか
「リバーシティー・トロン・ショッピングモール。この近くで確実に物資を集めるってなったら、多分あそこが一番だ」
確か、あそこならば事件前に何度か訪れた覚えがある。ここからは平時であれば道にもよるが車で一時間ちょいといった所だろうか
地下一階から地上五階までから成る大型のショッピングモール。食料品店は勿論、衣服や寝具,電化製品の店もあったはずだ
確かに物資を集める効率で言えば、距離感はさておいて悪くない選択肢ではあるように思える。ただ──
「……ショッピングモールって、危なくないか? 映画とかだと色んな意味でお決まりの場所だろ」
そう、くるみちゃんの懸念の通り、物資が豊富と言う事はそれだけ生存者も集まりやすいという意味で
事件当時は多くの人がショッピングモールに居ただろう。ともすれば数十人単位で生存者があそこに籠城していたとしても、何一つおかしくはない
それに加え、奴らは階段を上ることを苦手とする。生存の面だけで言えば、五階にバリケードを作って立て籠もってしまえば、あのショッピングモールでも生存自体は可能だろう
「俺も最初はそう思ってたんだけどな? ……率直に言うと、あの雨をあそこで生き残れると思うか?」
「……あー」
くるみちゃんが、得心が行ったように頷く
……確かに、あそこは平日でさえ多くの人が訪れていた
ならば
この学校でさえ、あの有様だったのだ
確かにあの雨を凌げるとは、到底思えない
──結局の所、遠足には出かける事に決まった
明日の早朝に着くために夕方頃に出発し、どこか安全な建物で一泊する形になるらしい
発案者の由紀ちゃんは、遠足に持っていくお菓子を選びに駆け出して行った
「にしても、お前は反対すると思ってたんだけどな」
隣を歩くカズが、さも意外そうに口を開く
確かに、外に出るのは危険だ。しかし自分達だけで物資を取りに行くと言った所で、彼女達は納得しないだろう
そもそもの名目は遠足なのだ。全員で出なければ意味がない
「……まあ、物資も情報も欲しいのは事実だしな。それに──」
「せっかく
……わかってるんじゃねえか、と思ったものの口には出さない
どちらにせよ出る方針で決まった以上、事前にやれる事はしておくべきで
二階資料室の扉をくぐり、テーブルに地図を広げる
移動ルートの検討、野営地候補の確認
ルート上に工具類が手に入りそうな場所があれば、そこを訪れる事も視野に入れてもいいだろう
流石にあのモールにも工具店はなかった筈だ
「実際モールまでどんくらいかかんだろうな? 奴らなり乗り捨てされた車なりで、通れない場所も多いぞ?」
「平時で一時間として……その三,四倍ってとこが妥当じゃねえかな。迂回なりなんなりで時間かかるだろうしな」
カズと共に、ルートの選定は続いて行く
車の窓から見えるのは、夕暮れ時の空
学校から車を走らせて早二時間。前を走る佐倉先生達の車から、何度目かもわからない後退の合図を受け取る
隣でハンドルを握るカズが車を後退させるのを眺めながら、ぽつりと呟く
「んー、思ったよりも通れない場所多いっぽいな。ルート提案失敗したか?」
思っていたよりも、乗り捨てられた車や倒壊した電柱などで通れない場所が多い
どの道住宅街を通らなければならなかったとはいえ、少し失敗したかもしれない
「どっちみち、モールに着くにはここを通らなきゃならんしなー。時間はまだまだあるし、問題ねえんじゃね?」
ハンドルを右へと切りながら、カズは笑う
確かに、明日の朝に着ければ何も問題はないと言えばそうなのだが
「……ん? っとと」
どれほど走ったかはわからないが、不意に車が音を立てて急停止する
前を見れば、同じく停まっている佐倉先生達の車
また方向転換かと思ったが、どうやら後退の合図はない様で
「どった? なんか止まってるっぽいけど」
「んー、わかんね。ちっと聞いてきてくれ、俺はハンドルから離れられん」
周りに奴らの姿は無い。確認くらいなら、まあ大丈夫だろうか
ドアを開けて、外へと出る
佐倉先生の車はエンジンを止め、完全に停車している。……何かあったのだろうか
事情を聞くため歩き出した時、フロントドアが開き、くるみちゃんが車から出てきた
よく見れば、彼女の表情は優れない
「どーしたんです? 何か不都合でもありました?」
「あー……いや、ちょっとここ寄っていきたくてさ」
そう言って彼女が指さした先にあったのは、一軒の家
表札に書いてあるのは、恵飛須沢の文字
「……成る程。中が安全かわかるまで、一緒に行きましょうか?」
「いや、いいよ。すぐ戻ってくるって」
安全を第一に考えれば、どう考えても彼女と共に行くべきだろう
相変わらず彼女の表情は優れず、体は震えている
そんな状態で万が一、
それでも、彼女は一人で行くと言った
ならば自分に、それを止める権利はどこにも無いように思えて
──それに、ここは彼女の領域だ。そこに踏み込む事は、どうしても躊躇われる
「……そうですか。なら万が一の事があったら、すぐ呼んでください」
「わぁーってるって。それじゃ、行ってくる」
彼女が扉の奥に消えて行くのを、ただ見守る
彼女が帰ってくるまでしばらくかかるだろう。カズの車へと歩く
「おう、どうだった?」
車の窓からカズが尋ねてくる
「いや、どうもあそこがくるみちゃんの家らしい」
「あー……、成る程な」
車のエンジンが止まり、辺りには静けさが戻る
彼女がいつ戻ってくるかはわからないが、見張りはしておいた方がいいだろう
「それじゃ、俺は玄関周りでも見張ってくるわ」
「おう、気ぃつけろよ。こっちはいつでも出れる様にしとくからさ」
玄関の周りを見張る事、数十分
彼女が玄関から出てくると同時に、由紀ちゃんが車の窓から顔を出す
彼女が帰ってきたのだ。ならば、かける言葉は一つだろう
「くるみちゃんおっかえりー!」「おかえりなさい、くるみちゃん」
「……ただいまっ! さっ、行くか!」
Side:若狭悠里
くるみの家を後にした私たちは、その後ショッピングモール付近のコンビニエンスストアで夜を明かす事になった
寝ている皆を起こさない様に静かに車のドアを開ける
外で見張りをしている彼のもとへと歩き、お茶の入ったコップを手渡す
「お疲れ様、葵君」
「……あぁ、りーさんでしたか」
ありがとうございます、という声と共に、彼がコップを受け取る
その表情は、ほんの少し眠たげだ
「それで、どーしたんです? 寝とかないと明日に響きますよ?」
「なんとなく眠れなくて。隣いい?」
彼が頷くのを確認して、彼の隣に腰を下ろす
私たちの間を、沈黙が流れる
周囲には"かれら"の姿もなく。ともすれば、見張りなんて必要ないんじゃないかと思えるくらい、平和だった
空を見上げれば、満天の星空。明かり一つない街からは、その星空はとても綺麗に見えて
「……寝付けないんだったら、眠くなるまで手でも繋いでいましょうか?」
唐突に、彼がそんな言葉を口に出す
差し出された手に、からかう様な彼の笑み。それを見ていたら、なんだかこちらも悪戯をしたくなってきて──
「それじゃ、お言葉に甘える事にするわ」
「え゛っ」
彼の呻くような声と同時に、彼の手を取る
思っていたよりも、固い手のひら。伝わってくる彼の体温
「あのー……流石に冗談ですよね?」
困惑している様子の彼
なんだか、だんだん楽しくなってきた
「あら、手を繋ごうって言ったのは葵君でしょ?」
そう告げると、彼は口ごもる
自分から言い出した手前、撤回するのも憚られるのだろう
「……わかりました。わかりましたからなるべく早く眠くなってくださいね」
精神衛生上よろしくないですから。と、彼は半ば諦めた様に笑った
どれほどの時間が経っただろうか
相変わらず私と彼の間に会話はなく。ただ生ぬるい外気と、彼の手から伝わる体温だけがそこにあった
──徐々に瞼が重くなる。そろそろ、車の中へと戻らなければ
そう思うも、頭が思うように働かず。体を動かすのも億劫で
隣を見れば、肩を預けるのにちょうどいい具合の人物がそこに居た
あぁ、ならばそれでもいいかもしれない
彼に肩を預け、瞼を閉じる──