佐倉先生達には一先ず問題はない事を伝え、婦人服店での買い物に戻って貰った
店の前で警戒を続けながら、佐竹さんとの会話を続ける
「……それじゃあ、佐竹さんはその恋人さんを探している、と」
「そうだよ。尤も、まだ手掛かりの一つすら見つけてないけどね」
彼の話によれば、あの事件があった日から出会えていない恋人を見つける為に、独りバイクで旅をしているらしい
「……あー、その。物凄く言い辛いんですが」
「わかってるよ。……恐らく僕が死ぬのが先か、彼女が死んでいるのを見つけるのが先かくらいの違いしかないんだろう」
そうだ。こんな世界では、一度別れてしまえば再会などは望むべくもないだろう
自分とカズが再び出会えたのは、自分のいる場所をカズが知っていたからこそだ
居る場所も、生きているかどうかもわからない相手を探し歩くなど、正気の沙汰ではない
「でも、止めるわけにはいかない。この先に待っているのがどんなものであっても、ね」
それでも、強い決意を持った瞳でそう語る彼を、止める権利などありはしないのだろう
例えその先にある結末が、どんなものであったとしても
「そういえば、この階に役に立ちそうな物資ってまだ残ってたかい?」
「あー、確か防犯ブザーならあそこの店にまだありましたね」
そう言えばここには物資の調達の為に立ち寄った、と言っていた事を思い出す
ここまで上がってきたという事は食糧はもう持っているだろうから、あとは奴らを回避する為の道具だろうか
流石に根こそぎ物資を取ってきている訳ではない。まだあそこの店に残っているだろう
「おーい、暇なら佐竹さんをあそこの店まで護衛してやってくれー」
手すりにもたれかかって階下を眺めているカズに、同階にある店を指し示して護衛を頼む
こっちの見張りは、どちらか一人が居れば大丈夫だろう
「ん、あいよー」
二人が遠ざかっていくのをぼんやりと見送る
件の店まではそこまで遠くないので、その内に帰ってくるだろう
「おっまたせー! あれ、カズくんとあのおじさんは?」
──由紀ちゃんの声が聞こえる。どうやら、立ったままウトウトとしていたらしい
立ち寝などしていては見張りの意味がない。気を付けなければ
「わざわざ見張りありがとう、白井君。……それで、大丈夫そうだった?」
大丈夫、とは恐らくは佐竹さんの事だろう
「僕の主観でいいんでしたら、特に害はなさそうですし多分大丈夫だとは思いますけどねー」
彼に関しては遭遇した時に武器すら持っていなかった上、話していた目的が目的だ
恐らくはまぁ……大丈夫だろう。それに万が一の事があれば二人で取り押さえられる
結局の所、モール内を佐竹さんが同行する事に反対意見は出ず
佐竹さんとカズが戻り、四階へと上がる道すがら、軽い自己紹介と彼の目的について話をした
「へー、なんだかロマンチックー!」
「はは、そう思うかい?」
佐竹さんの目的を聞き、由紀ちゃんが羨ましそうに声をあげる
見れば、彼ともう仲良くなっている様だ
誰とでもすぐに仲良くなれるというのは、彼女の才能の一つなのだろう
紳士服売り場へと入り、適当にサイズの合う服をかっぱらっていく
ファッションなど露程もわからないので、デザインはどうでもいい。実用性さえあればどうにでもなる
食糧は取ってすぐ車の中へと置いてきた。おかげでバックの容量にはまだ幾分か余裕がある
「服も取りましたし、五階に向かいますー?」
「五階っつったら……確か電化製品の売り場があるんだっけ?」
くるみちゃんの言葉に、見取り図を持っているカズが頷いているのが見える
正直電化製品についてはどちらでも良い気がするが、上の階に上がるほど奴らの数は少ない。行ってみて損はないだろう
五階への階段を上りきれば、目の前には段ボールの山
……恐らくは、バリケードの意図をもって積まれた物だろう
「……おい、生存者なんていないはずじゃなかったのかよ」
「……おかしいな、もしかしてマズったか?」
雨がどうこうで生存者がいないだのと宣っていたバカに、耳元で囁く
生存者がいるならば、勝手に物資を持っていくのはマズイだろう。……最悪、対立しかねない
「んー、とりあえずバリケード越えてちっと見てくるわ。相棒、リュック持っててくれ」
「あいよっと」
そのまま、扉のフレームとバリケードの隙間から向こうへと消えて行く
「おーい、どうだー?」
着地の音。数瞬の静寂が訪れる
「……やっべえ!」
次に聞こえたのは、焦った様なカズの声
数秒を置いて、カズがバリケードの上から転げ落ちてくる
「おい、どうした!?」「何かあったの!?」
カズに駆け寄る佐倉先生。……恐らくアイツの様子からして、よくない事が起こったのだろう
説明するのも惜しいとばかりにカズが叫ぶ
「四階……いや、三階まで撤退! 俺と相棒が殿をするからくるみが前行ってくれ!」
段ボールの崩れる音。崩れたその向こうには、奴らの影
皆の表情が、凍る
「……危なかった」
婦人服店内。周りを見れば皆が皆、息があがっている状態だ
──バリケードの向こうに奴らが居た。それが意味する所はつまり
「……どーにも遅かったみたいでな。バリケードの向こうにあったのは布団やら食糧のゴミと、焼けた跡」
恐らくここにも生存者が居たという推察は、合ってはいたのだ
ただ、それは思っていたよりも早く崩壊していた。それだけの事なのだろう
「あそこで生活してたけど誰かが感染、内からぶわっとって感じだわな」
カズの言葉を最後に、部屋に沈黙が流れる
──彼らを救えなかった事を、彼女達は気にしているのだろうか
「そろそろ帰る? 五階はあの状態だったし……」
「んー、そうですね。必要なものは確保しましたし、いいんじゃないですか?」
皆が頷く、ここにはもう何もない
何かが必要になったらまた来ればいい
Side:直樹美紀
引き留める事が、できなかった
あの日見た親友の、悲しげな瞳が今も目に焼き付いている
──生きていれば、それでいいの?
──良い訳がない
ここに籠っていても、やがて訪れるのは緩やかな死だけだ
それでも、無策に外界へと飛び出すのはあまりにも無謀が過ぎて
大丈夫、必ず助けを呼んでくるから──
何かが崩れ落ちるような、大きな音
その音で、目を覚ます
──"彼ら"がバリケードを崩したのだろうか。扉に耳を当てて外を窺うも、"彼ら"の足音しか聞こえるものはなく
(気にしすぎか……)
どこか期待していた自分を慰めつつ、バリケードを戻す──
──四…、…や……………撤…!
「ッ!」
扉へと振り向く
男性と思しき声が、扉の向こうからかすかに、だが確かに聞こえた
「……誰か居るの?」
口から零れるのは、掠れる様な声。そんな声では、返ってくる言葉はどこにもなくて
確かに、確かに聞こえたのに。すぐそこに居たかもしれないのに
「ねえ! 誰か居るの!?」
Side out
モールの出口をくぐる
あれから目立った戦闘もなく、全員が無事に脱出する事が出来た
車のトランクを開けて、皆からリュックを受け取ってはトランクに詰めていく
最後に由紀ちゃんからリュックを受け取ろうと彼女の方を向けば、彼女はじっとモールの入り口を見つめていた
「由紀ちゃん、どうしました?」
「……今、何か聞こえなかった?」
その言葉を聞きカズに視線を送るも、カズは黙って首を振る
佐倉先生達にも、何も聞こえていない様だった
「ほら! 声が聞こえた!」
「……聞き間違いじゃないですか?」
確かに彼女は聡い所があるが、流石に聞き間違いだろう
正直五階のあの様を見てきた後では、他に生存者が居るとは思えない
「助けてって、聞こえたもん!」
「丈槍さん!?」
由紀ちゃんが入口へと駆けていく。流石に黙って見送る訳には行かない
トランクを勢いよく閉め、急いで彼女の後を追う──
モール内には、大きな音が響いていた
でたらめなピアノの音。恐らく、何らかの理由で奴らが群がっているのだろう
まさか本当に──
「いた! あそこ!」
「おいっ! 大丈夫か!?」
由紀ちゃんの指の先には、ステージの上のグランドピアノ
その上には人の姿。恐らく制服からして、同じ高校の生徒
駆け寄ろうとする由紀ちゃんを、肩を掴んで制止する
同じようにくるみちゃんが駆け出そうとするも、すぐにその足を止めた
……ピアノの周りに、奴らが多すぎる
自分達の存在に気が付いたのか、奴らの内のいくつかが、こちらへと寄ってくる
それでもピアノに集った奴らの数は三十を下らず、ピアノの音で更に周りからおびき寄せられるだろう
奴らの頭にシャベルを振りかぶり、ポケットに突っ込んでいた防犯ブザーを放りながら、荷物を車に置いてきてしまった事を今更ながら後悔する
三階や四階で取ってきた物資は殆ど車の中だ
唯一由紀ちゃんのリュックは残っているが、その中身は衣類だけだろう
佐竹さんも集めたブザーをいくつか放ってくれているので、それだけが頼りだ
「……くそっ、こんな事してたらアイツが危ねえ!」
くるみちゃんが悪態をつく
ピアノの音に寄ってくる数にも限りがある為、防犯ブザーに引き寄せられたのも合わせて奴らの数は減ってきてはいるだろう
それでも、ピアノの上の彼女がいつまでも安全であるという保証もない
どうする
どうする──
「葵、カズっ! アタシを"飛ばせ"!」
飛ばす、三人組──
そう言えば、何かの競技でそんな技を見た事がある気がした
「カズ!」「あいよっ!」
隣でバールを振るうバカに合図をする
二人でしっかりと指を組み、手の甲を下に
助走をつけた彼女が手を踏み台にする瞬間に自分達も彼女を持ち上げ、彼女は遠くへと跳んでいく
そして皆が見守る中、彼女がピアノの上へと着地する
「──待たせたな。もう大丈夫だ」